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ミャンマー日記(2015年4月)
2015/4/13 (Mon.)〜4/17 (Fri.)
2015水祭りレポート
 
水祭り初日、ウーチングウェの親戚の子供が、一人寂しく水鉄砲を構える
 
白スプレー攻撃(奥)
 
 
 
 
難関、ホースの放水
 
 
無料のご飯に群がる人々 ⇔ 野菜カレー
 
パアンで最も激戦のタンルイン川沿いの道。もう無法地帯。
 

いよいよミャンマー最大のイベント、水祭りが今年も始まった。
今年もドキュメント4日間。去年相当な深みまで楽しんだので、今年はそれほど新たな発見はなかった。何より悔やまれるのは途中リタイア。
去年の水祭りの模様はこちらで。

4月13日月曜日。
水祭り初日。今年は、いや毎年そうなのか、初日はパアンのダウンタウンから離れた我々のスタッフハウス近辺では、大きな動きはない。
夕方、行きつけの食堂に買い物をしに行ったが、そこまでの300mほどの道では、誰も水かけをしてなかった。去年よりも始動が遅いようだ。隣の寮も静まり返っている。
食堂からさらに先には、数100m先に2つの子供を中心としたグループが人々を毒牙にかけていたが、まだまだ大人しい。
スタッフハウスの前では、ウーチングウェの親戚の子供が一人寂しく水鉄砲で道行く人を攻撃していたので、僕もバケツを持ってきて参戦する。夕暮れまで、二人してバイクや車にささやかな攻撃をする。

4月14日火曜日。
今日は、ウーミンルインとウーチングウェが中心となって朝から大音量で音楽をかけ、スタッフハウスの前に水桶とホースを配し、通りゆく人々に水をかけて楽しんだ。先日からシニアボランティアとしてパアンに来られている日本人のKさんも参戦。ウーゾウゾウ夫婦、ウーチングウェの親戚の子供、ウーニュンウィンとその子、ウートゥンチュー、ウージントゥン、といった顔ぶれである。
人びとは、我々の制止命令に素直に従い、おとなしく水をかけられて去っていく。楽しい。
中には車の窓を開けている人もいる。子供たちは容赦なく車の中に水をぶちまける。車は、後ろのハッチバックを開けている式の車が多い、そのトランク部分に人が乗り込んで、「水、カモン!」というのである。そこからも容赦なく水を投げ入れる。

旗を掲げた暴走族のようなバイクの若者も多い。いくつもの若者グループが街のいたるところで道を封鎖して踊り狂っているのだが、それぞれがグループ名を付けてサークルだか団体のように振る舞っている。これらは、水祭り時になると結成されるチームなのだろうか?普段は何をしているのだろう。

去年も書いたが、一番の獲物は、トラックである。荷台に人を満載したトラックは、掛け声をかけながら近づいてきて、水をかけられるのが無上の喜びのようにみんな狂気だっている。

スタッフハウス前の道は、舗装が途切れた道端にみるみる水が溜まる。

途中からは水だけでなく、タナカ、それにウートゥンチューが買ってきた白い泡の出るスプレーまでが通行人に容赦なく見舞われる。ちなみにこのスプレーは、水で簡単に落ちる。良かった。

今日、昨年疑問に思っていたことが解決した。「僧に水をかけていいのか?」という問題である。
ウーミンルインに聞いたら、ダメ、とのことである。さすが僧だ。この完全なる無礼講の中でも、僧の威厳だけは健在、というわけだ。
今日も何度か僧のグループが徒歩で我々の前を通り過ぎたのだが、大人たちは「かけちゃダメ」と子供たちや僕らに言い含めていた。

水祭り 4月14日映像(1)
水祭り 4月14日映像(2)


一方的に水を掛ける側は楽しい。日が暮れるまで楽しい水かけを続けた。何人もの同じ人が何度かバイクで往復し、僕らの前を通るたびに毎回毎回水の餌食になる。かわいそうに。
明日はトラックの荷台に乗って街に繰り出し、攻撃を受ける側に回る。

4月15日水曜日。
今日は我々の学校のトラックで街に繰り出す。朝10時前、スタッフハウスを出発。空は少し曇っている。
今回、2名の訓練生が水祭り中も実家に帰らずに学校に残っているため、彼らを乗せ、さらに故郷に戻っていないスタッフも乗り、シニアボランティアKさんも乗り、近所の行きつけの食堂の若者や子供たちも乗せているうちに荷台は人で満載となる。

今年僕は新しいアイテムを一つ投入する。水中眼鏡である。去年眼鏡で突撃して眼鏡が水の直撃を受けてフレームが曲がるというダメージを受けたことを重く見て、今年はコンタクトをして水中眼鏡をかけていくことにする。これならホースの放水でも奴らに顔を向けていられるはずだ。臨戦態勢。

田舎道では小規模家族部隊の散発攻撃にさらされ、大通りに出ると若者たちが例のごとく道を封鎖して踊り狂っているなかに突入する。今年もホースの演台がいたるところに設置されている。ホースの放水は相変わらずえげつない。

タンルイン川沿いの無料食堂で朝食。白い甘い液体にパンや薄緑色をした麺のようなものを浸して食べる。水祭り特有の食べ物だろうか?

一通り街を周ってやられた後、トラックは郊外に出ていく。両側が切り立った山となる。この道は初めて通った、多分。トラックは2つのプールのある観光地を周る。始めに行った場所は去年の2月に初めてパアンに来た時に僕も行った場所だ。洞窟寺院というよりは装飾寺院といった趣で、参道沿いに僧の人形が延々と立っており、岩壁にはこれまたよく分からない雰囲気の人形が配置されている。何かの世界を表現しているのだと思われるが、無学な私には分からない。
一番奥にレストランとプールがあり、プールでは子供たちが歓声を上げながら泳いでいる。
二つ目の場所は初めて行ったが、プールのあるレクリエーション場のようなところで、小さな仏塔は建っているが、寺院的見どころはない。やはり子供たちがプールで嬉々として泳ぎ回っている。ずっと水を浴びてさらにプールで泳ぐ。温泉プールなのかもしれない。
泳ぐ子供たちに僕の水中眼鏡を貸す。正しい使い方。

参道にはびっしりと出店が出て、揚げ物や冷たい飲み物やお土産などを売っている。かき入れ時だ。

その後定番、チョカラッ寺院へ。例の岩の上にパゴダが建っている寺院である。こちらもすさまじい人出。
近くに建設中だった大きな僧院がほぼ完成していて、この中に大きなブッダの座像が鎮座しており、人々は祈りを捧げていた。それよりも人が多かったのは、階下の無料炊き出しスペースである。この時期、無料で食事を振る舞うところが多く、僧院も例外でない。大きな釜にカレーを煮込み、さらにいくつもの巨大めし炊き筒でご飯を炊いている。作る方の人々は大変だ。この酷暑の中、薪を使って大量の炊き出しだ。人々はカレーとご飯をもらって幸せそうに食べている。よく見るともう午後2時半である。昼めし食わずに水をかけられまくって腹が減っていた。僕とKさんも銀皿をもらってカレーをよそってもらう。ご飯は在庫がなくなってしまったらしく、裏ですごい勢いで炊かれている。カレーはさすがに無料だけあって野菜しか入ってないかったが、辛くて美味い。カレーのお替りをもらうと、ご飯が炊きあがった。人々が群がる。僕らもご飯をいただく。

飯の後は岩の上のパゴダがある島に橋で渡り、お参りをする。参拝の人が多い。

トラックは再び街に戻る。一旦スタッフハウスに帰ったのが午後3時過ぎ。ここで水を補給し、最後の市内一回りを敢行する。

最激戦通り、タンルイン川沿いの道は、さらに激しさを増していた。もはや無法地帯。音楽に合わせて無数の若者が頭を上下させて飛び跳ねている。ロックコンサート状態。

しかし本当にこの期間、バイクの危険運転は目に余る。若者は酒飲んで運転したりしてるんだろう。しかしもし、水をかけたことが原因でバイクが転倒し、運転者が死んだりしたら、水をかけた人は罪に問われるのかしらね?そりゃあ問われるだろうなぁ。無礼講も行き過ぎると死が待ち受ける。
実際、この水祭り期間に多くのミャンマー人が交通事故で命を落とす。

水祭り 4月15日映像(1)
水祭り 4月15日映像(2)


去年と違うことと言えば、今年は荷台にいて寒い、ということだ。今日は雲が多く、真夏のミャンマーとはいえども、雲で太陽が隠れたりすると、水に濡れた体は、風に吹かれるトラックの荷台の上で冷えてくるのだから始末に負えない。去年はかんかん照りで気温が今年より高かった気がするし、活動時間も今年よりは短かったようである。
来年はファイントラックの沢登り用超撥水シャツと速乾性のポリエステルのTシャツを着ねばなるまい。沢登りの格好やね。

午後5時、今日の活動は終了した。トラックはスタッフハウスに戻る。
ぐしょ濡れの服を脱ぎ、シャワーを浴びる、温水シャワーがばり心地よい。身体が冷え切っている。本当にプールで長いこと泳いだ後のような感覚だ。

夜、突然の腹痛が襲う。下痢だ。トイレに駆け込む。いきなり。こんなはっきりとした下痢は久しぶりだ。
今日何を食べたか?寺院で無料で振る舞われた野菜カレーとご飯。カレーとご飯なので火は通っている。だが水はとても飲料水を使っているとは思えない。ただ、あれだけの多くの人々が食べたのである。ドブの水を使っているとは思えない。
別の可能性は、やはり水祭り中にかけられる怪しげな水を飲んだことである。こっちかなぁ、やっぱり。去年も述べたが、かけられた水はどうしても少しずつ飲んでしまうのである。エジプトで水飲んだら生涯最悪の下痢になったことを思い出す。きっと、悪い水は相当ヤバいに違いない。水かける奴らも、そのあたりの水たまりからすくい上げた水をかけてないとも言えん。
去年も明らかな下痢こそなかったものの、水祭りの後に体調がずっと悪かった。
いやはや、祭りで下痢になるとは奇妙なものだ。来年は水が口の中に入らないような毒ガスマスクでもした方がいいかもしれない。


4月16日木曜日。
水祭り最終日。今日は朝7時出発で午前中は3つの洞窟寺院を周った後、午後、最終日の水かけの街に最終出撃する予定だったが、下痢と腹痛が全然治まっておらず、悪いことに頭がボーっとしている風邪のような症状まで加わり、とても水を浴びられる状況ではなかったため、出撃を断念した。あろうことか日本人ボランティアのKさんも、体調が悪いので今日はキャンセル、というではないか。ただKさんは腹痛はなさそうで、熱がありそうな症状だという。昨日、水を浴びた後荷台で身体が結構冷えてしまったが、Kさんの方はそれが原因かもしれない。

結局、最も盛り上がる最終日を、泣く泣く寝て過ごすことになってしまった。
食欲全くなし。朝から晩まで、暑い中うなって寝ていた。

結局今年の水祭りでは新たな発見はあまりなかったが、やはり印象は変わらず「クレージー」に尽きる。もう羽目を外すとかそういうレベルを超え、頭の中がすべて水で洗い流されちゃっているくらい真っ白な感じ。


4月17日金曜日。
ミャンマー新年。腹痛と下痢が続いている。何たるウンのない新年だ。昼過ぎ、食欲は少し戻ったので回復傾向だ。今日も結局一日中ぐったりしていた。


4月18日土曜日〜4月21日火曜日は、基本どこにも出かけず、スタッフハウスでダラダラと過ごした。取りたててすることもないし、行くところもないし、その前に足もない。なにより暑くて外に出る気がしない。
それにしてもちょっと休み過ぎの感あり。

<追伸>
4月19日は、NHKで皐月賞を見ました。4コーナー、勝ち馬はすごい大外ワープだった。
2015/4/12 (Sun.)
突然の雨風 晴れ夜一時雨@パアン
 
朝、托鉢の長大な列

ミャンマーでは昨日11日から水祭り休みに入った。今年は私が勤める団体は、水祭り休み中政府休日と同じだけ休むことになったため、4月11日〜4月21日までのなんと11連休である。稼働日7日連続で休み、ということだ(ちなみに昨年は、曜日の並びも関係しているが、平日は4日間の休みだった)。今年は水祭りの4日間+新年の計5日間(13日〜17日)が土日にかからず、ちょうど月曜日〜金曜日となるため、休みが長くなっているものと推測される。日本は今月末からゴールデンウィークだが、ゴールデンウィークも真っ青の長期休暇である。休日数は断然ゴールデンウィークよりも長い。私にとってはミャンマーに来て最長の休みとなる。

今日は昼間、いつものトライシクル運ちゃんのネーちゃんを呼んで、例の「ポウ・ラ・ミン ショッピングモール」に行き、水祭り用の水中眼鏡と、テラスで昼寝や読書をするための簡易ロッキンチェアを購入した。明日からの水祭りでは、街の機能が停止し、買い物などできなくなるかもしれない、とそう考えたわけである。実際にはどうなのか知らない。

さて、4月に入り、すでに気の遠くなる高温に突入しているが、今晩、突然風雲急を告げ、強風が吹き荒れて窓がバタンバタンいったかと思うと、雨が降り始めた。雨は10分程度で止んだ。そういえば去年の水祭り時にもこんな突然の強風があった。やませとか春一番とかと同様、この時期特有の気象現象なのかもしれない。

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