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キューバ&ジャマイカ旅行記 2010-2011
7.キングストン
民宿ラブリシュ
宿の朝食。ご飯に魚と野菜を煮たものをかけてある。
アエロガビオータ航空の小型機がキングストンに着いたのは、出発が遅れたせいもあり、午後10時。イミグレーションも長蛇の列で時間がかかり、到着ロビーに出れたのは10時40分。店も銀行もすでに閉まってしまっていた。
この空港からキングストン市内までは、空港タクシーで行くより他にない。キングストンは治安の悪い街だ。この夜中、フラフラと空港外の道路で路線バスを探すような無謀はできない。
この空港タクシーがいつもの通り、いやいつも以上にバカ高だ。市内アップタウンまで40分くらいかかるとはいえ、何と37USドルである。『歩き方』には28ドルと書いてあったので、ここ数ヶ月で9ドルも値上がりしたのだ。ばからしくてやってられないが、これを使わないと市内に行けない。もう夜も遅い。
仕方なく僕はこのタクシーに乗る。値段交渉も無駄だった。車はバンで大きいが、乗客は僕一人。運転手は、えらく肥えた黒人で、明るいが横柄な態度が鼻につく。ジャマイカ人の特質が、他国人に対して気さくだと見えるか、横柄と見えるか、紙一重なのかもしれない。
キングストンは、ジャマイカに数あるリゾート観光地ではないので、『歩き方』で割かれたページは少なく、よってもって安宿もほとんど書かれていない。載っているのは「アイシャハウス」と「民宿ラブリシュ」という二つの日本人経営の安宿だけだ。僕は肥えた運転手に、知ってるか聞いたところ、奴は両方とも知っていた。どっちがいい?と聞くと、迷わず「アイシャハウスだ」と答えたので、アイシャハウスに連れて行ってもらうことにした。奴はアイシャ氏とも顔見知りのようだ。ジャマイカに来る日本人のバックパッカーは多いのかもしれない。
車内では、いつもの会話をする。
「キングストンは危ない街だろ?」
「ハハハ(とバカにしたような笑い)。何言ってんだ、大丈夫だよ。OKだ。日本人もたくさん住んでる。」
「日本企業の駐在?」
「そうだ」
車は、川か湾か入り江の脇を走っているようだ。対岸の街の灯が、水面に揺らめいているのが見える。
車が街中に入ると、デブ男は、僕に名刺を渡しながら、提案してくる。
「キングストンの1日ツアーを、俺がやってやる。」
「いくら?」
「通常は120ドルだが、100ドルでいい。」
「高いね。」
実際、バカ高だ。アホらしい。それに、こんな旅行者を見下したような奴だと、きっと行くところも行かないでツアーを早く切り上げ、それで大金を要求する、という未来が容易に想像できる。1対1のガイドは、いい奴かどうかを慎重に見極める必要がある。僕は一応名刺を受け取り、「気が向いたら電話するよ」と答えておいた。
アップタウンはさすがに遠い。狭い路地を入ったところにあるアイシャハウスに着いたのは、もう11時30分。門は閉ざされている。呼び鈴を押しても、誰も出てくる気配がない。門から建物までの距離が遠い。塀越しに建物を見ると、明かりがついていて、中では数人の人間がソファに座っている。呼び鈴を押し続けるが、彼らは反応しない。肥えた運転手は僕に言う。
「電話番号知ってるか?」
僕は『歩き方』に乗っている番号を知らせる。と奴は携帯で電話をかけ始めた。建物の中から呼び出し音が聞こえてくる。だが建物の中の人々は、電話に出る気配がない。何度鳴らしても電話に出ない。どうやら、アイシャさんは不在のようだ。
「おい、あの日本人たちに声をかけてみろ。」
僕は、日本語で、大声で、彼らに呼びかけた。
「すみませーん。今晩泊まりたいんですけどー」
だが、彼らはこっちを見ているが、誰も外に出てこようとはしない。きっと夜中の来訪者にビビってるんだろう。さらに電話を鳴らし、外から声をかける。しつこいくらいにやっていると、ようやく見て見ぬフリをしきれなくなったらしく、一人の女の子が玄関のドアを開けてこちらに日本語で返答した。
「今宿の人がいないので、門を開けられないんです」
僕らは諦め、民宿ラブリシュに行くことにした。そしたら、案の定というか、デブ男は僕に要求してきた。
「ラブリシュはここから遠いから、料金アップだ」
「おい、待てよ、宿まで連れて行くのがタクシーだろ?入れなかったら次のところに行くのが当たり前だ。俺は払わねェ。」
「だめだ、45ドルだ」
僕はそこで会話を止め、とにかくラブリシュまでたどり着くことを先決させた。ここでこのデブと喧嘩したら、タクシーを降ろされ、つまり危険な夜中の街に放り出されるかもしれないのだ。
ラブリシュには10分ほどで到着。呼び鈴を鳴らすと、ジャマイカ人が出てきた。彼は僕を通してくれる。タクシーのデブ男は僕に45ドルを要求したが、結局僕は40ドルを渡す。奴は僕が宿に入って門が閉められた後もしばらく外にいたが、やがてバンを駆って去っていった。
僕を通してくれたジャマイカ人は、これまたいいかげんそうだったが、ノリがよく、押しが強かった。奥から出てきた日本人の男に対し、こういう。
「あそこの部屋が空いているだろ?」
「だけどじゅんさんの許可を取らないとダメだよ」
どうやら「じゅんさん」というのがこのラブリシュのオーナーらしい。今は外出中で不在との事。しばらく表のプール横のテーブルで「じゅんさん」の帰宅を待たせてもらうことにする。ジャマイカ人は車で去っていった。日本人の話だと、ジャマイカ人は、この宿の専属運転手とのこと。
もう夜中12時だ。だが、ジャマイカは暖かいので、外でも苦にならない。夜中、キューバのような涼しさはない。そして、ここは住宅街の中にあり、辺りは静かだ。
しばらくすると例の気さくなジャマイカ人が戻ってきた。
「じゅんさんはまだ戻らないの?」
「まだだね」
すると、彼は、僕をドミトリーの部屋に案内し、入り口右側の二段ベッドの上を指差して、「ここで寝ていい」という。シーツと枕カバーを持ってくれる。部屋には、二段ベッドが三台。3人ほどが眠っていた。いずれも日本人だ。僕は挨拶をして二段ベッドの上に上がり、シーツを敷いて眠りに着いた。
ほどなく、「じゅんさん」とおぼしき人が帰ってきた。
「あれ、一人入った?」
上のベッドで横になっている僕を見て声をかける。
僕は慌てて起きて挨拶をする。僕は「じゅんさん」は男だと思っていたので、女性であったことに内心驚く。それとも、「じゅんさん」の奥さんだろうか。彼女はえらく肥えた身体をして、高圧的な態度で僕に話しかけてきた。多分僕と歳はそんなに変わらないだろう。貫禄からするとやはり、この人自身がこの宿のオーナー「じゅんさん」なのだろう。
「何泊します?」
「二泊でお願いします。」
「じゃぁ、1泊20ドルで、40ドル、先に払ってもらいます」
僕は財布から40ドルちょうどを手渡す。
「確かに。」
すると彼女は僕が寝ていたベッドの下も空いてるから、どっちにする?と聞いてきたので、僕はじゃあ下で、と答える。彼女はシーツを下のベッドにセットし始めた。そして、金庫の使い方を教え、夜に手元を照らす用のハンディライトを僕に渡し、出て行った。
もう夜中の1時。二段ベッドの下の段で、眠りについた。
1月3日、月曜日。9時過ぎに起きる。クソをして顔を洗って10時に朝食。この宿は朝食付き。朝食は、魚と野菜の煮込みをご飯にかけたもの。きっとジャマイカ料理だろう。ピリ辛で美味い。ジャマイカは、他のカリブ海諸国と違い、スパイスの効いた料理が多いそうだ。ジャークチキンに代表されるように、唐辛子やハーブで作った辛いジャークソースを味付けによく使う。
じゅんさんに、今日、一日でキングストンを巡るツアーに参加したいのだけれど、と告げる。
「どこに行きたいですか?」
「ポートロイヤルとボブ・マーリー博物館には行きたいですね」
「トレンチタウンは?」
「行ければいいです」
「じゃあ、あの運転手に今日は一日ツアーをやらせるわ。今空港に出たばかりだから、戻ってもらうようにします。まだ遠くへ入ってないはずだから。ポートロイヤルに行くのなら、ちょうどいいでしょ。」
彼女は、例の専属運転手がたった今宿をチェックアウトした若者を空港に送っていったことを思い出し、携帯に電話してすぐに戻るように命令した。ポートロイヤルは、空港に行く方向で、さらにその先、細長い半島の先にありかなり遠いため、空港に彼らを送って行った後にそのまま行けば効率的に行ける、というわけである。昨晩の高圧的な態度があってあまり印象が良くなかったが、じゅんさんは根はいい人のようだ。この宿には日本人の若者が多く泊まるので、彼らに対し親のしつけ的な態度をとることが時に高圧的に映るのだろう。
ほどなく、空港に行きかけていた車が戻ってくる。僕は二人の日本人に礼を言って、車に乗り込んだ。街なかはひどい渋滞。ジャマイカ人の専属運転手は、荒い運転でメチャクチャ飛ばす。すぐにクラクションを鳴らすし、人格を疑う運転法だ。まぁ、途上国にありがちなドライバーではある。
30分で空港に到着。そこで二人は降りていった。きっとこの時間だと、13:10分発トロント行きのエアカナダに乗るのだろう。僕も明日乗る飛行機である。
僕は空港の両替所で30USドル分だけジャマイカドルに両替。昨日は空港の両替所がすでに閉まっていたので、両替できなかったのだ。
一日ツアーの代金50USドルを運転手に渡す。彼は再びすごい勢いで車を走らせ始める。
昨日の夜中に見た、水面にきらめく灯が、今は全く違ったものになっている。鮮やかな天気の中、入り江の脇を走る。カリブ海だ。
ジャマイカ。キューバの南、カリブ海に浮かぶ秋田県ほどの大きさの小さな島である。1494年、コロンブスに見つかってしまったこの島に住んでいた先住民は、スペイン人が持ち込んだ疫病により絶滅する。スペインの植民地として繁栄し、キューバと同じくサトウキビの大規模プランテーションが造られ、その労働力として多くの黒人奴隷が連れてこられて過酷労働にあたる。1655年、支配者はスペインからイギリスに変わり、イギリスはさらに無数の奴隷を連れてくる。ヨーロッパ人2万人に対し、30万人もの黒人奴隷がいたと言われる。
そしてその後、黒人たちはプランテーションを逃げ出し、山にこもって奴隷解放活動を始める。自由のための反乱。1959年、ついにイギリスはジャマイカに自治を認める。だが今でも英国連邦の一員である。アフリカ系の黒人が人口の91%を占める、黒人奴隷の末裔たちの国である。
この国の名物は、島北側の海岸に連なる、世界有数のリゾートビーチ。「カリブ海リゾート」と聞いただけで何かムズムズしてくるではないか。ハリウッド映画によく出てくる、悪党どもが金を奪って高飛びする先、奴らは奪った金で、白砂ビーチにある解放的なカクテル・バーで、ビキニ女と一緒に夢のような生活をするわけである。そして、税金逃れの悪い奴が暮らすところ、タックス・ヘイブン。
ここキングストンはそんなイメージとはかけ離れた危ない雰囲気のする大都市である。ジャマイカの首都で、島の南東側でカリブ海に面する。人口は65万人。ジャマイカの人口が282万人だから、4分の1近くの人口がキングストンに住んでいる。
その他、ジャマイカと言えば、ボブ・マーリィとブルーマウンテンコーヒーである。最も有名なジャマイカ人は、ボブ・マーリィであることに異論を挟む人はいないだろう。最近では、短距離スプリンターの活躍が目覚ましく、男子100mの世界記録保持者、オリンピック金メダリストのウサイン・ボルトが現代のジャマイカ人のヒーロー。ブルーマウンテンコーヒーは、キングストンの北にそびえる、標高2000mのブルーマウンテンに由来する。ここで栽培されるコーヒーは、世界的ブランドである。
さて、ポートロイヤル。ポートロイヤルは、空港からさらに先、細長い半島の突端、行き止まりにある。
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