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南部アフリカ旅行記(2010年)
2.ビクトリアの滝、カメラトラブル再び!
 
ビクトリアの滝 入口
 
 
滝が落ちる狭い峡谷
 
滝の上流部。ここから水は、奈落の底に転げ落ちる
 
 
 
 
 
ビクトリアフォールズ橋
 
ジンバブエドル売りの二人組


6月15日火曜日。午前6時30分ごろ夜明け。今日も天気が良さそうだ。
午前7時30分に起きてホテルのレストランで朝食。ロッジの部屋の中は暖かいが外は涼しい。そう言えば昨日もレストランで夕暮れ時に急激に涼しくなった。朝晩は涼しいのだ。
今日は滝観光。朝、ホテルを出て滝に歩き始めると、早速物売りに捕まる。ジンバブエドル売りだ。ハイパーインフレのため、ジンバブエの自国通貨であるジンバブエドルはその価値がなくなってしまった。2009年に発行が停止され、今は使われていないジンバブエドルが、いまやお土産として売られているのである。なぜならば、0が10個くらい並んでいる、他国の人から見るととても珍しい超インフレ紙幣だからである。お金としての価値がなくなり、ただの紙屑と化すべきところを、お土産にして売ってしまう。商魂、ここに。
(今では、米ドルや南アフリカのランドが商取引で流通している通貨である)

物珍しさに4枚セットを3ドルで買ったが、後で目玉の「トリリオン」が含まれてないことを知って愕然とする。うまく嵌められた。失敗。ちゃんと内容を確認しなきゃあかんかった。
「トリリオン」とは、「兆」の意味で、ジンバブエには最大で100兆ジンバブエドル札(100トリリオン札)が存在した。これは、100、000、000、000、000ジンバブエドルであり、0が14個も付く恐るべき札である。為替レートは、一時期「1米ドル=12兆ジンバブエドル」にまで達したようである。
これらの札も、デノミを経て、いまや全くの紙屑と化した。

0の数は、以前旅行したトルコの比ではない。

線路を渡る。青空美術館よろしく、線路わきにいくつもの小型彫像作品が建っている一画がある。
この辺りには観光客を待ち受ける物売りが相当多い。そしてなかなかしつこい。バリ島並みだ。紙幣売りが多いが、そのほか、石を削って作った動物の置物売りも多い。滝からの帰りに黒い石のカバの置物を思わず買ってしまった。あまりにすべすべでかつ黒光りして重厚感があったのだ。2ドル。

線路を渡り、滝までの道を歩く。滝入場口まで歩いて20分くらい。入口で入場料30ドルを支払う。高い。遊歩道を歩いて滝の展望スポットを回る。
ビクトリアの滝は、ジンバブエとザンビアの国境を流れるザンベジ川に出現する、世界三大瀑布のうちの一つに数えられる大滝である。ちなみに他の二つとは、アメリカ合衆国のナイアガラの滝と、ブラジル・アルゼンチン国境のイグアスの滝
もっとも、落差と幅という、物理的規模から言うと、ナイアガラの滝は、ビクトリアの滝とイグアスの滝に比べて大分小さいらしく、地球上の「世界二大瀑布」ということになれば、ビクトリアの滝とイグアスの滝が選ばれることになろう。ちなみに僕はナイアガラの滝には行ったことがない。いつかは行きたい。

ビクトリアの滝は現地の言葉で「モーシ・オア・トゥーニャ」(Mosi-Oa-Tunya)といい、「雷鳴の轟く水煙」という意味。その通りだ。轟音と水煙。
最大落差は108m。滝の幅1708m。イグアスの滝と同じく国境に位置し、ジンバブエ側からとザンビア側から眺めることができる。僕がいるのはジンバブエ側である。

入口からしばらくのところで、何か化石でも掘り出している風情の作業員二人組がいる。地面に座り込み、ハンマーやシャベルで土を掘り返している。彼らの写真を撮らせてもらう。

滝に近づいていく。吹き上がる水煙が雨となって降り注ぐ。イグアスの滝の比じゃない。観光客は、準備よろしく、合羽を着てたり、傘をさしてたりする。僕は濡れるがまま。

19世紀にヨーロッパ人として初めてこの地を探検したリビングストンの像が建っている。彼はこの滝を、母国のビクトリア女王に因んで、「ビクトリアの滝」と名付けたわけである。ビクトリア湖と同じ、植民地主義。なぜかここアフリカの地に、「ビクトリア」なる異質な名前がついている。
滝の上流部、落下する手前の川の岸には猿がいて、観光客たちが盛んに写真を撮っている。

いくつかのビュースポットで深くえぐれた谷底に豪落する水を眺める。ザンベジ川の広く緩やかな流れが、突然細長く深い陥没に遭遇し、その落差100mもの切り立った崖を、毎秒満百万リットルだか分からないが、恐るべき量の水が自由落下する。両側が深く切り立った崖の下、狭い峡谷に落下した水が凝縮され、川が濁流になって流れている。滝上での穏やかな流れが一変、渦巻く濁流と化す。位置エネルギーと地形の作り出す結末。
長い歳月をかけてかけられた、自然の魔法。偶然か必然か。

遊歩道に滝の雨が降る。虹がいくつもかかっている。遊歩道のそばで、イノシシのような動物が数頭、僕と同じように水に濡れている。

そして最後のビューポイントで、滝雨の中写真を撮っていたら、デジカメが再び死んでしまった。2008年のイースター島の悪夢再現だ。
今回は液晶が全く映らなくなってしまったので、イースター島の時よりも状況は相当深刻だ。
カメラが故障し、僕自身も何から何までずぶ濡れにやられ、ウインドブレーカーから下のトレーナーからジーンズまでぐしょ濡れ。何て事だ。
バンジージャンプをやっているという、深い谷底にかかったビクトリアフォールズ橋のビューポイントで、日向ぼっこがてらベンチにカメラを置き、日にさらして乾かす。徐々にレンズの曇りも取れてきた。すると液晶画面は完全ではないものの、再び復活した。さらにしばらくそこに留まって日の光を浴びる。

ビクトリアの滝 写真集

日向ぼっこを終え、もう一度カメラが死んだ滝ビューポイントを通り、僕は滝入場口に戻った。滝を離れ、街に向けて歩く。驚くべきことに歩いているうちにぐしょ濡れの服がどんどんと乾いていく。日中は日差しが強く、今日も快晴。サバンナ気候だからきっと相当に乾燥しているのだろう。街に着くころ、靴と靴下以外、ジーンズとトレーナーは、ほぼ乾いた。

遅い昼飯は、ビクトリアフォールズの街でフライドチキンとフライドポテトのセット。

カメラ大ピンチ。レンズの結露もほぼ引いて、曲がりなりにも動いていたのだが、バッテリーを交換したら、急に液晶画面が死に、全く映らなくなってしまった。なぜだ?電源は入るのだが、液晶が全く映らない。シャッターボタンも動かない。ダメだ。この後何をしてももうカメラが復活することはなかった。これはヨハネスブルグの空港かどこかで買うしかなさそうな雰囲気だ。
一方、ビデオカメラは、一度結露マークが出たが、リセットボタンを押してしばらく乾かしたら一応動作はするようになった。事なきは得たが、こちらも液晶のタッチパネルがウンともスンとも反応しなくなった。

ビクトリアフォールズの街は小さいがこぎれいで観光の街という風情。土産物屋と観光客向けのレストランが点在する。白人が多い。言葉を聞いていると、ドイツ系かオランダ系の人間が多いようだ。歴史から言うと、オランダ人が多いのかもしれない。

車は右ハンドル左側通行。ここは大英帝国の植民地だった場所である。そして、気付くとみんな英語を話している。英語は公用語の一つらしい。イギリスとかオーストラリアで僕が聞いたイギリス英語的ではない。みな聞き取りやすい英語を話す。

街には警官(らしき人)がたくさんいる。僕が物売りに囲まれているといつ間にやら現れ、物売りたちに「やめなさい」と言ってくれる。物売りたちは、この警官に対しては弱気だ。彼らを恐れているようである。道でモノを売っちゃいけないのだろうか。非店舗式商売は禁止か。
これだけ警官がいるということは裏返せばそれだけ治安が悪いということだろう。観光地なので、ジンバブエ政府も神経をとがらせているのかもしれない。ましてや隣国南アフリカで世界的イベント、ワールドカップが開催中である。ジンバブエにも押し寄せる観光客に対してトラブルが多発すれば、国の沽券に関わる、ということなのかもしれない。

僕は朝につかまされたジンバブエドルの失敗を取り返そうと、「トリリオン」入りの紙幣セットを売っている物売りを探していた。すると少し前にも会った二人組が近寄って来たので話す。僕が「ジンバブエドルセットが欲しいんだけど」と言うと、奴らは警官の目を気にしてか、ちょっとした裏通りに僕を誘導した。こう聞くと何かとてもヤバそうに聞こえるけども、そこらじゅうに警官はいるので全然危ない気はしない。何より、こいつら自身がビビってるというか、そんな気の小さいところを見る限り、危険な匂いはしない。
裏通りで奴らと世間話をする。日本語と韓国語と中国語が違うことにたいそう驚く。世界の大半の人々は、東アジアの国々のことなど、何も知らない。
実はこの二人とはちょっと前に通りすがって少し話したのだが、その時には「腹が減って食べ物買いたいけどお金がないんだ」とか言っていた。が、いまは余裕でオレンジを食っていた。嘘つきめが。
値段交渉の結果、5ドルでトリリオン入りのジンバブエドルセットを購入。

ジンバブエドル以外の物売りは、木彫りか石彫りの動物を売っている人が多い。ここザンベジ川の生態を反映して、クロコダイル、カバ、象、バッファロー、レパード、あとはビッグ5の顔を一つにつなげたもの。ビッグ5とは、アフリカに生息する5大野生動物のことで、ライオン、アフリカゾウ、バッファロー、ヒョウ、サイのことである。

彼ら物売りの泣きの常套句は、「腹が減ってる。ロクに食ってないんだ」というものだが、とてもそうは見えない。みんなこぎれいな服装をしている。彼らは昼間はおとなしいが、夜は危険だと僕は勝手に推測している。ただでさえ黒人は暗いところでは識別できない。強盗したって相手に顔を覚えられないだろう。言い過ぎか。いや、あくまでも物理的なことを言っているだけです。

ホテルに戻る。夕食は、7:30にレストキャンプのレストラン。昨日と同じビーフバーガー。食べるものがないし高い。フィッシュ&チップスで10ドルもする(そんなメニューがあるのはさすが元大英帝国)。
「ザンベジ川の魚」というメニューには惹かれたが、ビタミンが足りない。昼食もチキンとフライドポテトにもうわけ程度のトマト・きゅうり・オニオンサラダが乗っていたのみだった。もちろん、この「ビーフバーガー」なるものも、緑黄色野菜はほとんど含まれていないのだが。
その他、アフリカ人は肉食の人間が多いのか、欧米人観光客が多いのか、ビーフステーキもあり、400gの大ボリュームだが15ドルもする。あり得ん。
この物価からして、今回の旅は10日間と短いが、近年になく金を使う旅になりそうだ。南アフリカも物価は安くないと聞いている。危険だからと言ってツアーなんかに入ってたらそれこそいくらかかるか分からん。

ホテルにはインターネットがあったが、スピードが極端に遅く、ヤフーメールもつながらず。ケープタウンの宿からのメール確認ができない。困った。

夜、テレビではやはりワールドカップの試合。現場に来ていると、時差がないので、普通の時間にテレビで試合が見れるのがとても良い。ブラジル対北朝鮮戦が始まるところだった。試合前、北朝鮮代表のチョンテセの紹介がされている。こちらのスポーツ局はどこの国の放送局なのか知らないが、結構よく取材している。ESPNとかの大手の放送なのかもしれない。
昨日の試合でも、「本田はモスクワでプレーしている」と言っていた。こないだのチャンピオンズリーグでの得点が彼の知名度を上げたのは間違いないだろう。
テレビにはスタジアムに詰めかけた北朝鮮のサポーターの姿が映っている。南アに応援に来る北朝鮮人と言うのは、一体どんな人間だろうか?

夜、電車が通る音がする。あの線路は現役なのか。このレストキャンプのすぐ脇を線路が走っている。
6月のジンバブエ、夜は涼しい。レストランは屋根のみの半屋外なので寒いくらいだが、バンガローの中は暖かい。保温性の高いロッジだ。なんか沖縄のオクマリゾートを思い出す。


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