2016/3/12 (Sat.)~3/30 (Wed.)

これはカツじゃない。薄すぎて見えない |

安い小物を売っている店(ボージョーマーケット/ヤンゴン) |

常軌を逸した6ドルのホットドッグと5ドルのアイスラテ |

神崎酒造祭り。恐るべき人出。 |

神崎酒造祭りの酒蔵見学ツアー |

これが本当のカツ(酒々井サービスエリア) |

藤田菜七子騎手 |

郡山にて。前会社の同僚と飲む |

赤坂ブリッツで人間椅子のライブ |

人間椅子のライブ会場でCDを買ったら色紙がついてきた |

千葉にて。中学時代の友人と飲む |

京都→奈良の電車の車窓 |

ならまち |

奈良の安宿、ゲストハウス奈良バックパッカーズ |

奈良は観光地だけあって、ラーメン屋のメニューも英語併記 |

鹿さんたちの食事時間 |

国宝、東大寺の大仏 |

興福寺五重塔と東金堂 |

大阪にて。前会社の関係会社の面々と飲む |

大岡山商店街 |

変わり果てた溝の口、再び |

二子玉川園 |

二子玉川園、階段の夜 |

驚きの店、蔦屋家電 作業スペース⇔本屋内部 |
一時帰国日記
3月12日土曜日。ヤンゴン、晴れ。
午前中は仕事をし、午後からお土産を買いにまたぞろボージョーマーケットに出かける。
その前に、MGMホテル近くのエセ日本食レストランで昼食。トンカツ定食を頼むが、このカツがまさに詐欺。ほとんど衣だけで、ほとんど見えないくらいのスライスハムのような薄さのカツである。やれやれ。もうここでは2度と食っちゃいかんな。
ちなみに、今、日本人の企業人はまだ結構な勢いでミャンマー(ヤンゴン)に来ているようだが、ヤンゴンの日本食レストランは、次々につぶれている。きっと過当競争なのだろう。
炎天下歩いてボージョーマーケットへ。毎度毎度のTシャツを11枚買う。いつも思うのだが、ミャンマー語でなんか文章が書かれたTシャツというものが存在しない。これがあればいいのに、といつも思う。英語で「MYANMAR」なんて書かれているTシャツは全く魅力がない。
Tシャツを渋々買った後、小物を探す。メイドインミャンマーの小物入れとコースターがあったので求める。これで一つ1000チャットならこのマーケットにしては安い。ここは観光客値段なのだ。
それにしてもいいものを見つけた。これならかさばらないし、「その他大勢」系の人へのお土産として最適だ。
午後7時過ぎに空港へ向かう。土曜日だからか。大した渋滞もなく、8時前には到着。ヤンゴン国際空港の新しい建物が完成していて驚く。
いつもながらチェックイン、出国審査は空いていて、ストレスを感じることもない。全日空成田直行便は22:10発。まだ2時間近くある。
フライト時間は6時間ほどらしいが、夕食はなしで着陸前に朝食が出るらしい。そうなると飛行機で空腹となる可能性がある。とりあえず夕食を空港で食べることにする。がまたまた常軌を逸した空港内レストランの値段に唖然とさせられることになる。
ホットドッグが6ドルである。アイスラテが5ドルである。ホットドッグとアイスラテで11ドルである。あり得ない。他のメニューは色々あり、スパゲッティは10ドル前後、チャーハンでも6、7ドルする。確かにこぎれいで高級感はあるが、なぜみんなこんなアホなところで食事をしているのだろうか?
選択肢が他にないのは間違いないが、これはここがミャンマーでなくても、日本であったとしても高いと感じる値段だろう。
13日は成田まで友人が迎えに来てくれて、そのまま色々活動する予定なので、どうしても機内で眠らねばならない。
機内はほぼ満席。
成田到着6:45。ミャンマー時間で言えば4:15である。早過ぎる。だが待ったなしで活動開始である。
3月13日日曜日。
飛行機は予定より25分ほど早く、日本時間午前6:20に成田空港に着陸した。結局ほとんど一睡もできなかった。映画『スターウォーズ フォースの覚醒』も見てないし、なんとか寝ようと普段は飲まないワインまで頼んで目をつぶったのだが、全く眠れなかった。やはり1年ぶりの日本強襲ということで、気が立っているのだろうか。
入国審査を終え、スーツケースを回収して外に出たのが6:50。だいぶ早く着いたな。迎えの友達の姿はまだ見えない。
外でタバコを吸おうと思ったが、そういえばヤンゴンの空港で、最後の最後にライターを没収されたのでライターがない。
南ウィング到着ロビーでは、今にも開店しそうな売店があったが、聞くと7時開店とのこと。しばらく開店を待つ。
7時に129円ライターを買って外の喫煙所でタバコを吸う。この時間朝もはよから結構いろんなところから飛行機が到着しているらしく、狭い喫煙所は満杯の人で煙がもうもうと立ち込めている。
寒い。今日の最低気温は5℃らしい。ミャンマーとの気温差20℃というところか。
7時過ぎに友達4人が現れた。7時半と言っていたから、彼らも20分くらい早く着いたことになる。
1年ぶりの再会である。中学からの付き合いなので、1年ぶりの感じはしない。
もう一人遅れて来たベボとも合流し、車で直接「神崎酒造祭り」へ向かう。
千葉県香取郡神崎町は利根川のほとりにある町で、橋を隔てて向こうは茨城県である。ここには2軒の酒造蔵があり、「発酵の街」として売り出している。醤油や味噌も造っているようだ。
祭りは9時からだというのに、8時半にはすでにたくさんの人がこの小さな町に押し寄せている。
人々の目当ては、酒蔵の様々な種類の日本酒の試飲と、酒造りの工程見学ツアーである。また出店も多く出ていて、野菜から焼きそばからケバブから米から饅頭からありとあらゆるものを売っている。
酒造りの工程を2つの酒造蔵で見学し、裕助と石坂が試飲しまくり、試飲だけで酔っ払ってきたころ、引き揚げることにする。とにかく寒い。僕にはヒートショックである。30℃を優に越していた場所から、いきなり10℃以下の世界に突入したのである。
神崎を出発し、船橋へ向かう。途中、酒々井のサービスエリアでカツ丼を食す。久しぶりのカツ丼。これが本当のカツ。美味い。
一睡もしてない私はすでにグロッキー状態で車の中で爆睡する。酒々井から40分ほどで車は西船橋駅に着く。
西船橋に車を置き、電車で船橋法典へ。つまり、中山競馬場へ。
ついに競馬場へ戻って来た。船橋法典の長い地下通路を歩き、昔懐かしい中山競馬場。
7レースのパドックが周っていた。
8レースに時の人・藤田菜七子が登場する。今日彼女は4鞍に騎乗予定ですでに3鞍は終了し、この8レースが最後である。パドックは黒山の人だかり。
パドックの最後で彼女が馬にまたがる。観客から声が飛ぶ。
「菜七子ちゃーん、がんばってー」
明らかに騎手人気で、彼女の馬は異常人気している。実際、スポーツ新聞には、予想オッズ=78倍と書いてあるのが、実際のオッズは7倍である。全くの菜七子人気。
それにしても、JRAにとっては嬉しい臨時収入だろう。16年ぶりの女性騎手誕生により、話題先行ではあるが、一気に入場者も売り上げも大幅増である。中央競馬のみならず、川崎でも驚異的な集客を記録したし、来週は高知に遠征予定で、高知の女性騎手との対決が話題を呼んでいる。地方競馬に活を入れる、救世主の登場である。話題先行と言ったが、川崎では2着、3着を取ったし、中央での初戦もいきなり2着に持ってきた。これで実力が伴って来れば、恐ろしい話になる。
この日の8レースでは、藤田騎手は見せ場なし。まぁ、馬がそもそも彼女が乗らなければ単勝78倍くらいの馬なのであるから、仕方なかろう。
さて、8レース、9レースと競馬素人の友人たちに競馬というものを指南する。
10レースで私も初めて馬券を買ったが撃沈。11レース、重賞の中山牝馬ステークス。4番人気を軸として敢然と3連複を買ったが、これまた撃沈。帰国早々いいところなし。
他のみんなも的中なしで、この日はメインレースで終わることにする。まあ、みんな馬連1点とか3連複2点とかで買っているので、当たるはずもない。まぁそういう僕も、競馬素人の友人たちにいいところを見せられず、結果としては素人さんたちと同じ、負け犬。
16時前には競馬場を後にして駅へ。電車に乗って解散。私と裕助は岡の車で千葉へ向かう。
17時半ごろに実家に着く。風呂に入る。1年ぶりの湯船。最高だ。
日本に帰って来たことを実感。
まったく夜行便着の帰国初日から何ともハードな行程である。
3月14日月曜日。
千葉は一日中雨。
実家に置いておいた預金通帳やら鍵やら印鑑やら各種ポイントカードやらが入ったセカンドバッグが見つからず、一時騒然とする。
結局見つかったが、これがなかったら大変なことになるところだった。
さて車に久々に乗る。実は1月に車検が切れることになっていたので、裕助に車検を通してもらったのだが、車検代が20万円くらいかかったという。前回は10万円程度だったから、一体全体どうしたんだ?と聞くと、今回は修理が多くて費用がかさんだのだという、特にブレーキローターの交換。
車は1年ぶりに運転したが、特に気になる点はない。ギアもブレーキもエンジンも問題なさそうだ。一点、70~80km/hくらい出すとハンドルが小刻みに左右にぶれるのだが、これは車を置きっぱなしで動かさなかったためタイヤが変形しているのが原因だという。タイヤを交換すれば直るというので、ま良しとしよう。
千葉駅近くの有料自習室でパソコンをネットにつないでメールを確認。
今日は一日中冷たい雨が降り続いた。
3月15日火曜日。
今日は朝から晴れている。
健康診断を受けに朝7時半に車で病院へ。10時には全検査が終了。
結果が出るのは3週間後。
3月16日水曜日。
朝家を出て、東京に出勤。
久しぶりにマックでビッグマックを食す。平日セットメニューが消滅していて愕然とする。確かビッグマックセットは550円くらいだったはずだが、いまは670円もするのだ。仕方なくポテトをSサイズに縮小し、620円を嫌々ながら支払う。
マックはダメだな。やろうとしていることが分からん。「顧客満足」という言葉を知らないのだろうか?
3月17日木曜日。
午後から出かけ、東京虎ノ門で活動報告会。
報告会後、専門家の方々と飲む。
3月18日金曜日。
郡山へ遠征。前の会社の仲間と飲む。私がミャンマーに行く前、2014年1月に飲んで以来なので、ほぼ2年ぶり。2年前とほぼ同じメンバーが集う。2年なんてあっという間だが、その後の会社の様子を聞くと、時は流れていくものだと実感する。
3月19日土曜日。
郡山から東京に戻り、赤坂で人間椅子のライブを見る。
ライブ前、午後5時前に石坂とけんじと合流し、他に誰もいない餃子屋で餃子や担々麺を腹に入れる。ライブは6時30分から多分2時間くらいなので、腹ごしらえをしておこうという算段だ。
さて、人間椅子とは、1989年のテレビ番組、『イカ天』(イカすバンド天国)で一躍有名となり、以来27年間、売れないながらもずっと音楽活動を続けている稀有なバンドである。
今日はニューアルバム発売に伴うワンマンライブツアーの最終日、東京赤坂ブリッツでのライブである。
MCによれば、1か月のおよぶこのツアーでは、分相応に小さな会場でのライブが多かったようだが、赤坂ブリッツの1300人ソールドアウトという状況にバンドの本人たちが驚いていた。
ライブは、大盛況。ソールドアウトが納得できる入り。彼らの音楽を初めて生で聞いたが、3人であの音圧を出すのは称賛に値する。それぞれの技術力が高い。しかし、楽器の音量に比べて、ヴォーカルが小さく、何を歌っているのかさっぱり分からなかったのは残念だ。私は「歌っている内容が伝わらなければロックではない」というのが持論なので、これは相当に減点である。歌の内容が分からないのなら、インストゥルメンタルと一緒である。別に歌などなくていい。そうすると自動的にロックじゃなくなる。私に言わせれば、狭義のロックは、言葉の芸術である。
それともう一つ苦言を呈するとすれば、1曲の長さが長すぎる。飽きる。彼らの曲の長さは6分とか7分とか普通である。芸術は作り手のマスターベーションなので、別にそれは作り手の勝手なのだが、こうしてライブ現場で聴衆の立場に立ってみると、1曲が長すぎて時々途中で集中力が切れる。彼らの曲が長いのは、一つの曲の中に2つのリズムがあり、また中間部のインプロヴィゼーションが長いことが多いためである。前者は、1曲の中に2曲あるようなものなので、自然と曲の長さは長くなる。リズムが変わるのでブレイクも多く、演ってる方は気持ちいいのんだろうけど。これが大衆に迎合しない、商業主義に背を向けている人間椅子の魅力ではあるのだが。
まぁだけど盛り上がった。圧倒的なリフが心地いい。
聴衆は腕を振り上げて掛け声をかけながら盛り上がっていた。まさにロック教祖現象。
それにしてもなぜ人間椅子は売れないのか。そりゃ、あの歌詞じゃ女性には売れない。サウンドもハードロック・ヘビーメタルなので、女性には受けない。ことごとく女性は全く関心のない音楽といえよう。
だがここに来て、じわじわと人気が出てきているのはなぜなのか、よく分からない。
今回のニューアルバム、『怪談 そして死とエロス』も、オリコンアルバムチャート最高位22位まで上がったそうである。当然、人間椅子として過去最高記録。
ライブに来ている人たちを見渡しても、私たちのようなおっさん連中ばかりでなく、若者も多い。なんと、女性も多い。どういうことだ?ようやく時代が彼らに追いついてきたのだろうか。
ライブ後、3人でスタジオに入ってレベルダウン5再始動といきたかったのだが、近くのスタジオ、赤坂ノアがちょうどいい時間でなかったので、結局カラオケに入り、歌いまくる。
3月20日日曜日。
昼過ぎからコンスケ、裕助と中学時代の友人の墓参りに行く。お彼岸だけあって墓参者が多い。
夜、岡、ベボが合流し飲み会。
日本酒を飲みまくっていたベボが撃沈し、12時前の最終電車でヘロヘロになりながら帰っていった。それでお開き。
3月21日月曜日。
再び中山競馬場に参戦。昼頃に競馬場に着き、吉牛で腹ごしらえしてから馬券を買い始める。
途中までは快調だったが、後半失速し結局マイナス。
3月22日火曜日。
トランクルームに行き、換気して中の荷物を整理する。
夕方からスタジオに入り、個人練習。久しぶりにエレキギターにアンプをつないで弾く。
3月24日木曜日。
朝から千葉駅の自習室でネットを確認した後、新幹線で関西へ向かう。
千葉駅近くのチケットショップで新幹線のチケットを購入。行きは東京→京都、帰りは新大阪→東京である。
今日と明日、奈良を観光し、明日の夜に大阪に移動して、前の会社で付き合いのあった連中と飲み会予定である。
新幹線で京都まで行き、乗り換えて奈良へ。車内には外人が多い。
車窓には日本の風景が広がる。山、民家、畑、ビニールハウス。
JR奈良駅に午後3時過ぎに着く。遅い昼食を駅前のトンカツ屋で採る。
食後、奈良公園まで歩く。
まだ日暮れまで時間があるので、ならまちを歩いてみる。
風が強く、冷たい。ならまちは格子造りの昔ながらの家々が並ぶ風情のある町である。
日が暮れかけている。寒い。強風が寒さを倍増させる。
ならまちを歩き廻り、日も暮れたので宿に行くことにする。
数日前、奈良の宿をじゃらんで探したが、安宿が出てこなくて苦労した。
泊まった宿は「ゲストハウス奈良バックパッカーズ」。ゲストハウスと言っても客室はドミトリーではなく、狭い個室である。ここはとても特徴ある宿で、古い日本家屋を宿にしている。ほとんど素のままの家屋の各和室を客室にしている。入口の正面にある居間に大きなコタツがあり、ここで宿泊者たちがダベっている。ほとんどがノートパソコンを開いてインターネットで調べ物やフェイスブックをする外国人である。
僕が泊まった5畳の和室は、茶室として使われていた部屋で、小さな障子戸があったり、小型の畳がはめ込まれていたりと面白い構造をしていた。中庭に面した障子戸を開けるとすぐに外である。今日の寒さから言って夜は相当厳しいかと思っていたが、部屋にはファンヒーターがあり、電気毛布もあったので杞憂だった。
部屋にはその他は何もない。トイレ、シャワーは共同。だがこれで3800円ならよろしい。古民家の雰囲気がとても良い。外国人にはいい体験になるだろう。日本人の僕でもこんな古い日本家屋に泊まる機会はめったにないのでよろしい。
夜、夕食と銭湯に出かける。
まず飯。近鉄奈良駅のアーケード街にはパッとした食堂はない。それほど腹が減ってなかったこともあり、ラーメン屋でラーメン。近くの天下一品ラーメンは客が続々と入っていたが、僕が入ったラーメン屋は、それほど客は多くなかった。味はまずまず。
奈良は外国人が多い観光地なので、いろんなものの表示が日本語と英語である。ラーメン屋も例外でなく、メニューは日本語と英語が併記されている。僕も海外で体験することだが、たとえ英語表記がなくとも、写真が載っているととても助かる。どんな料理なのかが一目瞭然だからだ。
その後銭湯へ。もう9時半だ。銭湯の営業は10時30分まで。 宿にはシャワーしかないので、銭湯を勧められた。近鉄奈良駅近くにある大西湯という銭湯で、この宿と提携しているのだろう、通常料金が400円のところ、280円で入れる。宿でボディーソープなど借りて出かける。
極楽だ。いくつかの湯船があり、薬用風呂とかジェットバスとか書いてある。サウナもある。
客は僕の他におやっさんが2人。
十分に温まって外に出る。寒さが厳しい。が宿までの5,6分なら身体が冷える前に着くだろう。
宿でネットを見ていると、明日の大阪の安宿が取れた。地下鉄阿波座駅近くの普通のホテルで3500円。これは掘り出し物だ。直前キャンセルだろう、きっと。
昨日まで大阪の宿も取ろうとしていたのだが、全く取れなくて明日の夜はネットカフェ難民化を覚悟していたのだが良かった。
3月25日金曜日。奈良、晴れ時々曇り。
朝10時から午後5時まで奈良公園を歩き倒す。広すぎる。
僕は高校時代の修学旅行は確か京都・奈良だったので、奈良公園は来たことがあると思うのだが、ほとんど覚えていない。
とにかく外国人が多い。今日は平日なので、外人比率が週末よりも高いという。奈良公園内にいる人間のうち、6割~7割は外国人ではなかろうか。
ヨーロッパ系白人、中国、韓国系東アジア人が多い。インド系、黒人はほとんど見かけない。
話には聞いていたが、鹿が多い。この公園内には1100頭もの鹿がいるという。
奴らは基本大人しいのだが、人間が鹿せんべいを持っていたり袋の中に食い物を隠していたりすると、猛然と人にたかってくる。中には食物が入っているのであろう袋に嚙みついて引きちぎろうとする輩もいる。それほど腹が減っているのか。奴らの目の色の変わりようは恐るべきものがある。
東大寺、春日大社、興福寺を歩いて回ったらあっという間に夕方になってしまった。国宝、重要文化財が目白押し。
本当は斑鳩の法隆寺にも行きたかったのだが、奈良公園だけで手一杯で、とてもそんな時間はなかった。
昼飯は東大寺の二月堂近くの食堂で、鰻錦糸丼とうどんセット。丼には、極小のウナギが二切れ載っているだけ。これで980円とは全く情けない。
奈良公園では、お土産屋でパアンのミャンマー人スタッフへのお土産を買った。こういう観光地で売っているお土産というものはボッタくり的値段不相応に高価なものが多いのだが、「日本的なもの」という観点で探していたところ、手ごろな値段の手ぬぐいとハンカチを見つけたのだ。手ぬぐいは、般若心経か何かを表す絵文字とひらがなが一面に描かれているもので、男性スタッフ用。ハンカチは花とかウサギとかのデザインが入った日本風のもので、これは女性スタッフ向け。
手ぬぐいが1枚300円で33枚購入して〆て9900円(!)。ハンカチは1枚350円で5枚購入。1万円以上の買い物になったが、38人のミャンマー人へのお土産としては日本的でもあるし満足できる内容だ。ちなみに去年は、日本箸を人数分買ったのだった。
ならまち 写真集
奈良公園 写真集
夕方5時過ぎ、近鉄奈良駅から大阪に移動し、阿波座のホテルにチェックイン。そして大阪駅近くで前の会社で付き合いのあった人たちと飲み会。僕が前の会社を辞める時以来だから、ちょうど3年ぶり。
その時彼らには送別会をしてもらって、朝までノンストップだったのであった。
N原さんとT橋さんと、彼らが連れて来た若い女性2名と飲む。彼ら4人はいまボルダリングにはまっているらしく、私はボルダリングというものはしたことないが、その造られた遊びに難色を示し、「ボルダリングよりも沢登りの方が絶対に楽しい」と強く主張するのだが、彼らはどこ吹く風で暖簾に腕押し。完全アウェイ。
1次会から2次会のちょっとこじゃれたショットバーへ。
私の阿波座のホテルは、なんと午前1時が門限ということになっている。1時から6時まではホテル職員が眠るため、ホテルのドアを閉め切るのだという。珍しいホテルだが、私は今日は朝までというところまで気力体力の充実がなく、午前1時前には飲み会を切り上げる。N原さんはまだまだ飲み足りなさそうだったが、次回1年後の再会を約し、お開き。
もう会社を辞めて3年経つのかと思うとこの3年は早かった気もするし、ミャンマーでの苦しさを考えると相応の月日が流れた気もする。
前述の通り、大阪のホテルが直前まで取れなかったのだが、どうやら今は中国人爆買い観光客のため、大阪の宿泊事情は相当にタイトなようである。
だが現地人のN原さんに言わせれば、当日キャンセルがあるので、当日取るのが賢い、とのこと。確かに昨晩取れたので、キャンセルもそれなりにあるのだろう。
3月26日土曜日。晴れ。
朝8時半に起きて10時にホテルをチェックアウト。
新大阪駅までの電車で、いたるところに中国人観光客が膨大な荷物を抱えて移動しているのを目撃する。思い通りの買い物が大阪でできるとなれば、京都や奈良といった観光地が近い大阪は、これからますます外国人の観光拠点となっていくのであろう。関空や伊丹の便が良くなれば、大阪イン、アウトで事足りる。東京に行かなくてもよいのだ。
新大阪から新幹線に乗り、品川に着いたのが午後1時過ぎ。飯を食べに大井町へ。久々の牛友カレーで、スタミナカレー中辛口野菜セット。美味い。以前にも書いたかもしれないが、このスタミナカレーは、吉牛やビッグマックと並び、時々無性に食べたくなる。吉牛やマックはどこにでもあるが、このスタミナカレーは僕の知る限りここ大井町でしか食えないので、近くを通ったらチャンスを逃すわけにはいかない。
その後東急線沿線でツタヤとブックオフ巡り。人間椅子のアルバムを探しまくる。彼らはいままでにベスト盤、ライブ盤含めて20枚以上出しているのだが、あまり売れていないからか、廃盤だからか、1店に1枚あればいい方で、多くの場所では1枚もなかった。
大井町ツタヤで1枚、大岡山ツタヤではなし、自由が丘ではツタヤで2枚、ブックオフで1枚見つける。収穫が少ない。
大岡山ではさくらまつりをやっていて、駅前はステージになっていて出店と相まって多くの人でごった返していた。東京ではこの時期、多くの街や商店街でさくらまつりが開催されるようである。
午後5時から西小山の行きつけの床屋。1年ぶり。短くカットしてもらう。
散髪後、さらに溝の口、二子玉川のツタヤを周る。以前変わり果てた溝の口のことを書いたが、僕が庭にしてた頃の面影はまったく何もない。駅前の巨大な丸井が闇にそびえている。
二子玉も同じように変わり果てていた。駅前はなんかこぎれいなショッピングモール的吹き抜け通路のように整備され、10mはあろうかという巨大な花のオブジェが屹立している。日本には金があるのだな。二子玉は栄えているのだろう。確かに交通の要衝だし、どこに行くにも行きやすい。
さて、人間椅子。溝の口にはなかったが、二子玉川で僕は驚愕することになる。「蔦屋電気」のCDレンタルコーナーには、20枚以上の人間椅子のアルバムが並んでいたのだ。僕は14枚のアルバムを抱えてレジに持っていく。すると、20枚借りると割引になるというではないか。20枚レンタルで3000円。1枚当たり150円だから、安いっちゃ安い。
僕はそうとなれば、とさらに6枚のCDを選び、計20枚を借りる。だが、家に持って帰る気はさらさらない。今日も大井町や自由が丘では、レンタルしたらすぐにCDをPCにコピーし、30分も経たないうちに返却していたのだ。だが、20枚となると時間がかかる。
ところで、この二子玉の「蔦屋電気」のすごいところは、ここは本屋兼カフェ兼コンビニ兼CDレンタル屋兼図書館兼家電売り場となっている、全国的にも稀であろう商店なのである。割と照明を暗めにし、色々な区画に色々なものが置いてあり、本を読めるスペースがあり、パソコンを開いて作業できるスペースがあり、スターバックスがあり、ファミリーマートがある。訳が分からないがしかしなかなか楽しげな場所なのである。
僕はみんながパソコンで作業していたりゲームしていたり本を読んでいたりする机の1席を確保し、渋々スタバでコーヒーを買い、CDのコピー作業を始めた。もう時間は夜8時である。
20枚のCDのコピーが終わったのはもう10時近く。
20枚すべてを返却し、急いで千葉に帰る。が、千葉駅に着いたときにはすでに終バスは出た後だった。仕方なくタクシーで帰る。3000円もする。せっかく安くレンタルしたのに。
千葉の図書館やブックオフ、中古CD屋で見つけた人間椅子のアルバムと合わせ、最終的に1枚を除いてすべての人間椅子のアルバムを入手できた。残る1枚は、廃盤の『踊る一寸法師』である。アマゾンを見たら、中古がえらく高い。
3月27日日曜日。雨のち晴れ。
昼過ぎ、コンスケ、娘のほなみちゃん、裕助と車でダラッと出かける。
本当なら今日は山か川にアウトドア企画のはずだったのだが、どうも天気が芳しくなく、裕助が仕事疲れでヘロヘロだったこともあり、断念した。
朝は雨模様だったが、昼過ぎにはすっかり晴れた。
市原のバスケットコートでほなみちゃんのバスケ練習に付き合う。
その後コメダ珈琲で遅い昼食。ハンバーガーがでかくて良い。
夜、両親と鰻屋に出かける。2年前も来た八幡屋。今回の鰻は2年前より美味かった。
しかしうな重と寿司のセットで5000円以上するから、美味くなければ暴動ものか。
3月29日火曜日。
一時帰国最後の夜、ペニーレインで飲み。ベボ、裕助、コンスケ、小林。その後カラオケ。12時前にお開き。ベボ以外明日は仕事だというのに付き合ってもらってかたじけなし。
3月30日水曜日。
一時帰国の時は夢のように過ぎ、今日は帰緬する日。
朝7時半に岡の車で実家を出る。9時前には成田に着く。
出国し、免税店でタバコを3カートン購入。お土産の薄皮饅頭も買う。
11時発の全日空便は、ガラガラ。半分くらいのシートが空いている。
ミャンマー時間16時過ぎ、ヤンゴンに到着。少し遅れた。所要時間は7時間半。
機中はほとんど爆睡してたが、さすがに5時間ほどたって、あと2時間チョイというところで目が覚め、日本帰国便で必死に寝ようとしたために見なかった『スターウォーズ フォースの覚醒』を見始めた。飛行機の着陸とともにドンピシャで映画は終了。まぁ、可もなく不可もなく。『スターウォーズ』(エピソード4)から38年、『ジェダイの復讐』(エピソード6)から32年。ソロ、レイア、ルークが再び揃い踏み。彼らの実年齢はもう60歳超えてるよなぁ?実際にルークが主人公だったエピソード4~6からこの映画の舞台までにどれくらい時間が経過したのか知らないが、彼らが歳を取った分だけ経過したのだろう。それとも彼らよく光速で移動してるから、歳を取るのが普通より遅いのだろうか(笑)。
ヤンゴンの午後4時頃の気温は36℃。東京との気温差、優に20℃。たまらん。
戻って来てしまった。
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