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ブラジル旅行記
2005年9月・記
(2)イグアスの滝と厚かましい者たち
朝7時に起き、ホテルで朝食を食べた後、バスでイグアスの滝へ。イグアスの滝は、ブラジルとアルゼンチンとの国境を流れるイグアス河に忽然と出現する大瀑布である。そこまでは平坦で穏やかな広々としたイグアス河が、突如垂直に切り立った崖に遭遇し、水量豊富な水は奈落の底に向って水煙を四方に発散させながら落ちていく。約4km、落差80mの間に大小約300の滝が存在する、自然の驚異、一大スペクタクルである。上空から見ると、川幅の広いイグアス河の真ん中に、巨大で深遠な陥没があり、その部分が滝となっているのがよく分かる。垂直の落ち込みはV字型に展開し、そのV字部分に滝が何百も存在し、つまり水は何百にも分かれて垂直の壁を落ちる。さらに、この滝の特徴は、二段になっていることである。水は、一段目を落ちた後再び束の間の平坦・水平部を通過し、次に第2段の垂直自由落下に突入していく。
フォス・ド・イグアスの市内から、バスは30分程度でイグアス国立公園の入り口に到着。ここで入場料を支払い国立公園内に入り、ここからはポップな2階建てバスが滝鑑賞遊歩道スタート地点まで観光客を運んでいく。キンキンに冷房の効いたバスは、いくつかの停留所に止まる。そこはトレッキング道の入り口だったりボートツアー催行会社のオフィスだったりする。ちなみに車内のアナウンスは、ポルトガル語、英語、スペイン語の順である。いくつか目かの停留所で降りると、目の前に滝鑑賞遊歩道の入り口がある。遊歩道は、そこから河に向かって一貫して降りていく。始めは滝は遠方にその雄大な姿を現すのだが、その後遊歩道が進むにつれその姿は徐々に大きくなってくる。そして遊歩道最後の部分がハイライトで、「悪魔ののどぶえ」(注)と呼ばれる一番突き当たり、V字の頂点部に形成されている最大級の滝を間近・真横から見ることになる。ここでは滝の水しぶきで常に横殴りの霧雨が降っているようであり、優雅な人々は横の売店で売っているポンチョを着込んでこのクライマックスに突入する。写真やビデオを撮っていてもすぐにレンズが濡れてしまうほどの”雨”である。そして、水煙と共に、常に虹がかかっている。もうもうと上がる水しぶきの中を、無数の鳥が飛び交っている。
この滝は1億2千年前に既に存在したという。そして西暦2005年の今、世界遺産に指定された観光名所として多くの人間どもが訪れ、こうして感嘆の声をあげて滝を眺めている。
遊歩道はここが終点で、ここからはエレベータで上に上がれる。そこには、国立公園入り口と同じトーンでまとめられた清潔な建物があり、レストランや土産物店が入っている。遊歩道を歩き終えて一休み、あるいは昼食を、というわけである。屋外にテーブルを並べたテラス的一画もあり、透明な強い日差しが降り注ぐ中、その整然さと清潔さは、ディズニーランドを彷彿とさせる。テーマパークのようなここで僕は、この完成されたかに見えるイグアス国立公園の致命的な欠陥を発見した。それは、レストランに選択の幅がない、ということである。レストランは3軒。一つは見るからに高級そうな内装のバイキング形式の店である。あまりの豪華さに入り口でたじろぎ、キョロキョロしていると、案内係の女性が近づいてきたので値段を聞いたら、およそ10ドルである。バカな。日本じゃあるまいし、食べ放題とはいえ昼飯に10ドルかける奴がどこにいる?「歩き方」によれば、この店はブラジル料理を高いレベルで堪能できるそうである。そして残りの2軒は似たようなサンドイッチ屋とハンバーガー屋である。つまり、10ドル払えない人は、または払いたくない人は、ハンバーガーで我慢しろ、というわけである。神様である客をないがしろにしたこんな暴挙を許していいのか。
僕はやむなく断腸の思いでハンバーガーをセットで注文する。コーラ系は普段飲まないので、ネスティーというネッスルの缶アイスティーをもらった。
さて、席について食べ始めると、ほどなく小型の蜂が飛んできた。奴は僕のネスティーの缶上部の開口部を這い回り、文字通り舐めるように茶を舐めている。体長2cm程度であるが、さすがに蜂なのでビビリながら追い払うと、すぐに引き返してくる。そして離脱と帰還を何回か繰り返した後、あろうことか奴はアイスティーの甘い海の中に転落して、それっきり出てこなかった。僕は缶を揺すってみたが、奴が這い出してくる気配はない。

蜂が溺死したと思われる、問題のネスティー |
「マジかよ、これもう飲めネーじゃん!」
と憤っていると同じ蜂がまたどこからか飛んできた。そいつを追い払おうとすると、何とそいつも缶の中に転落してそれっきりとなった。
僕は、「蜂は、本当にアイスティの海で溺死したのか?」を確認したい衝動に駈られた。がここには、とても道にアイスティをぶちまけられるような雰囲気は存在しない。整然とした、ディズニーランドのようなこの場所では、人は羽目をはずさないことを何よりも強要されているように感じる。
結局、奴等の溺死体を検死することはかなわず、ハンバーガーを食べ終わるとほとんど飲んでいないネスティーを置き去りにして立ち去る以外になかった。(後で思い返すと、トイレの中まで持っていって洗面所でぶちまけるということに思いが至らなかった自分に失望した。)
ここにはアナグマという動物が無数にいる。これは、アライグマの鼻を長くして、尻尾を縞々にしたような動物である。大きさは小型犬ほどで、長い尻尾を除いて50cm程度であろうか。奴等はこの国立公園内を我が物顔で闊歩し、人間を恐れる様子もない。始めは「おぉ、かわいいヤッちゃなー」と思って写真を撮りまくったりするのだが、徐々にコイツラの厚顔ぶりを知ることになる。ハンバーガーレストランでは、客席のテーブルは屋根のある屋外なので、アナグマ達は普通にアクセスしてくる。奴等は食い物の匂いを嗅ぎつけ、人間にねだるかのようにテーブルの近くまで来てこちらを窺う。それをレストランの店員が箒のような棒を持って辺りをバシバシと叩いて威嚇しながら追い払う。だがさっきの蜂のように彼らはすぐに戻ってきて再びねだるように食事してる人間の横を落ち着きなくウロウロする。この店員のニーちゃんは、まるで毎日の仕事がアナグマの店内からの追放であるかのごとく、ほかの仕事を何もせずに、ただそれだけに集中していた。アナグマを無言で追い回す彼の仕草には、穏やかさはカケラもなく、苛立ちと怒りが肩のあたりから沸き立つように発散されていた。何しろ一旦後方に退却しても、奴等はすぐに前線に戻ってくるのである。

オレンジをヒトから泥棒したアナグマ |
さらに、帰りのバス乗り場では、人間がエサをやっていて、10匹近いアナグマがユラユラと長い尻尾を音に合わせて踊るミュージ缶のようにくねらせ、ワラワラと集まっていた。ここには「アナグマにエサをやらないでください」という立て看板があるのだが、無知・無学な人間がエサをやるのである。その後、集まっていたアナグマを写真に撮ろうと僕とある女性がその群れに近づいてしゃがんで写真を撮っていたのであるが、何とそのうちの一匹が、女性が持っていたカバンに頭を丸々突っ込んで、中にあったオレンジをくわえ出したのである!何という厚かましさ。それができる知性があることにも驚きだが、これは明白な窃盗である。一匹が取り出したオレンジに他の数匹が一気に寄ってきて騒然となる。自分のオレンジを取られた女性は、ただ呆然としている。僕は面白くて写真を撮る。すると他の一匹が僕のカバンにも這い上がろうとする。オー、ディオス!何て奴らだ。
女性はアナグマに強奪されたオレンジを置き去りにしてバスに乗って去っていった。僕はしばらくそこにいたのだが、そこへポケットのたくさんついた薄いカーキ色のシャツに同じ色の半ズボンを着た、がっしりした体躯の国立公園のレンジャーのニーちゃんがやって来て、アナグマ達の食いついているオレンジを取り上げると、僕に向って英語で一言。
「エサをあげないでください。」
濡れ衣を着せられた僕はうろたえて慌ててスペイン語で反論する。今は、とっさに出てくるのは英語ではなくスペイン語である。
「僕がやったんじゃなくて、コイツラが勝手に女性のカバンの中に首を突っ込んで奪ったんですよ!」
レンジャーニーちゃんは立ち去りつつ僕を振り返りながら話半分にしか聞いていないようであった。僕が必死に弁解しているのを見て、近くにいてコトの一部始終を見ていたオジさん軍団が、援護射撃に出てくれた。
「そうだそうだ、このニーちゃんの言う通りだ。」
レンジャーはそれを聞いて微笑しながら去っていった。僕は釈然としないながらバスに乗り込む。

袖に止まった蝶 |
イグアスの滝の厚かましい連中といえば、蜂とアナグマだけではない。蝶もそうである。
ここイグアスの滝一帯に広がるジャングルは、動植物・昆虫の宝庫であり、とりわけ蝶は500種が生息するといわれる。確かに、歩いているだけで様々な種類の蝶が飛び交っているのに気づく。小型、大型、白、黄色、黒、複雑な模様。そのうち数が一番多いと思われる、黒地に赤、青、薄黄色のサイケな模様を描いた小型の蝶は、これまた人を恐れない無心さの持ち主である。彼らは人の身体に平気で降り立ち、そこで羽を開いたり閉じたりしながら、なかなか飛び立とうとしないのである。普通に人が動いていてもお構いなし。ハエを追い払うように積極的排除に出なければずっと留まり続けている。コイツラは上記二者のように人に害をもたらすわけではないので微笑ましいものだが、それでも蝶がこんなに人間に接近して無警戒というのはあまりない経験なので(トンボならいくらでもあるけれど)、その無邪気さが印象的だった。

ラフティング、陽気な船頭のニーちゃん |
再び遊歩道に戻った僕は、イグアス河の滝の下流側をゴムボートで下るラフティングに参加した。午前中に一度催行した際は5人の客がいたそうだが、今回は何と客は僕一人。(客一人のラフティングなんて成立するんかよ?)と疑心暗鬼ながら、スペイン語も英語もしゃべる陽気な船頭のニーちゃんにラフティング中の約束事と注意事項を教授されたあと、ライフベストとヘルメットを着けて2人して河に漕ぎ出す。始めはレベル3、波が四方八方からぶつかり合うなかなかの急流。そのど真ん中に突っ込んだゴムボートは、木の葉のように垂直方向にジグザクにゆれ惑う。ボートは荒波をザブリザブリと連続してかぶり、一瞬のうちにジーンズは全濡れとなる。しばらくしてその急流が終わるとあとは終りまでホワイトウォーターの消えた、穏やかな滑るような流れとなる。何しろ漕ぐのは僕と船頭のニーちゃんだけなので、もうすでにオールを持つ両腕がしびれたように疲れて重かった。漕ぐのをやめて2人して休憩していると、ニーちゃんは唐突に言った。
「ここで泳いでいいぞ。」
「へっ?いいよ、遠慮しとくよ。ジーンズだしさ。」
「だってもうびしょ濡れじゃないか。変らないよ。」
「いいったらいいんだよ。」
「そうかい。」
穏やかな河をボートは滑る。河はくすんだ緑色。両岸は木々が生い茂っている。こうして船頭のニーちゃんと2人で河上にいると、河の規模や景色こそ違え、ナイル川をフルーカで漂ったことを思い出した。

「悪魔ののどぶえ」の落ち込みに上空から接近 |

夕暮れのジャングル上空を飛ぶ |

ヘリのカピタン(パイロット) |
この後は、イグアスの滝を上空から急襲するヘリコプターツアーに搭乗した。パイロットを含めて4人乗りのヘリで、僕と同乗したのはメキシコ人のオジさん二人組。ヘリを待ってる間、彼らと世間話をする。
「君はどこから来たの?」
「僕は日本人だけど、今はエクアドルに住んでるんです。」
会話はスペイン語。ブラジルの周りの国は、ギアナ3国や島嶼国を除けば、すべてスペイン語が公用語の国なので、ブラジルに来ている観光客もスペイン語圏の人が多い。
パイロット横のいわば助手席に僕が乗り、後部座席にメキシコ人2人。国立公園入り口を飛び立ったヘリは、「ババババ」という轟音を上げながらジャングル上空をベトナム戦争のアメリカ軍のように飛ぶ。助手席は前方、左右、足元すべてガラス張りなので、空を透明の丸いカプセルに乗って浮遊しているようである。ほどなくヘリはイグアス河上空に差し掛かる、ここからヘリは急旋回してイグアスの滝を急襲する。滝の全体像が手に取るように分かる。絶景。僕は夢中でシャッターを押し、ビデオを回した。ヘリは滝上空を二度旋回して帰路に着く。わずか10分の飛行で60ドル、そしてひっきりなしに飛ぶヘリの爆音がイグアスの生態系に影響を与える、という環境保護者からの批判があるというこのヘリ遊覧だが、「上空から滝を見る」というワクワクするような欲望に僕は勝てなかった。
こうしてイグアスの滝1日目を終え、夕方フォス・ド・イグアスの街にバスで戻る。街を歩いていると、「北海」という大きな日本食レストランが目に飛び込んできた。ブラジルには日系人が多いだけあり、日本食レストランも多いようだ。僕は迷わず入る。トンカツ定食を注文し、腹は満腹に膨れ上がった。値段は高かった(22.5レアル=10ドル弱)が、これで昼のハンバーガーの借りを返した気分になった。
(注)キリスト教国の人間は、何か驚異の自然物に名前をつける際、”悪魔の”という枕詞をつけるのがお好きなようである。キリスト教的には「”悪魔”というものはとてつもなく凄まじい(恐ろしい)もの」という強烈な観念があることが推測される。アメリカのワイオミング州には、「悪魔の塔」(Devil's Tower)と呼ばれる巨大な岩がある。エクアドルにも、「悪魔の鼻」(Nariz del Diablo)という山があるが、これは見た目的には全くの名前負けで、ただの山である。
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