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ブラジル旅行記
2005年9月・記
(1)ブラジル突入、そして第一印象

開高健は言った。「オーパ!」と。
そこで僕も行くことにした。ブラジルへ。

2005年8月26日金曜日午前3時。夜明け3時間も前、僕はグアヤキルのシモン・ボリーバル国際空港にいた。朝4時55分のフライトでサンタ・クルス(ボリビア)を経由してサン・パウロまで飛ぶ。キャリアは、あの因縁のロイド・ボリビアーノ航空である。ちょうど1年前の今頃、ボリビアに旅行した際にヒドイ目にあった航空会社だ。だが今回は様々な事情で選択肢が他になく、不本意ながらもこの航空会社を使わざるを得なかった。
サンタクルス行きの飛行機に乗り込むと、機内には死体のように眠りこける人々がいた。どうやらこの便は北方から飛んできてグアヤキルに着いたらしい。何しろまだ朝の5時前である。
サンタクルスへ向って飛び立つ。機内にはなぜかドイツ系の人間が多く、彼らはスペイン語も英語も話せなくて、スチュワーデスのオバサンはボリビアの入国カードを書かせるのに四苦八苦していた。
現地時間の9時25分にサンタクルスに着陸。サンタクルス空港の周りは何もない平原で、ラパスに次ぐボリビア第2の都市の片鱗がどこにあるのか全く分からなかった。ゲバラが死んだジャングルも、機内から眺望することは出来なかった。

グアルーリョス国際空港(サンパウロ)

飛行機を乗り換え、サンパウロへ。ここで早速ボリビアーノ航空がやってくれた、35分遅れだ。サンタクルスを発ったのが午前11時50分、サンパウロ着現地時間の午後3時半。この後は6時間近くの待ち時間をやり過ごし、今日の最終目的地イグアスに飛ぶ。
空港の銀行でUSドルをブラジルの通貨レアルに換えた後(注)、このグアルーリョス国際空港を歩き回る。多くの観光客がごった返す、活気のある空港だ。ここサンパウロは、ヨーロッパから南米大陸へのゲートウェイなので、ヨーロッパ系の白人観光客どもが多い。負けず劣らず中国人と韓国人も目立つ。
滑走路に面したガラス張りの窓から飛行機の写真を撮っていると、近くにいた30代と見られる女性二人連れのうちの一人が僕に声をかけてきた。
「○×○×・・・?」
何を言ってるのかよく分からなかったので、すぐに彼女がポルトガル語をしゃべっていると気づいた。どうやら、身振りからして、
「私たちの写真も撮ってよ。」
と言っているらしい。ナンや、いきなり馴れ馴れしいちゅうか、これがブラジル人のノリなのか、僕は少し面食らって顔に苦笑を浮かべながらもOKし、飛行機をバックに写真を1枚。撮れた写真を液晶画面で2人に見せると、ほとんどの人間がする反応を、彼女達もした。
「いいわ!」
「よく撮れてる!」
さぁ、じゃ僕はこれで、とおいとましかけたのだけれど、ノリのいい一人は僕を引きとめ、畳み掛けてこう来た。
「あっ、今私のメールアドレス書くから、その写真メールで送って。」
ガクッーー!
さすがブラジルはサンパウロともなれば、人々のインターネット精通度も高いってわけだ。このカメラがデジカメで、撮った写真をメールで送れるっていうことを当たり前のように人が分かっているというのは、エクアドルにいるとなかなか考えられないことである。エクアドルでは、デジカメ、インターネット普及度の低さに加え、その回線速度は通常はダイヤルアップで50kbps出れば最速、通常は30〜40kbpsという惨状なので、メールで写真を送るなどということがまだまだ一般的ではないのである。

さて、そんなことがありつつ、サンパウロのグアルーリョス国際空港を行ったり来たりしてみての、ブラジル第一印象。

グアルーリョス空港のタクシー乗り場

(1)誰もが僕に無関心である。僕がビデオで辺りの様子を撮影していてもお構いなし。誰も僕をジロジロ見てこない(もちろん、観光客が多い空港という場所柄の影響もあろうが)。
タクシー乗り場でも、タクシーの運ちゃんたちは僕を無視して平然と雑談に花を咲かせている。空港のタクシー乗り場で「タクシー?」と声をかけられないことは、非常に貴重な体験である。途上国と人が呼ぶ国に行くと、まず間違いなく空港ではタクシーの運ちゃんにワラワラと寄ってたかられ、彼らとの渡り合いはさながら戦場である。ここサンパウロでは誰も「タクシー?」と言ってこない。アメリカや成田と同じである。空港の「タクシー乗り場」は、僕がその国の「飢餓度」をチェックする重要なポイントである。ここでの運ちゃんたちのギラギラぶりが、その国の人間・経済状況を代弁してくれる。

(2)ブラジル人は、タバコを吸う人が多い。女性も結構吸ってる。エクアドルやボリビアとは大違いである。アジア並み。

(3)この空港にはあらゆる人種の人間が歩いている。そして、空港で働く人に、アジア的いや日本的な顔がちらほら見られる。そう、ここはサンパウロである。サンパウロは、世界中で2ヵ所しかない「日本人街」があるほど日系人が多い街である(もう1ヶ所は、ロサンゼルスのリトル・トーキョー)。現在ブラジルに住む日系人は約130万人。そのほとんどがサンパウロ州とその南のパラナ州に住んでいるという。日系人は、空港の係員、店員にもいたし、この後に乗ったヴァリグ・ブラジル航空の乗務員にも一人日本的な顔を見た。僕から見れば完全な外国であるブラジルで、日本から見たら地球の真裏にあるこの国で、日本人達が活躍している姿に同胞意識が動かされた。日系2世、3世は自分たちのことをブラジル人だと思っているのかもしれないが、彼らのことを何も知らない僕にしてみれば、彼らは日本人であった。
日本という国の特性を思い知らされる。日本語を話す唯一の国。民族的にもほとんどすべてが日本人。島国のため歴史的に他国との交わりが乏しい。悪く言えば閉鎖的な島国根性、よく言えば仲間意識・同胞意識の醸成。日本にいると日本人しかいないから、その環境に慣れていると外国でほとんどいない日本人に出会った際に、「おっ、日本人、やってるな」的親近感情が頭をもたげてくる。それがただの旅行者でなく、現地でしっかりと労働して生活している日本人ならなおさらである。(昔は、一人で旅していて旅先に日本人がいると「ケッ、世界中どんなところにも日本人はいるんだな!」とちょっとケムタ的感情を覚えたけれど、今は昔より「自分は日本人」という思いが強くなってきているんだろうか。)
アメリカ人やブラジル人のように、色んな人種と日常的に接している国民では、同じ状況でもまた違った感慨なんだろうと推測される。また、エクアドル人やコロンビア人、ペルー人のように、混血の場合、また違う国だけど同じ言葉を話す国々とも、日本という国は大きく違っているのである。

グアルーリョス国際空港の分別ゴミ箱

(4)ゴミの分別をしている。これは日本にいた時なら驚かなかっただろうけど、大地すべてがゴミ箱の国、いつでもどこからもポイ捨ての国、「ゴミの分別」などという発想が未だに砂粒ほどもない国、エクアドルに長く住んでいると、こうした環境問題を考えている社会が非常に進んで見えるようになる。

そう、これらの印象の多くは、エクアドルという国からブラジルにやって来たことに起因することに気づいた。エクアドルから来ると、ブラジルが何と進んだ国に見えることか。日本から来たのなら、「へぇ、なかなかブラジルも発展してるな」くらいに思うであろうところが、エクアドルから来ると、「おぉ、何てことだ、ブラジルはとんでもない先進国だぞ!」となる。エクアドルから来た僕の目に映ったブラジルの第一印象は、大体こんなものだった。

さて、一通り空港を眺めた後、空港内のマックでセットを食う。思った通り高かった(9.45レアル=4ドル強)が、マックの味がした。思えばマックを食うのも久しぶりだ。

午後9時半ヴァリグ・ブラジル航空のイグアス行きには、若者から年配まで含んだ中国人団体客が大挙して乗り込んでいた。彼らは確かに典型的な中国人である。男は、短髪にメガネ、細い目。機内では、なかなか着席せず、数に任せて大騒ぎ。周りから見れば全く理解できない中国語で騒ぐ無学の衆と見られても不思議ではない無神経さである。まだ日本人オバちゃん団体客の方がおとなしいのではないかと思わせるほどである。
途中飛行機はクリチバに着陸。夜景の広がりを見る限り、この街もかなり大きな街である。パラナ州の州都、人口148万だそうである。この飛行機の乗客はほとんどがイグアスまで行くものと思っていたが、クリチバで7割方降りてしまった。金曜の夜。サンパウロまで出張していたビジネスマンの群れか。だが、オジさんだけでなく、女性、若者様々な人間が降りていった。
クリチバで新たな乗客が乗り込んだ後、イグアスへ離陸。イグアス着午後11時30分。

空港建物からタクシー乗り場に出ると、涼しい。快適な夜だ。イグアスは緯度が高く、8月は季節的に冬である。
ここでもタクシーの呼び込みはない。それどころか、タクシーの運ちゃんは、親切にも僕にバス乗り場を教えてくれた。夜中に空港に着くと、タチの悪い運ちゃんが(途上国と呼ばれる国に旅行するとかなりの確率でそうなのであるが)、
「もうバスはない。タクシーしかないよ。」
と平気でウソをついてタクシーに乗せようとするやり口にイヤというほど慣れている僕は、
(この国は貧しくないのか?それとも教育水準が高いのか?)
と驚きを禁じえない。ここまで見た限り、ブラジルという国はいわゆる「発展途上国」ではないようである。資料によればGDPは世界第9位(国民一人当たりだと64位)、工業化にもある程度成功した中進国というのが一般的な見方のようである。

一人のブラジル人の旅行者風情の若者もバスを待っていた(なぜ彼がブラジル人と分かったかというと、ちょっと彼と話した際に彼がポルトガル語をしゃべっていたからである)。しばらくしてバスが来、彼と僕が乗り込む。真夜中のバス、乗客は2人きり。フォス・ド・イグアスという街の市内まで1.5レアル(約70セント)。夜中の道を20分ほど走るとフォス・ド・イグアスに入る。バスの車掌に、
「どこか安ホテルはないかな?」
とスペイン語で尋ねる。彼は理解してくれ、バスはあるホテルの前で止まった。
「ここは安いぞ。」
僕は礼を言ってそこで降りる。同乗の若者もそのホテルに入っていった。
そのホテルは確かに安く、すぐに泊まることに決めた。1泊朝食付きシングルが35レアル、およそ15ドルである。エクアドルでは安宿といえば3〜8ドルであるが、「歩き方」を見ると、ブラジルは全体的に物価も高いようである。イグアスのような超観光地では、35レアルはほとんど最安ランクである。

こうして、朝3時のグアヤキルから21時間かけて夜中12時過ぎにようやく目的地のイグアスに到着。明日はイグアスの滝を攻める。

(注)2005年8月現在、ドル−レアル交換レートは、1ドル=2.3〜2.4レアルであった(ドル⇒レアル交換時)。

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(ブラジル旅行記 1−−4−5−6)
                                             
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