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ミャンマー旅行記2009
5.再びヤンゴン
 
歩道橋の上からスーレーパヤーを望む(ヤンゴン)

ミャンマーの人たちは、道端の露店でお茶するのが大好き(ヤンゴン) 
 
ゲストハウスから見たスーレーパヤーと交通
 
ボージョーアウンサン市場で食料品を売るおじさん
 
独特のミャンマー文字
 
ヤンゴンの街並み
 
モヒンガー(ヤンゴン)
 
ヤンゴンの街角、露店の店員になりすました私

5月8日金曜日。
今日はインレー湖からヤンゴンに戻る。
朝6時前起床、6:25に朝食。
ホテルの横を赤紫色の袈裟を着た仏僧の列が歩いていく。托鉢だ。
7時、タクシーでホテルを出発。例の韓国人2人も一緒。8時にヘイホー空港着。空港には外国人多い。イタリア人のおばちゃん連中など。

エアバガンというミャンマーローカルの航空会社の小さな飛行機は、9:25定刻発、10:10ヤンゴン着。外に出ると死ぬほど暑い。やはりシャン高原の涼やかさとは違う。

11時過ぎにタクシーでヤンゴンのダウンタウン着。タクシー代はやっぱり高い。6000チャットと言ってきたが、5000チャットまで下げた。

ダウンタウンのメイシャンゲストハウスにチェックイン。1泊15ドルと高いが、エアコン、トイレシャワー付きである。

外は地獄の暑さだがゲストハウスのロビーは寒いほど冷房が効いている。宿の主人によると、外の気温は41℃だそう。そりゃ、おかしいわ。体温より高いって。活動に適した環境じゃない。普通は、そのあと死ぬまで来ることはないだろう海外旅行では、できるだけ外を見て回ろうと思うのだが、ここではそんなことしたら自殺行為だ。旅行で命を縮めるわけにはいかない。

今日はミャンマーの休日で、空港からのタクシーで見たのだが、シュエタゴンパヤーの周りにはたくさんの人が押し寄せていた。
ボージョーアウンサンマーケットもまたまた閉まっている。1週間前、5月1日に行ったときも閉まっていた。

昼間は、ホテルのクーラーの効いた部屋で衛星テレビのハリウッド映画を見ながら暑熱をやり過ごす。ミャンマーに来てハリウッド映画もないが、40℃以上の環境になど出られるかい!
映画の後はESPNで欧州チャンピォンズリーグ準決勝の2試合を見る。

その後、日が傾いた5時ごろようやく外に出、SUZUKIというタイレストランでチャーハンを食す。(なぜSUZUKI?)僕が知っているチャーハンの味だ。
5時半。

チャーハンを食った後、インターネットカフェに入り、ネットを見てみる。スピードが超遅い。

7時に宿に戻り、またテレビを見て、シャワーを浴びる。
ここのシャワールームにはバスタブがあり、蓋もある。お湯がよく出た。とても良い。
部屋のエアコンも止まらない。停電が多いためホテルは発電機を持っていて、停電の際は発電機を回すのだが、例えばバガンのゲストハウスでは、発電機での発電中はエアコンは動かない。発電機の容量が足りないのだ。
だがこのメイシャンゲストハウスの発電機は大容量なのだろう、停電だろうがエアコンは動いている。さすが15ドル。

ちなみにメイシャンゲストハウスの主人によると、しょっ中停電するのは、政府が電力供給を停止してしまうからだという。予め何時から何時までどの地区で停電、ということを事前通知する「計画停電」ではないのだろうか?

まだ腹痛、下痢は残っている。


5月9日土曜日。
ミャンマー旅行最終日。今晩日本に帰る。
朝8時前に起き、8時過ぎに朝食。パン、卵、バナナ、コーヒー。
ESPNではNBAプレーオフをやっているが、途中で停電でテレビが消える。

朝食後、10:30頃まで部屋でゴロゴロし、意を決してチェックアウトし、外に出る。
殺人的暑さ。11時。

ボージョーアウンサンマーケットでお土産を買う。日本語ペラペラの若者が近づいてきて、付きまとうから、仕方なく奴に色々店を案内してもらう。
買いたいものが概ね買えた。ラペットゥ、アクセサリ、竹で編んだ小物、サンダル、ロンジーなど。

チャットが6000チャット余ったので、ドルに両替する。6ドルになった。良い。
ちなみにミャンマーでは、円を両替することはほとんどできないようである。

今日も超暑い。

午後2時前くらいに、屋台でモヒンガーを食べる。ニョクマム汁というのか、魚ベースのスープが効いている。結構野菜が入っていた。といってもよく知らない野菜ばかりだが。

ヤンゴンのダウンタウンを歩く。道を間違え、暑くて死にそうになったので喫茶店に入ってオレンジジュースを飲んだ。しかし生ジュースではなく、炭酸オレンジ。トホホ。
本当にこの国にはフレッシュジュースがない。こういう暑い国には、たいていジューススタンドがあって、そこでオレンジやらパイナップルやらをその場で絞って出してくれるものだと思っていたが。
ただ、ヤンゴンにはさとうきびジューススタンドは山ほどある。

この国には新聞というものを見かけなかったが、メイシャンゲストハウス横のイスラム教徒の駄菓子屋の話では、普通の新聞は、ザ・ヴォイス(The Voice)というのが週刊だそう。欧州サッカーの結果などが載っているスポーツ新聞は、若者が売り歩いているのを頻繁に見かける。

午後3時半、ヤンゴン国際空港へタクシーで向かう。
4時半に到着。チェックイン。
空港内、ゲート近くのロビーのテレビでは、なぜかテレビ東京の『ぶらり二人旅』みたいな番組を流している。しかも音声は日本語そのままで。英語の字幕がついている。衛星放送だろうか。

金はちょうどなくなった。この旅行で、計430ドル使った。10日間の旅行で430ドルだから、安く上がった方だろう。何と言ってもミャンマーは物価が安い。

空港では、インレー湖までのタクシーをシェアしたフランス人カップルに偶然出会った。彼らはこのミャンマー旅行中、なかなか思い通りにいかないことが多かったようだ。彼らは、自分たちが払う金の対価として受け取る品物の品質やサービスの質が、低いと感じたようである。そりゃそうだ、自分の母国と比べちゃいけない。品質とかサービスの質とかをあまり気にしない、というかそういう資本主義的な考えがきっと浸透していないこの国で、そんなことを期待する方がおかしい。

「そっちはどうだった?」って聞くから、僕は、「ミャンマー、なかなか楽しかった」と彼らに言うと、彼らは意外そうな顔をした。僕に言わせたら、そんな、金のやり取りとかサービスについて、不快な思いをすることはなかった。インドやバンコクに比べれば、全く問題ない。物価も驚くほど安い。最貧国の一つであろう。だが人は旅行者に優しいし、無邪気だ。こういう国で懸念される治安もいい。スリや強盗なんかの危険を全然感じない。

このフランス人たちは見たところブルジョワ旅行者のようなので、ミャンマーで100ドルとかの宿に泊まって、それが他の途上国の100ドルホテルに比べ部屋の質とかサービスがイマイチだったのかもしれない。

ミャンマーは、軍政で鎖国している国なので、そういう中級以上のクラスのホテルで、西洋的なサービスが立ち遅れていても全く不思議でない。
今のミャンマーに西洋的な価値観を求めるのが土台無理なのである。

このフランス人たちは何が不満なのか分からん。そりゃ、破れた5ドル札をう掴まされたのは不運だったけど、それでミャンマー全体を評価することは無謀でしょう。きっといままで上品な国、というか自分の価値観が通用する国にしか旅行したことがないのかもしれない。価値観の違いを発見するのが旅行の一番の楽しさなのに。


ヤンゴン 写真集

タイ航空機は、夕方のヤンゴンをバンコクに向けて飛び立った。

<ミャンマー雑感(4)>
■ミャンマーでは、男女ともほとんどの人がサンダルを履いている。この暑さでは靴など暑くて履けるか!ということか。ミャンマー人は他国に行ったら靴を履くのだろうか。
■ミャンマーは、全く危ない感じがしない。人の無邪気さはラオスに近い。外国人スレしていないからだろうか?
■ミャンマーと聞くと、どうしても日本軍が大東亜戦争時に死闘を繰り広げた場所というイメージがある。白骨街道、インパール作戦、多数の死者がこの大地に眠っている。これは、ラオスやタイやベトナムとは異なるところだ。ビルマ戦線の地獄の様子はテレビで何度か見たことがある。激戦地だったメッティーラには、今でも戦友の慰霊のために絶え間なく日本人が訪れるという。
■日本語を話すミャンマー人が割といる。「こんにちは」「だいじょうぶです」
日本人観光客が多いからだろうか。ガイド的な、もしくはタクシーの客引き的な若者とかおじさんである。


(おわり)

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【ミャンマー旅行記2009 −5】

                                             
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