2016/8/7 (Sun.)~8/16 (Tue.)
一時帰国私的日記

間もなく成田に到着。九十九里浜上空 |

西小山の祭り |

JR市ヶ谷駅 |

シダクラ橋 |
 |

二条の滝 |
|
 |
 |
 |
 |
|

昼飯 |

ガレた枯れ沢を急登 |
 |

ついに枝尾根に到達 |

サス沢山から見た奥多摩湖 |

奥多摩湖までの下りの登山道がこれまたキツい |

小河内ダム 放水斜面 ⇔ 通路 |

奥多摩湖 |
 |
| |

奥多摩駅前で花火を待つ人々。山車が前を通る |
JICAから講演を請われたため、日本に一時帰国することになった。8月10日に、市ヶ谷のJICA研究所にて、私の団体がいまパアンで実施している技術訓練学校事業について発表する。
8月6日21:45、ヤンゴン発の全日空直行便に乗り、8月7日日曜日の朝6時半ごろに成田着。
またまた機内ではほとんど眠れず。なぜだろう、夜行便にふさわしい時間の飛行機なのに。
空港の外に出る。早朝だからか、割と涼しいが、もう太陽は勢いを得始めている。日向に出るといやらしい暑さがまとわりつく。8月の日本。
岡が車で迎えに来てくれ、車で実家に戻る。8時半には着く。成田から1時間。
ひと風呂浴びた後、すぐに出かける。西小山の行きつけの床屋で散髪するためである。
久々の西小山では、今の季節お決まりの祭りをやっている。
髪を短くしてもらった後は千葉駅に戻り、自習室でネットにつなぐ。競馬の結果を確認。馬券買ってないけど。
家に戻り、裕助と合流。今日は裕助が私の車のオイル漏れを修理してくれたのだ。オイルパンからの配管接続部から漏れているらしく、パッキンを柔らかいものに変えて2重で入れたとのこと。
今のところは漏れてはいないようだ。
8月8日月曜日。
車でトランクルームに行き、奥からノーマルタイヤを引っ張り出して交換する。ここ4年くらい、ずっとスタッドレスを履いていたのだ。履き潰しである。
ノーマルタイヤの溝も結構減っていることに気づく。
だがタイヤを変えたことで、妙なハンドルのブレはなくなったようである。
8月10日水曜日。
暑い。JICA市ヶ谷に行き、JICAの職業訓練に関する説明会で発表する。ミャンマー人の各省の役人も招待されていて、ここ5日間で、日本の職業訓練学校や工業高校などを視察したらしい。
我々の技術訓練学校は、ミャンマーでの成功事例としてJICAに講演を依頼されたというわけである。
夜、千葉で中学時代の友人で集まる。8時過ぎ、岡とデニーズで飯を食う。カキフライ&ハンバーグ膳。これぞ日本食。美味い。
その後コンスケ、石坂、裕助が合流し、居酒屋で飲み。明日11日は、今年から「山の日」という祝日になったそうで、今日は休日前なため、集まりやすかったようである。
その後いつものペニーレインへ。3月の帰国時以来。珍しいことに団体客と2名客で狭い店内は満席。以前は開いていないこともよくあり、存続を危ぶんでいたのだが、この繁盛ぶりなら安心だ。ママもちょっと老いた感じはしたが、元気そうだった。午前1時まで飲みまくる。
8月11日木曜日。山の日。
13日の土曜日に沢登りをしに奥多摩遠征の予定。そこで石坂と沢靴を買いに出かける。あろうことか、沢靴をどこかに失くしてしまった。どうしても思い出せない。3月の帰国時にないことに気づいていたが、本格的に探してもどこからも出てこない。実家の家人が捨ててしまった可能性もある。だがとにかく愛用の沢靴が見つからないので、泣く泣く新しい靴を買う羽目になった。
まぁ、愛用の沢靴と言っても、東京靴流通センターで3年前に買った「アクアシュー」なるものがそれである。値段は2980円。だがこのゴム底靴は、沢でとてもいいグリップを生み出す(と思っている)。他の人が履いているバカ高いフェルトソールの沢靴などよりもいい(と思っている)。もちろん、他の人と比べて私の沢技術が高いからこその私の沢パフォーマンスなのであるが、沢では靴底が大事なことも間違いない。
石坂と東京靴流通センターに行く。しかし、同じブランドのアクアシューはあったが、紐がないタイプのチャチなもので、私の愛用していたものとはまるで違う。しかしどうもそのタイプしかないらしい。靴底は私が持っていたものと似ていたので、苦渋の決断で石坂と二人してこの靴を買うことにする。2890円+消費税。
その後パルコの好日山荘でファイントラックの撥水ペラペラシャツとタイツを買う。合わせて10000円ちょっと。ファイントラックの撥水シャツも、どこかに失くしてしまった。沢装備が丸ごとどこかに行ってしまったのだ。モノを失くすことがほとんどない私にしてみれば、愛用の品々が神隠しにあったかのような不可解さである。
さらにオリンピックでポリエステル100%の速乾シャツも買う。950円+消費税。
しかし、コンビニでも店でも、消費税込みの価格が表示されていないのでムカつく。税込みの価格を表示してくれよ、いくらか分からねぇだろ!
8月12日金曜日。
今日も買い物。トレッキングシューズもまたなくなってしまったので買わねばならない。蘇我のホームセンターの2階の靴屋で、ニューバランスのトレイルランシューズを購入。滅茶苦茶軽い。沢の後の登山はこれで何とかなるだろう。6800円+消費税。
これでほぼ準備は整った。明日13日、奥多摩を強襲する。
8月13日土曜日。晴れ。
今日は4人で奥多摩の沢登り。奥多摩湖から流れ出す多摩川支流のシダクラ沢。3年前に遡行した水根沢に近い。
奥多摩は3年ぶり。せっかく8月の盛夏に帰って来たのだから、沢登りを外すわけにはいかない。
朝5時に起きて近くのヤックスで今日の昼飯を買い込む。
裕助と朝5:55の始バスに乗ってJR千葉駅へ。休日お出かけパス購入。これで通常運賃よりも大幅にお得。
新宿駅でコンスケ、石坂と合流。
新宿からホリデー快速奥多摩号で奥多摩へ向かう。相変わらず車内には山人が多い。もういまや老若男女みんな山へ行く。半分くらいは奥多摩手前の御嶽駅で降りる。
奥多摩駅9:17着。駅前は激混み。山に行く人と、もっと軽装の、河原でBBQでもしそうな人々がごった返している。
天気はまずまず。奥多摩駅は標高343mの山の中なので、もう都心のいやらしいコンクリートとエアコン室外機の暑さはない。
お盆休みの最盛期だけあって、去年と同様、駅からは臨時バスが出ていた。何しろ乗客が多くて乗り切れないのである。9:30の鴨沢西行きのバスに乗り、惣岳で降りる。ここで降りたのは我々4人のみ。この惣岳バス停は、3年前に行った水根沢の手前にある。シダクラ沢は、水根沢から近い。
バス停で腹ごしらえ。朝早かったので全員腹空き。
バス通りからジグザグの道をたどって谷に降りる。30mほど降りたところ、多摩川沿いに舗装道路があり、「むかしみち」としてハイキングコースになっているようだ。山の格好をした何人かのハイカーがいる。
僕らは公衆トイレで用を足した後、シダクラ橋を渡る。「3人以上では渡らないでください」との表示、なるほど板張りのつり橋は、えらく揺れる。そして割と高い。奥多摩の山と下を流れる多摩川が素晴らしい景観を織り成す。高所恐怖症の裕助が悲鳴を上げる。
橋を渡ったところからしばらく川沿いを歩く。これがシダクラ沢である。
着替えのできる場所を見つけていよいよ沢装備に着替える。
この二日で買った沢靴、下半身は、ファイントラックの撥水ペラペラタイツの上にいつもの水着。上半身はファイントラックの撥水ペラペラシャツの上にTシャツ。今回は撥水ペラペラタイツの効果が楽しみだ。
入渓地点の標高は410m。入渓時間10:55。
ここから、今回の帰国で私が買った大物、カシオのプロトレックが高度計測を始める。奥多摩駅で高度合わせをしてきた。
シダクラ沢は、苔むす岩が連続し、その間を清流が流れ落ちる。2m~5m位の滝が多く、越えていくのに楽しい。
始めは登っている感じは薄いが、途中からどんどん高度を上げている感じになっていく。岩を登り、滝ではシャワークライム。頭から落水を浴びる。気持ちいい。この沢には深い釜はなさそうで、泳ぐ場面はなさそうだが、そうとなればと滝はシャワークライム。水はそれほど冷たくなく、心地いい。真夏とは言え、奥多摩で寒さを感じない。今まで行った沢では真夏でももっと水温が低かった気がする。ちょうど猛暑が続いたので、水も相当に温んでいるか。それと、水量が少ないことも関係しているかもしれない。
<動画> 滝の下から
沢の周りには高い木々が生え、空はその梢が覆っているが、時々梢が切れ、陽光が谷まで降り注ぐ。これまた気持ちいい。
難関が出てくる。5mくらいの滝。ここの岩がヌルヌルに滑る。水流の右側の岩を登るが、ツルツルかつスタンスもホールドも乏しく、苦戦する。ミャンマーで全く体を動かしていないので筋力が落ちているし、靴もイマイチなのか、滑る。いや、このツルツルならどんな靴でも滑るのかもしれない。この滝は割と高いので緊張しながら登る。何とかクリア。
石坂は左から巻く。自分の能力を分かっているのは大変よろしい。自分の能力と現場の状況を勘案し、どういうルートを取るかを考えるのが沢登りである。無理だと思ったら巻く。これぞ自己責任。
途中一度休憩し、沢を登りながら高度を上げていく。入渓地点で410mだった高度は600mを超える。
川には魚影はない。いや、見つけられないだけで実際にはいるのだろう。
アブや蚊は多いが、その他の昆虫などの生物はそれほど目につかない。
今日は川虫の姿も見ない。
動物も、カエルの姿はほとんどない。入渓直後に小さな蛇を見かけただけ。
途中、大岩が何個かあり、山から落下した大岩によって川が堰き止められ、その流れを変えたような痕跡も見られる。昔の川床(だと思われる部分)に、石が散りばめられて干上がっている感じなのである。
この川は、チョックストンの滝も多く、左右の斜面から川に石が落ちてきて出来た流れが散見される。
ファイントラックのペラペラシャツとタイツは良い。水に濡れてもすぐ乾く。保温性もある。が、下半身は、岩にこすったりすることが多いので、この撥水ペラペラタイツがむき出しなのはいただけない。何しろペラペラなので、ちょっとした接触でも破れてしまうかもしれないわけである。高価なものなのでそう簡単に破るわけにはいかない。と考えるとやっぱり長ズボン履かなあかんよなぁ。そもそもこの撥水タイツは、その上の吸水レイヤーとの合わせ技で効力を最大限に発揮するのだ。そんなのは分かっているんだけど。今まで水着一丁、ひざ下は肌むき出しで登ってたもので。
今日の最大の課題は、どこから尾根に上がるか、ということである。ここを遡行する人たちの多くは、標高730mの二股を右に入り、さらに奥の二股の右俣から尾根に登る。1100m付近で登山道のある主尾根に出る。源頭近くまで詰めて尾根に上がる、というコンセプトなのだろう。どの人の遡行記録を見ても、「尾根への詰めが急登でキツい」と書いてある。
これにビビった僕らは、もっと手前から、もっと尾根の低い部分に出るルートはないだろうか、と地図を凝視する。だが、等高線の込み具合は、先(源頭近く)に行っても手前でもそれほど変わらない。つまり、急斜面の度合いはどこから登り始めても変わらない、ということだ。それに、尾根までの水平距離も大きく違わない。
そうとなれば、もっと手前から登れないかと思案する。
コンスケが出してきた案は、「680m付近の二股から右沢に入り、そこから尾根に上り詰める」というもの。この案だと、尾根上の高度は1020mほどで、割と低いところに出れる。
680m手前に右側に急斜面のガレた枯れ沢がある。ここが登るポイントか?と思い、ここで昼飯。
もう13:30。岩に座って、持ってきた昼飯を開ける。ここで自炊でもすればまたさらに楽しいのだろう。荷物が多くなるけど。
以前、27年も前、千葉県の小櫃川を同じメンバーで野営しながら遡ったことがあるが、来夏は、野営付き沢登りをみんなでやることが目標だ。谷川連峰あたりのスケールのでかい沢で。想像しただけでワクワクする。
昼飯後、僕が斥候でもう少し上まで上がると、プロトレックでまさに680m付近に、もっとはっきりとした枯れ沢が右に出てきた。斜度は昼食休憩したあの枯れ沢よりも少し緩やかである。伏流が最後に顔を出してシダクラ沢本流に注いでいる。急斜面だが登れないことはなさそうだ。こちらが地図上の680m付近の二股だろうと僕は考えた。
僕らはここから尾根に上がることを決める。ここから標高差300mを上がる。しかしこの急斜面を高さ300m上がるとなると相当にキツイ。がこの時我々は行くしかない、という気持ちに突き動かされていた。なぜだか。
僕と石坂は沢靴から靴を履き替える。
ここから地獄の急登が始まる。14:05。
始めは、川床に石が残ったガレ枯れ沢。何しろ急斜面なので、登るにつれ石をどんどん下に落としてしまい、下から登ってくる人は命がけ状態となる。
「ラク!(落石!)」の声が絶え間なく響く。
時にはこぶし大の石も落ちる。裕助のすねに当たる。間を開けるか詰めるかしないと危険だ。加速した石は、まさに凶器。
<動画>ガレた急斜面
こんなガレ場を這いつくばって登る。すぐに疲れて休憩する。しばらく登ると、石が消え、土の急斜面となる。水があったら滝のような場所だ。高さはわずか1mほどなのだが、ここの土がずるずると滑って苦戦する。トップで登っていた僕は、ここを他の人がクリアできるかが心配になるも登り切る。コンスケは右斜面にあった蔓よりも太い木を掴みながら登る。石坂はこのズルズル斜面を登れない。上から僕とコンスケでロープを出し、引っ張り上げてやっとのことでクリア。
<動画>石坂 悪戦苦闘
急斜面で休憩。ここから上部の枯れ沢は、川床に石が少なくなり、代わりに木の枝や葉が多くなる。斜度は心持ち緩くなるが、それでも延々と急斜面が続く。
みんな息を切らし、青色吐息で登り続ける。石坂はニューバランスのランニングシューズを履いていたのだが、これではとても滑って登れないので、コンスケから登山靴を借りて履き替える。
あまりにもキツい急登なので、途中で断念して降りて沢筋を下る消極案も出たが、さすがに中途半端な考えということで却下。ここまで登ったのならあとは初志貫徹。しかし急登地獄は延々と続く。
そうやって休み休み登ることすでに1時間半を超えた。枯れ沢は初めのうち南西方向に真っ直ぐに進んでいたが、途中からどんどん西寄りに向きを変える。地図的には主尾根から張り出した枝尾根に近づいていることになる。トップで登っている僕は、念のため下の裕助に声をかける。
「裕助、西寄りに向きが変わってるぞ。いいよな?」
裕助はガーミンのGPSを持っている。しかし下からは何の返事もない。
もうコンスケは完全にグロッキーで、少し上がってはすぐ休む状態。石坂は靴を履き替えてから生き返ったようで、なんとかついてくる。
山の斜面では、アブ、蜂、キノコ、カエル、めくらグモに出会う。アブや蜂は闖入者に対してあからさまに威嚇してくる。
950mくらいまで登ると、見上げた斜面の上の木々の間に、ようやく空が見えてくる。稜線である。

今回の走破ルート |
ついに主尾根(登山道がある尾根)から張り出したテーブル状枝尾根に到達。16:05。プロトレックで標高980m。680mの分岐から、ちょうど300mの高度を2時間かけて上がったことになる。
ちなみにこの枝尾根(便宜上枝尾根と呼びます)は、ここから登山道がある主尾根から分岐している。サス沢山に向かって西方面に伸びる主尾根に対し、ここから北に伸びている(北に向かって高度が下がる)。この北に伸びた枝尾根の東側の谷がシダクラ沢である。
2時間もの間、超急斜面を登り続けた。途中、斜度が緩くなること一度もなし。ただひたすら急斜面。これは普通の登山よりもはるかにキツい。
16:30、死にそうになりながら最後にコンスケが枝尾根に到達。
この枝尾根を稜線に沿ってさらに登るとすぐに主尾根に到達。程なく登山道発見。疲れピークだが、いつでも登山道に出る瞬間はホッとする。
プロトレックで最高高度1002m。ちなみに地図上では1010mの鞍部。若干高度がずれているか。ともあれ、今日は410mから沢を登り始めて、592mくらい登ったことになる。
今回の僕らの急登は680mから980mまでちょうど300m。この急登が、他の多くの人が辿る、源頭近くまで詰めてからの急登とどう違うのかは、全くもって分からない。他の人の遡行記録を見ていると、ここまでキツくないように思えるが、真偽は一度奥まで行って登って確かめるしかない。
後から他の人たちの遡行記録を見て分かったのは、あの680m付近の分岐以降に、本流にはいくつか楽しそうな滝があった、ということだ。僕らもそうだが、沢登りの醍醐味の一つは、源流まで遡行して川の生まれる場所を見ることである。今回僕らは詰めにビビってそこまで行かなかったが、次回機会があれば源頭まで詰めてみたい。

グーグルアースと連動。沢登りと急斜面登りを視覚的に再現 |

沢を登り、尾根に登り、奥多摩湖畔へ降りる |
登山道に出てからは、奥多摩湖畔まで基本下り。途中、サス沢山のピーク(940m)から、奥多摩湖が一望のもとに見渡せる。素晴らしい景色。夕暮れ、陽がいっとき陰って、湖面の一部が金色に染まる。
奥多摩湖は、多摩川を小河内ダムにより堰き止めてできたダム湖である。水位がだいぶ下がっているのが分かる。
ここから奥多摩湖までの下りがこれまたキツい。急斜面なのだ。しかも下が割とズルズルの砂地。途中、ロープも張られている。これは登る方は相当にキツそうだ。
もう一息で奥多摩湖というところで、「頂上広場」「展望広場」なる看板が出てきたので行ってみるも、木々に阻まれ展望なし。詐欺看板。
ヘロヘロになりながら、18時過ぎにやっとのことで奥多摩湖に降り着く。奥多摩湖の標高540m。
今日の行動時間は、およそ7時間半。沢で3時間強、山で4時間強。 入渓点高度410m、最高到達点1002m、上昇高度592m、下降高度458m。
沢の後の急登と下りで限界を超えて消耗した1日だったが、狂ったように体を酷使し、充実した1日だったといえよう。4人とも何とか踏ん張り、脱落者が出なかったのも良かった。
夜のとばりが落ちる。奥多摩湖畔はダムや広場や観光施設があり、観光客が割といる。ダムというのはあの堰き止めた壁の上の、コンクリートの広々とした通路沿いを歩きながらダム湖を見渡す時、実に何と言うか、人工物と自然との融合というか、そういう壮大で爽快な気分になるものである。僕だけか。
奥多摩j湖畔のバス停から、18:54のバスで奥多摩駅に戻る。街では祭りをやっていて、あり得ない人出。車を通行止めにすりゃあいいのに、大渋滞している。バスも渋滞で進めないため、終点奥多摩駅から2つ前のバス停で降りて歩く。
大勢の若者や親子連れが歩道を行き交う。浴衣を着た女の子が目に付く。歩道にはびっしりと露店が出ていて、立錐の余地もない、そして、19:45から花火が上がるらしく、花火の場所取りの人々も歩道や駅前を埋め尽くしている。
外人観光客もえらく多い。彼らはこの祭りのために来ているのだろうか。見たところ登山者ではないようだ。この祭りは結構有名なのだろうか。東京の山奥が都会のような様相である。
即席舞台の上で、笛太鼓の音にひょっとこが踊っている。
山車が出て、奥多摩駅まで引かれていく。
花火が上がる。歓声が上がる。
しばらく花火を見た後、20:01の奥多摩駅発の電車に乗る。青梅行。青梅で立川行きに乗り換える。
夕飯はとても奥多摩では食べられなかったので、途中駅の拝島に降りて食堂を探すことにする。休日お出かけパスは1日有効、途中下車OKである。
もう21時を過ぎているので、開いている大衆食堂は見当たらない。居酒屋か、ラーメン屋か、キャバクラ。
しばらく探して、トンカツ屋が開いていたのでそこに入ることにする。大量のカロリーを消費した後なので全員腹ペコ。僕はロースカツ定食。やや高いが美味い。ビールをジョッキで1杯。沢登りの後のビールは格別。
こうして千葉駅に着いたのは午前0時40分。もうバスはないので裕助とタクシーに乗り込む。
家に帰りついたのは午前1時。山に行ったにしては帰りがこんなに遅くなったのは初めてだ。とにかくあの地獄の急登は忘れられない思い出になった(笑)。いままで尾根に出るのに、ガレ沢や枯れ沢や普通の急斜面を登ったが、今日の急登はそれらの比ではなかった。 丸1日、遊び倒した。久々の充実した1日。
<シダクラ沢総括>
沢は楽しかった。緑に苔むす岩々の間を流れ落ちる清流。水量は多くなく、深い釜もないので泳ぐような場面はないが、小滝が連続して、飽きない遡行が楽しめた。
しかし沢から尾根への登りが地獄。前述した通り、他の多くの人が辿る、源頭近くまで詰めてからの尾根上がりと比べてどうなのか、分からない。
シダクラ沢遡行 写真集
8月15日月曜日。終戦記念日。
夕方、個人練習でスタジオに入る。3月以来、エレキギターにアンプをつないで弾きまくる。
明日ミャンマーに戻るので、夜、車のキーを裕助に渡す。今のところ、オイル漏れは出ていない。時々エンジンがかからないのだが、これはよく真夏の暑いときにおこる現象で、原因はよく分からない。
8月16日火曜日。
10日間の一時帰国はあっという間に終わり、今日ミャンマーへ戻る。
朝8時過ぎに岡が車で迎えに来てくれ、成田へ。
今回はエレキギターをミャンマーに持っていこうと思っていたのだが、いろいろあってやめることにした。機内持ち込み荷物として長すぎること、あと結構重いので持っていくのが面倒になったためである。ちなみに、今年の3月に一時帰国した際、全日空にエレキギターが機内持ち込みできるか電話で聞いてみたのだが、回答は「機内持ち込み荷物のサイズ以内であればOK」であった。どう考えても長さ制限から外れているので、NGということだ。しかしながら、その3月にヤンゴンへ戻るANAの飛行機内に、平然とギターを持ち込んでいる乗客がいた。一体どういうことだ?手荷物のサイズ制限など、あってないものなのか?持ってきたもの勝ちなのだろうか?それとも、頭上の物入れに入る長さなら許されるのだろうか?全日空の顧客対応を疑問視せざるを得ない。ギターをチェックインまで持ってきてしまった客に対しては「OK」と言っているのだろうか?全くもってよく分からん。
全日空便は、11時定刻に成田発。機内では、昼食が出る。これが「トロトロ卵のウナ玉丼」。少量とはいえ、飛行機の中で鰻が食べられるのは、日本の航空会社だけだろう。大変よろしい。
ヤンゴンには予定より早く到着。ミャンマー時間の15時過ぎ。
空港の外に出る。温度は30℃くらいか。湿気が多い。こう考えると東京の方が湿気は少ないようだが、どうも東京の今の暑さはいやらしい。逃げ場のない暑さというか、コンクリートから反射する暑さというか、ミャンマーの暑さとは何か質が違う暑さである。
再び戻って来てしまった。
|