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キューバ&ジャマイカ旅行記 2010-2011
6.本当にキングストンへ行けるのか?
世話になった宿の主人、ティティ。早朝、珍しく服を着ていた。誰かに似ている。
朝の街
世話になった宿のマミータ。朝の客争奪戦で僕を利用する。
早朝、バスから降りてくる乗客を待ち構える、カサ・パルティクラルのオーナーたち
トリニダー→ハバナの車窓。いい川。
バスは一瞬、カリブ海沿いを走る
トリニダー→ハバナの車窓。見渡す限りのさとうきび畑
再びサンドイッチ・クリオージョ。サンドイッチタイプ。
ビアスールのこぎれいな待合室
白タクの運転手、エンリケ。給料が少ないとこぼしていたが、陽気な奴だ。
ハバナ国際空港
アエロガビオータ航空機に乗り込む。国際線だが小さい。
狭い機内はやっぱり満席。僕の席をどっからひねり出したのだろうか
1月2日日曜日。朝6時起床。クソをして顔を洗ってタバコを吸ってチェックアウト。マミータは、すでにバスターミナルに客引きに行っているとのこと。ティティは珍しく服を着ている。さすがにこんな早朝は寒いのだろう。彼に宿泊費と夕食代を支払い、別れの挨拶をしてバスターミナルへ。今日はこれからハバナに戻り、その後空港からジャマイカの首都キングストンへ飛ぶ。もちろん、僕の席があれば、の話だが。
朝は寒い。ちょうど夜明けの頃だ。空はグレーがかった薄い水色。古い街はまだ暗く、街灯のオレンジ色だけがほの明るい。命を吹き込まれる前の街。昨晩感じた暖かみが今朝は感じられない。
バスターミナルでは、ハバナから到着した朝一番のバスから乗客がぞろぞろと降りてくる。カサ・パルティクラルの主人たちは、例のごとく口々に客引きを始める。マミータは僕に向かって、叫ぶ。
「話しなさい!」
彼女が手で示した先には、アジア人がいた。僕は話しかける。
「日本人ですか?」
「えぇ、そうです」
「ここに僕泊まったけど、どうですかね?」
僕はマミータの営業マンとなっていることに嫌気を感じながらも、一応世話になったことだし、部屋は悪くなかったし、この、眼鏡をかけてぱっと見は以前一緒にバンドをやっていた山本けんじに似ている日本人に勧めてみた。
「いくらですか?」
「一泊25CUC。」
「えっ、高いなー。」
僕は彼との会話をスペイン語でマミータに訳す。
「確かに。でも、まぁ、部屋も家もいいですよ。」
「ここから近いですか?」
「すぐです。」
「トリニダーの中心から近いのかな?」
「トリニダーは小さいので、どこに泊まってもどこへでも行けますよ」
彼が高いと言っているのを他のオーナーたちも聞いているので、彼らは口々に言う。
「私のところは一泊20CUCよ!」
マミータは、これはまずいとばかりに「私のところも20CUCでいいわ!」、といきなり下げた。おいおい、僕の立場は・・・・?僕は一泊25CUC払ったんですけど・・・?
「食事は?」
「食事は10CUC。」
「高いなー」
彼は、どのくらい旅をしているのから分からないが、反応からしてかなり節約志向のバックパッカーらしい。ま、キューバは外国人にとっては物価が高い国だから、アジアとか南米のアンデス諸国に比べたら切り詰めるのが大変だ。
結局、何だかんだで彼はマミータのところの部屋を見ることになり、マミータは彼を連れて歩き始めた。彼がこの後、最終的にマミータのところに泊まったかどうかは分からない。
別れの挨拶をする。
「シンヤ、よい旅を。」
「さよなら。」
いつの間にか、辺りはすっかり明るくなっていた。
バスターミナルのトイレでは、この旅で初めて金を取られた。しかも20センターボ。これは断じて高い。足元見やがって。
バスは7:30に出発。バスは一瞬カリブ海を見ながら走る。川を渡り、渓谷の森の風景が、いつの間にか一面のサトウキビ畑に変わる。時々、牧草を食む牛が現れ、時々バナナ畑が現れ、時々茶色の畑が現れる。
シエンフエゴスに9時に着き、途中、11時、行きにも立ち寄ったドライブインで休憩。僕はサンドイッチ・クリオージョを再び食す。今度のはハンバーガータイプではなく、食パンで挟むサンドイッチタイプ。美味い。
バスはあっという間にハバナに着いた。午後1時。所要5時間半。バスの中では結構眠れた。
ビアスールのバスターミナルのカフェでタバコとリンゴジュースを買い、一服する。2日前に戻った。ちなみに、キューバのタバコは、「ハリウッド」という銘柄が一番軽いらしいが、それでもタール12mg。ハバナ初日に声をかけてきたオヤジが吸っていたフィルターなしのやつは、どこにでも売っているが、フィルターなしだけにキツイ。加え、葉がぼろぼろ口に入ってきて吸いづらかった。きっと、吸うコツがあるのだろう。
昼過ぎのハバナは暑い。25℃くらいありそうだ。ここまでは何事もなくハバナに戻ってこれた。今日はこれから、ジャマイカに飛ぶわけだが、本当にうまくいくか?僕の席は果たしてあるのだろうか?
ハバナで荷物を抱えてこれからやることもなく、この後何が起こるか分からない、よってちょっと早いが空港へ行くことにする。ビアスールのターミナル外でタクシーを一台拾う。空港まで20CUCで行くという。『歩き方』によると相場は25〜30CUCだから、安い。だが乗り込んでよくよく話を聞いてみると、これは無許可のタクシー、いわゆる白タクだった。つまり、自分の車をタクシーとして走らせているのだ。運転手は、エンリケという名の陽気な若者だった。
「どこから来たんだ?」
「日本だ。」
「そうか、名前は?」
「ヨシダ。君は?」
「エンリケだ。よろしく。」
「これは正規のタクシーじゃないわけだな」
「そう、タクシー・パルティクラル、ってやつだな(笑)」
カサ・パルティクラルに引っ掛けているのだ。だから運賃が安いのか、と納得。空港へのタクシー代はアホみたいに高いので、このような白タクがはびこるのも無理はない。
だがさすがに無許可だ、ポリ公に見つからないように人一倍慎重になり、エンリケはあらかじめ僕に口裏を合わせさせる。
「いいか、まず、俺と君は、友達だ。友達に、空港まで送ってもらってるわけだ、分かるな?」
「あぁ、そうするとしよう。」
これはタクシーではない、ってわけだ。
「万が一、警察が何か聞いてきたら、そう答えてくれよ。」
「おぉ、分かった」
そして彼は、空港に着いた後の金のやり取りを避けるため、ガソリンスタンドに入って僕から前金で20CUCを受け取る。インドとか他国であれば事前に金を渡すことはあり得ないことだが、キューバの治安は悪くないしこの男の人懐っこさはまず間違いないと思うので、僕は金を渡す。
空港までの道すがら、おしゃべりのエンリケとは色々話をした。彼の話を要約すると、以下のようになる。
■キューバの人気スポーツは、一番が野球。次いでボクシング、バレーボール。エンリケ自身はサッカーが好きだそうだ。僕も日本のスポーツ状況を教えてやる。エンリケは日本人メジャーリーガーをよく知っていた。そういえば、僕が日本人と分かると、二言目にキューバ人が言ってくることといえば、「俺はイチロー・スズキの知り合いだ!」そう、ここキューバでは日本人ヒーローといえば「ナカタ」ではなく、「イチロー」なのだ。サッカーが盛んなほとんど他のすべての国では、これが「ナカタ」や「ナカムラ」となる。
■キューバ人の平均月収は、250ペソ。つまり、10CUCだ。
(確かにこう言っていたが、後から考えると、本当に1ヶ月250ペソでやっていけるのか、疑問だ。250CUCか?キューバでは、観光客価格と一般キューバ人価格がダブルで存在しているため、観光客が本当の物価を知るのはなかなか難しい。こんなことならどこかのメルカド(市場)に行って市場調査すればよかった。街のスーパーでは、それほど極端に物が安い感じはしなかった。)
■職業によって給料はそれほど変わらない。医者でも350ペソほど。医者でも、病院長クラスにならないと、大きく給料は跳ね上がらない。
■職業を選ぶことは出来る。よほど特殊な技能を持っている人でなければ、ほとんどみんなありきたりの職業につくのだと言う。そういうエンリケの本業は、鍵を作る鍵師だという。結構特殊な職業だと思うのだが、彼の給料は安いそうだ。だからこうしてタクシーの運転手を副業でやっている。
■警察は腐ってる。奴らは賄賂を取るし、月1000ペソももらっている。「どうしたら警察官になれるんだ?」という僕の質問に対しては、「特別な学校に行く必要あり」との答え。
■カストロの政治は、労働者の給料という意味では、良くない、と断言していた。他のキューバ人に聞いたのと同じ見解だ。みんな安月給に不満を持っているようだ。職業別に大きな給料差がないというのは、社会主義の特徴(いいのか悪いのかを断言するのはなかなか難しい)だが、給料の絶対額が低い、というのがキューバ国民の悩みのようである。だがそれは政府の悩みでもあろう。国の収入が多ければ、その分国民に分配できるわけである。
そうこうしているうちに空港に近づく。途中、道端にパトカーが停まっていて、僕とエンリケは緊張で身を硬くするが、車を停められることもなく無事に通過。空港では、金のやり取りなく、挨拶をして別れる。別れ際、写真を撮るぞ、俺たち友達だよな?と言って奴の写真を撮る。始め奴は辺りを見回して「まずいよ」と言っていたが、諦めてフレームに収まった。なかなか楽しい奴だった。タクシーの運ちゃんと話すのは旅の楽しみの一つだ。タクシーに乗る機会は少ないけれども。
さて、午後3時。キングストン行きのアエロガビオータのフライトは午後7時発なので、2時間くらい早く着いた。だが、セニョール・マートスに会うまでは、一分の油断も出来ない。僕はアエロガビオータのオフィスを探し始める。インフォメーションで1階に行けと言われるが1階にはそれらしきものはない。旅行会社のオバちゃんが親切で、僕に声をかけてきてくれたが、彼女いわく、オフィスは2階にあるという。だがどこを探しても見つからない。仕方がないからクバーナ航空の係員に聞いてみる。が彼も分からない、とのこと。早くもマートス氏探しが暗礁に乗り上げた。
再びインフォメーションに戻ると、一人の日本人が僕に声をかけてきた。
「あの、日本の方ですか?」
「えぇ、そうですけど。」
「ちょっと助けてくれませんか?」
彼は、これからエアカナダ便でトロントに飛ぶのだけれど、チェックインカウンターが見つからない、という。フライト時間は15:30とのことで、もうほとんど時間がないではないか。彼はほとんどパニック状態で、僕に助けを求めてきたのだ。英語もスペイン語もあまり話せないという。
僕はインフォメーションの女性にエアカナダのチェックインカウンターの場所を聞く。聞いた場所に行くが、そこにはもうエアカナダの職員の姿はなかった。すでに出発15分前を過ぎたので、チェックインは終了したという。3階にあるエアカナダのオフィスも閉まっている。職員はみんな搭乗ゲートに行ってしまっているのだろう。他の航空会社の係員に、エアカナダの職員がいないか聞くが、さっきまでそこにいたけど、もういない、と無情な答え。イミグレーションの近くも探してみるが、何しろチェックインをしていないので、ここを強引に通るわけにはいかない。色々な人間に聞くも、「もう諦めろ」という雰囲気になってくる。彼は、夢遊病者のうわ言のように「何とかしてください、何とかしてください」と僕に繰り返す。
そうこうしているうちに、フライト時間が来てしまった。結局、エアカナダの人間は見つからず、彼は飛行機に乗れなかった。彼はがっくり肩を落とし、茫然自失となってへたり込んだ。今日帰らないと、仕事に支障が出るという。
2階のカフェで二人してジュースを飲みながら一息つく。よくよく聞いてみると、出発の3時間前から空港にいたのだが、どうしてもチェックインカウンターの場所が分からなかったと言う。彼は、出発便のモニタに表示されているゲートナンバーがカウンターのナンバーだと勘違いして、その数字の周りを延々と探していたのだ。3時間前から空港にいて飛行機に乗り遅れる人は相当珍しいが、かく言う僕も以前、アメリカの国内線乗り継ぎのダラス・フォートワース空港で、時間はたっぷりあったにもかかわらず飛行機に乗り遅れたことがある。あの時は何となく疲れでボーっとしていたうえ、時計を持っていなくて時間はまだ余裕だと勝手に決め付けていたのが原因だった。
「ま、もう乗れなかったことを悔やんでもしょうがないから、これからどうするか考えましょう」
僕はいつまでもグジグジ乗れなかったことを悔やんでいる彼を促す。しばらくして、出発ゲートからエアカナダの職員がオフィスに戻ってきた。ここで明日以降の便について交渉する。明日の同じ便は満席なので、明後日の便であれば、ハバナ⇒トロント、トロント⇒成田とも取れる、という。追加料金は217CUC(両替手数料を考えるとおよそ270ドル)。僕は、このくらいの追加で取れることに驚きを感じた。自分の過失で乗り遅れた場合でも救済してくれるんだな、と感心する。彼は2日も帰国が遅れてしまうことにさらに苦悩の表情を見せながらも、それが最短・最安で日本に帰れる方法なのだから、これで帰らざるを得ない、と覚悟を決める。
オフィスを出て、彼もようやく落ち着きを取り戻し、会社にどうやって言い訳をするかを考え始める。
4時半頃、再びハバナ市内に戻った彼と別れ、今度はこっちが何とかする番となった。
再びセニョール・マートスを探し始める。アエロガビオータ航空のオフィスの場所について、様々な空港の関係者に聞いても、みんな分からないか、適当な場所を教えてくれるだけである。と、全く偶然に、クバーナ航空の男性に「マートスさんはどこにいる?」と聞いたら、彼はマートス氏を知っているらしく、急に「あの人だ!」と30mほど先を指差した。そこには、蛍光服を着てチェックインカウンターの並びで何やら仲間と話し込んでいる男がいた。
「あの、緑色の服を着ている人か?」
「そうだ」
「冗談じゃないよな?」
「本当だよ!」
僕はあまりのタイミングの良さに陽気なキューバ人がジョークを言っているのかと思ってしまったが、どうやら本当のマートス氏のようである。
僕はその人物に近づいていって、マートス氏かどうかを聞いてみる。そうだ、との答え。よっしゃー!
マートス氏は、50絡みの、なかなか顔の厳しさに貫禄のある人物で、見た目的にはハーベイ・カイテルのような渋いおじさんだった。僕は、自分は日本人のヨシダで、数日前にキングストン行きの席を取ってもらったことを告げ、その時の状況を書いた紙をマートス氏に渡す。彼はもちろん大丈夫だ、とばかりに、こう言った。
「もうすぐ5時にチェックインが始まるから、ここで待ってろ」
やったー!本当に僕は乗れるんだ!
しばらくして、目の前のカウンターでハバナ⇒キングストンのアエロガビオータ便のチェックインが始まる。当然のようにそのカウンターには「アエロガビオータ」という表示はない。これじゃ、見つけられなかったかもしれない。マートス氏が見つかって本当に良かった、と胸をなでおろす。
一般の予約客のチェックインが進む中、マートス氏もカウンターでチェックインの受付をしている。しばらくして、彼は僕を呼んだ。
彼にパスポートを預けると、彼はチケットの発券作業を始める。そして言った。
「料金は、片道で219CUC(およそ270ドル)だ。」
本当に片道のチケットが買えたのだ。しかも270ドルなら悪くない。
「USドルで払えますか?」
「だめだ。CUCに両替して来い」
僕はそこを離れ、両替に並ぶ。空港内にはいくらでも両替所があるのだが、そのどれもが長蛇の列となっている。20分くらい並んで、ようやく両替完了。カウンターに戻ると、マートス氏が笑顔を浮かべる。
「ずいぶん時間がかかったな。」
これでチケットが発券され(eチケットではない)、そのチケットを持ってチェックインの列に並ぶ。そして、晴れて搭乗券を手にすることが出来た。
(これで本当にキングストン行きが決まったぜー!!)
マートス氏に厚く礼を言って、出国審査へ向かう。
飛行機は7時離陸予定だったが、50分も遅れた。何しろ、一度バスで飛行機の近くまで行きながら、バスは引き返したのだ。でそのまま何の説明もなしにバスの中で待つこと1時間近く。乗客のキューバ人だかジャマイカ人の皆さんは、おおらかに待っている。腹を立てているような人はほとんどいない。
遅延の理由はよく分からなかったが、機体トラブルか整備遅れらしい。ようやくバスは動き出し、乗客が飛行機に乗り込む。小型機だ。わずか42人乗り。満席である。ここの1席を僕が確保できたのは、奇跡のように思えてくる。だがよく見ると、一人のアエロガビオータの係員が席を埋めていた。これは仮説だが、職員分の席を僕のために明け渡したのかもしれない。いずれにせよ、僕の席があることに、改めてセニョール・マートスとアエロカリビアンのヘフェに感謝し、不思議さをかみ締める。
とにもかくにも、飛行機は7:55に離陸。機内には、黒人が多い。ジャマイカは、黒人奴隷の子孫が作った国である。とすると当然ではあるが、この飛行機にはジャマイカ人がたくさん乗っている、ということになる。奇妙だったのは、機内の人々がみんな、僕以外の41人がまるで知り合いでもあるかのように、お互いおしゃべりをしている、ということだ。人類皆兄弟状態が目の前に展開している。ジャマイカ人の人付き合いの形か。
飛行機の遅れが機体トラブルでなければいいが、小さい飛行機だし、と若干不安はありながらも、飛行機は2時間後の午後10時、隣の島ジャマイカの首都キングストンに着陸した。これで日本に帰れる。そんな安堵感が広がる。
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(キューバ&ジャマイカ旅行記 1−2−3−4−5−6−7)
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