HOME > THE WORLD > Latinoamerica > Caribbean Islands > Cuba&Jamaica(1)
キューバ&ジャマイカ旅行記 2010-2011

1.厳寒のトロントからハバナへ
 
トロント国際空港から路線バスに乗って地下鉄駅へ

トロントの寒々しい風景。暖炉があるのか、どの家も煙突のようなものを持っている

トロント、ローレンスウェスト駅

トロントの地下鉄車内


トロント金融街のビル群

トロント地下鉄の自動改札
 
 
 
 
ハバナでの初飯。空港レストランで高いチキン。

2010年12月26日、日曜日。前日は午前3時まで千葉の友人と忘年会。実家に一泊し、10時ごろに起き、今日の午後発走の有馬記念の馬券をネットで買った後、車で成田空港へ。駐車場で車を預け、エアカナダのトロント行きにチェックイン。今回の旅の目的地はカリブ海のキューバとジャマイカなのだが、アメリカはキューバと国交がないため、キューバへ行くにはカナダかメキシコ経由となる。メキシコシティやカンクンといったメキシコ経由は高かったので、エアカナダのトロント経由にしたのだ。しかし最大の難点は、行きも帰りも同日乗り継ぎ便がなく、トロントで一泊しないとならないことである。こればかりは仕方ない。

両替所でカナダドルを手に入れ、出国審査。待合室で終わったばかりの有馬記念の結果をネットで見る。残念ながら3着に入ったトゥザグローリーを3連単の買い目に入れておらず、敗退。この馬を僕は前走の中日新聞杯でも甘く見ていた。7月福島でのラジオNIKKEI杯の凡走が、僕の頭に色濃く焼きついているのだ。これでまたしても痛いところでやられたことになる。今年締めの有馬記念も敗れ、今年の競馬が終わる。今年もいいところなく終わった。来年こそは。

トロント行きAC002は10分遅れの17:20離陸。乗客は外国人が多い。アジア系、白人、黒人。日本人は5割くらいか。満席。みんなこんな真冬になぜトロントなんかに行くのだろう?経由地なのだろうか。

夕食の機内食がしょぼい。そして夜食に日清カップヌードル。JALやANAでも、夜食にカップヌードルを用意していることがあるけれど、正式に全員にカップラーメンが配られるとは恐れ入った。カップ麺を食事として堂々と提供する。日本人には考えられない感覚だ。だが、逆に言うと、カップヌードルが世界で市民権を得ている証拠なのかもしれない。

欧米系の航空会社は、とにかくコスト削減を徹底している。サービスは最低最悪だ。座席前のシートポケットにはナッツのかけらがそのまま残っている。掃除もしていないのだ。僕が乗った中では、エールフランス、デルタ、このエアカナダ、すべてサービスが最悪。欧米系航空会社の飛行機に乗ると、エミレーツとかタイ航空とか、日本の航空会社における機内サービスの素晴らしさが実感できる。

トロントまでは11時間半の空旅。長い。映画を二本見た。久々にいい映画を観た。『必死剣 鳥刺し』。藤沢周平の小説の映画化らしいが、日本映画らしく人間の感情を丹念に描いた傑作だ。時代劇なので切腹とか殿様への忠誠とか、武士の感覚が現在とそぐわない部分もあるが、それでも正しいことに対する信念を貫く、という主人公の生き様は、現代に通じる普遍性を持った物語となっている。何より、長回しや固定カメラを多用したカメラワークに呼応するように江戸時代の人々の所作をじっくりと描く。日本人の心の原点を見る思い。そしてリアリティにこだわった舞台、大道具、小道具の作り込み、演出。さらには何といってもクライマックス、トヨエツ扮する主人公の武士が死に際に繰り出す必殺剣の衝撃。出るぞ出るぞと分かっていても相当のショックを受けるタイミングと結末だ。このシーンは、今後語り継がれることになろう。
他、トヨエツと池脇千鶴の濡れ場も衝撃だったし、ラスト、田舎の村で赤子を抱いた池脇千鶴が、「今日も来なかったねー」とつぶやくシーン。壮絶な最期を遂げたトヨエツが迎えに来るのを、毎日待っているという切ないシーンだが、必死剣のクライマックス後で、ホッとする終わり方だ。必死剣が出たところで終わっては、後味が悪い事を嫌ったか。収まりのいい終わり方。
と見ていない人にはさっぱり分からないだろうが、これは僕の価値観で言えば、間違いなく一見の価値あり。お奨めしたい。
その後見たのが180度正反対のハリウッド映画、アンジェリーナ・ジョリー主演の『ソルト』。派手なアクション、リアリティは別としても巧妙かつ複雑な脚本、そしてラストの大どんでん返し。ハリウッド映画の王道を行く映画で、娯楽映画としてこちらもなかなか楽しめた。

そうこうしているうちに11時間半のフライトは終了し、現地時間26日15時過ぎにトロントに到着。日付変更線を超えたため、まだ26日である。
空港の両替所で10ドル札を崩し、市バスのチケットを自販機で買う。バス乗り場の前でタバコを吸う。寒い。寒すぎる。機内では、トロントの気温は−6℃と言っていた。恐るべき寒さ。夜中はどこまで気温が下がるのか。58Aの市バスに乗る。バスの車窓から見える風景は、寒々しい。住宅街の家々はうっすらと雪化粧している。それほど雪は多くないようだ。ここの冬の気候は、雪は毎日降るがドカ雪ではなく、とにかく気温が低いという内陸性気候で、きっと僕が以前住んだミネアポリスに似ているのだろう。茶色のレンガで建てられたこぎれいな住宅の並びも、ミネソタを思い出させる。
車窓に、ウェンディズやマックといったアメリカ帝国の象徴が現れると、北米に来たということが実感されてくる。

30分ほどでローレンスウェスト地下鉄駅に着き、ここで地下鉄に乗り換える。トロントダウンタウンの中心、ユニオン駅まで約30分。自動改札である。さすがカナダは進んでいるか。バス停のゴミ箱は、分別用に普通ゴミとリサイクルゴミの数種類に分かれている。先進国だ。
思えば、僕はカナダに来たのは、合衆国ミネソタに住んでいたころに車で国境を越えて少しオンタリオ州に入ったっきりである。つまりこれが2度目の入国なのだと思う。

ユニオン駅に着いたのが18時前。ここまでわずか3カナダドル。エアポートバスだとダウンタウンまで20ドルもするのだから、いかに空港バスがボッタくっているかが分かる。たいていの国では、空港タクシーは、とにかくあり得ないくらいの高額であるが、専用の空港バス、というものも時に高額である。普通の路線バスとか電車が使えれば、料金的にはそれに越したことはない。

外に出ると、もう夜の暗さ。トロントの象徴CNタワーがライトアップされている。ここはトロントダウンタウンの真ん中、金融街と呼ばれるオフィス街である。
寒い。この寒さでは戸外での活動限界は10分程度だ。僕は長袖シャツにトレーナーにフリースにウインドブレーカーを着ていたが、全く足りない。街を歩く人々は、分厚いコートに毛糸の帽子。そりゃそうだ、この寒さじゃ。

この寒さで、ホテルを探す気力もなく、『地球の歩き方』に載っていた、歩いてすぐのストラスコナ・ホテルにチェックイン。一泊96カナダドルだから、8500円くらいか。高いが仕方ない。このまま外で歩き続けたら凍死する。ホテル内は完全禁煙とのことで、寒い外でタバコを一服してから部屋に上がる。カナダはとにかく禁煙社会が徹底しているようだ。確かタバコ一箱10ドル以上する、と聞いたことがある。
部屋に入りテレビをつける。中級ホテルだけあって充実した設備。テレビはアメリカと変わらない。トロントは、アメリカとの国境に近い。五大湖の一つ、オンタリオ湖の湖岸に展開した、カナダ最大の都市である。「トロント」という名前は不思議な語感だ。この名は、先住民インディアン、ヒューロン族の言葉「トランテン」に由来し、その意味は、「人の集まる場所」だという。インディアン以外の人々がたくさん集まったのは皮肉か。

テレビを見ていたら、すぐに眠くなって、シャワーも浴びずに眠ってしまった。もう日本時間で言えば、翌日の昼過ぎだ。眠くないわけがない。


翌12月27日月曜日。朝6時起床。テレビでは、現在アメリカ東海岸を大寒波が襲い、大雪のため数千便の飛行機が欠航したことを伝えている。。ここ内陸のトロントも、最低気温−10℃とのこと。最高気温もマイナス。この街には住みたくない。寒すぎる。住むなら夏だけだろう。冬は渡り鳥のように暖かい南に行かなければやってられない。

昨晩は夕食を食べずに眠ってしまったので腹ペコ。ホテルの向かいにある、ファーストフードのチェーン店のカフェ、「Tim Hortons」が朝から開いている。ここでベーグルバーガーセットを食べる。物乞いのオっさんが店に入ってきて、テーブルを周って小銭を乞うている。カナダのような先進国でも物乞いはいる。資本主義社会では、乞食が世の中から消えないことは必定か。

7時前でまだ外は暗い。高緯度の冬、夜が長い。食後のタバコは外で。手袋がないので手がすぐに凍りつく。
ホテルに戻り、荷造りして8時前にチェックアウト。帰りの1/4もここに泊まることにし、予約する。トロントを観光する暇もなく、昨日と逆のルートで空港へ向かう。8時になりようやく外は明るくなってきた。地下鉄に乗り、ローレンスウェストで市バス58Aに乗り換える。バスはなかなか来ず、屋内ではあるが寒々しい待合所で震えながらバスを待つ。空港に着いたのは9:30。すぐにチェックイン。

トロント国際空港は、チェックインカウンターの構成が成田空港に似ている造りで、広々としたスペースに、A、B、C・・・といった表示塔が立っていて、その奥にチェックインカウンターが並んでいる。
出国審査を通った先の待合室には、なんだか知らないがアートのオブジェみたいなのが設置されている。ガラス張りの高い壁から冬の弱い日差しが待合室に入る。
清潔で開放感のある空港だ。

ハバナ行きのエアカナダ機は、予定より30分遅れて、11:45に離陸。2列×2列の、国際便にしては小型の飛行機。満席。何と昼食サービスなし。金を払わないと食えない。全く徹底したコスト削減だ。高い運賃を払ってんのに、到底納得は出来ない。飲み物一杯だけがタダ。エアカナダ最悪。
ハバナに到着したのは、3時間15分後の15時ごろ。予定より15分遅れ。
入国審査では、パスポートと一緒にツーリストカードと旅行保険を提示したが、どうやら旅行保険は必要なかった模様。キューバ入国には旅行保険の保険証が必要、ということだったが、ルールが緩和されたか。

空港の両替所でUS300ドル分をキューバの兌換ペソ(CUC)に交換。コミッションを30CUCも取られ気分が悪かったが、後に分かったことだが、社会主義国キューバでは、空港でもホテルでも街の両替所でも、どこで両替してもレートおよびコミッションは同じだった。これはなかなか評価できる。

腹ペコだったので空港の3階で飯を食べる。キューバ料理を頼むと、鶏と米と野菜が一皿に盛られて出てきた。これにパインジュースで、合わせて10CUC(およそ10ドル)。高すぎる。これだから空港の店はムカつく。鶏肉はなかなか美味かったが、米も野菜もちょっとしか載っておらず、満腹にはならない。

空港の外に出る。ハバナは暖かいと思ったが、思ったほどではない。曇りだからか。気温は18℃だそう。
タクシーで旧市街へ向かう。タクシーの運ちゃんは初老で、感じのいい人だ。スペイン語を話すのは久々なので、出てくるのに時間がかかる。
僕はハバナではカサ・パルティクラルに民泊をすることに決めていた。キューバではホテル代が高いが、一般の家庭が自分の家の部屋を旅行者に貸し出すカサ・パルティクラルという民泊制度があり、安く泊まることができる。僕はタクシーの運ちゃんにそれを伝えると、彼はこう言う。
「旧市街にはカサ・パルティクラルは少ないから、セントロ・アバーナがいい。あそこは旧市街にも近いし、カサ・パルティクラルがたくさんあるから。」
車は、ハバナ旧市街の雑踏に入る。凄まじい建物群だ。スペイン人が作った旧市街は見慣れているが、ここはまた一味違う。古く、汚く、密集している。建物と街の雰囲気は、僕にパナマの旧市街を思い出させたが、パナマと違うところは、人が恐ろしく多いことである。パナマと違い、ここが人々の生活の場所でもあるのだ。

セントロ・アバーナは、旧市街の西に隣接する地域で、まぁ、旧市街の延長と言ってもいい場所である。観光するのには絶好の立地だ。ちなみに、このキューバの首都のことを英語ではハバナと呼ぶが、スペイン語では語頭のHは発音しないので、アバーナと発音する。ハバナは地元キューバ人(もしくはスペイン語圏の人々)には、定冠詞とともに、「ラ・アバーナ」と呼ばれる。

 私が泊まったカサ・パルティクラルの入口看板。
上の碇のようなマークが目印。

カサ・パルティクラルには、大きくはないが、一応看板らしき表示が出ているところが多い。注目すべきは、碇マークのような記号で、これが「民泊できます」、カサ・パルティクラルの目印である。
運ちゃんは、僕を目ぼしいカサ・パルティクラルに連れて行ってくれた。始めのところはアパートみたいな作りで、何件かの世帯を回ったがどこも満室とのこと。だが、向かいにあった次のところで部屋を確保することが出来た。一泊25CUC(およそ25ドル)。僕がよく行く国に比べれば、この宿泊費は、かなり高い。民泊で25ドルは高い。だがこの国ではホテルはもっと高いのだ。いわゆる安宿というのはなく、安く泊まるならカサ・パルティクラルらしいが、この値段には参る。

ここのニーちゃんもネーちゃんも感じがよく、ここに落ち着くことにする。だが部屋の鍵が見つからないとのことで、後で見つかったら渡してくれるということで部屋に入る。
18時頃だったが、部屋のテレビを見ているとまた眠くなってきて眠ってしまった。トロントとハバナは時差はないが、日本との時差は14時間。リズムが狂っている。ちなみに、テレビではマイアミのテレビ局と思われる番組をやっていて、スペイン語ではあるがアメリカのニュースばかり報じている。アメリカと犬猿の中のキューバであるが、現代の情報化社会で、情報の侵入はそう簡単には防げない。ここキューバは、フロリダ半島から目と鼻の先なのだ。

(次へ)

(キューバ&ジャマイカ旅行記 1−−7) 


HOME > THE WORLD > Latinoamerica > Caribbean Islands > Cuba&Jamaica(1)