2014/7/19 (Sat.)
大雨 大雨@パアン

豪雨 |
7月に入ってから、昼間は結構晴れていることが多く、ここ数日は決まって夜の間にドカ雨が降る、というパターンが続いていた。
ところが、今日は朝から大雨、しかも間断なく激しい雨が続いた。雨の降り方は時間とともに強弱を繰り返すのであるが、とにかく「強」の時の降り方が半端じゃなかった。雨粒の大きさ、密度、雨の持続時間、いままでで間違いなく一番の降り方だ。どれだけの雨雲が上空にあるのだろうか。
ダウンタウンの道は見る見るうちにところどころ冠水した。
夜になっても同じように土砂降りが続く。雨季に入ってから、一日の雨量では間違いなく最大だったろう。
夜は毎晩、カエルの大合唱。雨季に入ってカエルが活発だ。雨の音とも相まって、うるさくて眠れない。
ヤモリも家の中で躍動している。それはもう、そこらじゅうに出没する。時々キョキョキョ、というか、ケケケケ、という鳴き声が部屋に響く。僕はヤモリが鳴く声をここで初めて知った。見た目も声も不気味である。だが慣れるとなぜか心地よい。
いや、つまりは心理的なものである。ゴキブリやハエや蚊などの害虫と違って、益獣だからという、安心感である。 |
2014/7/13 (Sun.)
2度目の床屋 晴れのち雨@パアン
5月の終わりにミャンマー初床屋に行ったのに続き、1か月半しかたってないが2度目の床屋に行った。前回と同じところ。同じニーちゃん。
彼にミャンマー語で「短い」と言う。だがニーちゃんはニコニコしたまま、僕の言葉を理解した様子はない。
結局そのまま散髪開始。今回は、いきなりバリカンから入る。その後ハサミ。結果としては、前回よりは少し短く切られたようだ。僕の言葉、通じたのかしら。
料金はもちろん、1000チャット、100円。毎日行っても月3000円である。行かないけど。 |
2014/7/12 (Sat.)
人の優しさに触れる(2) 雨時々晴れ@パアン
7月に入ってから、結構晴れている時間が長い。「MSN世界の天気」によれば、7月と8月が一番降水量が多いとのことだが、6月よりもちょっと雨が減った気がする。
昨日はミャンマーの祝日のため、昨日から3連休。3連休をまともに休めるなんて初めてのことだ。うれしい。
だが例のごとく何もする気が起きず、昨日も一日中寝て過ごした。ここ数か月、いくら寝ても寝足りない。
今日もほとんど寝ていたが、これではイカンと思い立ち、午後7時、暗くなった後に夕飯を食いにちょっと歩くことにした。
いつも行っている歩いて3分の食堂ではなく、歩いて25分くらいかかる食堂へ。ここは、僕の訓練学校の生徒たちに、ケイタリングで食事を提供してくれているところで、マスターは僕らに協力を惜しまない、とてもいい人だ。
いつ雨が降り出すか分からないので、傘とランタンをもって歩き始める。
20分以上かかって食堂に到着。マスターを始め、従業員のおばちゃんやニーちゃんは英語をしゃべれないが、いつも僕を歓待してくれる。4月の水祭りのときは僕はウーゾウゾウと毎日ここに食べに来ていたが、普段はここは遠いので時々しか食べに来ない。
魚のカレーと野菜炒め、ご飯を頼む。すると、無料で出てくる葉っぱやオクラやきゅうりのサラダ以外に、もう一品、インゲンとエビの煮込みみたいな小皿をつけてくれた。もちろんご飯はお替り自由。
いつものことだがここはべらぼーに安い。腹一杯になってわずか800チャット(約80円)。いつも行っている食堂の半額じゃないか。ひょっとして僕がお得意様だから安くしてくれているのかもしれないが、それにしたって安い。
歩いて帰り道、小さな商店街で、後ろから来たバイクの若者に声をかけられた。見たところ知り合いではない。だがミャンマー語で僕に話しかけるので、英語で「ミャンマー語は分からない」と言うと、表情を少し崩して去って行った。怪しい奴かは分からなかった。だが、この国には危険な人間は少ないので、きっと何か勘違いをしているのか、ひょっとしたら僕の知り合いなのかもしれない。
。
商店街を抜け、暗い夜道を歩いていると、またまた後ろから来たバイクが僕の横で止まり、運転手の男に声をかけられた。
「○×(私の所属する団体名)の事務所に行くのか?」
英語だ。なんでこいつ、僕が○×の職員だと知っているのだろうか。警戒心がいきなりマックスとなる。僕は「ハー?」とか言ってほとんど無視するように歩き続ける。すると止めたバイクの後ろから、次の言葉が飛んできた。
「私は●△社の者です。事務所まで行くのなら送っていきますよ」
●△社は確かに私の団体と関係のある会社である。ハッとして後ろを振り返り、暗がりのなかよく見ると、確かに知った顔だった。数回私の事務所で打ち合わせをしたことがある。
「あぁ、●△社の。」
つまりこの人は、いい人なのである。私を見かけて、歩いてさらにかかる事務所まで戻ると察したので、バイクで送ってくれようとしているのだ。警戒心が一気にほどける。だけど送ってもらうつもりはないので、丁重に断った。
「歩いていくからいいよ。だけどありがとう」
すると彼はするりと去って行った。
以前も顔見知りの若者が傘を貸してくれようと自転車の僕を見つけて声をかけてきたけれど、要するにこの国はそういう国である。顔見知りが困っていたら何か助けようとするのだ。ひょっとしたら僕が外国人だからなおさらなのかもしれない。ひょっとしたら顔見知りじゃなくてもそうなのかもしれない。日本人でもそんな助け合い精神は同じだと思いますが。
もっとも、いかに小さな街とはいえ、やはり自分が外国人として「目立っている」ことを感じざるを得ない。ここではもっと没個性で埋没して生きていきたいものだが、外見上そうはいかないのだろう。ホンダフィットのようなありふれた匿名のような存在になりたいが、ここではどうしても目立つ。エクアドルでも街を歩くと「チーノ」(中国人)と呼ばれた。明らかに違うからである。
何はともあれ、この国の人々は、優しい。
(「人の優しさに触れる(1)」はこちら) |