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エクアドル日記(2004年4月)
4月8日(木) 曇り時々晴れ

今日で日本を出て4ヶ月。今日、ついにエクアドルに来て初めて床屋へ髪を切りに行った。日本を出る前日の2003年12月7日に切ったので、ちょうど4ヶ月ぶりに髪を切ることになる。

エクアドル初床屋ルポ
夜のセントロ(旧市街)は、人々で賑わっている。それというのも、明日から聖週間(セマナ・サンタ)の3連休だからだ。聖木曜日の今日と明日の聖金曜日(ビエルネス・サント、キリストが磔にあって死んだ日)に、7つの教会を回ってミサを聞くのがカトリック教徒の習慣だ。復活祭(日曜日)に至るこの聖週間は、クリスマスと並んでカトリック教徒にとって神聖な時期なのである。

いくつもの教会を通り過ぎ、俺は床屋を探していた。生徒や同僚のシルビアから、いい床屋をいくつか聞いていたのだ。だがなかなか見つからない。そしてついに見つけた、「パリシエン」という床屋。夜7時前、小奇麗な店内はかなりの数の客で混雑している。客層は、オッサンもいれば若者もいる。なかなかの繁盛店だ。美容師は4人。オジサン1人と、若い女性が3人。そして10分くらい待っていよいよ俺の番が来た。俺の髪を切ってくれるのは、見たとこ20代中盤〜後半のネェちゃん。
どうやって切ってもらうか、スペイン語で説明するのが大変なので、俺は数ヶ月前に撮った写真を用意していた。
「こんな感じに切ってもらえますか。」
だが、ネェちゃんは写真を一瞥しただけで、
「こんな感じね、分かったわ。」
と軽く言い放った。すごーく嫌な予感がした。
そこからはあっという間の出来事だった。
彼女はいきなりバリカンを持ち、大胆かつ積極的に俺のかなり伸びた髪をバッサリとやり始めた。聞いてた話は本当だった。
『こっちの美容師は、はさみを使わない(使えない)。』
バリカンで切られたのは久しぶりだよ。そしてどんどん俺の髪はなくなっていく。後頭部はどうやら刈上げられてるらしい。もはや飛行機が離陸して、目的地に到着するまで途中で降りられないように、俺の頭は彼女の腕にゆだねられた。もう途中でやめることはできないのである。
「もみあげどうする?真ん中で切るわよね?」
と聞かれ、
「長さはそのままでいい。」
と言ったら、すごく不思議そうかつ怪訝な顔をされたので、気の弱い俺は、
「あっ、じゃあ途中で切ってください。」
と思わず言ってしまった。そう言えばこっちの若者、オッサンほとんどすべての男どもは、もみあげを途中で横に切っている。

あらかた短くなったところで、彼女ははさみを持った。で頭の上部や前髪をはさみで切り始めたのだ。その手つきは、なかなかのもの。
(何よ、ちゃんと使えるやんか、どうして初めからはさみで切らんの?)
と内心突っ込みを入れつつ、息を呑んで目の前の鏡に映った自分を見つめ続ける。

そして、わずか15分ほどでカットは終わった。こっちのカットは本当にアッという間に終わる。しかもシャンプーとか顔そりとかないから、回転の速いこと速いこと。日本では丁寧に丁寧に、カットだけでも少なくとも30分はかかるでしょ(髪型にもよるけど)。

「こんな感じでいい?」と聞かれ、

使用前

使用後

「ハイ、いいっす。」
と心にもないことを答える、気の弱い俺。いずれにしろ「これじゃダメだ」とは言えないのだ、だってもうどうにも変えられないもん。それにしても、俺が初めに見せた写真とはかけ離れてる。だいたい、刈上げじゃなかったでしょ、写真では。
そしたら彼女は、頼んでもいないのに当然のごとく「ジェル」を俺の髪にベタベタと塗りたくり、オールバックの髪型にしてしまった。日本だったら普通、
「整髪料は何かつけますか?」
って聞いてくるじゃん、でもこっちでは若者はドイツもコイツも髪にジェルとか水をつけてペタペタにしてんだよね。俺の教え子達も休み時間に髪に水をつけまくってペタッとさせてるんよ。これぞまさに美的感覚の地域的相違。

終わった・・・。料金は、3ドル(330円)。安い。日本の1/10だ。だが・・・。
で出来上がったのが右。もう床屋には行かないぜ!
長髪にすることを誓った聖木曜日の夜。そうだ、俺はロッカーだ。やっぱ長髪だ!

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