2013/8/30 (Fri.)

林道川乗線 |

入渓地点 |

2段11mの滝 ⇔ 上段8m |

大きな岩を登っていく |

ゴルジュ帯1つ目の滝 ⇔ 2つ目の滝 |

ゴルジュ |

ゴルジュ帯3つ目の滝 ⇔ 水流中の残置ロープ |
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大岩 |

今日の昼飯 |

この日見た中で一番の大物。大きさが伝わりますかどうか |

熊が上がっていった辺りの斜面 |

10mの大滝 |

大滝の上の木橋。これがウスバ林道らしい |

ほとんどただの斜面にしか見えない登山道。ロープあり。 |

熊らしき動物の声がした辺りの森の斜面。この下が遡行した逆川 |

ススキで道が埋まっている。ススキ漕ぎ |

奥多摩の山々の稜線 |

大ダワ。鳩ノ巣駅まで4.4km
⇔ 僕が歩いてきた崩落の道は通行止めのロープが張ってあった |
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鳩ノ巣駅周辺の街並み |

鳩ノ巣駅 |
奥多摩 日原川・川乗谷(川苔谷)逆川(さかさがわ)遡行
今日は単独で再び奥多摩の沢に突っ込む。
今週は先週までの酷暑からやや解放され、若干落ち着いていたが、今日はまた暑さがぶり返すとのことで、水と戯れるのには絶好だ。東京の最高気温予想は、36℃。夏ももうすぐ終わってしまう。悔いのない「沢登りの夏」を過ごさねば。今日は8月最後の平日。単独で行くのなら、無職の特権を最大限に生かし、混雑する週末でなく、平日に行くことにした。
朝5時半に起き、バスで千葉駅へ。みどりの窓口で「休日お出かけパス」を買う。2600円。これで正規料金で3460円かかる奥多摩往復の料金は、2600円となり、860円もお得だ。今日は平日だが、この切符は8月中は毎日使える。
千葉駅構内のコンビニで、今日の昼飯、おにぎりセットとチョリソードックを買う。今日は奥多摩駅でバス発車までにあまり時間がないため、リスクを避けてここで買っておくことにしたのだ。
通勤するサラリーマンの方々と一緒に、7:15発の通勤快速に乗る。Tシャツに短パン、デイパックといういかにも遊びに行く格好は僕以外にほとんどいない。サラリーマンのみなさんはクールビズをビシッと着こなしている。
千葉から東京方面の快速といえば、稲毛、津田沼、船橋、市川と停まっていくのだが、何とこの通勤快速は、東京までに船橋、錦糸町、馬喰町、新日本橋にしか停まらない。こんな快速が新たに出来たことを知らなかった。ただ、停車駅が大幅削減されている割には東京まで39分もかかるのはいただけない。
車内はかなり混雑している。座って眠りたかったが、とても座れない。さすがに朝の通勤時間帯。僕の後ろには、背中合わせにサラリーマン風情の長髪野郎が立っている。超満員ではないが、人同士の距離が近いため、この長髪野郎の、頭の後で束ねた鳥の巣のような髪の毛が、僕の後頭部に当たる。気持ち悪い。「いいかげんにしろよ、貴様の薄汚ねぇ髪の毛が当たってんだよ。ボケ!」と言いたかったが、グッとこらえる。かわいい女の子のポニーテールのサラサラ髪の毛ならまだしも。これが超満員電車で、僕の顔にこの鳥の巣がめり込んできたら、まず間違いなく文句を言うだろうな。えっ、心が狭いって?だってさこいつ、普通の人たちが占有しないはずの、頭の後の空間を、しかも自分の背中の線よりも後に張り出した空間を使ってるんだよ?この空間は、少なくとも人が密集する満員電車のような場所では、お前のものじゃないと言いたい。理論的には、表現の自由(髪型の自由)との一騎打ちか。
東京で中央線快速に乗り換え、青梅から青梅線。今日は平日なので、東京から遠ざかる下り線は、混んでいない。また、登山者も多くはない。が、僕と同じ毎日が休みの年金世代のお父さん、お母さんは結構乗っている。
こないだ多くの登山者が降りた御嶽駅で、今日もかなりの乗客が降りる。ここは登山のベースとなる駅なのだろう。奥多摩まで行く人は多くない。
奥多摩駅着10:04。こないだ行ったコンビニで飲み物だけを調達。ポカリとお茶のペットボトル。
東日原方面、日原鍾乳洞行きのバスは10:15発。今日も満員だが乗客の様相が前回とは違う。ハイカー的な格好をしている人が少ない代わりに、普通の格好をしている年配者グループが多い。大学生の男女グループもいる。そして、前回ほとんどの乗客が降りた川乗橋で今回僕は降りたのだが、何とこの日は降りたのは僕だけ。おいおい、登山者誰もおらんのかいな?!
一人バス停にポツンと残される。乗客の多くは、日原鍾乳洞に行くのだろうか?平日と休日で客層や目的地がこうも違おうとは。
ここから、林道川乗線を登っていく。川乗山に登る人もここを登っていくので、そういう人たちと一緒に登るのだろうなと想像していたのだが、登っているのは僕一人。ちなみに、川乗山とか川乗谷は、川苔山や川苔谷とも表記され、嘘かホントか、この辺りで川海苔が採れたからだという。
今日僕は、日原川の支流、川乗谷に注ぎ込む逆川を遡る。
30分くらい登り一途の坂を上り続ける。バスを降りたときには結構涼しいと思っていたが、上り坂を登るにつれ、汗が噴き出してくる。やはり斜面を登るという動作は、結構きついのだ。日差しも強くなってきた。この分なら今日の水線遡行も爽快にいけそうだ。
東京都水道局の車が僕を追い越していく。この林道は上り口に車止めがあり、一般の車は通行止めなので、車通りはない。
ガイド本によれば、「駐車スペースのある左カーブのカーブミラーの横から谷に下りる踏み跡が延びているのでそこから降りる」となっているのだが、左カーブのカーブミラーは次から次へと現れる。だが、駐車スペースがあって明らかに踏み跡がミラーの右側から延びている場所はない。そして登り始めて20分後、ついに件のカーブミラーと踏み跡に到達。確かに、踏み跡というよりも、登山道と言ってもいいくらいにはっきりした道だ。ここを降りる。
かなり深い谷だ。急斜面に付けられた道を下り、沢に出る。 ここ川乗谷は、前回遡行した倉沢谷の、尾根を一つ挟んだ隣の谷である。
川乗谷の川原で遡行準備を始める。
今回初投入するアイテムが二つ。一つ目はヘルメット。これは昨日ついに購入した。落石の可能性はどこにでもある。工事現場でもするのだから、沢でもせねばなるまい。頭に何かが直撃する可能性は低いとはいえ、万が一発生したら死が待ち受ける。津波注意報で逃げない人になってはならない。
今月、色んな店でヘルメットを血眼になって探した。僕らの仲間で唯一ヘルメットを持っているコンスケは、ハードオフでローラースケート用中古を数百円で買ったというので、僕もホームセンターやスポーツ量販店、中古店などを周りに回ったが、結局いいものが見つからず、好日山荘という登山用品の専門店で、山用ヘルメットを購入した。9555円という、無職の人間には途方もない高額だったが、血の涙を流しながら買った。小型軽量だし、いいものは長持ち(のはず)。死ぬまで使い倒すしかなかろう。
もう一つは、撥水製のシャツだ。前回の倉沢谷で、、一度泳いだだけで体が冷えてしまい、その後は結構水に入るのがツラかった。つまりシャツが濡れたままなので、身体は冷えたままで寒くなり、体力が奪われてしまうのだ。そこで、肌の上に着る撥水製シャツを、同じく好日山荘で買った。これが5250円もした(涙)。家に帰って袋を開けてみると、これがまたペラペラで、向こうが透けて見えるほどに薄い。こんなペラペラで本当に撥水・保温効果があるのかいな?と疑心暗鬼になるが、ともかく今日実地で確かめるしかあるまい。それにしても僕ともあろう者が形から入るような真似を(笑)。
着替える。頭にはヘルメット、上は撥水性ペラペラシャツの上からポリエステルのTシャツ。下は水着。靴は例のアクアシュー。いつもとはヘルメットと撥水性のシャツが加わったわけだ。
デイパックの中身をビニール袋やジップロックに包み、防水。いざ出発。
入渓時刻11:20。川乗谷は大きな岩がゴロゴロした清流。水はこないだの倉沢谷同様、透明に澄んでいる。
すぐに右側から大きな岩とともに逆川が出合う。今日はこの逆川を遡る。沢登りする人の間ではかなり人気のある沢らしいが、平日11時過ぎなので、人影は全く見えない。谷は深く、晴れてはいるが木々に覆われて陰になっている。
しばらく大岩の間に流れ落ちる川を登っていく。するとゴルジュの先に始めの滝が現れる。2段11m。下段3mをわけなく上がると、上段8mの滝が茶色の岩の上に落ちていて、その跳ね返りの水しぶきをいっぱいに浴びる。この8mがなかなか手強い。流水下の岩は登れそうにないので、滝面の左側の岩場を登る。だがこれが結構キツイ。垂直だし、手がかり、足がかりもいま一つはっきりしたものがない。しかも岩は若干滑る。途中まで上がってちょっときつくなったが、悪戦苦闘の末に執念で何とか上がり切る。足を滑らしたら5mくらい落ちる場所で、無理することはないのだが、どうしてもやっちゃうんだよねぇ。
その先は巨岩帯が続く。とにかく岩がでかいし、川もどんどん標高を上げているようで、登っている感じが強い。直径2mとか3mの岩の重なりの隙間を水が流れ落ちる。全身を使って岩を越えて上がっていく。
続いて逆川で一番面白いと言われる、ゴルジュ帯の3連続の滝に差し掛かる。右岸(左)から8mの細い滝を落として支沢が流入する先がゴルジュ帯の始まりだ。なるほど、滝を直登するには深い釜に入っていくしかない。だがそれは望むところだ。胸まで浸かって1つ目の3m、2つ目の3m滝を登る。楽しい。そして3つ目の4mは、滝面の左側の水流中に残置ロープがあるのだが、ここで僕はそんなもん使わずに登ってやるさ!とばかりに水流の右側から登ろうとするも、登れない。手がかり、足がかりが乏しい。2度ほど滝壺に落ちてやり直すも、上がれず。打ちひしがれてロープをつかんで左側を登る。再びの敗北感。
その後はナメ滝が目立つようになる。斜滝が多いので、水流を登るのが楽しい。
山水画のような風景。黒い岩のナメを、白い筋が落ち、脇を固めるのは緑色に苔むした川原の岩々。
気づくと、撥水シャツが効いている!水に入っても、しばらくすると身体は乾き、全然寒くないのだ!さすがに5250円も払っただけのことはある。メカニズムは、撥水性のシャツが水をシャットアウトし(水中でシャットアウトしているかは微妙)、上に着ているTシャツに水を戻す。Tシャツは水で濡れているのだが、下に着ている撥水シャツは水をカットし、肌には水が接触していない、というわけだ。よって冷たくないので体力が低下することもなく、どんどん次の水に入っていけるという寸法である。金額相応の効果あり、じゃないか、結構結構。これなら完全なる水線遡行が可能だろう。
この沢では巨大なカエルが多い。ウシガエルというのかヒキガエルなのか、とにかくイボイボの茶色の巨体がそこかしこの岩の上でじっとしている。大物は20cm級だ。彼らはあまり動かない。僕を見て逃げるものもいるが、逃げないでじっと動かないものが多い。さながら岩の上で水を浴びながら瞑想する僧のようである。カエル坊主か。あるときは岩に手をかけて登っていくと、手を置いた岩の上にカエルがいて、気づかずに危うく手で押しつぶしそうになってしまった。もちろん僕はブヨブヨした感覚に死ぬほど驚いたが、当のカエルの方は僕に手で押しつぶされそうになってもまだ動かないのだ。根性すわっているというのか何というのか。
そして今日は魚が結構見られる。どれもこれも小さい魚だが、恐ろしく動きが速い。房総で見慣れているハヤとはスピードが段違いだ。小さくて黒っぽい魚。あまりに速くて魚体の模様は見えないが、ヤマメか岩魚だろうか?
川虫は相変わらず手にどんどん付着してくる。これも面白いもので、常に水に入っている足にはあまり付かずに、手に付く。水中の岩の上に手を突いたときに乗り移るのだろうか。それにしてもこの、カゲロウの幼虫だろうか、楕円形の頭がハンマーのようで実に愛嬌がある。
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7mトイ状滝 ⇔ 上部のトイ
上部は両壁に手足を突っ張って登る |
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岩の重なりを登っているときに一度足を滑らせ、左腰と左足首をしたたかに岩に強打した。かなり痛く、始めは「あれ、やっちゃったかな?」と不安になったが、打撲で済んだようだ。後で見たら出血はしていたが、その後も普通に歩けた。単独行で足を骨折でもして動けなくなろうものなら大変だ。沢登りのフィールドはたいていが山奥、人里離れている。当然携帯も入らない。外部との連絡が取れなければ、討ち死にすることになる。運よく沢登りの人たちが上がってきてくれれば助かるが。だがいずれにせよ人に迷惑をかけることになるので、一人で山に入る場合は相当に気をつけなければならない。そんなことは承知しているが、単独でも行きたくなるほどに、沢は僕を惹きつける。
複雑な突起を持つ岩の斜面を水が流れ落ちる。水の流れが右に左にと折れ曲がり、ジグザグ状の白い滝を作っている。これも自然の造形。
川が二股に分かれるところに挟まったかのように大岩が現れ、右から支沢が流入する。この大岩を過ぎてしばらくしたところの川原で昼飯にする。もう午後2時を過ぎている。遡行を始めて3時間近くたっているが、楽しくて結構夢中で上がってきたので時間が知らず知らずのうちに過ぎた感じだ。
おにぎりとパンを食って、お茶を飲みながら一服。
早々に飯を済ませ、遡行再開。
すぐに2段7mの滝。
この辺りで僕はザックの側面の網に入れておいたお茶のペットボトルを落としてしまった。あるところで何かが落ちたような音がしてびっくりしたのだが、まさかペットボトルを落としたとは思わず、荷物確認をしなかったのだ。あぁ、こんな清流にペットボトルという巨大なゴミを捨ててしまったことになる。痛恨だ(苦)。実は僕は、前回8月17日にも、お茶のペットボトルをいつの間にか紛失してしまった。きっとどこかで木くぐりの際とかに、ザックが木に当たって、その拍子にザック脇に入れておいたペットボトルが外に出てしまったに違いない。2回の奥多摩で、2本のペットボトルを落としてしまった。しかも中身入り。
大ダワ沢が左岸から5mの滝をかけて流入する。本流を進み、2段11mのナメ滝を越えると、支沢が流入しているところに、7mトイ状の滝が岩の間を滑り落ちている。その名の通り、雨どいのように細くえぐれた岩の間をかなりの勢いで細い水流が落ちる。左右の岩壁に両手両足を突っ張って登るが、結構ツルツルしたすべすべ岩なので若干ビビる。何しろ、突っ張りの場合は足を滑らしたら結構怖い。
再びゴーロの川原を歩く。15:40。ここで僕はどんでもないものを目撃する。動物だ。動物が右側の斜面を一目散に登っていくのだ。水が流れ落ちる音以外の音がない谷で、明らかに物体が移動するガサガサという音がしたので、すぐに気づいた。音のする方向を見ると、100mくらい先、右上の斜面を、4本足で移動している動物がいる。鹿や牛のような、水平な身体に真っ直ぐな4本足がついている動物ではない。狸でも狐でもない。犬でも猫でもない。丸っこい形の動物。始め僕はその動きと形から猿だと思ったが、何と体色は黒いのだ。
熊だろ!!熊だろあれは!!!!
僕は、移動する物体を目で追いながら、口を半開きにしたまま、心の中で声にならない叫び声を上げる。そして血の気が引く。熊にしては小さいが、あれはツキノワグマじゃないか?奥多摩には熊の目撃情報があると、沢登りのガイドブックで読んだので、熊がいてもおかしくはない。
熊(のような動物)は、きっと沢筋にいたのだろう、僕が川を遡ってきたのにいち早く気づいて驚いたのか、一目散に斜面を登っていってしまった。少なくとも、僕が奴に気づくよりも早く奴は僕に気づいていたから、去っていったのだろう。熊も人間が怖いはずだ。彼らは決して攻撃的な動物ではないと聞く。それにツキノワグマだったら基本は雑食だから、人間を襲うとも思わない。
僕はとにかくビビッたが、さてどうするべきか?人間は誰もいない山の中だ。そして、相手は檻の中に入っていない、自由な野生動物である。ここは、自然のド真中なのだ。人間が体一つで無力を感じる場所。まぁ、そう言っても始まらないので、何とか危険を回避せねばなるまい。
奴は右の斜面を登って行ったのだから、少しでも奴から遠ざかるべきだ。さすればそのまま速やかにこの沢を登っていくしかあるまい。戻るよりも先に行って、遡行終了点のウスバ林道までたどり着けば、あとは林道だから問題ないだろう。それに、終了点まではそれほど遠くないはずだ。
僕は先を急いだ。だが、右手の斜面や後が気になって仕方がない。ちらちらちらちら確認しながら歩く。いきなり音もなく熊に忍び寄られて攻撃されやしないだろうか?という被害妄想が脳裏にどんどん浮かび上がってくる。あぁ、鈴がほしい。
小さな滝を登った先に、最後の難関、10mの大滝がついにその姿を現した。熊と遭遇してからおよそ20分。この頃には僕も大分落ち着いていた。だが、この山域に長く留まる筋合いはない。この滝を登れば、すぐ上にウスバ林道が川を横切っているはずである。
10mの大滝。なかなかの斜度がある立派な滝だ。落ちる水流の周りの岩は結構フラットで、足場も手がかりも心もとない。水流を離れたもっと右の岩壁にはホールドもスタンスもありそうで、こっちから登れそうだ。
しばらく上を見上げてルートを確認した後、いよいよ登り始める。半分くらいまで登って下を見下ろす。割とスイスイと登れるが、一旦下を見ると、「えっ、もうこんなに上がったの?」というくらいに高い。滝登り(岩登り)というのはそういうもので、3点確保で何回か両手両足を動かせば、すぐに5mくらいは上がってしまう。そして、そこまで来ると引き返すのは結構困難だ。滝は登るものであり、降りるのは難易度がより高い。下る場合はステップの位置が足より下なわけで、目から遠い位置となるため次の一歩の確認が難しくなるからだろう。登る場合はホールドやスタンスは目の前にあるため、滑らないか、安定してるか確認がしやすい。また、登る場合は下を見ないで登れば恐怖心もそれほど感じずに済むが、下る場合は常に下を見ながらなので怖いという心理的な理由もある。
この滝は斜度があるので、墜落したら一気に落ちちゃうなぁ。滝壺がもっと深ければ安心だけど、この下の壺は浅いから落ちたら痛いなぁ。滝の半ばで下を見ながらそんなことを考える。
あとは一気に登った。手がかり足がかりはあるので登るのに大きな問題はないが、高さはあるので普通のグループはロープを使うのかもしれない。僕は単独で、しかもロープは持ってない。自分の能力見極めと状況判断。
滝を登りきったのが16:15。滝の落ち口のすぐ上に、木橋がかかっている。これがウスバ林道だ。林道というよりも、登山道。これを南方向に下っていけば、青梅線の鳩ノ巣駅まで1時間10分ほどだという。さらに逆川は上流に続いている。大きな岩が重なり、そこから水の筋が落ちている。この先、さらに源流まで詰めれば、尾根には割と簡単に出られるようである。時間があればその尾根を川乗山まで登ってもいいのだが、今日は入渓時間も遅かったし、もともとここで遡行終了予定だった。
木橋の袂の狭い川原で着替える。一服する。あとは人の匂いがついた林道を戻るだけなので、熊の問題はあるまい。だが気になるのは、林道は、熊が登っていったあたりを通っている気がすることだ。
16:40、林道を歩き始める。この道は林道とは名ばかりで、むしろ崩れかかった登山道である。時々安全のためのロープが張られている。というのも、道幅が20cmほどになってしまい、すぐ右側の急斜面にズルズルと滑落してしまいそうな不安定な状態だからである。道があるのかないのか、ほとんどただの斜面にしか見えない部分もある。事前にイメージしていた道とは全然違う。
歩き始めてすぐ、背中がびしょぬれなのに気づく。そうか、今日は再三水に入ったので、背負ったデイパックが水で濡れているわけだ。せっかく新しいTシャツに着替えたのに、すぐに背中が濡れてしまった。僕はデイパックの片側だけを担ぐ形にし、背中にザックを当てないようにした。これなら例の撥水シャツをそのまま着ておくべきだった。
しばらく歩くと、妙な音がする。斜面の下の木々の中から、威嚇するような「フォッ、フォッ」という声。動物だ。
おやーー、またまた熊じゃないですかーーー???
声の主の姿は見えない。だが100m以内の距離としか思えない。いや、声の感じからすると下手すると50mだ。僕は真っ青になって道を先に急ぐ。走って逃げたりすると熊は追いかけてくると何かで読んだことがあるので、走らずに早歩き気味という何とも中途半端な情けなさだ。足がもつれそうになりながら、後を振り返り振り返り、僕は逃げた。そうして5分ほど歩き、ようやくひと心地ついた。さっき沢で遭遇した熊だと考えるのが自然だ。熊が登っていった沢の左岸に走っている林道を僕はノコノコと歩いているのだ。せっかく一度やり過ごしたのに、再び現場に戻るような愚かなことをしているのだ。道理も道理。だがここ以外の道は知らないので、この道を行くしかなかった。熊のほうもまさか僕が戻ってくるとは思わなかったに違いない。だから二度目となれば逃げないで威嚇した?まぁ、そんなことは全然分からないが、とにかく早くここを離脱したい。まだこの先、別の熊が現れるのではないかと、僕は緊張しながら先を急いだ。
森の中の道から出て、視界が開ける。するといきなり前がススキで覆われて道が見えなくなってしまっている。ススキが伸び放題なのだ。この道は誰もメンテをしてないようだ。(この後分かったことだが、現在この道は通行止めのようである。なぜなら、この先の別の登山道との合流口で、この道の入口にはロープが張られており、「崩落のため通行禁止」と書かれていたのだ。そんな道を僕は歩いていたのか。確かに崩落しそうな場所が始めの頃続いていた。熊はいるし、何てことだ)
このススキの道はしばらく続いた。手でかき分けて進む。まさに薮漕ぎ状態。ようやくススキ地帯が終わり、普通の道になる。とまたまた今度は道を横切って動物がすごい速さで右下の斜面に降りていった。僕は腰が抜けそうなくらい驚いたが、よく見るとそれは鹿だった。
ここ奥多摩にも鹿は多いらしい。後で知ったことだが、鹿が多いどころか多過ぎるせいで植林が食い荒らされ、山が食害を被っているようである。まさに金華山状態。これも怖い。鹿の駆除をしている猟友会に、鹿と間違われて撃たれやしないか?色々な被害妄想が浮かんでくる。
とにかくビビることばかりだ。熊の次は鹿が僕を脅かす(笑)。まだ歩き始めて20分も経っていない。
途中、涸れ沢が何本か尾根から降り、それを横切るように道が付けられている。
17時、ようやく大ダワで、まともな登山道と合流した。ここからはしっかりした道だ。(ここで今まで歩いてきたウスバ林道が通行禁止となっていることを知る)ここから鳩ノ巣駅までは4.4kmとある。1時間はかかるか。
植林帯が続く。等間隔に植えられた杉、ヒノキの森を歩く。伐採された木が斜面に並べられている。基本、ずっと下り坂。麓まで降りるだけだ。
両足のすねから下がやたらとかゆい。虫刺されではないようだ。なぜなら、足全体がかゆいからだ。何か「かゆみ草」にでも触ってしまったか?やはり薮漕ぎするときは長ズボンじゃないとあかんなぁ。だけどまさか登山道にあんな草が生い茂っているとは想定外だ。
両足すねから下をボリボリと掻きながら歩く。
そういえば福岡でも、変なトゲのある植物に刺されて、妙にヒリヒリしたっけ。植物も侮れん。
ポツリポツリと雨が落ちてくる。おいおい、マジかよー。ゲリラ豪雨なんて来たらたまったもんじゃない。だが幸いにも雨は強くなる気配はない。
鳩ノ巣駅までは遠かった。延々と山の中の下り道を下りる。一度開けた林道的な場所と合流したが、引き続き山の中に突入して、細い山道を行く。最後の方は道がガレていて、石だらけの道は歩きにくく、膝が笑い始める。汗だくで、足はかゆい。日は暮れかかり、森の中はかなり暗くなってきた。
ようやく山の中から街が見下ろせるようになる。鳩ノ巣の街、熊の神社に降りたのが18:10。遡行終了地点から1時間30分。下りなんだけど、道が余りよくなく、なかなか辛い道のりだった。
ちょうど日が暮れた鳩ノ巣の街。階段を駆使して家々が斜面に効率的に建っている。細い路地と割と古い日本家屋。すぐ山々が二重三重に連なっている。趣のある街だ。
鳩ノ巣駅への矢印は始めあったものの、しばらくしてなくなってしまい、不安になったので、前から歩いてきたおばさんに尋ねる。
「鳩ノ巣駅はこっちでいいでしょうか?」
「そこの角を右に曲がると、すぐ踏み切りで、左側ですよ」
「ありがとうございます」
「私、あなた地元の人かと思ってたわよ、道聞かれるとは思わなかったわ」 と彼女は満面の笑顔を見せる。
「今山を降りてきたところです」
「電車は30分に一本しかないから気をつけて。」
とても人懐っこくて感じのいい人だった。しかもかわいらしい感じの人だ。鳩ノ巣、いい。
果たして、駅はすぐだった。踏み切りを渡りながら線路の先に目をやると、暖かな照明をたたえた鳩ノ巣駅のホームが向かい合っている。熊と対峙する山の中から、人間の世界に戻ってホッとする。僕もやはり文明に毒されたただの人間である。
18:20。慌ててタバコを一服し、ションベンをしてホームへ上がる。もう駅員はいない。18:32、奥多摩から来た青梅行き電車に乗り込む。鳩ノ巣から登山者のグループが5人ほど乗った。もうすっかり日は落ちた。
車内は当然だが冷房が効いている。とてもよい。背中のビショビショはほとんど乾いたようだ。助かった。あんなぐしょ濡れのまま乗っては電車のシートが濡れてしまう。すねのかゆみも涼しいところに入ったからか、収まった。
車内はすいている。平日の夜、山の電車は都心に戻る。
青梅、御茶ノ水、錦糸町で乗り換え。千葉駅着は21時過ぎ。駅の階段を降りるのが辛いほどに足が悲鳴を上げている。筋肉的にこれほど疲労したのは久しぶりだろう。何しろ階段を降りるときに膝をはじめとして足全体が痛いというか辛いのだ。
ガイド本によれば、今日のコースは、入渓地点から沢の源頭までで水平距離2500m、標高差720mとのことである。僕は源頭までは詰めずに大滝の上で終了したが、それでもきっと500mくらいの標高差は上がったのではなかろうか。かなり筋肉が疲れた。滝登りや岩を乗り越えていくのは全身運動なのだ。もっとも、それは帰りの1時間半の登山道歩きでかなり足を使ったせいもあるけれど。
今日は色んなことがあった一日だったが、逆川の遡行自体はとても楽しめた。途中の連瀑では水に入っての滝登り。ナメ滝帯の岩と水の造形、岩や岩壁が緑に苔むしている、非常に絵になる沢。前回のお隣倉沢谷本谷と同じくらい楽しい沢行だった。
川乗谷・逆川 写真集 |
2013/8/29(thu.)
季節の移ろい
車を停めている駐車場まで歩く際、雑木林の脇の道がある。今朝この道にカブトムシの轢死体があった。
このカブトムシは、昨晩同じ道を歩いたときにこの道の街灯の下でウロウロしていた。まだ角が短かったので、羽化したばかりと思われる雄で、ちょっと飛んではすぐに着地し、また飛び立つ、ということを道の上で繰り返していた。しかも着地の際にバランスを崩してひっくり返ったりしていた。ひっくり返ってしばらく起き上がれないので、老婆心から僕が表に戻してあげたほどだ。きっと羽化したばかりで飛ぶ練習でもしていたのだろう。しかし、人間が造ったコンクリートの道は、彼らにとっては危険が多過ぎた。おそらくそうやっているうちにこの道を通った車によってあえなく轢かれてしまったのだろう。死骸はぺしゃんこで、車に轢かれたことが歴然だった。命というものはあまりにもはかない。
夜、その雑木林では、秋の鳴虫がうるさいくらいの声を上げている。これだけうるさいのに、セミと違って耳につかないのが不思議だ。周波数の違いからだろうか。
過激な豪雨や突風など異常気象が続くが、季節は確実に移りつつある。秋になるとセミは鳴りを潜め、コオロギや鈴虫が鳴く。この毎年のサイクルが今後いつまで続くのだろうか。昨今の異常気象に対応すべく、小さな生物達は徐々に遺伝子を変えつつあるのかもしれない。 |
2013/8/17 (Sat.)

奥多摩駅。後ろはすぐ山。登山者多し。 |
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2段5m滝。なかなか手強い。深い釜を泳いで取り付き、1段目は
水流右側から登り、滝水流中を左にトラバースして2段目は左から。
⇔ 滝壺で泳ぐ裕助。滝面に取り付いて登ろうとするも登れず断念 |
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川原で昼飯 |
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へつって近づき、 ⇔ そして滝登り |

左から鳴瀬沢が出合い、上には橋。奥に堰堤。 |

大岩 |

またまた深い釜ありの5m滝登場 ⇔ 左岸を伝って登る |
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川虫 ⇔ メクラグモか |

堰堤前の最後の滝。この岩が登れそうで登れない。 |

遡行終了地点の石積み堰堤 ⇔ 林道を戻る |
奥多摩 日原川・倉沢谷本谷遡行
今日はコンスケ、裕助と3人で東京都奥多摩に遠征する。連日の猛暑を逆手にとって(?)、水量豊富な奥多摩、水線遡行で涼もうという魂胆だ。
朝5時に起き、始発のバスに乗って千葉駅へ。千葉駅6:32発の黄色い電車に乗っていざ奥多摩へ向かう。新宿でホリデー奥多摩という快速電車に乗り換える。びっくりしたのは、朝もはよから奥多摩方面の山に行く老若男女で電車が満載されていたことだ。富士山世界遺産登録で登山ブームもいよいよ爆発か。年配の方々、30代〜40代中年女性のグループも多い。
青梅線に入ると、電車は山の間に入っていく。車窓からは、雄大な緑の山々と深い谷川にかかる橋、わずかな平地に造られた家々という、凄まじい景色となる。東京も山深いぜよ。
奥多摩駅着9:14。今日も天気がいい。山なので割と涼しい。
駅近くのコンビニで昼飯を買い込む。弁当は水平に入れられないし、今日は水濡れ必至なので、僕はコンパクトにいなりずし・おにぎりセットとカレーパン。裕助は普通の弁当を買い、平気でバッグに縦に入れていた。さすがだぜ、裕助よ。
奥多摩で降りた人々はほとんどが登山者。東日原方面行きのバスに続々と乗り込んでいく。夏(お盆休み)の土日は人が相当に多いらしく、西東京バスはバスを増便して対応していた。
僕らは9:35発のバスにやっとのことで乗り込む。ギューギュー詰めの満員だ。バスはすれ違いの困難な山道を進む。だが、ところどころにすれ違うための道幅増加帯があり、何とそこには必ず係員が配置され、対向車をコントロールしている。素晴らしいシステムだ。だが考えてみれば、こんな巨大なバスが通るような道幅ではないのだから、当然の対応か。
ほとんどの登山者は、川乗橋で下車した。ここから川乗山やそこからの縦走歩きができるらしい。
ガラ空きになったバスはさらに進む。倉沢橋で下車。ここで下車したのは僕ら3人だけ。9:55。
入渓点は倉沢橋から少し登ったところ。駐車スペースがあり、2台の車が停まっている。先客ありか?さらには、ツーリングか、バイクの人たちが休んでいる。さらには、いましたいました、沢屋さんが。3人組が、林道で準備体操をしていた。入渓地点が橋からすぐのところのようなので、通称「マイモーズの悪場」を遡行するのかもしれない。僕は生まれて初めて、「沢登り沢登り」しているいかにもという人々に出会った。
林道倉沢線をしばらく歩き、沢へ降りる斜面が緩くなったところから入渓。ここは日原川(にっぱらがわ)の支流、倉沢谷本谷。水が透明だ。そして房総とは比べ物にならないほど水量豊富。水流をジャブジャブと歩けそうだ。
川原で身支度を整える。僕は今日も定番スタイルとなった(笑)水着。半ズボンなので保護に難点があるが、今日は沢を源頭まで詰めて薮をこいで尾根に上がることはしないで、沢のすぐ横を並行している林道で戻ってくるので、半ズボンでも問題あるまい。
上は速乾性のポリエステル100%のTシャツ。数日前スポーツ量販店で999円で買った。靴はいつもの水抜き穴付きの運動靴、アクアシュー。ヘルメットはないので、気休めにタオルをバンダナのように頭に巻く。フルチンになって水着に着替える。
コンスケはいつもの格好。靴はスポーツサンダル的なもの。綿に見える長ズボン。
今回、裕助がネット購入したという渓流タビ&わらじを投入してきた。しかもわらじはわら製のものとポリプロピレン製の2種類買ったという。まずはわら製わらじで入渓。わらじは渓流で最高のグリップを得られるという評判だが、数回でダメになってしまうのが難点。裕助のズボンははすそが調整できる長ズボン。速乾性素材のように見える。
3人のうちヘルメットをかぶっているのは今回もコンスケのみ。裕助は帽子。
今日の遡行で重要なのは、バッグの防水対策だ。ジップロックや普通のビニール袋を使ってバッグの中身を2重に包む。仕上げは45Lの家庭用ゴミ袋にそれらを入れる。都合、3重の構えだ。これなら水も漏らすまい。いや、逆か。
デジカメは防水なので、袋に入れずに、すぐ取り出せるようにザックの小ポケットに入れる。3人のうちカメラを持っているのは僕だけなので、今日も戦場カメラマンならぬ、沢カメラマンとして一部始終を記録せねばなるまい。よって僕が写っている写真は、一枚もない(笑)。ちなみに、いつも携行しているビデオカメラは、今日は持ってこなかった。さすがに水に入ることが確実だったので、リスクを避けたのだ。
いよいよ遡行開始。10:30。水に入る。普通に膝くらいの深さがある。なかなか冷たいが泳げないほどではなさそうだ。さすがに8月は連日連夜の猛暑で、水もぬるんでいるのだろう。
始めのうちの渓相は、小ゴルジュ的岩壁の間を割と深い水が流れる。
しばらく行くと、2段5m滝と釜が現れる。釜はエメラルドグリーンだ。遠くから見るとわけなさそうだが、どうして手強い。まず釜が深い。はじめ右岸の岩伝いに滝に近づいていったが、岩をつかめないし水は深いしで結局泳ぎを余儀なくされる。いきなりはじめの釜から泳ぐ僕。少なくとも釜の中心部は足がつかないほど深い。流れの速い滝芯下を避けて回り込み、水流の右側に泳いで取り付く。ここから1段目を上がる。2段目はどうしても右からは上がれず、一旦滝の落水中を左にトラバース(横に移動)して、2段目は左から上がる。始めの滝で早々に体力を使ってしまった。というか体が冷えると、登るための力がなかなか入らなくなる。
僕が苦戦しているのを見て、コンスケはおとなしく右岸を巻いてきた。裕助は泳いで滝に取り付いたものの上がれずに断念。
この後は次々に現れる小滝を、できるたけ滝芯を登り、落水を浴びながらのシャワークライム。深みでは腰まで浸かって水線遡行。楽しい、楽しすぎる。房総とは水量と標高差が違う。ここは、どんどん「登って」いる感じがする。
水に浸かった後は体が濡れて結構寒いが、それでもどんどん水に入らずにはいられない。小滝を頭から水をかぶって登るのは、この時期最高の楽しみだろう。
12時、昼飯タイム。川原に座って食べる。この時間がまたいい。自炊ならばもっと楽しいが、今日は遠征日帰りなのでコンビニ飯。裕助はカバンに縦に入れていた弁当を取り出し、何事もなかったかのように食べている。一方にずれていないのだろうか。
ここで我々が休憩中、先ほど林道で準備運動をしていた沢登りグループ3人組が追い越していった。文字通り、沢で「沢登り」をしている人を見るのは生まれて初めてである。さすが、丹沢と並ぶ沢登りのメッカ、奥多摩だ。僕らのホームグラウンド、房総の沢では、沢登りをしている人など、まずいない。今日は真夏の土曜日ということもあり、各沢には結構人が入っているのかもしれない。
「こんにちは〜」
「こんにちは」
とそれぞれに挨拶をする。
僕は、好奇心丸出しで、彼らの格好を見つめた。何しろ、いわゆる「沢屋さん」を見るのは初めてなのだ。彼らは、その筋の人が「沢登り」をするときにする格好をしていた。つまり、ヘルメットをかぶり、ハーネス、カラビナを装着している。きっと靴はフェルトソールの渓流シューズだろう。なるほど、その筋の人はこんな格好をするのね。僕らは必要な装備しかしない。彼らの装備は、僕には数10mの大滝を登るときの装備にしか見えない。
もっとも、沢では何が起こるか分からないから、緊急時の備えの意味もあるだろうが、あまりにも大げさに見える。
だけどさすがにヘルメットは必要だよなぁ。落石の危険は沢ならどこにでもある。こぶし大の大きさの岩でも、頭に直撃すれば生死に関わる。ヘルメットはいずれ買わねばなるまい。それ以外のハーネスやら登攀具は、10mくらいの滝なら必要ないと思う。そもそも登攀具の使い方知らんし。非常用ロープくらいかな、必要なのは。
もっとも、福岡の恐淵谷で、ヘルメットもロープも登攀具もなしに、垂直に近い斜面を登って20mの滝を巻いたときは、さすがに我ながら無謀だと思ったけど。
僕は今年から「沢登り」「沢歩き」をしているが、関連する本を読んでいると、実に違和感のある認識が満載なので、それについては別の場で語ろうと思う。こちらで。
裕助は、はじめに投入したわら製のわらじがばり滑るという。
「タビとの固定が出来てないんじゃないの?」
「いや、滑るよ」
「何だ、わらじって滑るのかよ?」
実践してみないことには何事も分からないが、わらじは沢では最高のグリップを持つというのが、本に書かれていることだ。
裕助はわらを諦め、ポリプロピレン製のわらじに履き替えた。
さて、昼飯休憩を終え、再び遡行を始める。
大きな岩が川をふさぎ、水が滝状に岩の脇を落ちている。いわゆるチョックストン滝だ。さらに倒木が重なり、この木をくぐって小滝を上がる。楽しい。
徐々にゴーロ(比較的大きな岩)の川原となる。緑の苔がついた岩が風情を出している。岩の間を清流が流れ落ちる。
そして時々大岩が川筋や川原に現れる。川筋中にある大岩では、チョックストンの滝となっている場所が何ヶ所かあった。
左上方に倉沢林道の橋が現れる。ずいぶん高いところにかかっている。つまり、それだけ谷が深いということだ。橋の下では左から鳴瀬沢という支沢が流れ込む。奥に堰堤が見える。右の本流に進む。岩がゴロゴロしている中を歩く。ここの岩は、川原の岩も水中の岩もあまり滑らないので、歩きやすい。だが時々鬼のように滑る岩がある。たいていは苔がついているためだ。
この谷で残念なのは、水辺の生物の姿があまり見られないことだ。まず魚影がない。こんなに清流なのに。釣り師のホームページにもこの谷は出てきて、岩魚と山女のポイントだと紹介されていたが、魚の姿は見えない。釣り師の姿も見えない。警戒心の強い渓流魚だからすぐに岩の奥深くに隠れてしまうのか、それとも釜が深くてよく水中の様子が見えないからか。さらに沢蟹もいない。エビもいない。カエルもほとんど見かけない。房総なら沢筋じゅうを沢蟹が這いまわり、カエルが跳ね回っているのに。ヒルがいないのはいいことだが。蝶やトンボはいる。コオロギが川原を跳ねていた。アブはやはりどこにでもいる。
僕にとっての沢登りの大きな楽しみの一つは、沢の生物を観察することなので、その点ではこの沢は若干残念だ。
だが、見慣れないものを見ることもある。水流中を四つんばいで登っていると、時々手に川虫がついている。渓流釣りのエサを探すのに、川原の石をひっくり返すと見つかる、カゲロウやカワゲラの幼虫である。しばらく見ていると、ヒョコヒョコと僕の指を歩く。これは楽しい。川虫の発見は、やっぱりここに渓流魚がいる証ではないかと思わせる。
岩と岩の間に、巨大なメクラグモ系の生物がいる。でかい。
後半は次から次へと滝・釜が現れる。午後2時を過ぎると、水を浴びすぎたせいか、かなり身体は冷えてきた。14:30、目の前に現われた深い釜を持つ3m滝を前にして、3人で思案する。
「いく?」
「どーすっかー!さみーなー」
へつれる釜ではなく、滝を水線で行くには、深い釜に腰上まで入らねばならない。コンスケはさっさと巻き道を上がっていく。僕と裕助はグダグダと思案していたが、結局軟弱な巻き道を選択。身体は冷えてガタが来ている。街では34℃、35℃でも、ここ奥多摩は標高は高いし、谷に下りればそれほど陽も当たらないので、暑さはそれほどでもないのだ。そして水の冷たさ。
これが最後の滝だったら間違いなく水に突入していたが、まだ先の道のりがありそうに思えたので自重した。
この滝を巻くのは結構な高巻きで、手前から左岸の斜面をかなり上まで登った。滝を越えて再び斜面を沢に下りると目の前に4m滝。これは落水を浴びながら気持ちよく登る。
この後2〜5mの滝と釜が次々に現れ、入れるところは入り、へつるところはへつり、巻くところは巻いて登っていく。基本はもちろん、滝面に取り付いて、水流の滝登り。
最後に現れたのはかなり落ち幅と水量のある5mくらいの豪快な滝。釜も深そうだ。ここは水の勢いが激しくて滝面は登れそうにないので、近くを小さく巻こうと、右岸の岩を登ろうとするが、これが登れない。見た目には楽勝の感じなのだが、手でつかむ岩の出っ張りも足を置く岩の出っ張りもなく、取り付いても上がれないではないか。コンスケが始めにトライするもすぐに諦めて巻き道に上がる。僕と裕助も腰まで水に浸かりながら岩面に上がろうとするが、どうにもこうにも上がれない。二人で代わる代わる15分くらい奮闘したろうか、結局諦めて右岸手前の巻き道を上がる。まさに完全なる敗北(笑)。
この滝を越えると、すぐに石積みの堰堤が現れた。いつもコンクリートの平板な堰堤を見慣れているので、石積みの堰堤は新鮮だ。ここが遡行終了ポイント。堰堤の左右に開いた、人が通れる大きさの水流穴をくぐり抜け、堰堤の上流から林道に上がる。この先さらに上流には、倉沢鍾乳洞、さらに林道の魚留橋をくぐると、15mの魚留めの滝があるはずだ。16時台のバスに乗れるかもしれなかったので、魚留めの滝までは遡行せず、すぐに林道に上がり、入渓点の倉沢橋方面に歩き始めた。遡行終了は16時ちょうど。行動時間5時間30分。遊びながら歩けて、大満足の水線遡行だった。
ガイド本によると、今日のコースは水平距離が1900m(魚留橋まで)、標高差は210mを上がったことになるそうである。
倉沢谷本谷 写真集
林道を歩いて戻る。真っ直ぐな杉のような木が規則正しく植えられた植林帯のようだ。時々伐採された木が転がっている。
さっき谷から見上げた橋を渡る。谷底を見ると、深い。林道から見ると、越えてきたはずの滝々が、なんだか別物のように見える。
「あれ、あんな滝越したっけ?」
「見覚えないぞ」
正面から見るのと上から見るのでは、滝の印象は全く違うのだ。
帰りはあっという間、わずか20分ほどで倉沢橋にたどり着いた。だが、林道で着替えているうちにバスの時刻は過ぎ、というか誰もあまり気にしていなくて、バスは行ってしまった。次のバスまで1時間。それではとばかりに、バス道を歩いて下ることにする。バス停をいくつか稼ごうという意味もあったが、裕助にしてみれば、ズボンが濡れているので、歩いて乾かしたかったようだ。裕助もコンスケも、ズボンの替えは持ってきていないようで、上のTシャツだけを着替える。僕は再びフルチン。
歩きながら延々とアブにたかられる。裕助がこやつを仕留めようとペットボトルを振り回すが、そんな大味な攻撃では仕留められるはずもない。10分くらい延々とまとわりつくアブに対し裕助が徒労を続ける。
30分くらい歩いて、川乗橋のバス停に到着。朝、登山者がたくさん降りたバス停だ。バスが来るまであと20分、バス停で待つ人は5人ほど。僕らも歩くのをやめてここで待つことにする。何しろ次の17:33を逃すと、19時過ぎの最終バスまでバスは来ない。
バスに乗り、奥多摩駅に戻る。帰りは歩いたおかげで、バス代を100円も節約できた(笑)。行きが350円で、帰りは250円。
もうすぐ午後6時。駅前には、沢で見た沢屋さん3人組がいた。僕らと同じバスではなさそうだったので、当然僕らよりも早く戻っていたのだろう。その他、駅近くには普通の登山客がぞろぞろしている。
このまま電車に乗ると千葉に戻るまで飯が食えなくなるぞということで、ここで飯を食うことにする。駅の近くに食堂はあまりない。開いていた大衆食堂に入る。メニューは豊富で、味もなかなかよろしい。
今回の奥多摩・倉沢谷は、何と言っても水量が多かった。これが「日本の渓流」と聞いて普通の日本人が思い浮かべる渓相なのだろうが、普段房総で沢登りをしている我々としては、ほとんど違う世界。滝も登るに手ごろなものが多く、水に入りながら滝を越えていくという沢登りの醍醐味の一つ(!)を味わえた。水がきれいなのも上々だ。冷えはしたが泳ぐことも出来た。ただ一度ずぶ濡れになると、とたんに体力を奪われてしまって、どんどん泳ぐぜーという気になれないので、次はもう少し体冷え対策が必要だろう。
ま、とにかく楽しい充実した遡行だった。
もうすぐ沢登りシーズンも終わってしまう。夏が暑いうちに再び奥多摩を訪れたいものである。 |
2013/8/15 (Thu.)
玄関口の生物達
今週はお盆週。会社に働いていた頃は、この週は休みを取って毎年山にこもり、一人キャンプをしていた。今年は毎日が休みだから、ダラダラと過ごしている。山キャンプはやりたいが、毎週山に出かけているので、何となく計画を立てないままでいる。山の中での野営中は、はっきり言って何もしないのだが、会社生活で疲れていた頃は、それが楽しかった。日がな一日、朝から晩までラジオを聴きながら本を読む。何もしないでいい日というのは、何と贅沢な一日だろう、と思っていたが、いまや毎日がそうである。
今日は68年目の終戦の日。山の中にいない終戦の日は、これまた何年ぶりだろう。山の中にいると、テレビで見たジャングルでの過酷な戦いを思い出す。今日も千葉の最高気温は35℃近くまで上がりそうだ。
さて、今日、玄関を出たところに、セミの抜け殻が二つも転がっていた。さらによく見ると、玄関先の木の根元にもう一つ。私の実家の玄関先には、木が数本植えられている土の一角がある。この土の下にセミの幼虫が住んでいるのだろう。そして、夕暮れ、木に登り、一晩かけて羽化する。土をひっくり返してセミの幼虫を探したい衝動に駆られるが、もちろんしない。
そして、今日はさらにこの玄関先の砂地で、アリジゴクがすり鉢状の巣を作っているのを発見。しかも1個や2個ではない、数えてみると20個近くのアリジゴクの巣があるではないか。いつの間に。すり鉢を一つ一つ見ていくと、一つにアリが一匹、一つにダンゴムシが一匹落ちて、動きを止めていた。しかしこんなにたくさん巣を作っても、全員がエサにありつけるとは思えない。密集しすぎだ。もっと分散して広い範囲の獲物を狙えばいいのに、何でこんなに一つところに固まって作るのか、分からない。
このアリジゴクたちも、この玄関先でウスバカゲロウに羽化するのだろうか。
私の実家の玄関先には、木もあるし花もあるので、蝶、ハチ、アリ、ダンゴムシ、小さな羽虫類、カミキリ、トカゲなど、様々な生物がやってくる。さらにはここに住んでいる生物もいる。いい玄関だ。 |
2013/8/12 (Mon.)

亀山湖。緑色。 |

入渓点の猪峯橋 |

亀山湖から流れ出た猪ノ川。水が少な過ぎる。 ⇔ 入渓点の林道 |

入渓地点。水のない涸れ沢状態 |

巻貝 |

第一のナメ滝。ここの壺で川水浴をして涼んだ |

人工的に造られたかのような細い水路。これが結構深い |

ハヤの群れ。画面左上に写っているのが一番の大物 |

滝壺が埋まってしまった大ナメ滝。無残。水の流れもほとんどなし |

事故現場,、恐怖のツルツル斜面。ここで私は、恥ずかしいくらいに
すってんころりんした。良かった、誰も見てなくて。
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血を吸って膨れたヒル ⇔ 鮮血の惨劇 |

靴の中のヒル。オーマイガー!! ⇔ 林道の現場。靴の中に・・・。 |
桑の木沢遡行
先週から容赦ない猛暑が続いている。首都圏でも35℃前後まで上がり、さらには湿気もあるので最悪だ。
朝8時半、父と一緒に車で平和公園へ向かう。ここは公園兼墓地となっているところで、我が家の墓がある。雑巾と歯ブラシで墓を掃除し、花と線香を手向け、お参りする。お盆なので朝から墓参者が多い。
父を家まで送った後、僕は君津へ向かった。今日は小櫃川水系、亀山湖の奥にある猪ノ川の支流、桑の木沢を遡上することにする。ナメ滝に釜があるそうなので、そこで水に入って涼もうと考えたのだ。この暑さでは、何もやる気が起きない。少しでも涼しいところに行かねば。
だが結果として、なかなか散々な沢行だった。
10時過ぎに千葉を出発し、久留里の吉田屋で298弁当と飲み物を買い、国道410号から亀山ダム方面へ465号を進む。折木沢の細道に入り、折木沢橋の先の林道に車を止める。折木沢は亀山湖のボート乗り場があり、ボートで釣りを楽しむ人が湖上にちらほら見られる。亀山湖は千葉県きってのブラックバスの釣り場となっている。だが水面は異様な緑色をしている。深い湖やダム湖にありがちな濃く澄んだ緑色ではなく、浮き草を敷き詰めたようなのっぺりとした明るい緑色である。こんな色の湖でブラックバスなんか釣れるんかいな?と不思議になる。ちなみにかく言う僕は、ブラックバスを釣ったことは一度もない(笑)。東金の雄蛇ヶ池で、取り込み寸前でバラしたことが一度。あの時は落胆したなぁ。
よく見ると、ここには普通のボートだけでなく、白鳥さんもいる。ここで遊覧ボートに乗る人がいるというのか?
車は林道の、すれ違いのために一部道幅が広くなっている避難帯に停め、まず昼飯。もう12時を過ぎている。そして服を着替える。川沿いの開けた林道だったが、車が通る気配もないので、再びフルチンになって水着を履く。今日もポロシャツに水着スタイルだ。
猪峰橋という小さな鉄橋を渡り、川に降りる。入渓時間12:40。
降りたところに本流へ支流が流れ込む出合があり、その支流を遡っていく。本流の水量も少なかったが、支流には水が流れていない。涸れ沢にナメ滝があるんかいな?!と一人突っ込みしながら、石だらけの川原を歩く。歩いて5分もしないうちに一番の懸念事項が現実のものとなった。早くも山ヒルが左足首の靴下上に付着していたのである!!!
「グワーーーー!!」
僕は叫びながらもヒルをむしりとり、石で丁寧にすりつぶす。さてどうする?この先もヒル地獄かもしれない・・・。
だが僕は意を決して歩き続ける。水に入らないうちから撤退してたまるか。
数十歩歩いたらヒルがついていないか足元を確認するという、情けない遡行を続ける。しばらくするとようやく水の流れが現れる。その頃左足に二匹目を発見。再び叫びながら振り落としてすり身にする。
ヒルを避けるため、できるだけ水に入りながら歩く。その後はヒルの取り付きは収まった。
水の中をよく見ると、小さな巻貝がたくさんいた。タニシよりも細長い。何だろう?(後で調べたら、どうやら「カワニナ」という川に住む巻貝らしい)
しばらくして一つ目のナメ滝が現れる。滝下に小さな釜はあるが、それほど深くはなさそうだ。滝の上では両岸がゴルジュ状に狭くなる。崖に挟まれた谷底には、えぐられた通路のように深みが出来、そこに水が流れる。人工的に造られた水路のようなポットホール。魚の絶好の隠れ家だ。面白い造形。
ゴルジュを越えると再び谷は広くなり、さらに「大ナメ滝」と呼ばれる滝を目指して歩く。
この沢の川原は石の川原が主体だが、なぜか異様に滑る。苔がついているような感じはないのだが、滑る石が多い。不思議だ。
沢蟹、カエルはいつものように多い。オニヤンマも谷を滑空している。まだまだ小さな生物の楽園となっているのか。チクショー、ヒルさえいなければ。だがここは小櫃川水系であり、清澄山も近いため、ある程度は覚悟していたが、やはりダメか・・・。
渓相は房総の沢らしく穏やかだ。大小の石・岩がゴロゴロする川原が主体で、木々は左右の斜面に密生している。時々土砂崩れで巨大な落石や倒木が川をふさいでいるのも、他の沢と同じ。
と目の前に唐突にニホンジカが現われた。木々が覆いかぶさってちょっと暗くなっている谷底に、鹿が下りてきていたのだ。僕の25mほど前、谷の鹿は、僕を見つけると驚いてすぐに右の斜面に上がっていってしまった。一瞬の邂逅。目と目が合って見つめ合う暇もなく(笑)、当然写真を撮る隙も与えずに、鹿は去っていった。
房総の山の中で初めて鹿に出会えた。足跡や糞の頻度から言えば、いつ遭遇してもおかしくないほどに痕跡は濃かったが、間近にあれほど大きな動物を見れるというのは、感動以外の何物でもない。鮮やかな明るい茶色地に白い小さな斑点。体長は1m50cmほどか。大人の鹿だ。角はなかったようだ。人など見ない山奥深くの谷で、人ではなく鹿に遭遇する。これがいいじゃないですか。
この辺りは鹿密度高いのだろうか。そうだとしたら、山ビルが多いのも頷ける。ヒルは主に鹿に吸血するのであり、鹿の分布範囲とヒルの分布範囲は一致している、との調査結果がある。
感動に浸りながら、沢をさらに遡る。ちょっとしたよどみには、ハヤの魚影が濃い。かなりの大物もいる。20cmはあるだろう。川の水量は少ないし深いところもないので、20cmというのはほとんど限界の大きさだろう。これ以上の大きさには環境から成長できないと思われる。写真を撮ろうとするが、なかなか納得のいく一枚が撮れない。水中にカメラを突っ込んで撮る手法を今度考えよう。ちなみに、いつも使っているコンパクトカメラは長崎で地面に落として故障したため現在修理中で、今日はスリランカで買った別のコンパクトデジカメで撮っている。
歩きはじめて1時間も経たない13:30、目的の大ナメ滝に到達。しかし、ガーーーーン!!
何と、滝下にあるはずの、水をたたえた深い釜が、跡形もなくなってしまっているのだ!!滝壺は、石と倒木で埋め尽くされ、全く水がない。何ということだ。これじゃぁ、水中涼みができないじゃないか!!
呆然と滝を眺める。ナメの斜面を滑り落ちる水の流れもほとんどない。渇水状態なのだ。山でもこのところほとんど雨は降っていないだろう。
とりあえずこのナメ滝を登ってみる。30mほどの長さで斜面がナメ滝となっている。と、斜面の途中で、ツルっと滑ってしたたかにひじを岩に打ちつけ、さらにカメラをも岩に打ちつけ、制御が全く利かずに5mほど背中で斜面を滑落した。斜面の途中で何とか止まる。ひじをすりむいて血が流れ、カメラはレンズが出た状態で打ち付けたためレンズ部が曲がってしまって、収納されないではないか。何とか手で曲がりを修正すると、元通りになった。一枚撮ってみる。壊れてはいないようだ。身体の方も、ひじから出血した以外は、何ともなさそうだ。
それにしても沢でこれだけ派手にコケたのは初めてだ。下を見ると、ナメの岩上に苔がついてツルツルなのだ。足を滑らせながら、滝の斜面の端に移動し、生えている草を掴んでやっと一息つく。恐ろしい。それほど斜度のないナメ滝なので、甘く見ていたがとんでもない。ナメ滝は滑るということを、この日イヤというほど思い知らされた。まさに「ナメ滝=滑滝」である。
このまま下りたら完全なる敗北なので、木と草を掴みながら、慎重に斜面の端を登る。だが端の方も滑りに滑る。何とか斜滝の最上部には立った。水はほとんど流れていないのにこんなに滑るとは。上がってみて、滝は下る方が難しいということを初めて思い出す。ましてやこんなに滑る滝ならなおさらだ。下るのも一苦労だった。もう一度滑ってコケる。命からがら滝下にたどり着く。靴のせいか?いや、こんな苔ツルツルの場所では、フェルトソールの渓流靴でも無理じゃなかろうか。一度試してみたい。だけど渓流シューズは高い上に耐久性もないから、沢シーンでよほどのグリップをもたらすのでなければあまり買いたくないんだよねー。金も稼いでないし。
こうして散々な遡行をここで打ち切る。さらに先に行く気力はもう既になくなっていた。ヒルはいるし、コケて出血するし、この先は深い淵も期待できないとあっては、遡上を続けるモチベーションはゼロ。
川を下降し始めた。派手にコケたおかげで、ポロシャツも水着も頭に巻いていたタオルも手足も泥と苔でドロドロだ。川の中で洗う。そして始めのナメ滝にたどり着き、ここの小さな淵で腰まで水に浸かって涼を取る。目の前のナメ滝を見ながらようやく落ち着く。やっと目的の一つは達した。猛暑の中の涼。誰もいない静かな谷で、物言わず水に浸かる僕(笑)。
このひと時と、鹿との遭遇以外は散々な沢行だったな、今日は。
入渓地点に戻る前、洗って首にかけていたタオルを何気なく広げてみる。背筋が凍りつく。ギャーーー、ヒルが一匹タオルにくっついている!!
みたび大声を上げてこやつを殺害する。体中にヒルがくっついているのではないかと、身体をまさぐってみるが背中についていても発見できないだろう。ついてないことを祈ることしか出来ない。無力だ。それにしてもヒル野郎の機動力にはまたしても愕然とさせられる。なぜあんな数cmしかないナメクジ野郎が、人間の動きについてこれるのだ??いつどうやってタオルに取り付いたのだろう?
スタンドバイミーのような巨大ヒルではないが、奴が股間で血を吸っていたら、それこそパニックどころか、気が狂うだろうな。スタンドバイミーの子供達の苦悩が、我が身で現実に起こっている。いや、25年くらい前に僕たちが初めて小櫃川を源流まで登ったときに、すでにスタンドバイミーの経験をしていたっけ。
川を上がり、林道に置いた車のところに戻り着いたのが15:20。今日の行動時間はわずか2時間40分。だがいろんなことがあった。
すぐに靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。いましたいました、忌々しいヒル野郎が。右足の靴の中に一匹、左足の足首上に一匹。左の奴はどうやってか、靴下をかいくぐって皮膚にがっちりと吸血していて、むしりとると傷口から血が流れる。吸血したヒルはぷっくりと膨れている。本当に気分が悪い。血をたらふく吸って丸々と太っているのだ。どこかで、一度腹いっぱい吸血したヒルはそれだけで2年間も生きられるという記事を見たことがある。ちくしょう。近くの石ですりつぶすと、またまた鮮血が飛び出し、辺りは血に染まった(笑)。ただ、今日は5匹ほどのヒルに取り付かれたとはいえ、吸血されたのはこの一匹のみだった。
そして右足の方。コイツは靴の奥の方に逃げ込み、取り出すのに持久戦となる。30分後にようやく靴の中からこいつを取り出し、コンクリートの地面に放つ。コイツには血を吸われてはいない。ヒルはコンクリートの地面に投げ出され、しばらく様子をうかがうようにじっとしていたが、すぐに猛スピードで移動し始めた。自分の置かれた環境を認識したのだろう。何しろ夏の日で焼け付いたアスファルト地面である。道路に出たミミズのように干からびてしまう死の危険を感じたに違いない。人間がサハラ砂漠に裸で投げ出されたようなものか。
移動するヒルの速いことに驚愕する。尺取虫の動きだが、猛烈なスピードで移動可能なのだ。とにかくよく伸びる。尻というのか、頭と逆の方をいっぱいに伸ばして着地、そして一気に身体を縮めて、頭側を尻側に引き付ける。それを猛スピードで繰り返す。普通の大きさが1.5cmだとすると、伸びたときの長さは、多分4cmくらいにはなるのではなかろうか。計測はしなかったのでよく分からないが、1分間で1m、いや下手すると1.5mくらいは移動可能かもしれない。
だが、移動しても移動しても、アスファルトの灼熱砂漠は終わらない。目に見えてヒルは弱ってきた。動きが緩慢になってきたのだ。15分ほどすると、ほとんど動かなくなり、やがて、動きを止めた。さすがのヒルも水が一滴もないアスファルト上ではそう長くは生存できないか。我ながら残酷な殺生をしたものだ。
驚速の山ヒル生態映像
服を着替え、ズボンを着替え、脱いだポロシャツや水着を、念入りにヒルチェックする。身体にヒルがついてやしないか、大いなる不安に襲われる。がどうやら大丈夫そうだ。
靴や服にヒルが付着したまま街に持って帰ってきてしまったらそりゃ大変だ。家の庭でヒルが大繁殖したりしたら、悪夢だ。もうその家には住みたくなくなるかもしれない。まさに房総の外来種問題。 やはり夏の清澄山系、小櫃川水系には近づくものじゃない。
ヒルに悩まされ、滝で転倒し、鹿に遭遇した一日。要するに、何か行動を起こせば、嫌なことが起こるかもしれないが、いいことだって起こり得る。ヒルの驚速移動も見れたじゃないか。行動あるのみ、ポジティブシンキング(笑)。 |
2013/8/5 (Mon.)

増間ダム |

林道 |

前惣引きの滝 |

くもの巣に捕らえられたセミ |

薬研の滝 |

上段が乙女の滝、下段がかろうどの滝(らしい) |

乙女の滝 |

この小滝の上に乙坊の滝がかかっている |

乙坊の滝 |

乙坊の滝の先はゴーロの谷で堰堤が現れる |
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坊滝の滝面。この画面中にカエルが何匹いるか、分かりますか? |
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おたまじゃくしの大群 |

地面に落ちたセミたち |
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沢山不動尊 |
増間七滝 登攀
今日は南房総市へ遠征する。南房総市を流れ館山湾に注ぐ平久里川の支流、増間川には、増間七滝という滝がかかっている。今日はこれを登ってみようという趣向である。
朝8時半に千葉を車で出発、国道16号、127号を南下し、例によって例のごとく、上総湊のスーパー「吉田屋」には10時過ぎに着く。298弁当とポカリ500ml(98円)、おーいお茶500ml(69円)を買い込む。いつもの通り激安だ。
県道88号を南下、サルの動物園、高宕山自然動物園の前を通り過ぎ、さらに南下する。すると途中凄まじい山道となる。車一台しか通れない道幅の山道がクネクネと山を登り、降りる。郡界尾根を通り越しているのだ。山を越えると、県道258号を左折。南房総市三芳村増間。かなり山深いところだが、優しい感じの風景だ。山あいの田んぼがそう感じさせるのだろうか。
しばらく走り、増間ダムへの入り口、林道増間線に左折する。ここは、大日山登山口でもあり、増間七滝遊歩道の入り口でもある。増間七滝遊歩道と言っても、実際に林道から谷に下りる道が付けられているのは、坊滝と前惣引きの滝だけである。
狭い林道を上がってゆく。道路には緑の栗がたくさん落ちている。道は途中未舗装となるが、車1台分の道幅はあり、脱輪等の危険は感じない。対向車が来たら結構きついが、全く来ない。すぐに増間ダムが現れる。ダムとしては小さめの規模だ。人気はない。
林道を10分くらい上がると、坊滝への分岐道となり、この先は車両通行禁止となっていたので、ここのちょっとした平地に車を寄せて止める。結構山を登ってきたが、それほど鬱蒼とした山とは感じない。空では真夏の太陽が雲に見え隠れしている。
増間七滝というのは、平久里川の支流、増間川のさらに支流、増間ダム上流部とその支流にかかる計7つの滝を指す。最後の坊滝は落差33mとも25mとも言われる(本によって落差が違う)大滝で、そこまでに数m〜10mほどの高さの滝が連続してかかっている。今日は沢を登りがてら、これらの滝を登ってみることにする。
南房総は遠いので、3時間もかかり、到着は11時半。よってすぐに昼飯にする。弁当をバックパックに水平に入れるのが難しいことは今まで嫌というほど経験済なので、弁当を食ってから出発する方が賢明だ。まして今日はシャワークライム(滝水を浴びながらの登攀)もある予定なので、できるだけ荷物は少なくしたい。
昼食後、着替え。今日は新たなスタイル、水着での遡行を試す(笑)。なぜか。先月福岡県の恐淵谷で、釜が深いために水に入らずに、軟弱にも巻いてしまった苦い思い出が忘れられないからだ(詳しくは九州旅行記で)。ガンガン水の中を行くスタイルでないとダメだと悟ったわけである。上はポロシャツ、下は水着。これならいくら水をかぶっても水に入っても問題ない。水着は半ズボンだが、今日は道なき道を行く薮こぎはないので問題ないはずだ。
誰もいない山の中でフルチンになって着替える(笑)。アブが飛び回っており、いきなり足に取り付かれたが、それ以降はたかられなかったので助かった。ここのアブはおとなしいようだ。アブが見境なく人間の肌に取り付くところでは、生きた心地はしない。
小さなシジミ蝶が人懐っこくまとわりついてくる。アブと蝶とで何と対応の違うことか。
デイパックの中のものを、防水のため冷凍用のチャックつきフリーザーパックに二重に入れる。持ち物はタバコやビデオカメラなど小点数。
靴を履き替え、頭にバンダナのようにタオルを巻いて遡行準備完了。
林道を少し戻ると、矢印があり、七つ滝の表示がある。@番、A番の「前惣引きの滝」、「後惣引きの滝」は、支流にかかっている。前惣引きの滝には下りる道がついているのでそれを伝って川原に下りる。12:15。木々に覆われた流れは小さい。木々のおかげで谷底は暗い。
前惣引きの滝は落差9m。斜度も急でなく、足場もありそうなので簡単に登れそうだが、今日は本流の滝を登るのが主目的なので滝の前まで来たところで逆の下流に進む。川原は石の川原で、割と大きな石が多く、いわゆるゴーロだ。水の流れは細い。途中両岸が崖のようになっていたり、林道側が人口の護岸となっていたりで、暗くて細い渓が続く。これといった特徴もなく、水量が少なくて暗いので、沢歩きの爽快感がない。
30分くらい下っても本流の出合いにぶつからない。そして小さな橋にぶつかってしまう。
(あれ、ここからは降りられないじゃん。おかしいぞ)
慌てて『ちば滝めぐり』を開く。本によれば、本流との出合いは、前惣引きの滝から下流にわずか50mのところだという。
(ええええーっ、そんな流れ込みはなかったはずだが・・・・)
僕は慌てて川を元来た方向に遡る。すると、前惣引きから少し降りたところに、大きな石がなだれ込んでいる出合いがあった。水がほとんど流れ込んでいないので、まさかこれが本流の流れ込みだとは思わなかったのだ。だが場所的にこれが本流らしい。無駄な沢歩きで1時間をロスしてしまった。トホホ。
平久里川の本流に入り、石を乗り越えていく。水がほとんど流れていない。さらに、沢は倒木と土砂や石で完全に塞がれてしまっている。
(こんなところを行くんかいな???)
巻き道も厳しそうなので、この倒木の中に突っ込んでいく。ほとんど薮漕ぎだ。今日は薮漕ぎはなかったはずなのに。くもの巣に次々に突っ込む。あまりにもくもの巣が多いので、途中から木の枝を目の前で振り回しながら進む。そんな場所をいくつか越すと、水が涸れてしまった。
(えええええ、この先には滝があるんじゃないの???)
20mほど先で水がまた現れた。ここから水が砂の地面に浸み込むように消えてしまっている。一部伏流となっているようだ。それにしてもこんな水の少なさで滝など落ちているのだろうか?と疑心暗鬼となる。
だがその先、水量はまずまず回復した。時々現れる小さな淀みには、結構な大物ハヤがうじゃうじゃしている。そしてこないだ見た白っぽいヒゲのある魚も再度確認。

乙坊の滝を直下から見上げる |

坊滝 |
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ゴルジュ状に両岸がいきなり迫って谷が狭くなった先に、B番目の滝「薬研の滝」がかかっていた。赤みがかった岩壁に水が落ちている。淵からは滝面に木が立てかけられている。上を見上げると狭まった崖の間を木々が覆い、空は小さい。淵は深くなく、斜度もそこそこで足場もあり、軽く登り切る。
苔むした石の川原を遡る。枯れ枝に無数のくもが巣を張っている。
お次はC番「かろうどの滝」のはずだが、どうやらD乙女の滝の下段にある小さな滝がそれらしい。
上段にD乙女の滝がかかっている。落差5〜7mくらいだろうか。木が滝壺から斜めに滝の右上に向かって渡されている。これを登るのも苦労はない。赤くテカった滝面を直登。
その先に、難関のE乙坊の滝が待ち構える。小滝の上、えぐれた狭い岩溝に垂直に近い水流が落ちている。落差は5m程度か。
左右の壁に両手両足を突っ張って登るしかないな、と滝を見上げていたが、何と滝の左側の岩に鎖が垂れているではないか。これを使えば登るのは簡単だった。頭の上から落水を浴びる。気持ちいい。これぞ夏の醍醐味。
乙坊の滝を登りきると、二つの堰堤を越える。今までの滝を登るよりも、一つ目の堰堤を越える方が大変だった。右側から巻くのだが、斜面は崖がもろく、すぐに崩れるような足場のうえに斜度がキツイ。一歩一歩足場を確かめ、ちょっとした潅木や草をつかみながら慎重に上がり、トラバース(横に移動)する。
二つ目の堰堤には登るための取っ手がついていたのでこれを使って越える。これを越えるとすぐに七滝の大将、F坊滝が立ちはだかる。15:35。今までの滝とはスケールが違う。33m。名前からも分かる通り、この滝ではその昔大日山閻魔寺の僧侶が水垢離(みずごり)の修行を行ったそうである。
この坊滝も登れないか、トライする。ヘルメットもない状態での高い滝の登攀は、良い子のみんな、大人のみんなも真似しないでね(笑)。腿まである滝壺を歩いて滝に取り付く。だが滝の下面はツルツルに滑るし足場もない。たくさんのカエルが滝の壁に取り付いて休憩しているが、彼らのうちの何匹かも滑ってズルズルと下に落ちている。カエルでも取り付けない壁を人間が登れるかいな!!スパイダーマンかっ!!
再び滝前の川原で滝を見上げ、登攀ルートを思案する。よく見ると、滝の下段に左下から右上に向かう斜めの岩溝がある。これは十分に足場になりそうだ。これを伝っていってみるか。だが、石溝の終わる手前には、壁から草が生えだしており、ここから先に行けるかが分からない。そこを越えられれば、滝の右側の斜面をカエルのように四つんばいで登れるかもしれない。
岩溝上に足を置き、慎重に横歩きする。手のホールドに苦心する。手でつかめるような岩のでっぱりがないし、滝面の岩は苔でヌルヌルと滑る。ジリジリとトラバースし、草が生えているところに到達。草を越えてその先の斜面に立たねばならないが、この草を越えるのが難しい。滝壺に落ちる気なら大胆なこともできるが、丸腰なので結局ここで断念。次に来るときは仲間とヘルメットをかぶってこよう。この草を越えるには準備が必要だ。
坊滝の滝壺にはおたまじゃくしが異様に多い。黒い丸が川底に敷き詰められている感じで、はっきり言って気持ち悪い。カエルの成体も多い。カエル天国だ。
緑色の小さくて細い尺取虫(長さ1.5cmほど)が肌の上を這っていた。僕は本能的にすぐこやつを振り落としてしまったが、もっと良く観察すればよかった。実のところ肌の上で尺を取っていたので、パッと見でヒルかと思ったのだ。緑色なので違うと分かったのだが、手の動きは止まらなかった。落とした先を探してみたが見つからず。
肌の上に直接何かが止まると、この上なくビビるものである。特にアブやハチ系の昆虫が止まった時だ。というかアブの類はとにかく人体に止まってくるので、そこでいつ刺されるか分からない恐怖から、ビビるのである。これが地肌の上直接ではなく、服の上とかズボンの上だったら、結構余裕をかませられるものである。
16:25、川から林道に上がる。坊滝には遊歩道から見学用の通路が造られており、すぐに林道に上がれる。上流部に太鼓橋があり、その先には大日山への登山道が階段になって上がっている。登山道と逆方向に、「村の滝 No9 冷水の滝
200m」という手書きで書きなぐったような表示板がある。しかし、その方向には、以前は道があったようだが、もはや草ぼうぼうで道が分からないので、行くのを自重する。坊滝のさらに上流部の滝のようだ。それにしても、No9となっているが、8番目の滝はどこにあるのかしら?
大日山に登るのは別の日にまた来るとして、林道を下る。車を停めた場所までは、歩いてすぐだった。確かに、今日はほとんど沢を歩いていない。結局今日登った滝は4つのみ。楽しかったものの、不完全燃焼だ。
車の脇で着替える。すると、オニヤンマが恐るべき羽音とともに現れる。この日はこの夏初めて、オニヤンマに何度も遭遇した。この山沢にはオニヤンマが多い。森の王者。というよりも化け物。まさに鬼。体長はどいつもこいつも15cmくらいある。オニヤンマってこんなに巨大だったっけ?真っ黒な胴体に鮮やかな黄色い縞。中には産卵前なのだろうか、胴の先端、尻の部分が2cmほどくの字に折れ曲がっている個体もいる。オニヤンマにかかれば、他のトンボはもちろん、ハチやアブまでもがまるでちっぽけな小虫に思える。その羽音は、尋常じゃない。そもそも、トンボで羽音が聞こえるというのも異常だが、ハチやアブの高いブーンという羽音とは全く違う。低くブワーンという何というのか、遠くのヘリコプターみたいな音をさせる。そして威嚇。いや攻撃。僕を挟んで水平に行ったり来たりしていたオニヤンマが、突然上空からきりもみで超高速急降下し、すごい音をさせて僕に体当たりでもしそうな勢いで肌をかすめていったのだ。その時の羽音は、それはもう恐ろしいものだった。ブワーーーーとこの世のものとは思えない音とともに奴は僕を急襲した。
「うわぁぁっ!!」
僕は恥ずかしながら森の中で大声を上げ、全身に鳥肌が立った。そして、オニヤンマの僕に対する明確な敵意を感じ取った。「人間がトンボに襲われる」の巻。あの大あごで咬まれたら痛いぞ、きっと。オニヤンマには咬まれたことないけど。きっとオニヤンマには縄張りみたいなものがあるのだろう。それとも産卵直前とかで気が立っているのか。
昆虫が発明した彼らの「複眼」に、人間という生物はどのように映っているのだろうか。人間でも熊でも、縄張り内に入ったら動くものはすべて攻撃対象になるのだろうか。
この森でも地面からセミが飛び上がったり、地面に落ちたりしている。地上での短い生活を終えようとしているセミたちの、最後の生の奔出である。川原でも石の間に死に際のセミが飛び込んで、その動きを止めようとしていた。とにかくこの時期は天寿を全うしたセミが、地面で最後の叫び声を上げる。生のサイクル。
時間がまだあるので、長沢の沢山(さわやま)不動尊に行ってみることにする。車で林道増間線を下り、285号に出て西に7,8分行くと、沢山不動に上がる細い道がある。小さな長沢の集落を横目に、沢山不動の手前まで上がる。ここに駐車場とトイレがある。17:55。車を停めて谷に下りる。小さな沢も長沢という名前で、ここにも棒滝、不動滝など、「七ツ滝」と呼ばれる滝群がある。遊歩道が整備されているので歩き回ってみる。やはり沢の水量は少ない。滝もいくつかあったが、いい雰囲気ではあるが、迫力はない。棒滝はかなり落差があるようだが、もう谷底はかなり暗く、落ち口の方がよく見えない。明るいときに登りに来よう。
沢山不動にお参りする。ここは安房地方を長年支配した里見氏(『里見八犬伝』の里見氏)に縁の深いお堂とのこと。ほとんど参拝者はいないようだ。本堂入り口に置いてあった「雑記帳」を開いてみた。この沢山不動を管理する数名の村のグループが設置したようで、1ページ目、7月14日に管理人の文章が書かれていて、その後8月5日の今日まで誰も書いていない。そりゃそうだよなぁ、こんな山奥に来る人いないもんなぁ、と思いながら、僕はひそかに雑記帳記入者第1号になることを喜び、ノートに文字を記した。「気づいたことや感想、要望を書いてください」というから、「七ツ滝の場所がよく分からないから、表示板を設置したらどうか」「雰囲気のいい社で気に入りました」とか記入して署名した。僕の次の人が記入するのは、一体いつになることやら。
もうすっかり日が暮れた。18時30分。タバコを一服し、19時前に千葉への帰路に着く。帰りは国道410号で北上することにする。行きに使った県道88号は、細くて折れ曲がっているので時間がかかるだろうと読んだのだ。
途中、峯岡山系と群界尾根という、東西に延びる二つの山地を突き抜けねばならない。まずは峯岡山系が、真っ暗になる直前の青い空に、その黒々とした屏風のような姿を東西方向に横たえているのが目に入ってくる。
峯岡山系を過ぎると見慣れた風景となる。群界尾根に突入。清和県民の森、三島湖を過ぎればあとは平地である。久留里を過ぎる。
帰りは2時間ちょっとで走破。千葉着21時過ぎ。
真夏はもっと水を浴びる遡行をしたい。房総の沢は水が少ない。となれば、次に目指すのは、丹沢や奥多摩ということになろう。
夏はあっという間に通り過ぎてゆく。 |
2013/8/2(Fri.)
セミ
今日の夜、ベランダにいたセミが、窓を開けた拍子に部屋に飛び込んできた。照明の紐に止まってじっとしている。
なぜ奴はベランダにいたのか?もう死に際なのだ。
僕は紐に止まっているセミを何とかしてまた外に出さねばと思い、ビニール袋で捕獲しようとした。飛び立ったセミは僕の部屋の床に落ちて、動きを止めた。もう自由自在に動く力は残っていない。僕はビニール袋の中にセミを入れ、外に放してやった。
さらに、車の中に飛び込んできたこともある。僕の車はエアコンが効かないため、夏は窓を全開にして走るのだが、夜、セミが運転席側の窓から突っ込んできた。その後は車の中のどこかでじっとしていたようだが、運転する僕は気が気ではなかった。駐車場に帰ってきて、ドアを開けた際にセミも飛び出たらしく、事なきを得たが。
いたるところで、セミが最後の生を搾り出している。鳴き尽くし、そして交尾を終えたセミは、死に際、制御できなくなったように不規則に飛び、地面に落ちる。そこで虫の息ながらも、再びビーッと短く鳴いて飛び立とうとするがすぐに地面に落ちる。力が残っていないのだ。僕の2階の部屋のベランダにも、そんなセミがよくやってくる。道にもよくセミが落ちている。死んでいるのもいれば、まだ動いているものもいる。
そうやってセミは一生を終える。長い長い地中での雌伏のときを経て、地上に這い出して羽化し、とにかく地上では鳴き倒す。鳴いて鳴いて鳴きまくる。ちなみに、鳴くのはオスだけで、メスを呼ぶためだそうである。
アブラゼミの場合、幼虫時の地中で6年間、成虫になった地上でわずか1週間といわれる。だが実際には、1週間というのは誤りで、成虫で1ヶ月くらい生きるものもいるそうである。セミは、トータルでは、昆虫としてはかなり長生きな生物である。
しかし、大人になった後は、太く、短く、うるさく生きるのだ。
セミはとてもグロテスクな外観をしている。バッタが仮面ライダーなら、セミはバルタン星人。顔も、羽も、背中も腹もかなり思い切った造形をしている。どう見ても自由に空を飛ぶための羽には見えないが、彼らはそれが生きる目的じゃないのだろう。
鹿児島で、虫かごを持った少年が、僕に自慢げに捕らえたセミとトカゲ(カナヘビ)を見せつけてきた。子供の頃というのは、グロテスクだろうが何だろうが、昆虫という、小さくて不思議な形をした動くものを捕まえるのが、至上の喜びだったよなぁ、と思い出した。大人になった今、子供に捕らえられた虫たちを見ると、「かわいそう」と思ってしまうのだが、子供はそうやって生と死を学んでいくものだ、と思う。
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