2013/7/16(Tue.)〜7/30(Tue)
九州旅行
長くなるのでこちらで。 |
2013/7/14(Sun.)

なんすか、これは。 |
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急し滝の最上部、あともう少し |

地図を広げて現在位置確認と尾根に上がる場所の目星をつける |

巨大蟹 ⇔ 巨大蟹を発見した3人 |

初見の魚さん ⇔ ハヤ |

涸れ沢を登る ⇔ 沢がもう埋まっちゃってる |

靴を履き替える |

急登開始 |

高宕観音下の不動像。石段がキツイ・・・。 |

高宕観音で昼飯 |
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山の中のテーマパーク ⇔ レストラン喫茶 |

ウサギさん ⇔ ポニー君 |
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表通りから狭い通路を入って奥の奥にあるラーメン屋 |

「きたな美味い店」のトロフィー |
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高宕川遡行〜高宕山登山
今日はコンスケ、裕助、石坂、僕の4人で、高宕川から高宕山まで沢通しに登ることにする。前回僕が大雨の中泊まりでやろうとしたルートだ。
朝7時半に千葉を出発。天気は曇り。近くのコンビニに寄ると、大勢のサイクリスト達が出発前の打ち合わせを行っていた。スポーツサイクルもかなり裾野が広がってきたようである。
上総湊の吉田屋は、何と日曜は8時半開店。その他の日は9時開店なのだが、今日は早くから開いていて、8時半過ぎだというのにもうお客さんで溢れている。無事に298弁当とペットボトル飲料を買い込む。今日は暑くなりそうな上に山行があるので、水分はいつもより多く携行せねばなるまい。
高溝集落の奥まで入る。僕が来たときと同様、林道入り口はパイロンが塞ぎ、通行止めになっている。車をどこに止めようか思案していると、一人のおじさんが近づいてきた。
「おはようございます」
「この先行くのか?」
「はい、車をどこに止めようか考えていたところです」
「だったら、この先まで入っていいよ。ここに停められると困るからさ」
「そうですか、ありがとうございます」
ここには「駐車禁止」の表示があるので、僕は少し後戻りした避難帯に車を止めたのだが、このおじさん(おそらくすぐそこの高溝集落の一番奥の住人だろう)の許可をもらい、先まで車を進める。素掘りのトンネルの手前まで突っ込み、脇にあるちょっとした平地に車を止める。
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涸れ沢から尾根に上がるルートを探す |
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いよいよ出発。トンネルを越えて林道を歩くとすぐに沢に下りる。いきなりとうもろこし風の何というのか、気味悪い実が僕らを迎える。こないだの三間川でも見たが、いかにもまずそうだ。
9:25入渓。水は程よく冷たい。空には晴れ間が出てきた。
前回と同じく、すぐに黒滝に到達、そして急し滝。急し滝は滝に設置されているロープを使わずに登ろうと試みるが、滑るため途中で断念。もっとグリップする靴ならわけないのだが。他の3人も、ズルズルと滑り断念。みんなスポーツサンダルか普通の運動靴なのだから無理もないか。
急し滝を登り切ると、後は割りと穏やかな渓相だ。僕が遡行したときの雨中の暗さに比べると、今日は明るくて秘境感が薄れている。
手に小さくて細い多足動物が付着しているのを発見。体長1cmほど。はじめヒルかと思ったが細かい足がたくさんあり、何かの幼虫か、ムカデ・ヤスデ系の生物か?ゴカイの幼生みたいな。ありゃ海だけど。
途中、膝上まである水の中でコンスケが転倒し、かなりずぶ濡れとなる。
巨大な沢蟹を発見。足の先から足の先まで横幅20cmはあろうかという大物だ。足も身体も茶色で硬い鎧のような身ぐるみ。そういえば七ツ釜渓谷でも川原に巨大な蟹の死骸が裏返しになっていたが、それと同種だろうか。色からしてもいつも見ている小さな沢蟹とは明らかに別種と思われるが、それとも何万匹に1匹くらいの割合でここまで巨大に成長するのだろうか。裕助が石坂をけしかけて捕まえようとするが、逃げ足は速い。
そしてお次はナマズのようなひげを持った魚を発見。体長は15cmほど。これまで、ハヤか、メダカかクチボソのような小さな魚しか見なかったが、この魚は初見だ。頭が大きめで始めはハゼかカジカみたいに見えたが、ひげがあった。
かなり上流まで遡行してきた。支沢の涸れ沢が流れ込んでいる位置で休憩。2万5千分の1地図を広げ、コンパスを見ながら今自分達がどの辺りにいるのかを確認する。三郡山〜高宕山〜石射太郎の主尾根にどこから上がるか?これが今日最大の課題である。地図の地形を見ながら、どこから尾根に上がるべきかを4人で検討する。急な崖は登れないので、なるたけ緩そうな斜度のルートを考える。
さらに遡行を続ける。目星をつけていた崖を通り過ぎると、再び涸れ沢が右岸から流れ込んでいる。場所的にはこの辺りから上がればいい塩梅なはずだ。僕らはここから尾根に上がることを決意する。11:35。遡行開始から2時間10分。
しばらくこの涸れ沢を進む。少し上がると水は完全に干上がっている。滝の跡を登る。直登。水はないが割りと斜度があるので登り応えがある。
15分も進むと沢には土砂や倒木がなだれ込んでおり、沢通しに進むのが困難となる。巻き上がりながら進む。そして沢がもう詰められないほど障害物が多くなる。どこから尾根に上がるか?見上げると沢の右側も左側も主尾根から延びている枝尾根のようだ。方角的に右側に上がることを選択。いよいよ尾根への急坂を登るときが来た。靴を履き替える。急斜面に取り付き、登り始める。12:15。
下は土や枯葉で滑る。できるだけ斜度を減らすため、ジグザグに登る。木を頼りに5分も登ると、枝尾根にたどり着く。休憩。今回はベボが不参加なので、代わりに石坂のスマホがここで登場。電波が入ったのでGPSで現在地を確認する。「関東ふれあいの道」は近い。
ここから尾根伝いにさらに東に登る。ついに主尾根の「関東ふれあいの道」にぶち当たった。今回は割とあっさりと到達できたが、山中で人が作った道に出会ったときのこの安堵感は計り知れない。表示板なんか出てこようものなら大変だ。
さて、あとはこの登山道を南に歩いて高宕山に登るだけだ。だが高宕観音手前の登り坂と石段がとてつもなく辛い。石段を上がると、朽ちかけた一対の狛犬と一対の不動像が建っていて、さらに石段が続く。息を切らしながらゼーゼーいって登り、ようやく高宕観音に到着。ここで晴れて昼飯。13時。観音堂の中で弁当を広げようとしたところで別の方から登山者が上がってきたので、堂の脇に設けられた通路に移動して食べる。スズメバチが飛んでいる。怖ぇ。
ザックを開けると、始め水平に入れたはずのトンカツ弁当が横になっており、ご飯とトンカツが完全に片方に寄ってしまっていた。トホホ。小型デイパックに弁当を水平に入れるのは至難の業だ。
昼食をし一服。コンスケはさっきの転倒でタバコが水浸しになってしまったので僕のを分けてあげる。
ここまでにかなり体力を消耗したので、僕とコンスケは、「高宕山まで登らずにここから帰り道にしてもいいんじゃない?」という軟弱な意見で一致していたが、裕助がなぜか元気で、「いや、ここまで来たからには山頂まで登ろう」と主張したので、さらに高宕山まで歩を進める。
高宕山山頂に立つ。13:35。ここからの景色は前に書いた通り素晴らしい。だが元気だった裕助の顔がいきなり青ざめる。
「怖い、高いよここ」
そう、裕助は高所恐怖症なのだ。足がすくんでしまって座り込んでいる。
山頂で大変なことを発見する。ここに祭られていた地蔵さん(権現本尊?)がなくなっているのだ。何ということだ。今月7月1日に僕がここに来たときには確かにあった。誰かが盗んだのだろうか。それとも地震でどこかに落ちてしまったのか。それともどこかで移動祈願でもされているのか???分からん。大いなる謎だ、
こうして行きの行程を完遂し、僕らは山を降り始めた。カップルか夫婦の登山者が登ってくる。今日は日曜、しかも明日までの3連休とあって結構登山者がいる。もちろん、僕らのように沢を詰めて稜線まで上がってきた人は誰もいないだろう。
高宕観音を再び通り、今度は登山道を北へ向かう。尾根の縦走だ。標高は徐々に低下しているので、基本は下り坂。そして石射太郎の登り口で道が分岐していて、僕らは「関東ふれあいの道」の本道には進まずに、「宇藤原」という手書きの表示の道に入る。実はここで僕らは方向的に考えてさらに別にある分岐道に入ろうとしていたのだが、ここで携帯の電波が入ったので、念のために過去同じようなルートで山行した人のホームページをチェックしたら、間違った道を行こうとしていることが分かったのだ。あやうくさらに余計な体力を使うところだった。14:25。
さて、あとは宇藤原へ向かって山道を下りる。ここは地図に載っていない道だが、れっきとした道が付けられている。そして30分後、宇藤原の集落のはずれに飛び出した。山道もここで終わり。あとは車を止めた高溝まで、集落の舗装道路を歩く。薄緑の田んぼと深緑の房総丘陵が鮮やかな景色だ。田んぼに隣接する家々はでかい。庭で家族総出でバーベキューをやっている家がある。一方、誰も住まなくなった廃屋がその死骸をさらす。雨がぱらついてくる。
車にたどり着いたのは15時30分。今日の行動時間は6時間10分。川3時間、山3時間。尾根登りから高宕山山頂までが特に体力的にはきつかったが、山も川も堪能できた一日だった。
車で帰途につく。途中自販機コーナーに水場があり、湧き水を引いているのか、ずっと水が水道から出続けている。試しに飲んでみたが、とにかく冷たくて美味い。今日のような暑い日には最高だ。すると親子連れが車でやってきて、2リットルのペットボトル10本くらい、次から次へとこの水を汲んでいる。おかあさん、汲みすぎじゃない?と思うが、まそのためにタダでこうやって水が出ているのだから、いくら汲んでもいいのだろう。きっと、それだけ汲みたくなるくらいに美味い水なのだ。というかそんなに汲むのならもっとでかいポリタンクとか持ってくればいいのに、と心の中で突っ込む。
さて車は運転手コンスケの言うなりで右に左にと進む。どっかクーラーのきいた涼しいところでお茶しようぜということになり、山道を走りながら喫茶店を探す。がまあ当然ながら山の中なのでなかなかそんな気のきいたものは見つからない。と突然、道端に「やきそば」だの「ラーメン」というのぼりが現れる。でよく見ると、広場にポニーとかウサギが飼われている怪しいテーマランド(笑)ではないか。そして広場の奥に「ソフトクリーム」と「ラーメン」の表示のあるレストラン喫茶がある。僕らは吸い込まれるようにこの不思議な空間に足を踏み入れた。
ポニーは僕らが近づくと、緩慢な動作でこちらに鼻面を向けてきた。元気がない。いや、ポニーとは大人しい動物なのでこれが普通なのだろうか。そしてウサギはかごの中で3匹がグッタリしている。ウサギマイスターの石坂が指摘する。
「あれかわいそうだよ、こんな炎天下に置いとくなんて。死んじゃうよ」
確かに日差しを遮るもののない広場の真ん中にかごは置いてある。子供達がこれらの動物と気軽に触れ合えるように、との計らいなんだろうけど、動物達の方はこの状況を歓迎していているようには見えない。
眼鏡にヒゲ、エプロン姿の怪しいオジサンの人形が入り口に置いてあるレストランに入ってみる。広い土間のような感じでテーブルが並べられている。一応飲み物から食べ物まで、一通りのメニューがある。さらに土地のお土産を売っている。牛乳キャンディとかラー油きくらげとか。扇風機のみが回っていてクーラーはないが、裏庭に通ずる扉が全開放されていて風が入り、全然暑くはない。
ここで僕はメロンフロートを頼む。懐かしい飲み物だ。今時の喫茶店にはないメニューではなかろうか。昔渋谷の喫茶店でバイトしていた頃を思い出す。コーヒーフロートとメロンフロート。別に昔よく飲んでたというわけでは全くありませんが。そういえばメロンソーダの缶ジュースはこないだ安自販機で100円で売っていたけど。
裕助と石坂はビール。コンスケはソフトクリーム。
こんなところなのに、結構客が入ってくる。みんな始めはポニーとかが目に入って物珍しさで引き寄せられているのに違いない。とすればここのオーナーの狙いは的中だ。動物達は虐げられているような感じでかわいそうだが。
その後、久留里へ。今日は久留里夏祭りをやっている。久留里駅前のロータリーが出店広場と化し、多くの人で賑わっている。さらに横の広場には各地区の山車が4台並べられていて壮観だ。そして神輿が街のメインストリート、国道410号を練り歩く。外から見に来ている見物客は多くないが、きっと祭りなんていうのは、その土地の人たち自身が盛り上がり、楽しみ、地域の伝統や絆を再確認するためのものであろう。現に、神輿を担ぐ人、それを見る家族たち、老いも若きも、皆大いに楽しげだ。子供が神輿の担ぎ棒の上に座って、懸命にしがみついている。祭りの季節。
僕らは腹が減ったので何か食べることにする。石坂がスマホで路地裏ラーメンを探す。コンスケが久留里名物、路地裏ラーメン屋があることを知っていたのだ。果たして、どう見ても入り口には見えない、シャッターが1枚だけ開いたような狭いところから入ると、暗い通路を歩いた奥の奥に、怪しいラーメン屋があった。ここでみんなでラーメンを食べる。なかなか美味い。店は祭りの人たちで繁盛している。祭りだからだけではないらしい。この店は、「汚いけど美味い」という店として以前テレビで紹介され、表彰されたことがある味自慢の店なのだ。店の壁には、フテレビ女子アナの名が入った「汚いけどおいしいお店」の認定証が飾ってある。さらに店のおばさんは、その取材のときに授与されたというけったいな人形(料理評論家の人形だろうか)を見せてくれた。
祭りを後にし、車は千葉へ向かう。もうとっぷりと日は暮れた。と車中で裕助が叫ぶ。
「墓参り!」
そうか、もう7月か・・・。僕らの中学時代の共通の友人が、22年前の7月に亡くなった。彼が死んでからはや22年。夜の墓参りに向かう。
墓のある霊園は24時間開いているらしく、いつでも墓参できる。だが夜の墓地はあまり居心地はよくない。近くのコンビニで線香を買い、霊園入り口でバケツとひしゃくを借りて彼の墓へ。誰かが墓参した後のようで、墓はこぎれいだ。
墓石に水をかけ洗い、大盤振る舞いで買った線香すべてに火をつける。墓前で手を合わせる。彼は自分の命を燃やし尽くせたのだろうか?といつもの問いが頭に浮かぶ。誰にも答える術はない。
もう夜9時だ。車はようやく千葉市若葉区へ戻る。さらに蛍を見ようということになり、例の蛍スポットへ繰り出すが、今日はほとんど見えない。2,3匹だけ。もう蛍の季節も終わりだろうか。
こうして充実した一日が終わった。 |
2013/7/12(Fri.)

夕暮れ、多摩川 (矢口渡付近) |
ハローワークの自販機
僕は毎週一度はハローワークに行って求人情報を検索しているのだが、このハローワークにある飲料自動販売機がいい。なんと、缶コーヒー・缶ジュースが80円、500mlのペットボトルが110円という安さなのだ。通常より30円〜40円安い。
普通、自動販売機というのはほぼ定額料金だと思うが、時々訳の分からない安売り自販機がある。ここの自販機が安いのは、仕事のない人たちに、せめてジュースくらいは割安で買えるように、という行政の思いやりなのだろうか。杓子定規なことが多い日本で、ここにこういう自販機があるというのはなかなかよろしい。ここのところ猛暑が続いているので、毎日でも買いに来たいくらいだ。 |
2013/7/8(Mon.)
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開墾場の滝 |

滝の落口が川廻しのトンネル |
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トンネルの上流側から滝の落口方向 ⇔ 上流側の大崖 |
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川底に不思議な影を作るアメンボ |
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林道下の四角い川トンネル。下流側が滝となっている |
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三間川(さんまがわ)遡行
毎週月曜日は山に行く日だ(笑)。今日は小糸川支流の三間川を遡上する。
昨日からいきなり梅雨が明けて真夏がやって来た。今日も朝から天気がいい。暑くなりそうだ。天気予報によれば、千葉では34℃くらいまで上がりそうだ。
家を出るとき、玄関でゴマダラカミキリを見つける。ゴマダラカミキリは、ガンダムでいえばグフだ。となるとザクはシロスジカミキリか?ザクあってのグフ。とまぁ戯れ言はこのくらいにして、8時半に車で出発。
朝のBGMはFMナック5のモナカ。
久留里のスーパー「吉田屋」には10時着。ここで例のごとく298円弁当とお茶のペットボトルを買い、410号で三島湖へ。
三島湖畔には閉鎖した国民宿舎が炎天下で白い虚構をさらしている。
三島湖は釣りが売りらしく、途中釣り屋さんが何軒かある。ワカサギという文字が見える。ボート乗り場が何ヶ所かある。炎天下に静まり返った朝の三島湖の湖上には誰もいない。
赤い橋を渡り、2本のトンネルを過ぎると奥米地区、旧太郎の集落。ここに車を止めて沢に下りる。人のホームページによれば下りる道は私有地らしく、農園を生業とした農家のようだ。住宅前の道路際に犬小屋。ここの犬が吼えかけてくる。道の端を通ってやり過ごそうとするが、鎖が長く、道の反対側まで届きそうな勢いで迫られてビビる。私有地ならばこの対応も仕方なしか。
その下ではおばさんが何かを焼いていた。「こんにちは」と挨拶をしたがこちらをチラッと見ただけで無言。私有地だから快く思ってないのか。
犬とおばさんの難関を越えると、今度は高圧電線の張られた農場に出くわす。ここはサルか鹿か、動物よけの電線柵で農地が囲まれている。柵の外側の細道を歩く。下から早速滝の音がしてくる。雑木林があるので沢はよく見えないが、木越しに大きな滝が落ちているのが見える。早くも「開墾場の滝」との出会いである。
真っ直ぐな杉が植林された道を下りると三間川だ。「さんまがわ」とはけったいな名前だが、三間もいくと山に突き当たって蛇行するところから名づけられたとか。
沢靴に履き替える。先回の鹿野川でスポーツサンダルが壊れたので、先日東京靴流通センターで、「アクアシュー」なる靴を買って、今日が初沢である。アクアシューと言ってもたいそうな物ではなく、普通の運動靴に水抜き穴がついているだけの靴だ。2970円。
水の中を歩いてみる。ま、問題なさそうだ。入渓時刻11:05。沢は澄んで、穏やかな流れ。深さは20cmほど。
上流に向かって歩き始めて10分もしないうちに、ザーッという音とともに、開墾場の滝にぶつかる。滝は川右岸から落ちている。でかい。水量もまずまずだ。本によると落差は8m。茶色に深く澄んだ滝壺があり、深さ3mもあるらしい。
そして落口を眺めると、トンネル。そう、ここも川廻しで作った滝なのである。トンネルの向こうの林が滝下からでも見える。
直進方向にある川廻しされたかつての本流には、もう水の流れはない。確かに川廻しが有効となっている。この蛇行したかつての本流部は、農地や牧場として開墾されたのだろうか。少なくとも今見るとその面影はなく、ただの涸れ沢のように見える。
さて、いよいよ開墾場の滝越えだ。滝を目の前にすると、壁は垂直じゃないかと思えるほど急。向かって左側にロープが垂れている。上部トンネル脇の木にくくりつけられているようだ。だがこのロープは下まで届いていないので、まずこの高さ3mほどまで来ているロープに取り付くのに、フリークライムを余儀なくされる。足がかりがないのでちょっと躊躇するが、何とかロープをつかむ。ここから数歩上がると、今度は本格的にステップが見つからない。落水をかぶりながら足がかりを探すが、見つからないので断念。仕方なくロープを離して滝面左側の急斜面の藪に入って数m登る。藪の中で奇妙な植物を見つける。丸い葉の真ん中に、ブルーベリーのような実をつけているのだ。見た目としてはちょうど舌にピアスをした感じである。
この藪をそのまま登っても上部トンネルには降り立てない。トンネルの上に行ってしまうのだ。よって再び滝面に戻り、最後の3mくらいはロープをつかんで滝の壁に何となくついたステップを頼りに登り切った。トンネルに立つ。滝の落口から下を覗き込む。登るのに若干苦労したので、達成感がある。山頂に立ったときの気分。
トンネルはかなり大きい。高宕川の急し滝に匹敵する大きさ。滝下から見るとトンネルの上半分しか見えないためかまぼこ型の半円形に見えたが、反対側から見るとこのトンネルは丸くくりぬかれている。トンネル反対側、上流はトンネルを出て左。トンネルを出て右は、川廻しをする前のかつての本流部となるが、やはり水の流れはなく、水はすべてこのトンネルから滝に落ちている。そしてこちらも蛇行部(かつての本流部)が農地等のために開拓された気配はない。「開墾場の滝」は名ばかりか。
このトンネルは切り立った崖に掘られている。上を見上げると高い崖の上に木々が茂っている。トンネル上の川は、トンネル滝側から見て左に蛇行するので、右岸がとてつもない切り立った崖となっているわけである。高さは50mくらいはあろうか。地図を見たら、等高線4本分で40m。
しばらく行くと左岸の壁に小さな穴があいている。人がやっと一人は入れるくらいの大きさだが、何のための穴だろう?
アメンボが不思議な影を川底に作りながらスイスイと川面を滑っている。今まであまり記述してなかったかもしれないが、房総の沢にはアメンボも非常に多い。影を見ると、奴らはまるでかんじきのようなものを履いて水面を滑っているのだ。これは何の影だろうか?水面を歩くための油か?
12時を過ぎたので、川原で昼飯にする。いつもの吉田屋の298円とんかつ弁当。美味い。今日は暑いのでお茶をガブガブ。
川床は基本ナメ状で平坦だ。おたまじゃくしが多い。沢蟹も多い。沢蟹は人間の姿を見るとみんな一目散に横歩きして川原とか川底の石の下に隠れるのだが、ここでは時々勇敢な奴らがいて、僕に向かってはさみを振り上げて威嚇してきた。沢蟹界の腕自慢か。
平坦な川床が時々深くえぐれ、ハヤの絶好の住処となっている。1mから2mと、かなり深いところもある。どのようにこのようなポットホールが形成されるのか、興味深い。
この谷は両岸もしくは片岸が切り立った崖になっている部分が多い。
蝶が神経質そうに川岸を飛び回っている。あるところを中心に、8の字状にせわしなく飛ぶ。蝶は、普通はこっちからあっちへと、ひらひら風に任せたような不規則なルートを描きながら飛び去ってしまうが、このように何かを探すように同じところをずっと飛び回ることがある。どこかに着地したがっているのだ。僕は息を殺してその様子を見守る。数分して、ようやく蝶は地面に降りた。飛びながら、着地点に目星をつけていたのだろう。水際から数10cmの岩の斜面。産卵するのだろうか?蝶はしばらくじっとしていたが、時々腹から先を震わせる。羽は閉じたまま。5分くらいずっとその調子。近くの水中浅いところを、なぜかミミズが這っている。おいおい、そんなところにいると、色んな捕食者の標的になるよ?
結局蝶はいつまでも留まり続けている。僕はそっと立ち去る。
左から沢が流入している。見た目は明らかに支沢的で、右の本流に比べ川幅も水量も少ない。だがこちらにも滝があるとのことで、しばらくこの左俣に入って遡上する。いきなり両岸が切り立った崖になり、川幅が一気に狭まる。久々のゴルジュだ。そして2mの滝が一つ、さらにその先に9mの滝。房総らしく、黒い岩に水が流れ落ちる。いずれの滝下にも小さいながら釜が丸くえぐられ、澄んだ水を湛えている。
再び本流に戻る。分岐点には小さな小屋がある。水道水として川の水を汲み上げるための揚水関係の施設だろう。途中、川底には水道管を敷設したところが道のように付けられていた。
四角いトンネルが現れる。その手前が小さな滝となっている。ここはトンネルの上が林道となっていて、トンネル先、上流側の階段から林道に上がれる。四角いトンネルは結構長く、途中で真っ暗で足元が見えなくなる。ポットホールにはまらないように慎重に進む。
トンネルを抜けると、左岸に前述した階段と、揚水設備がある。ここから水道水を引いているのだろう。
さらに上流へ歩く。渓相は変わらず、穏やかなナメが基本で、木々が沢に覆いかぶさる。そして時折右岸か左岸が崖となり切り立った壁となる。
カゲロウをよく見かける。薄羽や黒羽。
蛇2匹と遭遇。1匹目は直径1cmくらいの割りと細くて短いタイプ。頭の下に赤い輪(のように見えた)があるのが特徴。黒っぽい胴体に、首下に赤い一筋のインパクト。細い蛇は動きが鋭い。するするとすごい速さでくねり去っていった。
2匹目は川に転がっている石の下でうねうねしていたマムシ。太さ、長さからして結構な大物だ。僕が横を通りかかるとグネグネと石の下に逃げ込んでその後は出てこなかった。昔養老渓谷辺りでヤマカガシが泳いでいるのを見たが、やはりマムシも川辺に出てくるのだな。川の近くには大好物のカエルがたくさんいるもんなぁ。
堰堤が現れる。その先はのっぺりとしたほとんど流れのない川相だったので、ここで遡上をやめることにする。15時45分。
四角いトンネルまで戻り、コンクリートの階段から林道へ上がる。ここからは林道を歩いて入渓地点に戻る。靴を履き換えているといきなりパトカーが通り過ぎる。こんなところで怪しい格好をしているので、職質されないかとビビリながらやり過ごす。人気もなし、他にほとんど車の通行もないのに、こんな山奥でパトロールだろうか。
林道三間線は結構立派で、時々2車線になる。途中、林道の看板に、「ここでラリーやその他競技をすることを禁止します」と書かれている。林道をバイクで走る奴は結構いるらしいが、ラリーする奴もいるのか。あろうことかバイクで沢まで降りるやつもいる(実際に5月のキンダン川で見かけた)が、きっと頭がどうかしているのだろう。
山太郎の集落を過ぎれば車を置いた旧太郎の集落だ。赤、黒、茶色の、針のような毛を身体に密集させた毛虫が、道の上に死んだようにじっとしている。
一度車まで戻り、再び沢へ降りる。本来なら今朝行っておけばよかったのだが、開墾場の滝の下流部にもナメ滝があるそうなので、そこまで行ってみることにする。再び犬に吼えかけられ、襲われかかるが何とか突破する。
沢に入り、開墾場の滝と反対の下流に進む。川幅一杯のナメ滝がいくつか現れる。階段状に削られた岩を水が滑り落ちる。本当の階段のようで不思議だ。まさに渓谷の造形美。そして滝下には必ず深い淵がある。これは今まで歩いてきた房総の沢ではなかった深さだ。真夏の風呂に最適だ。水中眼鏡をつけて潜れば、ハヤが逃げ惑うことだろう。
日も翳ってきたので、今日の遡行はこれまでとする。入渓地点に戻り、川から上がる。18時15分。今日の行動時間は計7時間強。
靴を履き替えようとして、とんでもないものを足首に発見。始めは木屑か何かが足についたと思っていたのだが、何やら蠢いている。
山ビルだ!!!
体長は1cmほどと小型だったが、がっちりと僕の足首に吸着していた。僕は慌ててコイツをむしりとり、川原の石ですりつぶす。すると膨れたヒルの体から鮮血が飛び散る(大げさですが)。石が赤く染まるほど僕は吸血されていたのだ。こんなちっぽけなナメクジ野郎に。
今日の遡行最後の最後に嫌なものを見てしまった。ここにもヒルはいたか。だけど2013年5月以降、フィールドワークの結果として、山ビルの生息は、清澄山系付近が一番多く、離れるにしたがって少なくなることが明確だ。小櫃川水系の七里川、キンダン川は多数生息(ただし、5月上旬にはまだ活動は活発化しておらず、ある特定の場所以外ではほとんど見かけず)。一方、房総半島西寄りの湊川水系の川(相川、高宕川、志組川)周辺では全く遭遇しなかったし、小糸川支流の鹿野川でも見なかった。八郎塚〜高宕山の山中でもゼロ。で今日は奥米渓谷で、同じ小糸川の支流でももっと東寄りで、今まで遡行した川では清澄山系に距離的に近い。だけど、7時間も活動して、発見したのは小物がわずか1匹。概ね問題はないレベルだろう。もっとも、僕の活動は沢遡行が中心で、山の中はまた違うのかもしれないが、ただ山ビルは川や川原を歩いているときにいつの間にか吸着しているので、川周辺に生息していることは間違いない。
それにしてもヒルはいつ遭遇してもビビる。
こいつらを気づかぬうちに自宅まで連れて来てしまったら大変だ。血を吸われまくった後に例えばデジカメのバッテリー交換をするときにバッテリーと一緒にデジカメ内に入ってしまって、バッテリーをカチッとセットするときに潰したら、デジカメ内部が血だらけになるだろう。ただの妄想ですが。
午後6時半、車で帰路につく。山奥の奥米地区。途中、もう使われなくなった公民館のような建物が建っている。房総の山深く入ると、たいてい廃屋を見かける。
ナック5で『暦の上ではディセンバー』が流れる。初めてまともに聞いたが、面白い。『あまちゃん』の劇中で主要部分を何度か聞いていたが、間奏部のシンセのメロディーが依存症になる。
さすがに今日は暑かった。房総の沢は標高が低いので、夏は暑い。渓流の涼しさを求めるにはちと辛い。これからの真夏は、沢歩きに「淵で泳ぐ」を取り入れた遡行がよろしかろう。 |
2013/7/3(Wed.)
外国語使いすぎのNHKが提訴された
先日のニュース。ある年配の人が、NHKの放送において外国語が濫用されるため放送内容などが理解できず、精神的な苦痛を被ったとしてNHKを訴えた。公共放送たるNHKは、日本人万人が分かる言葉での放送をすべきとの趣旨だ。始めこの人は是正要望書的なものをNHKに送りつけたらしいが回答がないので提訴に踏み切ったという。BSコンシェルジュとかプレミアムシネマとか、確かに今流行りなのか、メディアにおいてそれらしい外国語が多用される傾向は年々強まっている気がする。
僕が常日頃指摘している(?)、メディアにおける「外国語崇拝主義」だ。このニュースを聞いて、やっぱそうだよねー、と思ったのは僕だけだろうか。日本人は識字率は高いし、結構な教育を受けているが、年配の方にとっては意味の分からない外国語が濫用され、自分だけが理解できないまま置いていかれる状況は許しがたい、と憤っても不思議ない。放送メディアの第一義が、「すべての視聴者に放送内容を理解してもらうこと」だとすれば、この指摘はもっともなものといわざるを得ない。
もっと日本語を大切にした方がいいと思いますよ。英語が出来ないと国際人になれないとか言うけど、日本語が正しく話せての外国語。言葉よりも何よりも、「国際人」とは、まず日本人としてのアイデンティティをしっかり持っていることが前提。あれ、アイデンティティは英語か(笑)。日本語としては「固有性」とか「個性」でしょうか。ならば日本語を正しく理解しないと国際人にはなれない。だって、言葉は文化でしょ。日本語=日本文化なわけで、日本語を理解することは日本文化を理解すること、それがすなわち日本人の固有性ということでしょう。
日本語がもっと国際語になればいいんだけどね。日本語教師は世界中でがんばっていますが、悲しいかな、外国人が日本語を学ぶ動機は、僕の知るところではほとんどが「日本のアニメや歌を理解したい」(具体例はこちら)。ま、スタートはそこからでいいとは思いますが。 |
2013/7/2(Tue.)
メーカーの最悪対応
僕はソニー製品が好きで、持っているAV製品の多くがソニーであるが、その修理対応は、目に余るほどひどい。この上なくひどい。圧倒的にひどい。全くユーザーのことを考えていない。顧客満足ゼロ対応とはこのことだ。横暴で利己的。しかもその製品は壊れやすいときている。壊れやすいのに修理対応がなってない。もうこの会社も先がないな、と本当に思う。今後この会社の製品を買うことは二度とないだろう。
さて、その憎むべき事例を具体的に説明していこう。
1.デジカメ(その1)
今年3月に退職する際に会社の人たちから餞別でもらったミラーレス一眼の電源が、今日入らなくなった。昨日は山歩きで存分に使ったのだが、昨晩から今日にかけて充電した後、今朝電源が入らないのだ。昨日まで全く普通に使えていたのに。ソニー修理窓口に電話したところ、この機種は「持ち込み修理対応」となる、とのこと。どこに持っていけばいいのか聞いたら、千葉には修理拠点がないから、東京の銀座か品川か新宿に持ってきてほしいとのこと。
「そこまでの交通費は出ますか?」(出ないと分かっていながらあえて聞く)
「お客様、申し訳ございません」
お前、バカも休み休み言えよ?あんたらの製品が使用始めてわずか3ヶ月で壊れたというのに、どうして往復2000円以上かけて東京まで持っていかなならんのよ?人を馬鹿にしている。もう一つのオプションとして、自宅引き取りも可能だが、送料は客持ちで、往復で1680円かかるとのこと。全く話にならない。僕は応対した男に、「なぜ金を払って修理しなければならないのや?まだ3ヶ月しか経ってないんやぞ!」と声を荒げたが、向こうは「申し訳ございません」の一点張り。怒り心頭に発した僕は、修理を最寄のヨドバシカメラに依頼することにした。ここならタダだ。
※7月12日後記;
ヨドバシカメラ経由で修理が完了し、7月12日に引き取りに行った。不具合は充電不良で、原因はバッテリー。バッテリーを無償交換したそうだ。バッテリーですか・・・・。これ以上はもう言うまい。
2.デジカメ(その2)
2010年6月に南部アフリカを旅行した際、ジンバブエのビクトリアの滝で、滝壺から吹き上がる雨のような水にやられて、持っていたソニーのデジカメが故障してしまったので、南アフリカのケープタウンでやむなくソニーのコンパクトデジカメを購入した。帰国後、2011年にこの液晶画面が一部おかしくなった。まだ買ってから1年以内だったので、修理窓口に電話したら、保証を受けるには、購入先に依頼してほしい、と言われた。南アフリカで購入した製品を日本で修理する場合、保証期間内でも有償対応になる、という。
はあ???お前何言ってんの、南アフリカに送れって言うのか?ソニーって日本のメーカーですよね?
僕は開いた口が塞がらなかった。日本で修理対応できるのに、保証期間内の無償修理は購入した場所でしかできないと言う。ほとんど常軌を逸したルールである。何がグローバル企業だ。
しかも、1年以内に壊れてるんだよ?期待を込めて購入した製品が早々に壊れてしまったときのユーザーの気持ち、あんたら考えたことあるかい?
結局見積もりは無料だったので一応見積もりに出して、1万円以上かかるという結果だったので、直さないことにした。誠意のない対応とはこのことだ。ユーザーを馬鹿にするのもいいかげんにしてほしい。
3.パソコン
1年半ほど前、2003年に買ったノートパソコンの電源が突然切れてしまう現象が頻発した。CPUを冷やす冷却ファンが異様に音を立てて回り続け、パソコン本体もファンの周辺が妙に熱くなっていたので、冷却不良かと思われた。ソニーの修理窓口に電話したら、「お客様のパソコンは、修理部品保持期間の7年を過ぎておりますので、修理対応はいたしかねます」というではないか。でよくよく聞くと、この現象の原因は、基板等に埃が溜まって冷却効率が低下している可能性あり、クリーニングすれば改善するかも、とのことなので、僕は言った。
「じゃあ、クリーニングをお願いします。代替部品はないかもしれんけど、クリーニングならできるでしょ?」
「お客様、申し訳ございません、その対応もできかねます」
「なぜ?」
「お客様のパソコンは、修理対応期間を過ぎておりますので、申し訳ございません」
「じゃぁ、俺が自分でやるからやり方教えてよ」
「お客様申し訳ございません、それも対応いたしかねます。ご自分でやられて故障しても当社は責任を負いかねます」
「だったらどうすんだよ、まだ使えるパソコンを捨てて新しいのを買えって言うのかよ?」
「・・・・」
本当にムカつく。他メーカと同様、ソニーも「環境に配慮する企業」とか言って、リサイクル可能な材料を使ったエコ製品とか、エコダンボールとかやってるみたいだけど、全く自己矛盾している。同じ製品を末永く使うのが一番のエコでしょ?まだ使える製品を修理する術がないっていうのは、はっきり言ってメーカーの傲慢だ。結局早く古い製品を捨てて新しい製品を買ってもらいたいだけじゃないか。元々環境負荷低減とメーカーの売上増というのは、完全に相反する事象なのである。環境負荷低減のためには、10年も20年も30年も使用できる製品を作ること、そして壊れても使い続けられるようなサービス体制を確立すること、じゃないか。
これはパソコン関連の製品の修理対応においては普通なのかもしれんが、パソコンほど環境負荷を増大させている製品もあるまい。大手ソフトメーカは、OSのサービス終了とかで、有無を言わさずバージョンアップを強いるし、ソフトウェアのサービス対応も、10年以内に終了してしまう。もうそのパソコンを使うなってことかよ?本当に横暴としか言いようがない。モノを大切にする僕としては(笑)、まだ使えるモノがそういうメーカの都合でもう使えなくなってしまうことにとてつもない怒りを感じる。僕は、車だろうがテレビだろうがTシャツだろうがカバンだろうが靴だろうが、壊れるまで使い倒すのを信条として生きている。ソニーの対応は、僕を激怒させて止まない。
ちなみに、僕は今でもこのノートパソコンを使っている。今年で10年だ。電源切れの頻発は特に何をしたわけでもないのだが収まった。だが相変わらず冷却ファンはすごい勢いで回りまくっている。 |
2013/7/1(Mon.)

八郎塚登山口 |

登山中に急激な下りが相次ぐ |
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八郎塚山頂。展望なし |
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高宕山山頂 |

高宕山山頂の青龍権現と水をたたえた鉄鍋 |

高宕山山頂から見る房総の山並み (西方面 ⇔ 東京湾方面) |

高宕観音の観音堂。岩を削って建てられている |
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高宕大滝 |
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高宕山・八郎塚登山
今日は趣向を変え、山に登ることにする。今まで遡行した、志組川、高宕川、鹿野川の源流部となっている、高宕山と八郎塚に登る。高宕山は標高330m、八郎塚は342m。
8時半に千葉を出発。久留里の吉田屋で弁当とお茶を買いこみ、三島神社へ。鹿野川を遡上したときに拠点とした怒田沢(ぬたざわ)集落に再び車を止める。ここに、林道高宕線の終点がある。ここから歩き始める。午前11時過ぎ。
来る途中にちょっと雨がぱらつき、おいおいまたかよーと一瞬呆然としたが、今は雨は降っていない。今日の天気予報は曇りのち晴れだ。
しばらく舗装された林道を歩くと、素掘りのトンネルの手前に八郎塚登山道入り口がある。ここから登山道に入る。看板地図には「イノシシ出没」の注意が。怖ぇ。奴らは真っ直ぐに突進してくるイメージ。猪突猛進というやつだ。青森の下北半島で僕の車の目の前を直線的に横切ったイノシシを思い出す。
杉系の真っ直ぐな人工林の中を歩く。
アップダウンが激しい。普通登山といえば、ジリジリと登っていって時々急坂があり、それの繰り返し、というところが多い。っていうか、尾根縦走なんかじゃない普通の登山は、山頂まで基本的に道は上り坂なはずだがだが、ここは登ったら一気に急降下する、それの繰り返し。ちょっと下ってまた登り、という感じではない。延々と本格的に急坂を下がるのだ。侵食された谷を何度も越えている感じだろうか。房総半島を形成する地盤は柔らかく、過去何万年にも渡って侵食が進み、沢筋が縦横に走り、谷は深い。
累計踏破標高差は、山の高さの2倍くらいになるんじゃないかと思わせる。これじゃぁ登山しているのか下山しているのか分からない。
時々展望が開ける場所を通る。緑の山の連なりが見渡せる。「金つるし」と呼ばれる休憩所を過ぎる。休憩はしない。というか僕は結構写真を撮りながら歩くので、常に休憩している形で、正式な休憩など必要ない。
切断された木材が、苔に覆われて転がっている。そのうちの一つに、矢印と「ヌタサ」のカタカナが彫られている。誰かが「怒田沢こちら」の案内を彫ったのだ。
八郎塚山頂までは、最後心臓破りの急坂を上り、やっとのことでたどり着く。ゼーゼーと息が切れる。12時半。歩き始めてからおよそ2時間半。
ここは山頂だが、木々に囲まれ、「山頂」のイメージはない。展望は全くないのだ。エネルギーが尽きたので、昼食にする。吉田屋のとんかつ弁当298円とお茶69円。今日は500mlの伊藤園おーいお茶ペットボトルが69円といつに増して激安価格だった。
僕が弁当を食べていると、近くで蜂が僕を監視するようにホバリングしている。右斜め上1mほどのところで飛びながら静止し、羽音をブーンと響かせている。どうやら縄張りに入ってきた僕を威嚇しているようだ。
(もうすぐ食べ終わるから待ってくれよ)
と独りごち、食べ終わった弁当がらをカバンにしまう。お茶を飲みながら一服し、再出発。
山頂の表示からちょっと先に、小さな祠が建っている。
ここから再び道はアップダウンを繰り返す。
奥畑集落方面へ下る分岐を通り過ぎ、さらに進むと八郎塚から郡界尾根に向かう関東ふれあいの道に出る。これを南に向かえば郡界尾根の三郡山方面、北が高宕山、石射太郎方面である。高宕山へ向かう。
時々気味悪い巨大キノコが単独で生えている。その一つは、こぶし大の大きさで、脳味噌のようなしわ模様のグロテスクな茶色の傘を誇示している。
カエルも結構見かける。彼らは、山の中を跳び回っている。山の中だからか、茶色やグレー系の色をしている。
高宕山の直下に再び分岐が現れ、山頂への道と石射太郎方面と大滝コースの3方の表示がある。高宕山山頂へ向かう。あと300m。はしご場が2箇所あり、それを登り切ると狭い頂上に到達。人が5人くらい入ったら一杯になるほどの狭さだが、そこからの光景は、まごうことなく素晴らしい絶景である。
360度、見渡す限りの樹海。緑に埋め尽くされた房総の低い山並みが延々と続く。今まで毎週のように深い森の下にえぐられた谷底を歩き、高い空に突き上げる梢を見上げてきたが、今日はそれを上から見下ろしている。今まで世界中で色んなものを見てきた僕でも、この景色に驚愕し、他に誰もいないので、思わず「ウオォー」と声を上げてしまった(笑)。わずか標高330mの山頂でこんな視界が広がっていようとは。この眺望の素晴らしさは、山の価値が高さで決まるのではないことを僕らに教えてくれる。この眺望をもってすれば、「千葉の名峰」と言っても決して過言ではない。「日本百名山」になぜこの高宕山が入っていないのかが不思議だ(笑)。やはり世界遺産だの日本百名山(二百?三百?)だの百名城だの百名水だの百名瀑だの百名湯だのというのは、あまり意味のないものだということが再認識できる。他にも素晴らしいものはいくらでもあるのに、それだけを崇め奉る風潮がいかに馬鹿げているか。何で100に限定するのか?観光業界人の策士の仕業か。「肩書」というものに盲目的に弱い人間の性(さが)を巧みに利用している。自然物や人工物の「優劣」なんて、何を基準に決めるのよ?そんなの誰かの勝手な主観に過ぎない。まぁ、旅のきっかけを与えてくれる、という点では否定するものではありませんがね。
いずれにせよ、侮るなかれ、房総の山。
南西方向の果てには鋸山。そこから西に視線を移すと浦賀水道の灰色の海が、さらにその先に三浦半島の陸地が見える。海の手前には上総湊の街だろうか、盆地状の土地に緑が途切れて、点のような建物が集まっている。
高いところに来れば遮るものがない限り、世界を上から目線で独り占め。これが山頂に立つ醍醐味なのだろう。
残念ながら雲が多いので海の向こうに富士山は見えない。世界遺産に登録された富士山は今日から山開きで、早くも例年の何倍もの登山客で賑わっているそうである。僕が今いるこの高さの10倍以上の高さと言われてもピンとこないが。
眼下の森のいたるところから鳥の声が上がってくる。この辺りは、野鳥観察スポットでもあるそうだ。
確かに、よく見ると山々には幾筋もの尾根と谷が走っている。のっぺりとした印象のある房総丘陵だが、尾根と谷のメリハリがある。
東京スカイツリーに何千円も払って登るより、高宕山に登れと言いたい。それとこれとは話が別だといわれそうだが、タダで山頂に登れて、タダでこの絶景が見れるのだ。しかも大自然の中、日頃の運動不足は解消、空気もいいし、気分もいい。いいことづくめだ。
山頂には、宇藤原の村社青龍権現と水をたたえた鉄鍋が鎮座している。これは昔高宕観音に安置されていたが、明治初年の神仏分離によってこの山頂に移されたとのことである。
かつてこの山は雨乞いに霊験あらたかな山だったそうで、遠方からも祈願登山されたという。
山頂から降りていると、一人の割と若手の登山者とすれ違った。彼は僕が今絶叫した山頂に向かって登っていった。房総の山の中で初めて人に会った気がする。いや、志組川で釣りをしていたおじさん二人組がいたか。
さらに大滝コースと関東ふれあいの道(石射太郎方面)との分岐で、もう一人おじさんが歩いていた。彼は石射太郎方面に登っていった。僕は高宕大滝コース経由で戻ることにしていたが、その前に高宕観音を見に、石射太郎方面の道に入る。
岩をくりぬいた狭い通路をくぐると、そこが高宕観音。高宕観音は、崖を削って建設した山岳寺院である。観音堂の屋根が崖に食い込んでいるように見える。
高宕観音は、奈良時代天平15年、この地を訪れた行基が彫刻したと伝えられる。かの源頼朝が石橋山の合戦に破れこの安房の地に逃れた際も源家再興を期してここに参拝し、そのご利益により後に鎌倉幕府を開くことに成功したと言われる。ちなみに、源平の戦いで功を上げた千葉氏は、頼朝から厚い信頼を勝ち得、有力な御家人として台頭することになる。
西側に開いた観音堂からは、房総の山並みが一望できる。
この観音堂で、先ほど見かけたおじさんが休憩していた。
「こんにちは」
彼は、年恰好は50代中盤、定年間近くらいに見える。厚手の靴下に立派な登山靴を履いている。形としてはベテラン登山家のいでたちだ。
話し始めると彼の話が止まらなくなった。
仕事はもう辞めてもいいんだけど、まだ火水木の週3日間働いている。金土日月の4日間が休み。この休みを利用して、木更津に越してきてからの3年で、分県登山ガイド『千葉県の山』の46コースすべて踏破したというのだ。羨ましい生活だ。遊んでいるだけの僕と違い、仕事もあって存分に遊びもしている。
今日彼は高宕トンネルのきわに車を止め、お気に入りのコースである石射太郎周回コースを歩いているそうだ。
観音堂内部には、本尊である十一面観音像はなく、失火により西麓田原の満福寺に移されたとのこと。堂内には、天狗の面が飾られている。
僕が観音堂の写真を撮っていると、おじさんは観音様の話を始めた。話が長い割りには何を言いたいのかいまひとつよく分からなかったが、「観音像とか仏像は、今では美術品になってしまっていて、本来の仏教の教えを反映していない」的なことを言ったので、僕は、「そもそも仏陀像や観音像や菩薩像は、リマインダーとしての役割を果たしている。偶像化はそれ自体が悪ではないでしょう。つまり、庶民がそれを見ることで仏教の教えを思い出す。現代でも美術品視している人ばかりじゃないと思いますよ」と応答した。
どうもこのオジサンの宗教認識は、僕に言わせると甘い(笑)。この後イスラム教の話になったのだが、彼はこんなことを言った。
「イスラム教は宗派間の対立が激しい。宗派間で殺し合いをするのはイスラム教徒くらいじゃないか」
僕はすかさず反論する。
「そんなことないでしょう。キリスト教だって仏教だって宗派間で殺し合ってきましたよ。カトリックとプロテスタントなんて、最たるものじゃないですか。ただ、現代でも殺し合っているのは確かにイスラム教徒が目立ちますね」
彼は黙ってしまった。
まぁそもそも、キリスト教などというのは、ローマ法王自ら異教徒殺しを指示するようなとんでもない宗教なわけで、キリスト教布教のためにいままで世界中でどれだけの人々が殺されただろうか?というほどの極悪である。現代では宗教間の融和などとやっていますがね。一度でいいからローマ法王に「歴史認識」を尋ねてみたい。
自衛隊のヘリコプターが、南西から2機縦列で飛んできた。再びおじさんが話を始める。彼の話では、あのヘリは、赤外線に反応する機械を使って、上空から生物を発見する訓練をしているそうな。本当かしら。プレデターみたいな。そういえば志組川で軍用ヘリが僕の頭上を何度も行ったり来たりしていたが、あれも僕が谷底で活動しているのを監視していた、というわけか?災害時の人命救助訓練なのだろうか。
あのヘリは愛宕山の自衛隊基地から飛んできたのか?とおじさんに尋ねると、おじさんは「あそこは海上自衛隊だ」と言う。「いや、航空自衛隊でしょ」と言いかけてやめた。僕も確信はなかった。ただ、内陸の山の山頂に海軍があるとは思えない。
自衛隊基地は木更津と館山にあるので、そこから飛んできているのだろうとのこと。
こうして20分ほどこのおじさんと話し込んだ。いや、どちらかというと一方的におじさんが話し続けていたのだが、ほとぼりが冷めるとおじさんは「そろそろ行きます」といって石射太郎方面の階段を降りていった。
おじさん「また機会があれば会いましょう。」
僕「お気をつけて。」
房総の山歩きでは、人にほとんど会わないと思うので、彼は話し相手がほしかったのかもしれない。最近では山登りやハイキングをする人が増えているという話を聞いたことがある気がする、房総ではどうなのだろうか。
午後4時前。思いがけなく時間をかけてしまった。ここには30分も停滞していたことになる。
高宕大滝まではまだまだあるはずだ。僕は先ほどの分岐まで戻り、大滝コースを足早に進む。道は下りだ。ジメジメとした暗い山道となる。小さな沢を渡る。下が水びたしになっている場所もある。
35分ほど歩くと下の方からサーっと瀬音が聞こえてくる。高宕大滝へ到達。ここは林道の終点となっていて、いきなりガードレールつきの舗装された橋に出る。この下の川が小糸川支流の高宕川(※注)で、すぐ切り立った高宕大滝の滝口だ。かなりの落差がある。滝に正対するには、横の巻き道を降りていく。下から見上げる大滝は、黒光りする立派な威容だった。感じは梨沢大滝に似ている。黒いギザギザの縞が入った岩を光らせて、向かって右側に2筋の水が滑り落ちている。落差は10mくらいだろうか。
直登ルートを探すが、ダメそうだ。壁は垂直に近い。
(※注:湊川の支流の高宕川と、小糸川支流の高宕川、二つの高宕川が存在するようだ。僕が6月11日に遡行したのは、湊川支流の高宕川である)
川に降りると、川を遡行したい衝動に駆られる。大滝の下流方面は歩けそうだ。上流側は、橋を挟んで反対側にも小型の滝がある。今日はもう遅いし、沢遡行は諦める。
林道には「マダニに注意」の看板あり。ここで注意喚起しているということは、西日本だけでなくこっちでも危険があるのだと再認識する。そりゃそうだよな、マダニなんてきっとどこにでもいるんだろう。だが、マダニが媒介する感染症で死に至るとは、本気でビビらねばなるまい。
林道に、高宕大滝の説明看板と、「二十一世紀への継承遺産 高宕大滝」と書かれた角柱が立っている。
『ちば滝めぐり』によれば、15年ほど前、この滝の滝つぼは、ゴルフ場開発に伴う林道建設により、一度土砂で埋められてしまったそうである。だが「君津エースゴルフ場」の建設は頓挫し、造成工事は途中で放棄された。『ちば滝めぐり』の著者は、滝つぼが林道延長工事の土砂で埋まってしまっているのを見て、千葉県庁に抗議しに行き、役人に現場検証もさせ、何とか現状復帰し、さらには林道延長工事も中止となった。
それまで何の悪意もなく山や川に生きていた生き物達を根こそぎ消滅させる開発が、高度成長期以降ずっと続いてきた。自然破壊を食い止める運動を、僕もしていきいたいものだ。
高宕林道を怒田沢へ向けて戻る。舗装された道を歩く。いくつかのトンネルをくぐり、朝の登山道入り口の素掘りのトンネルまで戻る。
怒田沢集落に戻る道すがら、左側斜面となっている林から、ガサガサと動物が動く音がする。「キーッ、キーッ」と叫ぶ声。ニホンザルだろうか。人が住む集落の近くまで降りてきているのか。
午後6時過ぎ、車を駐車した林道入り口まで戻り着く。今日の行動時間は計7時間。八郎塚山頂までの前半が特に疲れた。『千葉県の山』によれば、今日のコースの累計標高差は、±785m。山の高さの2.3倍もの標高を登り、下ったことになる。アップダウンがいかに激しかったかを物語る。
房総では、沢登りより山登りの方が明らかにキツい。少しずつ鍛え上げていかねばなるまい。
高宕山・八郎塚写真集
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