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エクアドル日記(2005年1月)
1月6日(木) 晴れ後曇り時々雨

ムロさんの特別セット、スネアとハイハットのみ

集団で踊り狂う若者たち

毎年1月6日は、ローマ時代に虐殺されたユダヤ人の幼児達を哀悼するキリスト教の祭り、ディア・デ・イノセンテス。去年も経験したとおり、クエンカでは大規模な仮装パレードが行われる。

夕暮れのセントロを荷台に乗って向かう

ムロさん発案で、「ラ・ぼんち」初ライブとしてこのパレードにゲリラ的殴り込みをかけることにした。まだとても人前で演るレベルではないと思ったのだが、まぁロックは勢い、ってことで、この1年に一度のお祭りをラぼんちジャックすることに決めたのだ。
午後5時、室崎さんが手配したカミオネータ(ピックアップトラック)の荷台にレンタルで借りたPA機器、マイク、スピーカー、それらの電源のための発電機を乗せ、さらにそれらを操作するレンタル屋のニーちゃん二人、ついでに自分達も乗って現場へ向かう。今年のパレードはセントロではなく、セントロからトメバンバ川を渡った反対側の大通り、ソラーノ通りで行われる。

現場に着いたが、ソラーノ通りの入り口、スタジアムの脇で警官に止められた。カミオネータの登録証がないため、この先に行くことを許可できない、という。ここで足止め食うこと数十分。ムロさんが車の所有者であるムロさんのアパートの管理人に電話して、登録証を持って来てもらうことになった。さらに待つ。しばらくして管理人のオジさんはスクーターに乗ってやって来た。そしていきなり血相を変えて警官たちに食って掛かる。
「お前ら、彼らが外国人だからっていけずなことするんじゃねぇ!!」
その怒り方は尋常じゃない。警官たちは一気に気おされて、「分かった分かった」とばかりに僕らをすんなりとパレード会場に通してくれた。このオジさんは実にいい人で、ムロさんに部屋を貸しているだけあって日本人の味方になってくれる。彼の協力を得て、俺らはついにパレード会場にカミオネータに乗って侵入した。
だがよーく考えてみると、事前許可とかもらってなく、仮装パレードの一員として登録しているわけでもなく、ただ急に思いついてライブやろうと思って来てみたわけで、年に一度の伝統の大イベントなのであるから、日本だったら普通間違いなく関係者以外の車両は立ち入り禁止なはずのところである。何しろ車道には、基本的にパレードする車両しか入れず、警察官による完全な交通規制が敷かれているのだ。この状態で俺らが入れちゃうあたりにエクアドルらしいおおらかさを感じ、そしてそれに助けられる。いや、それに便乗して楽しんでやろうと、俺らもエクアドル社会の思考方法に大分なじんできたということだ。そう、日本式に考えれば始めからこんな無謀な計画は立てなかったはずだが、ここ適当な国エクアドルでは、何とかこういう大それたことが実現できてしまうのである。

さて、会場にカミオネータで乗り込んでみると、郷ひろみの渋谷ゲリラライブに勝るとも劣らないほどの群衆である。ましてわけの分からないアジア人たちが、楽器を持って何かやろうとしている。しかもスカートはいて(笑)。そういい忘れていたが俺たちは会場に入るとすぐ、白シャツに紺のスカートといういでたちに着替えたのだ。スカートはもちろん婦人子供服隊員であるムロさんが縫ったものである。
こんな俺たちを見てイベント好きのエクアドル人が黙っているわけがない。俺らのカミオネータの周りには、人々が波のように押し寄せてきた。荷台から見ると、見渡す限りの人である。隣の反対車線も仮装パレードが行われているので人垣がすごいが、俺たちの周りは何か楽しいことを待ち受ける人々の異様な期待が熱と騒音となって渦巻いているかのようである。

そんな中、別にいつ始めてもよかったのだが、人々が俺らに向かって照射する、過度な期待感に押しつぶされ、俺らは演奏を始めた。練習でも上手くいかないのに、本番で上手くいくわけはなく、何となく曲の最後までは続ける、といったあんばいで3曲演った。だがブルーハーツではさすがにその乗りが観客にも分かるらしく、特に若者たちはカミオネータの周りで激しい踊りを始めた。激しいステップを踏みながら、またあるものは両足でバネ人形のように飛び跳ねながら、体と体をぶつけ合い、離れ、またぶつけ合うという危険極まりないアグレッシブな動きだ。まさしく欲求不満の若いエネルギーを発散するかのごとく、奴らは暴れまくった。だが俺たちはうれしくなるわけで。俺たちのビートに合わせて奴らは楽しんでいるのだ。つまり俺たちがエンターテインしているわけである。それにしてもこの有様を客観的に外から見たら、不良少年グループどうしが激突して抗争状態になっているようにしか見えない。

俺らの演奏は、そんな騒然とした雰囲気の中終わった。すると近くで暴れていた、高校生くらいの若者たちが寄ってきて、こう言う。
「なぁ、俺たちにも演奏させてくれよ。」
「お前ら、できんのか。」
ということで奴らに楽器を渡すと、俺たちよりも上手い手つきで演奏を始めた。パンク調の曲である。これがなかなかいい。近くにいた若者たちは、このパンク曲に合わせてさらに激しく体をぶつけ合い始めた。演奏を始めたときの歓声からして、みんなが知っている有名な曲のようだ(注)。そのぶつかり合いの真っ只中へムロさんが果敢に飛び込んでいった。そしてしばらくしていくつかの肉弾戦の最中にメガネが吹き飛び、踏み潰され、無残にレンズが破損してムロさんは戻ってきた。エクアドルのガキどものエネルギーは捨てたもんじゃない。サルサやメレンゲみたいなラテンアメリカの代表的な軽快な踊りばかりじゃなく、奴らはロック的な音楽でそれに見合った自分の表現の仕方を知っている。これはなかなか特筆すべきことであろう。若者の欲求不満は、サルサやメレンゲでは発散しきれないのだ!

ライブ映像

さて、ガキバンドは3曲ほど演って好評のうちに終わった。そしてほどなく大パレードも終了。集まった観衆は三々五々家に帰っていく。芋洗い状態だったソラーノ大通りから、人の姿が徐々に少なくなっていく。それとともに、通りを照らす淡いオレンジ色の街灯の印象が強くなってくる。もう夜の10時半。さびしくなった戦場を後に、僕らは再びカミオネータの荷台に乗り込み、セントロまでレンタルした機材を返しに行った。

そしてその後ムロさんちで打ち上げ。一仕事終えた後のビールがうまい。でライブで撮ったビデオをみんなで見る。俺としては演奏が満足いくものではなかったため、ライブの興奮冷めやらぬ、ということもあまりない。ただ俺以外の二人、ムロさんとモロちゃんは、生まれて初めてのライブ体験になかなか充実感があったようである。確かに、人前で演るというのは、3人だけでシコシコと練習しているのとは全く別次元の話である。
ビデオを見た後、麻雀に突入。麻雀をしながらどういうわけかガンダム談義に花が咲く。ガンダム世代の日本人が、地球の裏側エクアドルでガンダムの話をしながら夜が更けてゆく。

(注)後で分かったことだが、この中で最も印象に残った曲は、スペインのパンクバンド『イレガーレス』の曲『Soy un Macarra』だった。


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