2013/9/27(Fri.)

地面に落ちたミノムシ |
ミノムシ
玄関先の砂の上にミノムシが落ちていた。どこからやってきたのか知らないが、砂の上を、みのから半分体を出して、なにやら蠢いている。何をしているのだろう?
翌日、ミノムシがいなくなっているので辺りを見回すと、玄関脇の家の壁に取り付いていた。高さ1.5m。ミノムシ、あんな家を引きずりながら、機動力あるなぁ。
さらに次の日、ミノムシはさらに高いところに移動していた。高さ3m近い。だが家の壁にいて食べ物が摂れるのだろうか?と心配になる(笑)。それとも何も食べなくても生きていけるのだろうか。
そしてさらに数日後。ミノムシは壁から去っていた。どこに行ったのだろう?
ミノムシは蛾の幼虫なはずだが、このミノムシの行く末に、幸があらんことを祈る。 |
2013/9/22 (Sun.)

水根バス停前の駐車場で着替える |

林道を歩く |

入渓 |
 |
 |
 |

ロープワークの練習をする沢グループのみなさん |

笑顔もつかの間、この岩が結構登れない。滝下の釜には残りの3人。
こうやって写真に人間が入ると、高度感が表現できますね。 |

ロープを使って岩を登るベボ |
 |

木を伝う |

この滝がまた手強い
⇔へつるコンスケ。ここから次の一歩が出ない |

これがまたまた手強い |

滝壺にドボンした女性と助ける男性。僕たちも見守る ⇔ へつって滝を降りていく沢グループのみなさん。手前の人がリーダー |

問題のカエル滝 ⇔ ずり落ちそうなカエル
どうみてもカエルとしての正しい姿勢ではない
|

左岸の急斜面を登り、カエル滝を巻きにかかるコンスケ |

急斜面を見上げるベボ ⇔
急斜面を登る。沢はずっと下のほうに見える |

昼飯タイム 石坂 ⇔ 斜面の3人 |

カエル滝の淵を泳ぐ石坂。やるじゃねぇか。 |
 |
 |

帰りは登ってきた沢を下る |
多摩川 水根沢谷遡行
先週台風のおかげで中止となった沢行を今日、3連休の中日に決行する。場所は多摩川の支流、水根沢谷。参加者は5人。僕、コンスケ、裕助、ベボ、石坂。
朝5時に起き、黄色い電車に乗る。千葉から僕とコンスケと裕助3人が乗り込み、小岩でベボが合流。ベボは先週来体調不良で、昨晩まで行くかどうかを悩んでいたが、今朝電話があり、行くことに決めたそうである。その心意気、大変よろしい。人数は多いほうが楽しいからね。
新宿で快速の「ホリデー奥多摩」に乗り換える。ここで石坂と合流。例によってホリデー奥多摩は登山客で一杯になっている。先週の3連休は台風で山行をキャンセルした人も多かっただろうから、今週の3連休は天気もよく、人々はこぞって山に繰り出すのだろう。
奥多摩駅着9:14。今日は御嶽だけでなく、奥多摩で降りる客も異様に多い。ホームには人が溢れかえり、自動改札のない改札は、処理能力を超えて長蛇の列。二人の駅員さんが懸命に対応している。
やっとのことで改札を出、いつものコンビニ的商店へ行き昼飯を買い込む。
今日もバスは増便が出ている。僕らが乗る9:30発丹波行きも通常便にさらに2台の増便が並んでいる。
増便1台目に乗り、水根沢バス停までは20分ほど。バス停の目の前にかなり広い駐車場があり、ここで着替えることにする。後から来た増便から10人くらいの沢グループが降りてきて、同じく駐車場で沢支度をしている。
僕らはいつものようにバラバラの格好だ。今日は僕、コンスケ、ベボが水着。石坂は半ズボンの下にレギンス、裕助は長ズボンの下にレギンス。確かに水着の半ズボンでは寒い可能性があるが、僕は何も持ってないので仕方ない。
ヘルメットは僕、コンスケ、石坂の3人がかぶる。石坂は会社から防災用のヘルメットを拝借してきたそうだ。ごっついものではなくて、沢用として十分使えそうだ。3人とも申し合わせたように白いヘルメット。裕助は帽子、ベボはタオルをバンダナのように頭に巻く。
今日は裕助が得意のネット通販で購入したフェルトソールの鮎タビを投入する。僕らの仲間で始めてのフェルト靴だ。石坂は前回の高宕川と同じスポーツサンダル。コンスケはローカットの運動靴を初投入。ベボも同じような靴だ。
実は裕助はこの鮎タビを買う前に一度別のサイトで鮎タビをネット購入したのだが、それが詐欺サイトで、まんまと金を失っていた。振り込んだ後に音沙汰がないので不審に思っていたら、数日後には販売サイトそのものが消滅していたそうである。かなりしっかりした、扱う商品も多いマトモに見えるサイトだったそうで、僕らはネット社会の恐ろしさを思い知らされた。鮎タビのネット詐欺なんて、何でもありかよ?って感じじゃないか。
さて、身支度を終え、水根沢林道に入って歩き始める。10人くらいの沢グループは、まだ駐車場で準備をしている。よく見ると女性も半分くらいいて、初めて「山ガール」ならぬ「沢ガール」というものを見たことになる。
彼らは、水着を履いている僕らを見て、驚いたようにささやき合う。
「あの人たちも沢かな?」
そうだよそうだよ、こんな格好してるがね、俺たちだって沢屋さ!と心の中で叫ぶ。
林道から水根沢谷入渓点まで15分くらい歩く。水根沢キャンプ場を過ぎたところが二股に分かれていて、下の道を行くと工場のような建物と住居があり、その奥から入渓。10:35。
水根沢は、奥多摩湖のすぐ下流側にある多摩川の支流で、ガイド本によれば奥多摩の沢の中でも沢屋に人気のあるらしく、ゴルジュに滝、釜が連続する。釜の突破は水に入って泳ぐのが一番楽しいそうだが、先週を逃してもう9月も後半、台風が通り過ぎてからは気温がとたんに下がり、果たして今日は泳げるかどうか。
谷幅は狭いが水量は多い。石は緑に苔むしている。水に足を入れると、冷たい。うーん、これは泳ぐのは微妙だな、と渋くなる。
気づくとさっきの10人くらいの沢グループが上の登山道のような小道を歩いている。彼らの入渓地点では僕らと渾然一体となった。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
リーダーの割と年かさの男性(40代?)が僕に声をかける。
「今日はどこまでですか?」
「半円の滝までです」
「そうですか、じゃぁ一緒ですね」
二つのグループが沢でごった返す。リーダーの彼は僕に尋ねる。
「先に行ってもいいですか?」
僕は「どうぞ」と応じる。
果たして彼らのスピードと僕らと、どちらが早いか分からなかったが、僕らは楽しみながらゆっくり登るさ、という思いだった。
しばらく行くとゴルジュ状になる。滝と釜が現れる。腰までのところなら腰まで浸かって滝に取り付く。深ければへつり(岩にへばりついて横向きに進むこと)。だがなかなか簡単にはへつらせてくれない。水は冷たいが、全身にかぶらなければ、腰くらいまでなら何とかなりそうだ。先週一人で行った南秋川の軍刀利沢よりは水は冷たくない気がする。
前方のグループはおとなしく巻いている。よく見ると、結構初めて沢に来たような人が混ざっているようだ。
谷は開け、すぐ上を小橋が交差している。
しばらく行くと本格的なゴルジュに突入する。初めの2mくらいの滝のところで、グループの皆さんに追いつく。彼らは、ロープワークの練習をしていた。トップの人が先に渡って滝を登ってロープを固定し、後続がロープを伝って釜を渡渉する。さらに滝の上にある1mくらいの高さの垂直岩を、ロープを使ってよじ登る練習だ。
(しまった、こりゃ時間かかるぞ)
僕らは彼らの後で待たされる。
彼らの動きをよく見ていると、やはり初沢の人が数人いるようだ。ほとんどが20代〜30代に見える。女性も4人くらいいる。
滝の上の岩はオーバーハングしていて登るのが大変なようで、みんな他の人に助けられて登っていた。
こんなことなら僕らが先に行けばよかったなぁと後悔する。
やっと僕らの番である。釜の左壁に沿って水の中を歩く。腰の深さだ。滝に取り付いて、正面の岩は、左足をかけて上半身の力でぐいっと上がる。だが他の人にはこの岩を上がるのが結構厳しいようで、ベボにいたっては、裕助が持ってきたロープを使って何とかかろうじて上がる。今日は結構僕が先頭を切っているが、トップの役目として、メンバーみんなが上がれるルートを探すのは難しいことを痛感する。
次の2m滝は、左壁に沿ってご丁寧に木が滝面に向かって釜上を渡されていて、これに乗って壁を伝えば楽勝だ。だが、もしこの木がなかったらと考えると、なかなか難しそうだ。釜が深い。釜を泳げば何とかなるだろうが、へつるのは厳しそう。ゴルジュなので巻くのも容易ではない。
難所は続く。次の2m滝もへつりが難しかった。僕は左壁にあった残置シュリンゲ(輪っか状のロープ)をつかんで何とかへつりに成功し、滝上に登る。だが後続の面々は同ルートにトライするもあと一歩が出ずに諦める。釜の左壁沿いはやはり腰くらいの深さで、みんなは水の中に入って滝の左面に取り付いてよじ登ってきた。
次は狭い壁の間に現れた2m滝。これまたへつりが難しい。しかも水流中を行っても滝面を上がる場所がなさそうなのが厄介だ。つまり、へつるか巻くしかないのだが、両岸は崖なので、巻いて崖の上に出るには結構戻らねばなるまい。
僕がトップでへつる。途中から難しい。足場がない。何とか斜めの岩面に足を置いて粘るしかない。摩擦のありそうな場所に足を置く。進退窮まるかに思えたが、滝上の平たい岩に飛び移って何とか突破。こうして考えると、僕のゴム底運動靴、つまり東京靴流通センターで買った2970円のアクアシュー、は、グリップが他の人の靴底よりも優れているのかもしれない。もちろん、僕の沢での実力と経験値が抜きん出ていることは間違いありませんがね(笑)。
後続のみんなはこれまたへつりに苦労する。あと一歩の場所がないのだ。僕は滝上の岩に一気に飛び移ったのだが、これも身体能力がない人には難しい(笑)。で僕以外がなかなか突破できずに立ち往生していると、沢グループの方々が、なぜだか上流から降りてきた。何事かと聞いてみると、この先の滝では、壁に巨大なカエルがたくさんへばりついているのでへつれず、釜も深くて全身水に入って越えるしかないので、一旦戻って巻こうというのだ。で僕らが立ち往生している滝を先に降りてもらうことにした。滝上からへつって降りるのもなかなか難しい。何人かがへつりに失敗して岩壁をずり落ちて釜にドボンする。初心者らしき女性は、みんなを冷や冷やさせる。壁に何とか張り付いたものの、次の一歩が出せずに動きが止まってしまう。そのうちズルズルとずり落ちていく。みんなが息を飲んで見守るなか、力尽きて釜の水に落ちる。ハラハラさせないで、初めから落ちればみんなもかえってヤキモキしないですむのに、と思うが、だけど彼らにとっては何事も沢の練習のようだ。みんな一生懸命にへつっている。女性でもなかなか上手く突破した人もいて、やはり色んなレベル差があるのだなぁと感心する。沢登りでは、へつるとか岩を登るとかいうときには、筋力とバランスが要求される。そして、岩を越えるにしてもへつるにしても釜の中に入るにしても滝を登るにしても、手足が長いほうが有利だ。つまり身長が高い方がイイのである。身長が高ければ、何かしら「届く」わけである。バランスはともかくとして、筋力と身長という面では、女性は圧倒的に不利だ。そう考えると、間違ってしまったのか、物好きにもこんなかなり難易度の高い沢にやって来た「沢ガール」たちを、応援したくなってくる。その人がかわいくてもかわいくなくても(失礼)。
さて、沢グループさんたちがみんなへつったりドボンしたりして沢を降りて行った後、僕らの課題は残ったままだ。この滝をどう突破するか。滝の上にいるのは僕だけである。結局みんな、僕と同じように、滝上の平たい岩に飛び移る戦法で、なんとか全員が命からがらクリアする。
やれやれと再び沢を歩き始める。水は右にカーブして、再び左にカーブしたところに、またもや滝と釜が現れる。なるほどここが例の、グループの皆さんが突破を断念した滝だ。
滝は高くない。3mくらいの斜滝。だが水流はかなり激しい。釜は今までで一番深そうだ。確かに腰ではすまないだろう。で壁を見たが、なるほど巨大なカエルが一匹ずり落ちそうになっているが、彼らが言ってたようにうじゃうじゃいるわけではない。誇張だ。きっと女性陣が、「カエルのいる壁は怖くて上がれない」とでも言ったんじゃないか。さっきの応援気分が半分吹っ飛ぶ。これだから女はダメなんだ。カエルが嫌いなら沢なんかに来なければいいのに。ま、確かに見るからにおどろおどろしい20cm級の超巨大ガエルだけど。
このカエルの姿勢は明らかに尋常じゃない。バンザイをしている。見ていると、徐々に彼(彼女)は下にずり落ちている。何とか岩壁にへばりつこうとするポーズなのだ。それにしても何が彼(彼女)をそこまで岩壁に執着させるのだろうか。水の中に落ちてもカエルなら問題なかろうに。僕らと同じように滝を登りたいのだろうか。滝を登ると食べ物がたくさんいるとか。
深い釜は右側の岩をえぐって渦巻いている。腹がふぐのようにパンパンに膨らんだカエルの死体がプカプカと浮いて渦に巻かれている。
さて、僕らもこのカエル滝で途方に暮れる。試しに左壁を僕がへつってみるが、途中で先に進めなくなる。手がかり、足がかりがない。となると釜に入って泳ぐか?だが誰も入りたくなさそうだ。寒い。となれば巻くしかないが、右の斜面は急斜面の岩壁だが凸凹があるので、なんとか登れそうだ。沢グループの皆さんは、さすがに女性がいるので、この急斜面を登るのを断念したのだろう。
コンスケが斥候で岩を登っていく、途中から木の生えた土の斜面となるが、急で表面の土がズルズルと滑るので、登りにくい。続いて石坂が登り、僕が続く。僕は裕助のロープを持って登り、登った後にロープを木にくくりつけ、下に垂らす。ベボがこれを伝って登る、という算段だ。登ったところからさらにトラバースする。土がズルズルと滑り危ない。再びロープを横に張り、ベボを救援する。
その先、沢に降りるか?が次の課題となる。普通なら当然沢に戻って遡行を再開するのであるが、その先もゴルジュで、突破できるのかどうか分からない。僕が沢に下りて偵察する。ゴルジュに入るとすぐに3m滝。深い淵。狭い岩の間を水流が落ちる。へつれそうになく、水線で泳がないと無理だ。だがたとえ泳いだとしても滝が登れるのかどうか、よく分からない。左岸は切り立った崖なので、右岸から巻いてみる。岩を登って3m滝はクリアできるが、その後が崖なので沢に降りられない。しかも3m滝の先には、10m滝が立ちふさがる。斜度はそれほどでもないが、これが登れるのか上からだと全然見当もつかない。こりゃぁ無理だな。沢沿いに行くのは無理だと判断する。
元の場所に戻ると石坂が降りてきていた。コンスケは斜面上をさらに上に上がって林道にぶつからないかを探しにいったがぶつからず。裕助とベボは急斜面に座って休憩している。
もう13:50。入渓してから3時間以上経っている。ここで昼飯にする。3人は斜面に座り込んで、僕と石坂は川原で食べ始める。
それにしてもこの突破困難さかげんは一体どうしたことだろうか。こんなに遡るのが難しいとは全くの想定外だ。
昼飯後、単独の遡行者が川を上がってきた。彼はウェットスーツなのか、この気温でもカエル滝の淵を敢然と泳いで登ってきた。彼と少し話す。彼曰く水根沢は2回目だが、この先には行ったことがないという。ゴルジュに入っていった彼も、3m滝を巻いて岩を上がったところで呆然としている。崖となり降りられないし、その先にも進めないのだ。
僕は僕で、左岸の巻き道を探索すべく、急崖に垂らされたかなり太目のしっかりした黄色ロープを伝って、崖をよじ登る。このロープは、おそらく巻き用に誰かが残したものだろう。ロープをくくりつけてある木まで登り、さらに横にトラバースして10m滝の先に降りられないかを考えるが、とにかく斜面が急で、表面の土はズルズル滑り、木も少ないので、一歩間違えば滑落だ。もっと岩が露出しているところまで上がる。岩はそれなりに凸凹しているし摩擦もあるので、土の上にいるよりは安全なのだ。だが相変わらずトラバースは困難で、沢は全然見えない。どのみちこれを5人で突破するのは相当に難しい。それならばと上へ上へ上がって、林道がないかを探す。そうこうしているうちにもう川原からは高さ40mくらい上がったろうか。沢は全く見えなくなってしまった。だが上がっても上がっても林道らしきものは見当たらず、延々と急斜面が続くのみ。
こうして僕は林道に出るのも沢に降りるのも諦めた。横に行けば何とか沢にはたどり着けるのだろうが、そもそもこの斜面を残りの4人が全員揃って無事に登るのはまず無理だ。ロープを使うとしてもあまりにもリスクが大きい。
少し気を抜けば容易に転落しそうな急斜面で呆然と立ち尽くす。
打ちひしがれて急斜面を降りる。これがまた危険いっぱいだ。登るよりも降りるほうが難しい。時々ズルズルと足を滑らせながらも何とかロープの木にたどり着き、ロープを伝って沢に下りる。沢では単独遡行の男性と僕の友人達が話し込んでいる。
「だめだ、林道もないし、巻いて沢に降りるのも大変だ。急斜面で危ない。」
僕は出張報告する。まったく決死の出張だったよ。単独男性も、この先は行けないということで、ここから戻るそうである。時間はもう15時だ。僕らもここから沢伝いに戻ることにする。敗北感。僕としては断腸の思いであったが、何にせよ5人揃ってこの急斜面は登れないから他に選択肢はない。先に行く手がないのだ。思えば、戻っていったあの沢グループはどうしたのだろうか?大高巻きして10m滝の先に出て沢行を続けたのだろうか、それともあのまま終了したのだろうか。きっとあのまま帰ったのだろう。
行きに苦労した滝は、帰りも苦労する。さっきのカエル滝は、僕と石坂は果敢に淵に飛び込んだ。もうあとは戻るだけだから、一度は泳ごうと思ったのだ。僕がそう思うのは普通としても、あの慎重な石坂が真っ先に飛び込んだのには正直驚いた。やるじゃねぇか。コンスケ、裕助、ベボの3人は、行きと同様に左のズルズル斜面に登ってこの滝を巻く。再び裕助の20mロープが登場し、急斜面を降りるのに大活躍。輪状にして木に巻き、それを伝って降りる。全員降りたら、結び目を解いて引っ張るだけで回収。頭いい。
さらにこの先にも登るのに苦労した滝が連続する。高さはないので、あとは行きと同じようにへつれるか。各自何とか突破する。石坂はもうどうにでもなれとばかりに淵に果敢に入っていく。やるじゃないか。
途中からはコンスケ、石坂、ベボの3人は崩れかけた登山道に上がり、それを戻る。僕と裕助は沢沿いを歩く。滝はまだまだ現れる。
僕と裕助が入渓地点まで戻り、沢を上がって工場脇の舗装道路まで戻ったのは16:20。他の3人はすでに到着し、そこで着替え始めていた。
今日の活動時間は6時間弱。今日は歩き続けた感じはなく、滝登りでの試行錯誤とか沢グループが突破するのを待つとか、最後にいたっては巻き道や林道探索に時間がかなりかかった。消化不良の感は否めないが、突破ルートを探すのもまた沢登りである。自然の地形を相手にするのだから、思い通りにいかないことはままある。それも楽しさの一つであると考えれば、今日もやり切った。
着替えていると、何人かの登山者が降りてきた。水根沢林道を上がっていった先に登山道があるのだろうか。
林道を水根バス停まで戻る。17:08のバスで奥多摩駅へ。当初の計画より遅くなってしまった。
奥多摩駅で裕助が休日お出かけパス(JRの一日格安乗車券)を失くしたことに気づく。どこを探しても見つからない。どうやら沢で落としたようである。裕助曰く、何かを落とした覚えがあるそうだ。裕助は肩を落として帰りの切符を買う羽目になる。
5人集まるのも珍しいことなので、どこかで打ち上げ飲み会をやろうと思っていたが、裕助は切符なくしたし明日は仕事だし、またベボは体調が万全でないため、真っ直ぐ帰るというので、飲み会はなしにする。
立川駅のエキナカチャーハン食堂でチャーハンを食う。なかなか美味い。
帰りの電車、ベボが得意のスマホで、あのカエル滝の後の3m滝を他人がどのように突破しているかをネット探索する。すると、あそこは泳いで取り付いて「突っ張り」で登るのだそうだ。なるほどそうか、確かに落ちる滝水の両側の岩はグッ狭まって、トイ状になっていた。だが「泳いで取り付く」というのが問題だ。寒さが二の足を踏ませる。さらにその先の10m滝。上から見るとかなり登るのが大変そうに見えたが、ネットによれば水流右側を登れるそうである。
ぐぉー、このままでは気が済まない。まだ気温が高いうちに単独でリベンジせねばなるまい。
<本日の振り返り>
「沢を遡る」という活動における難易度というのは、その活動がどれくらい困難かで測られる。つまり、沢を遡るのにあたり、突破困難な滝や淵がどれだけあるか、どれだけ困難か、ということだ。だが、そういう滝や淵があっても、簡単に巻ける(迂回できる)のであれば、その沢の難易度は高いとはいえない。別に滝を登るのが沢登りではないからである。その意味からいえば、今回の水根沢は、難易度が高かったといわざるを得ない。僕一人であれば、多分崖をよじ登って3m滝と10m滝を巻いて先に行けただろうが、5人全員が同じコースを通って巻くにはリスクが大きい。また、そこまでして先に行くか?というマインドの問題もある。グループのメンバーは、沢の経験、体力、運動能力、精神性、装備等がすべて異なるのである。沢遡行難易度が高かったせいで、グループ遡行をする際の課題を痛感させられた沢行だった。沢を遡るのは目的ではない。沢を楽しむのが目的なので、ある程度の突破困難さは楽しいが、それ以上に危険を伴うとなれば、それは楽しさではない。みんなが楽しめる沢に行くべきである。
今回の水根沢は、今までの沢の中で一番へつった。滝が簡単に巻けず、深い淵が多いのだ。この場合、滝を越えるには淵を泳いで滝に取り付くか、岩壁をへつるかである。へつりも楽しいものだと再認識。突破した後の達成感がある。あと一歩が出せれば突破、ということも多く、へつつり切れるか途中で断念するかは、結構この「あと一歩」を何とか出せるか否かにかかっている感じがする。
水根沢 写真集
|
2013/9/18 (Wed.)

武蔵五日市駅でバスに乗り込む人々 ⇔ 南郷バス停で降りる |

伐採現場 |

軍刀利沢入渓地点の林道 ⇔ 赤テープ立ち木 |

入渓直後のゴルジュ ⇔ ナメ的川床 |
 |
 |

2段10m滝。右から巻いた ⇔ ロープで滝落ち口方向にトラバース |

滝の落ち口から下を見下ろす。写真では全然高さが伝わらない。 |

細長くて四角い淵 |
 |

山の中の怪しい遡行者 |

源頭に近づくにつれ、水も石も少なくなってくる |

水も石も音もなくなったV字状の涸れ沢を登る
⇔いよいよ尾根が見えてきた |

沢を詰めて尾根の登山道に到達。目の前に3岐路 |

三国山山頂。ここで着替えた。 ⇔ 山頂からの展望。奥多摩の山々 |

植林帯の中の登山道を下る |

軍刀利神社 奥の院 |

軍刀利神社本殿 |

井戸バス停近くから。ここは山梨県上野原市、富士山が近いわけだ。
⇔上野原駅 |
南秋川 矢沢・軍刀利沢(ぐんだりさわ)遡行
9月15日(日)、16日(祝)と台風通過のため家に閉じ込められた。なにしろどこかに「特別警報」なるものが出て、「外出はできるだけ控えよ」とのお達しが出たほどだ。(もっとも、15日は前述の通り、台風接近中とは思えないほどに関東は昼から一日中晴れていた)
普段仕事をしている人にとっては、せっかくの3連休が台無しになり、さぞかし無念の思いをしたことだろう。僕は無職で毎日が休みではあるが、2日間家にいて体がなまったので、昨日の17日(火)は中山競馬場(台風のため16日の競馬が中止となった代替)へ、そして今日18日は、単独で南秋川の軍刀利沢へ行った。
朝4:55に起き、バスで千葉駅、千葉駅から東京経由で武蔵五日市へ。奥多摩は近づくにつれとてつもない山風景が広がったが、こちら武蔵五日市は同じ西多摩郡でもまだまだ住宅が多く、山の中に突撃してきた感は薄い。
武蔵五日市駅着8:51。家を出てから3時間。天気は快晴。昨日も快晴だったが、台風一過の空は、抜けるような青さ。だが朝晩は突然肌寒くなってしまった。南の海からやって来た台風が、涼しい空気を連れてくるとは不思議だが、台風通過のおかげで秋になったという感じだ。
武蔵五日市駅は奥多摩駅に比べると大分文明化している。山の中ではなく、街の中だ。
バス停には長蛇の列。ハイカーと見える年配の軍団と、サークルの合宿か何かか、大学生のグループでバスは満杯となる。平日に動いているのは仕事をしていない人か大学生か。
8:57数馬行きバスは駅を出る。市街から山間に入る。この辺りは秋川渓谷が近く、谷下を秋川が流れ、道沿いにはキャンプ場やバーベキュー場や旅館などが点在している。「海の家」ならぬ「山の家」。キャンプ、バーベキュー、川遊び、といった山の遊びのメッカとなっているようだ。
バスはグイグイと山道を上がってゆく。奥多摩の日原街道は細くて2台のすれ違いが出来ないほどだったが、こちらの道は完全なる2車線道路で快適だ。
出発して20分くらいの山の中で大学生達が降りた。よく見ると女子が10人以上、男子が2人だけという夢のような男女構成比である。バス停横に何やら研修所みたいな飾らない建物が建っていたので、研修か何かだろうか。バスの中では就職とかレポートの話をしていたので、研究室かゼミの夏合宿なのかもしれない。
大学生達が降りたバス車内は、平均年齢が一気に跳ね上がる。大多数が年配の登山者で、地元のおとうさん、おかあさんが数人。こりゃひょっとすると平均年齢50代だ。もっとも、僕も平均年齢を引き下げる歳じゃないけどね(笑)。
自由乗降できるとのことで、僕は運転手さんに落合橋と矢沢林道を聞いてみるが、彼は知らないという。なので予定通り南郷バス停で降りる。バス代620円。高い。武蔵五日市から40分。ここで降りたのは僕だけ。登山者達はまだまだ先に行くようだ。彼らは三頭山に登るのだろうか。
さて僕である。今日は南秋川の支流、矢沢のさらに支沢である軍刀利沢を遡る。尾根まで詰めて三国峠に出、そこから逆側(南側)、山梨県上野原方面に降りようという計画だ。つまり、沢を登り詰めて尾根に上がり、向こう側に降りるという、直線的効率的沢山行である。
南郷バス停からバス通り沿いに歩くが、よく考えてみると道が分からない。矢沢林道を歩いていけば入渓点なのだが、矢沢林道がどこだか分からないのだ。10分ほど歩いてうまい具合に交番というか駐在所があったので、道を尋ねる。警官の男性は隣の建物から私服姿で出てきた。
「落合橋にはどう行けばいいですか?矢沢林道の入口だと思うのですが」
「落合橋?なんか聞いたことあるぞ」
僕と同年代くらいに見える彼は、檜原村(ひのはらむら)の観光地図を開き、思い出したように言った。
「あぁ、これです。バス停の先に鋭角に曲がる道があります。おそらく『フジの森』だかの看板があると思います」
と言って地図を指差す。南郷バス停の手前から入る脇道を行けば、矢沢林道と落合橋はすぐのようだ。僕は逆方向に歩いてきたことになる。彼はその地図を僕にくれた。
「ありがとうございます。」
「もしかして沢登りかなにかですか?」
「えぇ、そうです、軍刀利沢です」
どうやら沢登りする人が多いようである。
僕は再度彼に礼を言って駐在所を後にする。危ない危ない、いきなり道が分からないとは調査不足。だがロスは15分くらいですんだ。
バス停に戻り、すぐに道は分かった。「矢沢林道入口」の表示がある。
ここから落合橋はすぐで、矢沢林道に入る。10:15。林道は車両通行止めとなっている。林道は南秋川の支流、矢沢と並行して走る。川幅は狭いが、水量はなかなかだ。2日前に台風が通過した際にかなり降ったのだろうか。
入口には「釣りをする人は入漁券を買い求めてください」の表示があったので、ここでは渓流魚が釣れるらしい。
しばらく歩くと道が開けたところに材木切り出し場があり、ピーカンの青空の中、山の斜面で人々が作業している。切り出した材木が林道をふさいでしまっている。頭上にはケーブルと滑車が動いていて、今まさに山の斜面で吊り上げた木を、林道に下ろすところだった。真っ青な空にケーブルが走り、滑車にくくりつけられた材木が、ゆっくりと降りてくる。斜面で作業をしていた人が、僕に声をかける。
「危ないですから早く行って下さい」
僕は林道上に折り重なっている材木の山を乗り越え、反対側にいたもう一人の若者の場所まで移動する。まさか林道で倒木帯の突破をするとは思わなんだ(笑)。吊るされた木は滑車で滑り降り、林道上に着地した。
面白い。実際に木の切り出し現場って見たことがあったかどうか。木材を切り出す山は禿山となる。向かいには緑の山が対照的だ。
すぐ先には作業小屋があり、ショベルカーがこれまた林道を塞いでいる。さらに切り出した後にもっと短く切った木材が山と積まれている。
その木を踏んでいかないと林道を通れない。立ち往生していると、すぐ上で作業していたおじさんが声をかけてくる。
「いいよ、それ踏んで。滑るから気をつけてな」
「ありがとうございます」
僕は積まれた木材を越える。
「どこまで行くの?」
「軍刀利沢です。沢登りです」
「そうか」
この林道を通る人はいないのだろうか?完全に木材と重機で林道をふさいで仕事をしている。きっと作業をする平日は通行者はほとんどいないのだろう。沢登りでここを通る人もそう多いとは思えないし、土日は作業をしていないに違いない。
木材切り出し場を過ぎ、再び山の中の林道となる。汗がにじんでくる。今日はなかなか気温が上がっていそうだ。好ましい。
再び右には矢沢の流れ。10分ほど歩くと軍刀利沢の入渓地点に到着。矢沢の左岸から細いながらも割と水量の多い沢が流入している。林道脇の立ち木に赤テープが巻かれ、沢へ降りる踏み跡。間違いなかろう。はじめ時間をロスしたが、バス停からまともに歩けば、ここまで45分〜50分ほどだろう。
谷は深くなく、矢沢は林道から5mくらい降りたところであり、さらに川原もなさそうなので、林道上で沢支度をする。撥水ペラペラシャツを着、水着を履く。靴はいつものゴム底運動靴。ヘルメットをかぶり、いざ入渓だ。11:10。
脛くらいの深さの水に足を入れる。冷たい。先月の倉沢谷、逆川と比べると、格段に冷たい。これは先が思いやられる。
目の前で出合っている軍刀利沢に入るといきなりゴルジュとなる。狭い崖の間を水が流れる。
ゴルジュを抜けるとゴーロの谷となる。川幅、谷幅は比較的狭い。日原川の倉沢谷や逆川は谷が割と広かったが、ここの谷幅は、房総の谷に似ている。だが、水量はやはり房総よりもかなり多い。緑に苔むした岩は日原川の沢と同じだが、岩の大きさはそれほど大きくない。
しばらく歩くと滝が次々と現れる。釜は深そうだ。先月までの真夏とは違い、台風通過後の空気は、どこかすっきりとしている。今日は昼になって暑いとは言え、昨日から都心の最低気温は20℃を下回っている。この山の中なら15℃くらいまで下がったかもしれない。水も冷気のせいで締まったのだろう。今日の水の冷たさは先月の遡行と決定的に違っている。
そして、これはどの谷でもそうなのだが、谷底は木々が覆い、日差しはあまり届かないので、沢底にいると暑くない。よってもって、今日は釜に積極的に入って腰や胸まで浸かりながら滝を登る、という気になれないのである。何ということだ。もう真夏の水線遡行の季節は終焉してしまったのだろうか。
僕は深い釜にはなるべく入らないようにして滝を越えた。つまり、たいていの場合、水流を登るのではなく、すぐ横を巻くことにした。だがやはりそれだけではつまらないので、釜に入らなくていい滝は、頭から落水を浴びながらのシャワークライムを敢行。しかし、全身ずぶ濡れになったあと川原を歩くと、くしゃみが止まらなくなる。気温も水温も低いことを自分の体が証明しているかのようだ。
谷は再び幅狭のゴルジュとなり、滝は次々に立ちはだかるが、あまり水に入らずに横を巻いて越えていく。2段10mの滝は右壁から巻く。トラロープが張ってあり、このロープをつかんで急斜面を滝の落ち口方向にトラバースする。
沢にはオニヤンマが飛んでいる。死に際のセミだろうか、川原の石の上でじっとしている。カエルは大きめ。
滝は小気味よく続く。突破困難な場所はなく、なかなか楽しい。
四角くて細長い、3mくらいの淵が現れる。両側の岩壁に挟まれて、狭いプールのようである。暑ければ泳ぐのに最高の場所だが、とても泳ぐ気になれない。軟弱に淵の上の右岸を歩く。
この後も滝が続き、10mの滝を登り終えると滝場は終了。渓は穏やかに流れる。
ここで飯にする。13:50。狭い川原に日が当たっていたので、トカゲかカエルのように日向ぼっこする。水を結構かぶっているので、この日向は最高の恵みだ。
昼飯を食べ終え、タイマーで自分の写真を撮ってみる。初めて自分の格好を見たが、怪しい安保闘争士のようで最高だ(笑)。
遡行再開。滝場が終わると谷は細り、水量は少なくなってくる。支沢が入り、本流と思われる水量の多い方へ進む。突如としてチョックストンの滝が現れる。
源頭が近づくにつれさらに水が少なくなり、ついには伏流になる。石がゴロゴロしたV地の涸れ沢をしばらく行くと、突然岩と水が現れ、10m以上の細い滝がルンゼ状の岩を滴り落ちている。登っていく。
再び水が涸れる。涸れ沢にネズミが現れ、倒木の下に隠れた。山で初めてネズミを見た。
V字の谷をさらに上がると、石も少なくなってきて、地面は枯葉で覆われるようになる。薮も倒木もなく、広々としたすり鉢状の涸れ沢。まったく快適な「道」だ。
気づけば、完全なる静寂。今まで、常に水の流れる音を聞いていたが、水がなくなった今、谷は異様なほど静かなのである。沢登りというのは基本、水の音がずっとしているので、聴覚的には常に鼓膜が震えている。しかも水量が多ければその音はかなりうるさいし滝では言わずもがな。そのことを図らずも思い知らされる。水がなくなった沢というのは、こんなにも静かなのだ。
途中支涸れ沢が出合ってくるが、本流と思われるほうを進む。斜面の上に見える尾根まであと100mくらいとなり、涸れ沢は左右に二俣となる。川床の低い方が本流なので、左に進む。最後は急坂となる。落ち葉が敷き詰められている土の斜面を登る。
最後尾根までの数mは笹藪が低く生えていたが、ほぼ薮こぎなしに尾根に到達。イコール登山道。出たところがいきなり3岐路で、看板が立っていた。うぉーすげぇ。福岡と大分の県境尾根で主尾根になかなかたどり着けなかったことを思い出し、すぐに主尾根の登山道に出れたことに安堵し、拍子抜けする。しかしこれほど源流がはっきりした広大な涸れ沢となっているところは初めてだ。
15:10。軍刀利沢入渓から尾根到達までの遡行時間はちょうど4時間。時間的には快調だ。ガイド本によれば、軍刀利沢出合(入渓点)からここ三国峠までの水平距離は1500m、標高差400mを上がってきたことになるそうである。
ここから僕は南側、山梨県の上野原方面に降りようと思っているが、上野原駅に出る井戸バス停までは、登山道を降りて所要1時間くらいとガイド本には書いてあった。最終バスが17:58なので、まだまだ時間は十分だ。
目の前の看板によると、東に200mで生藤山山頂、西に100mで三国山山頂となっている。すごいところに出たものだ。せっかくだから両方のピークに登ることにする。
生藤山へは急な斜面に付けられた登山道を登る。あっという間に山頂に着く。「標高990.6m」の表示。狭い山頂にベンチが二つ。西に一部だけ開けた展望の先に、富士山がそびえていた。うぉー、すごい。富士山が結構近い。このあたり、三国峠は、東京、神奈川、山梨の3県の県境となっていて、昔から紛争が絶えなかった地域らしい。
富士山を楽しんだ後、生藤山を降りて今度は三国山へ。さっきの遡行終了地点を過ぎて西にそのまま上ると、こちらも山頂には簡単に到達。三国山標高960m。こちらにはベンチとテープルがいくつかあり、十分に休憩が出来るスペースがある。展望もよろしい。
ここなら着替え場所として最適だ。僕は尾根に上がった後、登山道で着替えようかとも思ったが、まずは山頂を極めちゃおうということで、水着のまま歩いていた。ひょっとしたら、生藤山、三国山とも、僕は水着で登頂した初めての人間かもしれない(笑)。
西に傾いた日差しは暖かい。ベンチとテーブル一杯に日差しを浴びる。さて着替えるか、と思っているところへ、唐突に人の声が近づいてきた。僕は慌てて水着をずり下ろす動作をストップする。
「こんにちはー」
30代とおぼしき男女が、いかにも「いまどきの登山者です」的な格好、つまりストックを持ってスパッツにタイツにカラフルな上着にサングラス、といった格好で三国山の山頂に現れた。彼らはしばらく展望を楽しんだ後、浅間峠方向へさらに登山道を進んでいった。その表情はよく分からなかったが、水着姿で山の頂に仁王立ちする僕を見て、間違いなく不審に思ったに違いない。
それにしてもあぶないあぶない、危うくわいせつ物陳列罪で警察に通報されるところだった。この二人が今日山の中で会った唯一の人間だったが、醍醐丸〜生藤山〜浅間峠の尾根(東京、神奈川、山梨の県境となっている)は、縦走路として登山者には人気のある道なのであろう。
声が遠ざかり聞こえなくなった後、僕は満を持してズボンを下げる。三国山山頂でフルチンとなった人間も、僕が初めてかもしれない(笑)。
上から下まですべてを着替える。水に濡れた体をバスタオルで拭く。気持ちいい。乾いたパンツ、Tシャツ、靴下が実に心地いい。
荷物をまとめて一服。いよいよ三国山の山頂から山梨県側に降りることにする。15:55。
しばらく歩くと鎌沢方面と分かれて軍刀利神社方面の分岐が現れる。少し迷って軍刀利神社方面へ降りる。登山道は、植林帯の中を延々とジグザグ道となっている。斜面を真っ直ぐ登る道が付けられていたら、登る場合にはかなりキツい急登だろう。ジグザグはよろしい。ずんずんと下がっていく。道は踏み固められて歩きやすい。
山の中も静寂である。音がない。時々梢の上のほうから鳥の鋭い声がして、バサバサっと飛び立つ音がするだけ。
そうやって下り続けると、下のほうから聞きなれた音が上がってくる。そう、水の音である。沢があるらしい。程なく沢が現れ、登山道は沢を交差して付けられている。
45分ほど降りると、軍刀利神社奥の院に到達。山の中にある神社。社殿の横に桂の巨木がある。とてつもなく太い。
さらに降りる道は井戸川と並行しており、巨大な堰堤が柵の向こうに見える。道は舗装道となり、「熊出没注意」の黄色い看板。やはりここにも熊がいるか。幸いにも今日は沢では出会わなかった。
軍刀利神社本社に到着。夕方の神社に人気はない。手水所で龍の口から勢いよく水が吐き出されている。人知れず龍は水を吐き続ける。誰も見ていない。それにしてもこんなに勢いよく大量の水を流し続ける必要があるのだろうか?湧き水だから水量をコントロールできないのだろうか。
軍刀利神社は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀った神社であることを知る。
神社下には小さな街。軍刀利神社がいわば山の入口のようである。若干不安だったので、店のように広いガラス戸が道に面している家で井戸バス停の場所を聞いてみた。ここからすぐのところらしい。応対してくれたオバさんは、「次は6時だから間に合うよ」と言ってくれた。17:58の最終バスというのはこの地域の人の間では当然常識なのだろう。
大きな道に出てしばらく歩く。富士山が暮れかかった空の下に再び姿を現す。やっぱり絵になる。
井戸バス停。17:43。よし。これで今日の行程は無事完遂だ。今日のタイムマネジメントは順調だった。
井戸バス停は路線の終着であり、上野原駅行きのバスは、平日に4本しかない。
18時直前に富士急バスがやって来た。折り返して上野原駅へ向かう。
上野原駅まで20分。上野原は中央線の駅で、バスが着いた頃にはすっかり夜のとばりが落ちていた。学校帰りの高校生や会社帰りのサラリーマンが駅に入り、駅から出てくる。
ここから中央線で千葉へ帰る。行きと比べて電車賃が高い。
軍刀利沢 写真集
|
2013/9/15(Sun.)
バレンティンホームラン新記録
今日は仲間と奥多摩の沢に遠征する予定だったが、接近する台風により未明から大雨で、天候の回復が見込めないし増水や土砂崩れのリスクがあるので中止とした。ところが、昼頃から雨はすっかり上がって晴れたではないか。しかも台風が近づいているだけあって蒸し暑いので、沢行には最高の天気だった。台風の場合は予測が難しいのかもしれないが、天気予報というものは本当に信用できない。注意を呼びかけるために天候悪目に予測するのだろうか。それにしても今も着々と台風が接近しているというが、本当だろうか?全く気配なし。
さて、夜のプロ野球・ヤクルト−阪神戦で、ついにバレンティンが56号ホームランを放ち、日本記録を更新した。これで今まで卑怯な手を使って守られてきた記録が破られ、すっきりした。
巷では聖人君子的人格者に奉じられている王貞治氏だが、監督時代のバースやローズに対する敬遠攻めから、以来僕は彼のことを勝負の世界にあるまじき卑怯者だとずっと思っている。(ちなみにこのホームページの記念すべき一番初めの日記が、その件でした(2001年10月1日))
バレンティンが記録を更新したことで、王氏としても、卑怯な手を使って勝負を避けたという自分の汚点が、これで今後あまり報道されなくなるから、実はホッとしているのではないか。 |
2013/9/13(Fri.)

太平燕 ⇔ 定食 |

大盛況の九州物産展。熊本の「塩いきなりだご」に長蛇の列。
熊本観光部長のくまモンも出張 |
九州物産展
今日は千葉そごうで九州物産展があるというので父親と一緒に出かけた。お目当ては熊本下通り商店街にある老舗の中華料理屋「紅蘭亭」の太平燕(たいぴーえん)だ。紅蘭亭の出張出店が出るのである。
熊本出身の父は、熊本市中心部の下通り商店街にあったこの紅蘭亭で学生時代よく食べたそうで、千葉に出張ってくるというので懐かしい味を楽しみに来たというわけだ。父が学生の頃といえば50年以上も前の話だ。太平燕は当時はなかったに違いない。
九州物産展は大盛況だった。九州各県の銘店がこぞって店を出し、千葉市民が押し寄せるの図。千葉には九州出身者が多いのだろうか。それとも九州のいいものを知っている人が多いのだろうか。やはりこう見ると九州には特産品が多い。
紅蘭亭の即席食堂も、並んでいる人がいるほどの混雑ぶりだ。メニューは太平燕単品(870円)と、太平燕定食(1050円)の2種類のみ。定食にはご飯またはチャーハンと、酢豚のような料理がつく。
20分くらい待ってやっと席につく。父と僕はいずれも定食を注文する。さらに料理が出てくるのを10分ほど待つ。そしてついに来ました。
太平燕は、明治時代に華僑により熊本に伝わったと言われ、以来熊本の郷土料理となった。東南アジアでよく食されるいわゆるライスヌードルで、中華スープに海産物、ゆで卵、野菜が入った麺料理である。麺以外、スープや具はチャンポンに似ている。美味い。熊本の中心部では学校給食にもなっているほどの熊本定番料理だそうである。僕が7月に熊本に行ったときには、この太平燕の存在は知っていたけれども、熊本ラーメンと高菜ご飯、だご汁で精一杯で、食べる機会がなかったので、今回はちょうどよかった。
食事を済ませた後、今日は母の誕生日なので、誕生日ケーキの他に、母が大好物だという小城羊羹を買った。佐賀県小城市の名物で、九州物産展に増田屋という小城羊羹の店が出店していた。九州に旅行に行ったときに母に頼まれていたのだけれど、佐賀に行ったのは旅行中盤だったので荷物になるのを嫌い、買わなかったのだ。
今日は九州で出来なかったことを千葉にいながらに二つも出来て、なかなか幸運な一日となった。 |
2013/9/12 (Thu.)

貝塚断面観察施設。素晴らしい。 ⇔ 断面拡大 |

復原集落 |

縄文土器 |
加曽利貝塚
千葉は先週後半くらいから秋めき始め、猛暑も概ね一段落かといったところだったが、今日は久々に暑さが戻ってきた。
今日は朝から暑くて晴れるとの予報だったので、房総の沢に繰り出そうと思ったが朝起きられず、予定変更して加曽利貝塚に行った。
加曽利貝塚は、千葉市にある日本最大級の貝塚であり、国指定史跡として保存されている。貝塚と一口に言っても、ここは貝塚、住居跡、貯蔵庫跡、埋葬地、集会場、等、縄文時代の大規模な「ムラ」があった場所であり、その意味で重要な遺跡なのだ。ここには、今から7000年前〜2500年前(縄文早期〜晩期)の長きに渡り、ムラが存在した。
縄文時代といえば弥生時代の前だから、こないだ行った佐賀の吉野ヶ里よりも古い遺跡なわけである。
加曽利貝塚は、僕の家から車でわずか15分。千葉市内にこのような重要な遺跡があるとは。ってもちろんガキの頃から知っていたし、小学校の頃社会見学で来たような気もするが、全く忘れ去っている。
午後1時頃に着き、駐車場に停める。10台ほど停められる駐車場には、平日にしては想像してたよりも車が多い。理由はすぐに分かった。ここは「加曽利貝塚公園」ともなっており、公園のベンチでその余生をくつろぐ老人達の憩いの場になっているのだ。
広い敷地には、貝塚の断面や住居跡を見れる施設が、緑地の中に点在している。芝生の緑のなか、ところどころに雑木林がある。まずは加曽利貝塚博物館から始める。予備知識を始めに詰め込むことが肝要だ。
博物館は小さいながらも、わかりやすい説明パネルで好感が持てた。縄文時代の人々の生活、風俗等を紹介している。
縄文時代といえば縄文土器だが、その模様は複雑で、紐や貝殻により文様をつけるやり方、そして加曽利貝塚他で出土した、様々な模様を持った土器類が所狭しと展示されている。
博物館の外に出る。貝塚跡は、広々としていて、緑に覆われている。ところどころに木々がある。野外での見所は、貝塚の断面を観察できる施設、住居跡・貯蔵庫跡、そして復元集落だ。
貝塚の断層には、当時食べられていた各種の貝殻の他、イノシシや鹿の骨、魚の骨などが一緒に出土している。イノシシや鹿は、その肉を食べると同時に、骨を加工して釣り針などの道具を造っていた。
のどかだ。緑の芝生と雑木林。いつものように、遥かな昔、ここで縄文人が焚き火で調理している姿を思い浮かべてみる。僕らは彼らの遠い子孫か。
|
2013/9/8 (Sun.)

アンダルシア種のパフォーマンス(中山競馬場) |
ゲリラ豪雨
今日は久々に中山競馬場で勝負した。ローカルの夏競馬は先週で終了し、今週から秋競馬が始まった。いまや地元ともいえる中山に競馬が戻ってきた。
結果は若干のマイナス。今僕は給料をもらっていないので、JRAから給料をもらいたかったが、ダメだった(悲)。船橋法典までの交通費すら稼げず(苦)。
もっとも、働いているときと違って収入がないので、さすがに大きな勝負は怖くて出来ず、いや、怖くてというか金がなくて出来ず、いや金はあるけどやっぱり無謀に使っていたらあっという間になくなってしまうので出来ず、割と小額の勝負を重ねた結果が、若干のマイナス。実は、11レース終了時点ではもっと大幅に負けていて、最終12レースで一気に挽回したという点では、薄氷を踏むというかただのラッキーというかたまたまというか、とにかく情けない結果だった。一つ間違えばもっと大負けしていたわけである。定量的に言うのはやめておきますが。
千葉に戻ったのは6時。雨はパラついている程度。パルコの好日山荘に寄った後、すっかり暗くなった外に出てみるととんでもない土砂降り。だが運のいいことにパルコの目の前にあるバス停に、僕が乗るバスがすぐにやって来た。乗り込む。外は激しい雨と雷鳴。昼間に戻ったように辺りが明るくなり、直後に木を切り裂くような轟音とともに雷が落ちる。近い。
見る見るうちに道路や歩道が水をかぶっていく。途中国道が冠水している。何てことだ。降り始めてからまだきっと30分くらいじゃないか。まさにゲリラ豪雨。先日、東京で床屋に行った際、僕が「千葉はゲリラ豪雨ってほとんどないですね」と言うと、店長の嶋田さんは、「東京ではゲリラ豪雨多いですよ」という会話を交わしたばっかりで、千葉がついにゲリラ豪雨に飲み込まれる。
30分して僕が降りるバス停に着く。運転手さんが「道路が冠水していますのでご注意ください」と言う。何と、僕の街のメインストリートが、足首くらいまでの水に浸かってしまっている。長い間この街を見てきたが、こんなものは生まれて初めての光景である。ゲリラ豪雨、恐るべし。水がドブから排水口に流れ込む量よりも多くの雨量が降っているということだろう。雨水処理が間に合わないほどの豪雨。
靴下まで水に浸かって家に歩く。このような異常が繰り返されることによってまた何か想像も出来ないような災害が起こるのではないかと不安になる。 |
2013/9/5(Thu.)
スピードラーニング
どうでもいいことですが。
プロゴルファーの石川遼選手も愛用しているという英会話教材、スピードラーニング。売りはもちろん、「聞き流すだけでいい」というアレだ。
毎日僕が聴いているFMナック5で、それこそ毎日のように宣伝が流れるので、「インチキ商品が!」という思いが日に日に増幅する。
よくある「効果のないダイエット商品」のようなこんなものに咬み付いても仕方がないのだが、これって無理でしょ。少なくとも、聞き流すだけで英語が「話せる」ようになるとは絶対に思えない。
もちろんまずは何をもって「英語が話せる」というのかの、定義の明確化から始めなければなりませんが。「片言の単語を並べて意思疎通が何とかかんとかできる」レベルを「話せる」と言うのであれば、それは可能かもしれないのでね。スピードラーニングを売る人たちは、そのレベルを目指しているのでしょうかね。 |
2013/9/2(Mon.)
エスカレーターの新たなルール
今日は目黒区の西小山へ散髪に行く。行きつけの床屋さんだ。
千葉から総武線快速に乗って品川で乗り換え。すると、駅では妙なアナウンスをしている。
「エスカレーターでは歩かないようにお願いします」
こんな注意は初耳だ。普通首都圏のエスカレータは、左側に立つ人がじっとしていて、右側の開いたスペースを先を急ぐ人が歩いて上がっていくことになっている。だがこれをやめよというのだ。その理由は、立っている人の中には杖をついた老人や体の不自由な人や子供を抱いた母親などがおり、歩くことで彼らに接触したら危険だというのだ。なるほど。きっとそういう事故が増えているのだろう。
先を急ぐ人は階段を使え、ということでしょうね。僕としては特に問題無しです。
だが根拠が若干弱いので、このルールが普及するかは分かりません。 |