2013/10/29(Tue.)
くまモン、天皇皇后両陛下と対面
新聞を読んでいたら、熊本県庁でくまモンが天皇皇后両陛下と対面した、という記事。
皇后様:「ありがとう、くまモンさん」
天皇陛下:「ご苦労様です」
と両陛下に言われ、くまモンは、「今までで一番緊張したモン」というコメントを出したそうだ。
最高だ、このユーモア。
船橋のふなっしーが出てきているようだが、まだまだくまモンは衰えを知らない。こないだ森高千里が歌う「くまモンの歌」がラジオを賑わせていたけど、ここにきてまさか一キャラクターが着ぐるみで天皇皇后両陛下との接見を果たすとは。 |
2013/10/25(Fri.)
電車通勤
今週火曜の22日からついに働き始めた。しばらくは千葉から新宿付近へ通勤だ。今日でたった4日だが、もう疲れた。何しろ通勤時間が片道2時間〜2時間10分もかかるのだ。こんなに長い時間をかけて通勤するのは、大学1年生の頃以来なので、20年以上ぶりだ。
千葉駅まで出るバスの時間がかかるのが問題である。朝のラッシュ時には道が渋滞し、通常25分のところが40分〜45分かかる。
さらなる問題は、通勤費だ。バカ高。バスと電車の定期を買うと、3ヶ月でも13万円以上かかる。この交通費は全額出ないので、辛い。僕が唖然としたのは、バスの定期券代である。窓口で定期代を聞いてみたら、やたらと高い。1ヶ月で何日乗れば元を取れるのかを聞いたら、なんと23日だという。1ヶ月で23日なんて使わネェよ!!週休二日の場合、ひと月の出社日はおおむね20日〜22日だろう。23日乗らないと元が取れないなんて、そんな定期があるか?ほとんど割引しているとは言えない。でさらには、ICカード(スイカやパスモ)で乗れば、1ヶ月でバスで使った金額に応じて、「バスチケット」というのが自動的にチャージされる、というではないか。いわばバス代のキャッシュバックである。例えば月バスに10000円以上乗ると、なんと1740円もチャージされる。つまり、実質的には翌月以降1740円もバス代が割引となるわけである。僕は間違いなく月1万円以上バスに乗るので、定期よりもICカードで普通に乗るほうが断然お得だ。それにしてもこの定期代というのは、ほとんど詐欺じゃないか。定期で乗ったら普通に乗るより高くなるなんて。その点、電車の定期代は、かなり割引となり、真っ当である。
さて、今朝、電車の中で変な出来事があったので報告する。地下鉄に乗っていると、僕から1mくらい離れた二人の男がトラブルになった。電車のドアに向かって立っていた30代に見える男が、後に立っていた20代と見える男を振り返り、一方的に文句を言って、ドヤ顔でいちゃもんをつけ始めたのだ。何があって30代の男が怒っているのかは分からなかった。ぎゅう詰めの満員電車というわけではなく、ちょっと混雑している程度の混み具合だったので、二人の体が接触しているほどではなかった。何が起こったのだろうか。
文句を言われた20代の男は、釈然としない様子で、だが気圧されて言われるままになっていた。言い返そうとしているものの、文句男の勢いが激しいため、結局ビビッて何も言えずじまいだった。
文句男は文句を言い終えると再びその男に背を向け、ドアに向かった。ビビリ男の方もそのままの位置関係で文句男の背中をにらみつけている。
次の駅に着いた。反対側のドアが開く。すると、何とビビリ男が、後から文句男に対して蹴りを入れ、間髪入れずに開いているドアに走り出し、電車を降りてホームを全力疾走して逃げ去ったのだ。もっとも、蹴りと言っても豪快な廻し蹴りではなく、サッカーのトウキックのように、膝から下を振り子のように振ってつま先でちょこんと蹴った程度だったが。蹴られた文句男はすかさず後ろを振り返ったが、もうその頃にはビビリ男はホームのはるかかなた、階段を駆け上がっていた。文句男は苦虫を噛み潰したようにその方向を見つめるのみ。周りの乗客は唖然として眼前で繰り広げられた一部始終に、目を点にして口を半開きにする。
文句を言われたビビリ男は、身に覚えがないのか、文句を言われることをしたとは思っていないのか、よほど腹に据えかねたのだろう。それにしても蹴りを入れて一目散に逃げ出すというのは何とも狡い。
まぁ、コメントのしようがない出来事だったが、人々の心が殺伐としていることを象徴するような出来事だった、とでも言えばいいのだろうか。それともこの文句男が特殊なだけか。
帰りは総武線新小岩駅で人身事故が起こって、総武線の運転が停止していた。昨日も錦糸町駅で同じく人身事故が起こった。どんな事故かは分からないが、最近人身事故が相当に多い。異常な頻度だ。スマホ歩きとか精神的抑圧から来るうつ病といった人間側の問題か、それとも過密ダイヤの電車側の問題なのか。よう分からんが、電車が止まってしまうことによって、ただでさえ時間がかかる通勤がさらに長くなるというのには泣きたくなる。 |
2013/10/19(Sat.)
久々のうなぎ
今日は僕の就職が決まったお祝いというので、両親と弟と鰻屋に出かけた。鰻は僕の大好物である。
行ったのは幹線道路沿いにある和食の大型店で、鰻を筆頭に、天ぷらや寿司を出すこの界隈では割と有名な店のようである。
昨今のシラスウナギの激減に伴う価格高騰で、いまや鰻は庶民に手が出ない高級食材である。僕は以前はスーパーでよく中国産養殖鰻のパックを買って食べていたが、もう今や高くて買えない(泣)。
この店のメニューを見ても、一番安いうな重(竹)で2000円以上する。
ところが店は客で大いに混雑している。土曜の夜というのもあるだろうが、さすがに金を持っている人は持っているものだ。
僕がうな重天ぷら付き、僕以外の3人がうな重寿司付きを頼む。いずれも3000円以上という超高値のシロモノだ。僕にしてみれば3000円以上もする夕食を食らうなどあり得ないのだが、母が見栄なのか、いいわよいいわよと妙に太っ腹である。
こんな高額な夕食を食べることは、今後の人生においてもきっとあと数回あるかないかだろう(笑)。
だが、期待と値段に反して、寿司も鰻も、まぁ普通といった程度のものだった。寿司は見た目から新鮮味に欠け、鰻は鰻で肉が薄く、ふっくら感が乏しい。ま、贅沢は言えないが、残念ながら3000円以上の価値がある食事だとは思えなかった。
全員そう思ったようだが、ただ何はともあれこんなに巨大な鰻を食べたのは数年ぶりだ。それだけでも満足せねばバチが当たる。 |
2013/10/18 (Fri.)

ランドマーク、伊予が岳の岩峰 |

棒滝。高さ18.5mの堂々たる滝。 |

本滝の最上段。虹を作って豪快に流れ落ちる。登れず。
⇔沢山不動の七ツ滝本滝の全体像。木漏れ日の中、水が光る
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上段の滝 ⇔ 滝の左壁に石の不動尊が埋め込まれている。 |

沢山不動尊本堂向拝にある龍の彫刻。江戸時代の彫刻家、後藤孝義の作。 |

長沢の集落。田植えが終わっている。二期作?
⇔増間地区を走る。癒される風景 |

日枝神社 |

林道を塞いで倒れた木を除去するおじさん二人組
⇔濁った増間ダム
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坊滝再び。高さから言えば房総有数の滝だ。
⇔下部のアップ。斜めに切れた岩をへつっていけば登れるとふんだ。 |

大日山登山道 |
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大日山山頂。看板が倒れかかっている。 |

大日山山頂の如来像 |

房総の山並みと東京湾、さらに洲崎方面を見渡す(南西)
⇔富山と東京湾(西) |

前惣引きの滝 下から ⇔ 上から |

後惣引きの滝 上部 ⇔ 全体像 |
平日最後の山へ
来週火曜日22日から働き始める。半年と半月に渡った僕の無職ぐうたら生活もついに終わるかと思うと、とても悲しい(泣)。
平日に山に行くのは実質的に今日が最後になろう。今日は、前回暗くなってしまってよく分からずじまいだった沢山不動の七ツ滝を登り、さらに坊滝登りにトライし、その後大日山(だいにちやま)に登るという計画だ。
またしても朝の始動が遅くなり、千葉を車で出発したのが10時。南房総までは下道だと3時間くらいかかるので、今日は奮発して高速を使うことにした。蘇我ICから館山自動車道に乗る。さすがに平日は空いている。鋸南富山ICまでわずか40分ほどで到達。高速を降りると県道88号で東、89号で南へ。先日登った伊予が岳の岩峰が見えてくる。この辺りから常に見える岩の頂は、他の房総の緑の丘陵とは一線を画している。
この近くで昼飯を買わねばならない。ここから先,山の中に入っていくので店がない。今日は途中吉田屋がないので、コンビニで買おうと思っていたが、コンビニがない。小さな「○×商店」という地元商店をいくつか周り、おにぎり、カレーパン、肉まん、ロールケーキを買い込む。
県道258号に左折し、沢山不動尊に到着。12時5分前。もうお昼だ。
早速買い込んだパンやおにぎりをかき込む。そして水着に着替え、ヘルメットをかぶり、沢運動靴を履き、沢に降りる。下半身はいつものいでたちだが、上は今日は撥水シャツを持ってこなかったので、普通の長袖シャツだ。これが後で問題となる。
平久里川の支流、増間川のさらに支流の長沢。ここには沢山不動の七ツ滝と呼ばれる滝群がある。長沢に計6つの滝、長沢の支沢に棒滝という大型の滝がかかっていて、合計7つで「沢山不動の七ツ滝」と呼ばれる。
まず棒滝へ。8月に来たときにはもう日が暮れかかっていてよく見えなかったが、今日は真昼。思ったよりもかなり高さのある、堂々たる滝だ。高さ18.5mとのこと。斜度のある岩を水が滑り落ちる。半分くらいの高さで岩は大きく張り出していて、その下がオーバーハング状にえぐれ、独特の形状をしている。滝壺は小さい。2日前の台風のためか、壺の水は濁っている。房総の川の上流域でこれだけ濁っている水はあまり見ない光景だ。登るのは後回しにして長沢本流の滝群から攻めることにする。
長沢にかかる沢山不動の滝群は、ジグザグに流れる渓流にいくつもの滝が連なり、木漏れ日が谷底に落ちてきて、絵になる風景だ。『ちば滝めぐり』によれば、長沢の6つの滝は、下流側から4つが各1m、その上に4段の本滝が高さ9.5m、さらに最上段に2.5mの上滝。合計6つの滝だ。
4段の本滝を登っていく。上の二段がそれぞれ3mくらいの滝となっている。2日前の台風のおかげで、水量は結構多いようだ。一番上の滝の下まで登って、足が止まる。えぐれた岩の上を幅広の水が落ちる。両側の岩を登ろうとするが、滑るし凹凸もない。さすがに今日は撥水シャツも着てないし、落水中をシャワークライムするのは気が引けた。結局登るのを断念。
沢の上、大分高いところをかじか橋という吊り橋が架かっている。沢から再び遊歩道に上がる。かじか橋にはアケビの実がいくつも落ちている。そういえば遊歩道にも散乱していた。
かじか橋を渡ると沢山不動尊だ。前回8月に来た時に、設置されたばかりの記帳ノートに記入してみたが、2ヵ月後の今どうなっているか、再びノートを開く。すると、この2ヶ月で結構な人が書き込んでいた。なんだ、結構人が訪れるのね、ここ。ここ三芳村が故郷で、夏休みに帰省して書き込んだ人や、滝を見に来た人、後藤義孝(江戸時代に活躍した、千倉町出身の彫刻家)が彫った沢山不動本堂の龍を称賛する人。
再び沢に降りて棒滝へ。右壁を登ろうと試みるが、岩が滑るし、凹凸があまりない。しかもこのオーバーハングが曲者だ。しばらく滝の下でグズグズと登ろうとしたが滝面を登ることは断念。右の支沢のようなルンゼの斜面から巻いて登ることもできそうだったが、今日はこの後山を登るので、あまりハードな滝登りはしないことにする。水をかぶることも避けたかった。
車に戻り、増間方面へ。房総の原風景が広がる長沢の集落では、田植えが終わったような佇まいだ。二期作なのだろうか?
県道258号を東へ。空は青く、山深い中に集落が点在する増間地区は、癒される風景だ。
増間林道入口に到着。林道を上がっていくとすぐに日枝神社がある。車を林道に置き去りにして神社にちょっと立ち寄る。昭和32年に増間地区15社が合祀されてできた地区の鎮守で、祭神は大山咋命(おおやまぐいのみこと)。
車に戻って再び林道を登り始める。増間ダムの水が茶色に濁っている。台風一過の林道には木の枝や葉が散乱している。爪あとが生々しい。途中から轍が異様に深くなり、ちょっと車輪がはまったら動けなくなるなと思ったので、車で上がるのをやめにして、車はちょうどあった退避帯に置いていくことにする。
大日山登山用に運動靴をカバンに入れ、水着と沢運動靴でそのまま林道を歩いて上がっていく。
林道はボコボコで、散乱物が激しい。すると、林道の上のほうからチェーンソーの音が聞こえてきた。
10分弱歩くと、前回車を停めた坊滝への遊歩道の分岐点に着く。
8月に気の立ったオニヤンマに強襲された場所だ。
その先に、二人のおじさんがチェーンソーで作業をしていた。白いライトバンで乗りつけ、道に倒れた木を、チェーンソーでいくつかの輪切りにし、撤去作業をしているのだ。どうやら市の道路課だか林野課だかの職員か、もしくは市に委託された業者の人だろう。
道の木はもうあらかた切り刻まれて、普通に通れた。僕は二人に挨拶をして、そのまま林道を登っていく。二人は唐突に現れた、ヘルメットに水着姿のハイカーにちょっと驚いた様子だった。そうだよなぁ、どう見ても登山者の格好には見えないもんなぁ、と自分でも頷く。
台風が来ることによって、道路とか施設関係の見回りや点検で忙しくなる人もいるのだなぁ。台風後はこういう人たちが人知れず山奥で作業をしているのか、ということが分かり、妙に感心してしまう。
ほどなく坊滝に到着。滝下に降りる遊歩道の階段も、台風により落ちた枝や葉で埋め尽くされている。
二度目の坊滝。台風一過で、滝を落ちる水の筋も量も前回(8月)より多い。やはり滝壺の水は濁っている。
前回は滝登りにトライしたが諦めた。だが滝の岩の下部に走っている斜めの岩の切れ目を足場にして右斜面に取り付けば、何とか登れるかもしれない、と思ったのだ。
だが今日は撥水シャツを着てこなかったのが致命的だった。岩の切れ目を斜めに進む。結構滑る。途中でやや増水した滝の落水をかぶり、体はびしょ濡れになってしまった。全くのシャワークライム状態。だが撥水シャツを着てないので、体が冷える。しまった。全身に水をかぶった後に、いつもの撥水シャツを着てこなかったことを大いに後悔する。8月とはわけが違う。水着は履いているのであるから、上もいつもの格好で来ればよかったのだ。
結局、坊滝の滝登りは諦めた。水を浴びて寒い上に、結構滑る。右斜面が滑ると、滝壺に滑落しかねない。
今回も敗北。だがまだ勝負が決まったわけではない。次回は完璧な準備でトライしたい。
滝下に降り、滝を見上げる。するとまたまたオニヤンマが飛んできた。僕の目の前でホバリングして、咬みつかんばかりに威嚇してくる。再度の敵意むき出し。
靴を履き替え、濡れた長袖シャツを脱ぎ、Tシャツに着替える。下は水着のまま。さっきまでは青空が広がるいい天気だったのだが、徐々に雲が広がってきたので、ちょっと肌寒い。

坊滝 |

大日山登山道。擬木の急階段 |

後惣引きの滝の流水を横から |
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だがそのまま大日山登山に突入。坊滝の滝上に太鼓橋があり、そこから大日山山頂までの登山道がついている。案内板によれば、ここから山頂までは490m。
登り始める。始めは擬木階段がついていて、それを登る。かなり急な階段だ。息を切らす。上りきると緩斜面の道となり、案内板とベンチが現れる。ここは山頂への道と、増す間ダム側の登山口へと降りる下降道との分岐となっている。
山頂へ再び階段を登っていく。夏が過ぎめっきり少なくなった飛ぶ昆虫だが、アキアカネがフラリフラリと飛んでいる。そういえばさっきオニヤンマがいたけど、南房総はちょっと気温が高いからトンボの活動期間も長いのだろうか。
ほどなく大日山山頂へ到達。坊滝の上からわずか30分。標高は333.3m。房総の山らしい。
山頂の案内看板が倒れかかっている。台風の威力だろうか。
山頂にはその名の由来となっている大日如来像が鎮座している。石を積み上げて作った囲いの中に佇む素朴な石の如来像。三芳村一帯の人々の信仰心が窺い知れる。
如来像の横には情報ノートがある。雨風を避けるための木箱、プラスティックケースに入っているが、台風のためか、若干ノートは湿っている。書き込みを読んでいく。登頂した人たちの思いがつづられているが、まぁ、別に心を揺さぶられる文章はない(笑)。
僕もたいしたこともない文章を書き込み、元のようにケースと木箱にノートをしまい込む。
山頂からの展望はよい。西側に展望が開けている。いつの間にか空一杯に雲が広がってしまったが、東京湾までは見通せる。館山から洲崎の方に突き出た半島が見える。こないだ登った伊予が岳から見た、双耳峰の富山がよく見える。富士山はやはり見えない。
風が肌寒い。そうか、濡れた水着にTシャツだから寒いのだ(笑)。大日山も水着で登頂した人間は、僕が初かもしれない。10月の午後3時過ぎ、さすがに季節は巡っている。もう夏気分での沢や山ではないのだ。
しばらく山頂に佇んだ後、来た道を下りる。坊滝からさらに林道を下って車の置いてあるところへ。
途中、前惣引きの滝、後惣引きの滝の看板が目に入る。
(そういえば、前回8月のときは、この二つの滝を登ってないな)
そう、前回は、増間川の支流にかかる滝群はあらかた登ったが、本流にかかる前惣引き、後惣引きの滝の二つには登らなかったのだ。時間は15時50分。まだ日はある。よし、二つの滝を登ってしまおう、と思い立つ。何しろ今日は棒滝、沢山不動の本滝、坊滝と、登るのを断念してばかりの、達成感に恵まれない日なのだ。
前惣引きの滝下に下りる。再び靴を履き替え、ヘルメットをかぶる。Tシャツも濡れたやつをバッグから引っ張り出して着る。なぜならば、今着ているTシャツは唯一乾いたTシャツであり、これを濡らすわけにはいかないからである。濡れたTシャツを大声を上げながら気合で着る。周りに全くひとけはないので、独り言は言い放題である(笑)。荷物はこの河原に置いていくことにする。
前惣引きの滝は、なかなか高さのある滝だ。10mくらいだろうか。だが、斜度はそれほど急でないし、岩に凹凸もあるので、登るには問題ない。水を浴びる。登り切る。達成感。そのまま川を遡る。しばらく川を歩くと、後惣引きの滝が現れる。こちらは独特な形をした滝である。下部はごく緩やかな岩の斜面なのだが、途中から左側の岩は垂直でオーバーハング状となっており、水は空中を垂直に落ちる。右面は斜度をやや急にしながらもまだ割と緩やかで、斜面上を水が滑り落ちる。水は両方から溢れている。
登るのに苦労はない。右側の緩い斜面を登ればよい。垂直に落ちる水を横から見る。幾筋もに渡って扇を広げたように水が広がっている。見とれる風景だ。常に形を変える流水は、いつまで見ていても飽きない。夜景を見ていて飽きないのとは違う感覚だ。変化に目を奪われる。
後惣引きの滝を登り切ると、上から滝を眺める。面白い造形だ。川を歩いていると、いくらでも不思議な岩の形に出会う。
増間川は増間林道に並行して流れている。後惣引きの滝上から林道に上がるのはたやすい。林道と川が落差なく近いからだ。
林道に上がり、歩いて下って、再び荷物を置いてある前惣引きの滝下に戻る。荷物をまとめて再び林道に上がり、車のところまで歩く。10分歩くと車にたどり着いた。16時45分。靴を履き替え、乾いたTシャツに着替え、水着もジーンズに履き変える。
10月中旬の日は暮れかかっている。Tシャツ1枚ではもはや寒い。だが他に着る服もないので、我慢するしかない。
タバコを一服して、17時過ぎに帰路につく。坂道の途中にある日枝神社に再び立ち寄る。
結構疲れた。運動量はいつもより少なかったはずだが、水に濡れて体力を消耗した感がある。やはりファイントラックの撥水ペラペラシャツは優れモノなのだと再認識する。
疲れたし寒いしで、帰りも結局高速に乗る。早い。17時過ぎに増間を出て、19時過ぎには千葉に到着。南房総の奥深い山も、下道なら3時間かかかるところを、高速を使えば2時間で行ける。
来週から働き始める。気が重い。この半年間、沢に行きまくったが、沢登りシーズンの終了とともに、僕の無職ぐうたら生活も終焉を迎えることになった。残念と憂鬱。 |
2013/10/12 (Sat.)〜10/13 (Sun.)

大戸場の滝(豊英大滝)。深い淵を持つ、幅広の滝 |

滝上から見た滝壺。川床がいきなり深くえぐれ、相当に深い淵となっている。
房総のナメ床を主体とする川床には、このような瓢穴(ポットホール)が特徴的。 |

カワニナ。そこらじゅうにいる。 ⇔ 川虫 |

河原で昼食 ⇔ 進化した鮭弁当 |

親子ガメのようにおよぐコンスケ親子 ⇔ 川泳ぎ最高 |

右壁から滝を登る私 ⇔ パンツ一丁で滝面に取り付く私と泳ぐ面々(爆笑) |

キャンプサイト |
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夕食はカレー |

夜のトンネル |
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朝食。朝7時前、みんなどことなく眠そう。 |

大山千枚田 |

天皇皇后両陛下が行幸された際に記念に立てられた碑。陛下の句が刻まれている。 |

棚田倶楽部 ⇔ 紙すき教室 |

伊予が岳登山口の平群天神社 |

森の中の登山道を行く |

ロープを伝って登る |

伊予が岳南峰山頂。後ろに見える双耳峰が富山 |
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伊予が岳北峰から南峰の岩峰を眺める |
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案内板の裏でいきなり肉野菜炒めを広げて食べ始める石坂 |

武本食堂にて。僕が頼んだ「マグロカツ定食刺身つき」 ⇔
石坂が頼んだ「天丼&マグロ丼セット」。いずれも恐るべきボリューム |
清和県民の森キャンプ
この土日は、仲間と1泊2日で房総の山奥、清和県民の森のキャンプ場でキャンプを敢行する。参加者は、僕、コンスケ、コンスケの娘ほなみちゃん(小4)、裕助、石坂の計5人。
みんなロクな車を持っていないので、僕の愛車、インテグラが出動することになった(笑)。えっ、僕の車が一番ロクじゃないって?いやぁ、まあそう言いなさんな。とりあえず5人が乗れる車で収納あり、という条件から、インテグラ登場とあいなったのである。何しろ、コンスケ家の車は軽、裕助は軽トラ、石坂にいたっては車を持っていない。僕のインテグラに人が5人も乗るのは、いつ以来振りか、全く覚えていない。遠い昔の出来事だ。知っている人は知っていると思うが、僕の車には生活用具一式が乗っているといっても過言ではないほどガラクタが後部座席、トランク一杯に詰まっているので、さすがに前日に、車に乗っている不要な荷物を全部降ろし、人と荷物が乗れるように整理した。この作業が大変だったこと。
朝8時半に裕助を乗せて蘇我駅に向かう。蘇我駅で石坂、コンスケ父娘と待ち合わせ。9時過ぎに彼らは現れた。5人乗っていざ出発。
行き先は清和県民の森。清和県民の森は、房総半島ど真中、小糸川が造る三島湖、豊英湖等の一帯に造られた複合アウトドア施設で、ハイキングコース、登山道、キャンプ場、オートキャンプ場、ロッジ、バーベキュー場、スポーツ広場、その他体験型施設があり、野外活動全般が楽しめるようになっている。県民の森は千葉県が管理する施設で、千葉県内にいくつかある。
まぁ行きは元気だから高速を使うまでもあるまいと下道で行き、いつもの久留里の吉田屋で食材を買い込む。今晩の野営食はもちろんカレーだ。カレーといえばキャンプで作る人気メニューNo.1だろう。明日の朝食は焼きそば。石坂は、アウトドア活動といえばBBQのイメージがあるのか、焼肉実施を主張する。「カレー作るんだからいらねぇだろう」という他の人々の意見に耳を貸さず、自己主張の弱い石坂にしてはこれまた珍しく強気にごり押しし続け、僕らも仕方なくそれを了承する。先に言ってしまうが、やはりこの判断は誤りであった(笑)。
吉田屋では今日の昼飯も買う。もちろん、例の298円弁当である。キャンプ場のチェックインは13時なので、昼飯は出来合いのもので済まそう、というわけである。この298弁当にはハンバーグやトンカツ等いくつか種類があるのだが、今日は鮭弁当の進化が際立っていた。鮭が堂々とのりご飯の上に乗っかっている他に、鶏のから揚げとコロッケまでついているのである。そしてキャベツの千切り、きんぴらごぼう、漬物が副菜として入っている。明らかに以前の鮭弁当に比べて大きくパワーアップしている。ただでさえ298円で激安なのに、こんなに豪華になってしまっていいのか?と思うほどだ。この内容を見て5人中4人は鮭弁当を無条件に選択。石坂だけはエビフライ弁当。なぜだ?
11時半、吉田屋を出発し、清和県民の森のキャンプ場に着いたのが12時過ぎ。チェックインは13時だというので、それまで小櫃川の支流である木和田川にかかる大滝、大戸場の滝(別名:豊英大滝)に行って遊ぶことにした。キャンプ場から車で数分で滝への降り口に着く。車を狭い駐車スペースに置き、森の中を歩いて沢に降りる。天気がいい。今日の昼はかなり気温が上がっているようだ。きっと30℃近い。沢の水が心地よい。
大戸場の滝は素晴らしい形の滝だった。房総でも有数の大滝で、2段になっている滝は、下段が高さ2.5m、上段が7.5mある。特筆すべきはその滝の幅で、約20mにも渡っている。千葉のナイアガラと言っても大げさではあるまい(笑)。下段、上段ともに深い淵があり、特に上段の淵は、相当に広くて深そうだ。房総の山の中ではこれだけ大きな淵にはそうそうお目にかかれない。
滝には先客の親子連れがいて、下段の滝壺で釣りをしていた。僕らは彼らを横目に、下段の滝を上がる。下段は2.5mで、向かって右側の岩面に階段状のステップがついていて、上がるのは楽だ。
ほなみちゃんが目を輝かし始める。彼女はいきなり下段の2.5mの滝の斜面を、滑り台のように滑り降りた。そして下の浅い壺の水に突入。普通に服を着たままである。ケツを打ったかに見えたが、ケロッとしている。そして「キャー」と歓声を上げる。
「すげぇ!」
僕らオヤジ軍団は、呆然としてその様子を眺める。いきなりのウォータースライダー遊び。やるじゃないか。女の子でも侮れん。野生発揮か。
上段に移動した僕は、当然のごとく沢登りマインドに火がつき、素早く例の沢用運動靴に履き替える。まずはこの7.5m滝を攻略してみるかい、と右壁の急斜面を登った。ちょっと滑るが楽勝だ。コンスケとほなみちゃんが、左壁の斜面が緩い方を登ってくる。裕助は僕のルートを登ろうとしたが、ビビッて断念。情けない。
滝の上の上空に、林道の橋がかかっている。そして沢には珍しく注意書きの看板があり、「この先は危ないので入ってはいけません」と書いてある。沢を歩いていて「この先の沢立ち入り禁止」となっているのを初めて見たが、県民の森内で、キャンプ場やら何やらがあるからだろうか。とても何か危険な崖とかがある場所ではないので、この表示に違和感を感じる。
川には淡水生の小さな貝、カワニナがいたるところにいる。滝の斜面、川床のいたるところにいる。そこらじゅうにいるので、川床の水の中を歩いていると、いくつも踏み潰してしまう。無駄な殺生だ。注意深く歩く。
そして、小さな川虫が手についてくる。奥多摩ではたくさんの川虫を見つけたが、房総では初めて見た。もちろん、いないはずはないのだが、今までお目にかからなかったのだ。
カエルもまだまだがんばって生きている。
ここから、話は思わぬ方向に展開する。野生本能に火がついたのか、ほなみちゃんが、滝下の淵で泳ぎたい、と言い出したのである。そしてコンスケが見守る中、全く足のつかない淵に入り、泳ぎ始めた。服を着たままである。学校で着衣水泳を習ったとかで、絶好の実践チャンスと思ったのか。いやそれだけじゃないだろう。目の前に川があり、プールのように広い淵があり、外は暑いし、ただ泳ぎたいと純粋に思っているのだ、きっと。
泳ぐほなみちゃんを見て、我らオヤジ軍団は愕然とする。その姿は、僕らが忘れていたものを思い出させた。僕らだって子供の頃は、山や川で楽しいことを見つけて本能の赴くままに遊んでいたじゃないか。川泳ぎもその一つである。大人になると、頭で考えすぎる。水着持ってきてないとか、水が冷たそうだなとか、パンツの替えを持ってきてないとか。こんな自然のプールが目の前にあって、外は暑くて、水も全然冷たくない(房総の渓流は標高が低い上に水量も少ないので、水はこの時期でも冷たくない。真夏でも冷たい奥多摩の沢とは大違い)となれば、泳がない方がおかしいじゃないか。20代くらいまでの僕らならすぐさまそう考えたに違いない。まったく、小4の女の子の野生本能に忘れかけていたものを思い出させてもらうとは。嬉々として泳ぎまくるほなみちゃんを見て、沢ノボラーの僕たちが泳がないわけにはいくまい。
その前に腹ペコだった。とりあえずほなみちゃんを水から上げ、河原で昼飯を食うことにする。進化した鮭弁当。美味い。
食い終わると、いよいよ水泳の時間だ。ほなみちゃんが再び歓声を上げて水に入る。僕たちも負けてはいられない。
コンスケは準備よろしくすでに水着を履いていたが、僕と裕助と石坂は水着を持ってきてなかった。大失敗と思ったが、ええいままよ、3人とも服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になって(爆笑)淵に飛び込んだ。そういえばヨルダンの死海でも水着を持ってなかったのでパンツ一丁で泳いだな。それ以来のパンツ一丁。さらに言えば、僕はパンツの替えを持ってきてなかったけど、お構い無しだ。みんなに「何でパンツの替えを持ってこないんだ?」って突っ込まれたけど、1泊のキャンプでパンツなんて替えないでしょう?というのが僕の感覚だ。変?
みんなでうひゃーとかうおーとか歓声を上げながら泳ぎまくる。陽光に照らされた淵で泳ぐのは、まごうことなく気持ちいい。水も全然冷たくない。深いところは僕ら大人でも足がつかない。相当に深い。
裕助が豪快に飛び込む。僕は泳いで滝面に取り付き、落水に打たれながらのパンツ一丁シャワークライムを敢行。だがスタンスがなく滑るので手強い。断念。
こうして30分くらいだったが、淵泳ぎを存分に楽しんだ。
大戸場の滝 川遊び 動画(1)
大戸場の滝 川遊び 動画(2):「パンツ一丁の滝登り」編
秋の日は少し傾くとすぐに木々の裏に隠れてしまう。14時、沢では日が翳ってきたので、後ろ髪を引かれつつ川を上がる。キャンプ場へ戻り、チェックイン。キャンプ場事務棟でテント、炊事用具一式を借り、薪を買う。ついでになぜかアイスを売っていたので、みんなでアイスを買う。
10箇所くらいあるテントサイトは満席。下にあるオートキャンプ場にもかなり車が入っていた。さすがに3連休の秋の一日は、キャンプするには絶好だ。
思い返せば僕はこのようなれっきとしたキャンプ場でキャンプをしたことはほとんどないことに気づく。小中学生の頃、ボーイスカウト在籍時は色んなところでキャンプしたが、下手するとそれ以来か?大学時代にこんなとこでキャンプしたかなぁ?
このメンバーでは、高校時代に毎夏房総一周自転車野宿旅行をしたし、大学時代〜社会人になりたての頃には小櫃川の河原や御宿海岸の砂浜でテントを張ったが、きちんとしたキャンプ場で泊まったことはない。野営地(もしくは野宿地)は、いつも山の中や河原や海辺や小学校の校庭や寺の境内や公園や駅だった。
最近僕は毎夏、日本各地の山奥、ひと気のないところで一人ぼっちの天幕生活をしているが、やはりキャンプ場などには絶対に行かないので、逆にこのようなキャンプ場が新鮮に思える。ただ、日常電気や水道の便利さに慣れきった人間が、大自然の只中で大いなる不便を感じるのがキャンプの醍醐味の一つだと思うのだが、こういったキャンプ場にはトイレも水道も完備されていて、あまりにも快適にキャンプができるので、「こんなの本当のキャンプじゃないわな」とは思う。まぁ、あまり野外生活に慣れていない人や子供たちがやる「初めてのキャンプ」にはこういうところがいいのだろう。
複数人でキャンプをしたのはいつ以来かなぁと思い返してみると、2004年11月、エクアドルのカハス国立公園でキャンプをして以来だ。エクアドルの国立公園にはキャンプ用施設などはなくて、ただただ広がるだだっ広い荒野に、まぁ、どこにでもキャンプができるという、あちらの国ならではの大らかさである。薪もそこらへんに転がっている木を集める。湖がそこらじゅうにあり、森もあるので、水や野グソには困らないし、そういう意味では自然がありのままに目の前に広がっていて、何といってもその自然が素晴らしいので、キャンプするには最高の場所だった。ただ、11月、富士山より高い標高なので、夜は相当に寒かったけど。
早速5〜6人用のテントを設営。だがテントを建てるとすることがなくなった。しばらく昼寝したり酒飲んだりして午後の時間を思い思いに過ごす。ほなみちゃんがKARAのダンスをみんなでやろうというので、オヤジ軍団が横一列に並んでほなみちゃんの動きを真似る。怪しい集団にしか見えない。
4時過ぎ、ちょっと早い気はしたが、やることもないのでカレー作り開始。と近頃では日が暮れるのが早く、17:30にはもうあたりは暗くなった。ランタンをつける。
午後6時、カレーとご飯が完成し、暗がりの中みんなで食べる。カレーはちょっと水気が多く、シャバシャバだったが、美味い。結局、外で作るカレーは、なんでも美味いのだ(笑)。
みんなカレーを何度もおかわりして、案の定、カレーだけで腹いっぱいになる。石坂が焼肉を焼き始めるが、みんな興味なし。結局2パックの肉を使わずに翌日に持ち越すという石坂大失敗。ちゃんとしたクーラーボックスがないので、僕が持ってきたインチキ布製クーラーボックスに余った肉と野菜を入れておく。昼間に氷を買ったので、中は一応冷えている。ビールやチューハイもまずまずの冷えだ。
買った薪がほとんど底をつくというピンチ。急遽僕のガスバーナーを車から取ってきて、湯沸しなどに使う。カレーもご飯も少し余ったので明日朝もカレーか。
夜は酒を飲みながら語らう。他のテントサイトは明るいランタンがいくつも並び、昼のように明るいが、僕らは僕の持っている電池式のランタンのみなので薄暗い。いつもキャンプで使うヘッドライトを僕は持っているのだが、電池がなかった。昨日まで台湾に旅行に行っていたので、準備が甘くなったのだ。まあ、別に暗くても大きな問題はない。裕助が携帯電話のライトを駆使する。
ほなみちゃんが散歩に行きたいというので、ナイトウォークに出かける。半月の月夜だったが、星空がなかなかだ。真っ暗の道を歩く。蛍の幼虫がポツリポツリと光っている。オレンジ色のトンネル。夜のトンネルは絵になる。
「木のふるさと館」という、木工体験や工芸品販売を行っている施設まで来る。当然もう閉まっている。国道410号、キャンプ場の入口である。ここまで来て引き返す。何があるというわけではないが、外にいると夜の散歩まで楽しい。
キャンプ場には繰り返し放送が流れる。「消灯は夜10時です、夜10時を過ぎたら、お静かにお過ごしください」
周りはほとんどすべて家族連れのキャンパーなので、みんな夜は早い。9時頃にはほとんどみんなテントに潜り込んで、辺りは静かになる。僕らもテントに入り、寝袋に入って横になる。大人4人、子供1人でもスペースに余裕がある。いいテントだ。カハスで3人用のテントにキツキツで5人で寝たことを思い出す。
しばらくしりとり歌合戦をする。歌は楽しい。で11時頃にそろそろ寝っか、ということになり眠りにつく。僕はこういうところではあまり深く眠れないのだけれど、この日は割と良く眠れた。歳のせいか。
翌朝6時半時に起きてテントの外に這い出す。今日も天気がいい。朝の早いコンスケがすでに起きてカレーを火にかけていた。石坂は焼肉を大量に焼く。豚肉とスパイシーな骨付き鶏肉。さすがにここで焼かなければ、保存はきかないので廃棄するしかなくなるので、焼いてしまうしか選択肢はない。だけど朝から焼肉なんて食べたくないって。昨日切ってしまった野菜もまだ残っているので、玉ねぎとピーマンも焼く。だから要らないって。
朝のカレーは、ご飯の温めガ甘く、イマイチだったが、美味かった(笑)。キャンプで食べるカレーは何でも美味いのだ(笑)。
石坂が焼肉をみんなに勧めるが、みんなの動きは鈍い。鶏肉は何とか売れるが、豚肉+野菜は売れ残る。石坂は焼肉を盛った紙皿をビニールに入れ、エセクーラーバッグに突っ込んだ。曰く、「昼飯に食べよう」。さすがだ。
結局朝食はカレーと肉で済んだため、焼きそばともやしや人参、ピーマンなどが余ってしまった。もやしは危ないが、何とか保存して誰かが持って帰ることにする。
朝食後、片付けに入る。炊事用具の洗浄、灰捨て、ゴミ捨てを一通り終えると、テントを畳む。9時過ぎに借りたものを事務棟に返し、足りないものがないか、チェックを受ける。晴れて合格。
9時半に車でキャンプ場を後にする。今日はコンスケ提案により、大山千枚田に行き、その後伊予が岳に登る。
清和県民の森 写真集
清和県民の森 動画集

鎖場。急斜面の岩場となっている |
大山千枚田は、鴨川市の西部、群界尾根と峯岡山系に挟まれた山間に開拓された棚田である。都心から一番近い棚田として知られる。「棚田倶楽部」という棚田保存を目的としたNPOは、都市と農村との交流を図り、農業の新しい形を模索するため、棚田のオーナー制度を導入し、都会の人にも稲作の楽しさ・苦労を知ってもらおうとしている。さらには、紙すき教室など体験型教室の実施や、棚田ライトアップコンサートなどのイベントを企画・実行している。折りしもこのライトアップ&コンサートは、来週末に開催予定であったし、僕らが訪れたときには、紙すき教室の真っ最中で、受講者がミキサーと紙すきを使って紙作りをしている最中であった。
なかなか良い景観である。僕はアジアをよく旅して棚田には詳しいので(笑)、ふんふん、なるほどね、ってな感じだが、小規模ながらも石垣などは使ってなくて、自然に近い形の棚田である。だが、開墾にはやはりかなりの苦労があったのだろう。
今の田んぼの状態は、稲刈りが終わったところだろうが、刈り取った稲の束は見当たらない。早くも苗のような草の列が植えつけられたような様相だった。冬の間は畑にでも様変わりするのだろうか?それともこれは稲の二期作?
棚田の風景というのは、田植え直後、張られた水が陽光にキラキラと輝いている頃か、収穫直前、黄金の稲穂がびっしりと金のじゅうたんのようになっている頃であればさらに気分は高揚するのであろうが、いついかなる時期でも、風景には、何らかの味がある。特に四季のある日本の田舎風景は、どの季節でも違った美しさを秘めている。
ここは3年前の9月に天皇皇后両陛下が、千葉国体の際に立ち寄られたとのことで、行幸の後に陛下が詠まれた句が、記念石碑に刻まれている。
11時、大山千枚田を後にし、伊予が岳へ。麓の平群天(へぐりてん)神社の鳥居横にある公民館前に車を駐車し、飲み物を買って登り始める。
伊予が岳は、山頂部が千葉県の中でも珍しい岩峰となっており、伊予(愛媛県)にある西日本最高峰の石鎚山に相貌が似ていることから名づけられたという。
登山口にある平群天神社は、菅原道真を祀った神社で、境内には日本のクスの大木、「夫婦クス」が堂々と屹立している。
神社横から登山道が始まる。11:45登山開始。序盤は森の中を進む。3連休の中日、好天にも恵まれ、登山者が多い。降りてくる人も登る人も多い。小さな子供を連れた家族連れも結構いる。途中から傾斜が急になり、岩がむき出しの斜面となる。そしてロープ場と鎖場が登場する。沢登りで日頃岩を登っている僕たちには大した苦はないが、小4のほなみちゃんには大変だ。背が低いし、力もない。何より、こんなロープや鎖を使って岩を登らなくてはならない場所に来たのは初めてだろう。ここまで来る途中、上から小さな子供連れの家族が何組か降りてきたが、さすがにここは登ってないと思われた。ほなみちゃんは、ピーピーと泣き言を言いながらも、コンスケの指導のもと、がんばってロープや鎖を握って懸命に登っていく。
下る人たちも大変だ。登る人と下る人がロープ場でかち合うと、たいてい岩場は狭いので、行き違いに苦労する。まずはどちらかが登るか下るなりするまで、他方は狭い場所で待たなければならない。今日は相当に登山者が多いようで、下ってくる人も多い。おかあさん、おとうさんは、この岩場は結構大変だ。
そんな中、ムカつくことがあった。山頂までもう少しというところで、後から来ていた親子連れ、といっても割と年配の夫婦と、20代に見える息子の3人組であるが、彼らは我々の後ろから登ってきて、ほなみちゃんが悪戦苦闘していたので、登るのを待たされることになった。僕らは何とかほなみちゃんを鼓舞して、ほなみちゃんも何とか登ろうとがんばっているが、どうしても時間がかかってしまう。
すると、後のその20代と思われる男が、僕らに聞こえる声でこう言ったのだ。
「なんだよ、遅ぇなー、なにやってんだよ!?」
すぐに父親と思われる年配の男性がたしなめる。
「おい、聞こえるぞ」
僕は奴の目の前にいて、その言葉を聞いた。こいつを殴り倒したいほどの怒りに駆られたが、ここは打ち震えながら、大声を出してそいつの目を強い勢いで凝視しながら、皮肉的謝罪を言った。
「すいませんねー、遅くて」
僕の顔は、きっと笑っていなかっただろう。むしろ、鬼の形相だったのではないか。奴は苦笑いをして、黙り込んだ。僕がほなみちゃんの仲間だと思っていなかったのか?だが、奴は目の前で登っているほなみちゃんにも聞こえそうな声で前述のせりふを吐いたのだ。子供が目の前で一生懸命に登っているのに、なぜそんな言葉が吐けるのだろう?どうしても早く登らなくちゃならない理由があったのか?思いやりのかけらもない言葉じゃないか。
僕はその後もこいつを罵倒してやりたい気持ちで一杯だった。切れる寸前だった。が、大人なので我慢した(笑)。
そんなことがありながらも、12:45、僕らはついに南峰山頂に到達。標高336.6m。ここが下から見上げた岩峰であり、岩の突端に立つことができる。そこから岩は崖となって切れ落ちる。天気は最高で、360°の素晴らしい眺望だ。西寄りには双耳峰の富山、眼下には点在する街と田畑、さらに南側には御殿山や大日山。遠くには東京湾が見渡せる。空気が澄んでいれば、富士山まで見えるというが、今日は晴れているものの、富士山の方向は霞がかかっていて残念ながら富士山は見えない。
朝食が早かったのでみんな腹ペコだ。余っていた魚肉ソーセージを山頂のベンチでみんなで食べる(笑)。山で魚肉ソーセージを食べている団体もなかなか珍しい。
しばらく休憩して、北峰へ向かう。一旦下り道で、その後登る。鎖場などはないが、斜面がズルズル滑る砂状なので足を取られて歩きにくい。15分ほどで北峰に到達。ここからは南峰の岩の頂がよく見える。岩が割れてクレバスのように切れている。
南、北、両方のピークを極め、僕らは山を降り始める。帰りもほなみちゃんの苦闘は続く。鎖場、ロープ場は彼女にとっては下るのも大変だ。コンスケが付きっ切りで声をかける。僕らも彼女を励まし、ようやく鎖場・ロープ場を突破。ここからは普通の下り道だ。
14:35、平群天神社に到着。鳥居のところで何やら消防団風のはっぴを着た人たちが話し合いをしていて、道路には消防車が停まっている。なんだろう?まさか僕の愛車インテグラから出火したとか?
だが何ともなかった。どうも何かの訓練なのかイベントなのかで、街の消防団員と消防署の人が集まっていたようだ。
やれやれと車に戻る。すると石坂が目を疑うような行動に出る。今朝作った例の焼肉野菜炒めを取り出し、食べ始めたのである。僕らは唖然として石坂を見つめる。さすが、焼肉を買った自分が焼肉を責任持って食べる、という見上げた心がけだ。僕も一切れもらうが、まずまずいけた。
伊予が岳 写真集
さて、これで今日の活動は終了だ。あとは千葉に帰る途中で遅い昼飯を食おう、となった。まず鋸南の「道の駅富楽里とみやま」のレストランを偵察するが、高くて味気ないのでやめる。内房の海沿いを走り、保田の港にある、保田漁協直営の「ばんや」という大きな海鮮レストランに行くが、とてつもない数の観光客が押し寄せていて、順番待ちの長い列が出来ていたのでここもやめる。
お次は少し北上した金谷にあるこれまた海沿いのドライブイン。お土産屋や天然温泉、レストランがある。だがここのレストランも売り切れが多発していて魅力的なメニューがなかったためやめる。
結局もう4時半。海沿いの海鮮を諦め、姉ヶ崎の農村食堂へ向かう。着いたのはもう日がとっぷりと暮れた17:45。だがここも営業が18時で終了とのことで、入れず。
こうして食事難民となった我々が最後にたどり着いたのは、海士有木の武本食堂だった。5月にキンダン川を遡上した後で行った、あの超大盛り食堂である。
18:30、店に入る。今日の混雑はそれほどでもない。すぐに座れた。みんな、前回の反省から、「海鮮天丼」は誰も頼まない。そしてみんなで違うものを注文する。始めにほなみちゃんのさば味噌煮定食が出てきたのが45分後の19:15。そして僕のマグロカツ定食刺身つき、石坂の天丼&マグロ丼セット、コンスケのいわし天ぷら定食、裕助のアジフライ定食刺身つきが19:30までに出揃う。やはりすべて出てくるまでに1時間かかるか。
どのメニューもこれでもかというくらいに大量だった。大食いの石坂は、超大盛りに喜ぶ。奴の頼んだ天丼&マグロ丼セットは、その名の通り、天丼とマグロ丼がトレーの上に乗っかっている。つまりほとんど二人前と言って過言でない。
僕のもとてつもないボリュームだ。だが、昼飯は伊予が岳で魚肉ソーセージしか食っていない僕らは(注:石坂は焼肉野菜炒めを食べていた)、死ぬほど腹が減っていたので、各自ガツガツとすべてをやっつけた。ほなみちゃんのさば味噌煮定食も多かったが、父親のコンスケが手伝って完食。今日は誰も敗退せずに前回の超巨大アナゴ入り海鮮天丼の借りを返したわけである。
それにしてもこの海士有木の武本食堂は腹ペコなときには最適だ。味はまずまずだが、価格は安いと言えるだろう。これだけのボリュームで1000円〜1200円である。いつも混んでいるのと、注文してから料理が出てくるまでに時間がかかるのが難点だが。
夕食をたらふく食って、満足感に浸りながら千葉に戻る。帰りの車中、石坂のタブレットが活躍。ほなみちゃんがこの2日間ずっと歌いまくっていた、よう分からんカがなにかの子供アイドルの曲を、ユーチューブで見つけてタブレットで再生。ほなみちゃんはそれを何度も何度も繰り返して一緒に歌っている。
こうして楽しい2日間は終わった。 |
2013/10/8 (Tue.)〜10/11 (Fri.)
台湾弾丸旅行
この模様はこちらで。 |
2013/10/7 (Mon.)
就職決定
半年以上にわたった私の無職ぐうたら生活も、ついに終止符が打たれることになりました。
このたび、東南アジアを中心に活動している国際協力NGOへの就職が決まりました。しばらく東京で研修を受けた後、ミャンマーに赴任します。
仕事は、ミャンマーでの職業訓練校の立ち上げ・運営です。
10月22日から働き始める予定です。詳細は追ってこのページで紹介します。
振り返ると、この半年間、なんか無為に過ごしてしまった気がしますが、まぁ、これも人生でしょう。今さら言っても仕方ない。 |
2013/10/3 (Thu.)

奥多摩駅から鴨沢西行きバスに乗る。天気はいい。 |

でかい |

再びやって来たカエル滝 |

ゴルジュが狭まったところにあるトイ状3m滝。これも泳いで取り付く。 |

10m滝の上部を見上げる
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10m滝の滝下から下流側のゴルジュ |

10m滝の上は、穏やかな渓相 |

川の上に建つ立派な小屋。 |
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透明な水がナメ滝を滑り落ちる |
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半円の滝 下から ⇔ 上から
確かに上から見ると、ウォータースライダー状 |

半円の滝の上流すぐにある赤テープ。ここから上がるも踏み後あやふや |

斜面を登っていると突然ぶち当たった水根沢林道 |
多摩川 水根沢谷遡行(2回目)
今日は水根沢のクリアを目指し、単独で奥多摩に遠征する。もう暦は10月。気温は日に日にどんどん下がり、悲しいかな、水と戯れる季節ももう終わりかけている。
だが9月22日に中途退却となった水根沢の遡行は、来夏の宿題とするわけにはいかない。今シーズン中にカタをつける。
いつものように朝5時過ぎに起き、通勤サラリーマンの方々を横目で見ながら、千葉から都心を突っ切って西多摩郡へ。都心から遠ざかるにつれ電車の乗客は減り、青梅線ではもうガラガラ。今日は平日で、おとうさん、おかあさん登山者の姿もほとんどない。
御嶽駅で降りる人も少ない。奥多摩駅着9:31。奥多摩駅では2,3人のみが降りる。
駅の外に出ると、いい天気。暑い。いいぞいいぞ、夏が戻ったような陽気じゃないか。スキップして便所に行く。
バスは9:40発。鴨沢西行き。水根バス停に10時前に着く。初めて奥多摩駅から空いているバスに乗った。乗っているのは地元のおかあさん、年配のおとうさんハイカーが5人くらいのみ。
前回と同じく駐車場で着替える。今日は平日なので、打って変わって車が少ない。どうやら草刈りだか剪定だか何かの作業をしている小型トラックの周りで、作業着姿のおじさんたちがダベっている。
僕は駐車場の奥に行く。今日は車が少なく、遮るものがなくて視界が利くのでちょっと恥ずかしかったが、作業のおっちゃんたちがちょうどトラックの陰に隠れてこちらが見えないのをいいことに、一気にズボンとパンツを下ろして水着に素早く着替える。もう10月に入ったが、いつもと同じ格好だ。さっきも言った通り、今日は昨日までより大分暑く、気温が上がりそうだ。
林道を歩いて入渓地点へ。林道を歩いている間に汗がにじんでくる。いいじゃんいいじゃん、暑いよー。
例の工場脇を通る。今日は工場から旋盤だかカットソーだか知らないが、機械の甲高い音がしている。
入渓時間10:45。
前回断念したカエル滝までの道のりは、何しろ行きと帰りで2度も通ったわけだから勝手知ったる、と思いきや、第1ゴルジュに入ってすぐに、「おや、これどうやって突破したんだっけ?」という滝が現れる。
へつっていくと途中で行けなくなったのだ。しばらく壁に張り付いたまま呆然とするが、一度戻ってよく滝の様子を見つめる。いや、確かにこの滝はへつって突破したのだ、と改めて岩壁に取り付く。壁の向こうへの右足のあと一歩を強引に出し、突破する。要するにあと一歩出せれば楽勝だったのだ。一歩を粘れば何とかなる。
さて、その先は前回沢グループの皆さんがロープワークで越えていた二条の滝。僕らの仲間も滝面にある岩に乗りあがるのに苦労したやつだ。これは腰まで水に浸かって取り付き、岩を登って難なく越える。
そして第2ゴルジュの狭い岩壁の間を2つの滝が連続する。いずれも右岸をへつって突破する。
そして再びやって来ました、カエル滝。今日は巨大カエルの姿は見えない。この頃天気が怪しくなってくる。空は一面の白雲で覆われてしまった。日が陰ると途端に涼しい。もともと谷底には太陽が出ていても日が届かないことが多いのだが、曇ると風が一層冷たく感じられる。
だが僕はここから二本、滝壺を泳がなくてはならない。ここは前回と同じように左岸の急斜面を登って巻いてもいいのだが、どうせなら水線で突破するのが男というものだろう(笑)。実際、帰りは泳いで通過したし、今回はこのカエル滝と次の3m滝は、泳ぐつもりで勇み来たのだ。
若干肌寒いが、まぁ泳げないほどの陽気でもない。決死の覚悟で一気に水に入る。確かに足がつかない。水流の右側を泳いで滝面に取り付く。しかしここからが大変だった。滝の水流下の岩は斜めなので水流を突破しようとしたら、あまりに水流が激しすぎて前に進めず、はじかれる。再び水の中に落ちた後、それならば水流右側の岩場を上がろうと思うと、水の中に全く足場がなく、足がつかないので水中で足をブラブラさせながらだと岩を登れないのである。さすればと上半身だけで体を上げようとするが、きちんと掴める手がかりがない。水に浸かり落水を浴びながら「どうする?どうする?」と考える。急速に体が冷えてくる。長いこと水の中にはいられない。とりあえず右の岩壁に手がかりを見つけ、体を横にしてちょっと斜めになった壁に上半身だけ横になって乗り上げる。そのままじっと粘る。寒い。心臓麻痺を起こさないか心配になる。ここで意識を失ったらそれこそ誰にも気づかれずに人知れず何日か後に水死体が発見されることになる。落ち着け、落ち着け。半身の体を起こし、手がかりを探す。ない。ズルズルと落ちそうになる。踏みこたえる。何とか頭の上の出っ張りを手で掴み、体を引き上げる。体が冷えて力が入らない。じわじわと体を上げ、何とか足を岩の上に上げた。ふぅ。あとは登る。よっしゃぁあああ、まずは第一関門突破だ。
次のゴルジュの中の3m滝を前にして、前回昼飯を食べた川原でタバコを一服する。寒い。ブルブル震える。足の震えが止まらない。
吸い終わってやっと落ち着いてくる。次も釜を泳がねばならない。そしてトイ状の滝を突っ張りで華麗に登るのだ。
こうなったらもうつべこべ言ってる暇はない、一気に行くぜー、と意気込んでゴルジュに入る。暗いゴルジュは寒い。釜は小さいが深そうだ。左壁に沿って釜に入る。すぐに足がつかなくなる。泳ぐ。滝に取り付く。だがここはさっきのカエル滝よりは楽勝だった。取り付いてしまえば、滝の両側の岩はグッと狭まっているし、割と斜度も緩いし岩面はツルツルでもないので、両手両足を左右の岩に接地して、トカゲのように登っていける。滝の落水は激しいが、水流に入ることなく、水の上をトカゲ歩行可能。
よっしゃああああああぁぁぁーーー。第二関門突破。
懸案の二つの滝を泳いで登り切った。次の10m滝が最後の難関だ。だが、ゴルジュの中、いざ滝下に立つと、この滝を登るのはそれほど大変ではなさそうなことを知る。前回は、今の3m滝を右岸から巻いて、岩の上からこの10m滝を眺めたのだが、そのときは斜め上くらいから見ているからか、登るのがとても大変そうな急斜面に見えたのだけれど、下から見ると、滝の斜度は割と緩やかだ。そして右壁は起伏があり、登っていくのに問題はなさそうだ。
ホッとして登り始める。楽勝だ。10m滝も制覇。
よっしゃあああああぁぁぁぁーーー。これで難関は突破したはずだ。
10m滝から上は、ゴルジュから解放され、谷は広々とし、穏やかな渓相となる。緑に苔むした岩々の間を透き通った水が流れ落ちる。
川の上の斜面に、かなり大きな家のような小屋が建っている。沢の中でこのようなまともな建物を見るのは珍しい。見かける人工物といえば、堰堤や護岸以外では、たいていが朽ちかけた小さな廃小屋で、昔は炭焼きとか伐採とか農作業とか何かの作業をしていたのだろうが、もう最近では川の中に入って作業をするようなこともなくなってきているのかもしれない。
この小屋は何のための小屋だろうか?近くにワサビ田跡があるそうで、それが関係しているのだろうか。
川を歩き続ける。いくつかの小滝が現れるが、巻くのは簡単だ。さすがに釜に入っていっての水線突破はもう寒い。釜はいずれも明るい緑色に澄んでいる。
巨大なカエルが多い。人間の白目の部分が黄色い巨大ガエルで、酒飲み過ぎのような感じだ。そして、夏には沢にあふれかえっていたアブ、カゲロウ、蝶、トンボなどの空飛ぶ昆虫は、めっきり少なくなってしまった。
今日の遡行最後に現れたのが、通称「半円の滝」。その名の通り、弧を描いて流れ落ちる、トイ状の滝だ。腰くらいまでの深さの淵を歩いて取り付き、大股突っ張りで登る。さっきの3m滝よりも岩壁間の幅が広いので、カニ張りの大股開きだ。
滝を登り終え、上からこの半円の滝を見ると、確かに左にカーブする、ちょうどいい具合の天然ウォータースライダーになっている。ここを滑り降りて遊ぶ人もいるようだが、真夏だったらまだしも、もう僕は水に入りたくないのでやめておく。しかし暑かったら相当楽しそうだな。
これで遡行終了。水根沢クリアの充実感に浸る。そしてここで昼飯。13:50。ここまでの遡行時間約3時間。いいペースだろう。
ガイド本によれば、この半円の滝の上から林道に上がる踏み跡があるという。確かに、滝のすぐ上の左岸の木に赤テープが下がっていて、いかにも目印くさい。念のためにもう少し川を遡るが、それらしき上がり道はなく、割と立派な滝にぶち当たってしまったので、あそこで間違いないと赤テープの場所に戻る。踏み跡らしきものを上がってみるが、すぐにあやふやになってしまった。下流側への道は藪の中に吸収されてしまい、上流側への道もこれまた植林帯をしばらく辿るとよく分からなくなってしまった。
おやおやおや、おかしいぞ、これは。本には「踏み跡をたどればすぐに林道に上がれる」と書いてあった。「すぐに」というからには、まさか30分ではあるまい。日本語感覚としては、10分以内だ。だが、踏み跡はまったくはっきりしないで、どこにも合流しないのだ。僕は若干焦っていた。なぜなら、うまくいけば水根バス停発15:15のバスに乗れるかもしれないと思っていたからだ。林道に出れば、水根バス停まで40分とのことである。早く早く、と気が急いていたのだ。だが、こうなると時間より何よりも、林道を見つけることが最優先である。またこのまま林道が見つからなかったら、沢を降りていくしかなくなる可能性がある。またまた地図を持っていない迂闊。林道と川との距離がどの程度なのかが分からない。
まぁ仕方ない。こうなったらまた尾根に向かって急坂を登るしかあるまい。何かいつもこうなるなー。
植林帯の斜面は相当に急だ。だが、下草というか、土には凸凹があるし、植林帯で木が一定間隔で生えているし、ところどころに伐採後の切り株があるので、それらにつかまりながら登れる。見上げる尾根まではかなり距離がある。気がげんなりしてきながらも登り続ける。すると、唐突にしっかりした山道にぶち当たった。尾根まで上がる途中の斜面に、道が付けられていたのだ。しかも相当にマトモな登山道のようである。
これが水根林道?そうだ、そうに違いない!!
僕は、林道は尾根についているとばかり思っていた。だから尾根に向かって登れば良かろうと思っていたわけだが、林道は、山の斜面に付けられていた。試しに川の上流方向に向かってこの林道を行くと、途中で道が終わっていて、終点には木に水色のペンキで斜面の上に向かって矢印が書かれていた。上に上がる道ははっきりしない。まぁ、こっちじゃないわな。ということで、川の下流側に向かってこの林道を歩く。間違いなかろう。下流方面は、しっかりと踏み固められた道だ。途中でロープが斜面に設置されている。こないだの逆川のウスバ林道と同じく、これまた道が一部崩れかかっているのだ。
だがしばらくすると道は元の通りにマトモになる。歩き始めて10分で看板が現れる。「←鷹ノ巣山 七ツ石山」と「水根バス停→」となっている。よっしゃああああーー。ほどなく、おじさんたちが、落石防止用のフェンスでも設置するのか、斜面で何か作業をしているようだ。休憩中でタバコを吸っている。おじさんたちに声をかける。
「こんにちは〜。水根バス停はすぐですか?」
「あぁ、そこの看板からすぐだよ」
果たして、斜面下には、見たことのあるような建物が見えてきた。早い、林道に出てからは、人里に戻るのはあっという間だった。
道は、看板から斜面をジグザグに下りている。下りついたところは、行きに通った「へんちくりん小屋」の二股のところだった。林道を歩き始めてからここまでわずか20分。あとは10分もこの舗装道を歩けば水根バス停だ。
ポツポツと雨が落ちてくる。良かった、沢にいる間は天気がもったことになる。
駐車場着15:25。15:15のバスは逃したが、次の15:35には乗れそうだ。速攻で着替える。駐車場にはトラックが止まっており、何やら男性が作業をしている。がこちらを気にしている様子はないので、素早く水着を下ろす。雨が激しくなってくる。
7分くらいで着替え終え、バス停へ。雨が強くなる。バスはほぼ定刻にやって来た。
奥多摩駅に15:50着。一服して16:18の電車に乗り、青梅、東京で乗り換えて、千葉着19:05。
というわけで今日は執念の水線遡行で前回中途敗退した水根沢を攻略した。完全勝利と言ってよかろう。10月の泳ぎは、Tシャツ・撥水シャツに水着という真夏用スタイルでは相当に寒かったが、気力でカバー。今年の宿題は今年中にやってしまわねば年を越せまい(笑)。これで今年の沢登りも一段落だ。僕にとっての沢登りは、川遊びであるので、水と戯れないとつまらない。となると水が冷たくて水に入れない秋〜春はシーズンではないのだ。
水根沢(2回目) 写真集
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