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アラビア半島旅行記(2007年4月〜5月)
2.イエメン サナアの衝撃(2)

典型的なイエメン男のいでたち

■ジャンビーア(刀)
イエメン男たちは、丈の長いイスラム民族衣装カントーラを着ている人が圧倒的に多い。だが、若者にはズボンにシャツ、という服装も結構見られる。ここで特筆すべきことは、イエメン人の男たちは、江戸時代の日本さながらに腰に刀を差して歩いていることである。イエメン男の典型的なスタイルは、足首まであるカントーラに、腰にジャンビーアを差し、さらに上からジャケットを羽織っている。何とも不思議ないでたちだ。

江戸時代まで日本では武士は羽織袴に刀を差し、一般人男性も女性も着物を着ていた。着物は、日本の民族衣装と呼べるものだろう。そして開国し明治になってからは急速に西洋化が進み、廃刀令によってついに武士たちは刀を捨て、日本伝統の着物姿が減少し、西洋風のズボンにシャツという姿、つまり「洋服」が増殖してきたわけである。大正〜昭和初期くらいの日本の小説を読むと、登場する男性のいでたちは、着物と洋装が入り乱れている様子が分かる。明治維新により、日本人は、西洋文化と引き換えに大切なものを失ってしまった。

2007年の今日現在、100年くらい前の日本はもう跡形もない。現代で着物や羽織袴を着るのは、冠婚葬祭時くらいなものである。いまや「服」といえば何も言わなくても「洋服」を指すではないか。現在の日本の街で、人間や建物を見ないで着衣だけ見たら、ここはアメリカなのかヨーロッパなのか見分けがつかないはずである。それほど日本人は自ら自分たちの伝統を捨てていき、西洋文化を取り入れてきた。

サナア旧市街のスークでジャンビーアを売る若者

家に集まってガートを噛む男達

ガートの葉っぱを手にして僕に勧める

キュウリ売りの若者。ドレッシングをかけて客に手渡す。

しかるにここイエメンである。ここには伝統を頑なに守る人々がいる。地球上広しといえど、現代に刀を差して歩いている国民がいるだろうか。アフリカや南米の原住部族は槍を持っているだろうが、彼らの場合は大自然の中で自然に向き合っていわゆる現代文明とは縁遠い生活の中で、狩りのために、つまり生活のために槍を携行しているのだ。片やこれだけ人工的な街を作り上げたイエメン人が、日常生活には全く必要のない「刀」を日がな差して歩いているのである。信じられますか?
で彼らはなぜこのジャンビーアを差しているのか。イエメン人たちに聞いてみたところ、これは彼らの「家柄」つまり「格」を表すそうで、つまりは「俺は由緒ある家の者だ」ということを誇っている、ということである。確かに、男性が全員ジャンビーアを差しているわけではない。差しているのはサナアでは6割くらいだろうか。ジャンビーアそのものにも、鞘にもベルトにも高級、低級があるそうで、昔から代々引き継がれてきたものはそれだけで格式の高さを語るそうである。街にあるたくさんのジャンビーア店で僕が見聞したところによれば、古いものほど値段が高い傾向がある。
それにつけてもよく分からないのは、民族衣装にジャンビーア、ここまではいいが、その上からなぜかジャケットを羽織っていることである(笑)。これは何というか理解困難だ。街ではジャケット売りがかなりいる。彼らは、手に山ほどのジャケットの束を抱え、通りかかる人に売りかかっている。

街のジャケット売り

イエメン人にも、西洋風のスーツ姿に憧れがあって、伝統と西洋を兼ね備えた満足度の高いファッションということでこの姿に行き着いたのだろうか。昔日本人が憧れたのと同じように西洋に憧れる、しかしそれでも自分たちの伝統は守る、ということか。いやその前にヨーロッパとアラビア半島との歴史的係わり合いを紐解かなければならぬ。その時間はないのでとりあえずここでの考察は以上で終わりにする。とにかく衝撃的だ。

■ガート(葉っぱ)
ガートはジャンビーアと並ぶイエメン独特の突き抜けた文化だ。イエメン人の男たちは、午後になるとガートを噛み始める。このガートとはインド・ヴァラナシの沐浴場のことではなくて植物の葉っぱで、南米で言えばコカのようなものだと思う。「何のために噛むのか?」と聞いたら、これを噛むと頭が冴えてくるのだという。
イエメンの男たちが毎日毎日午後に噛むガートは、その日の朝に摘まれた新鮮なものである。サナア近郊のガート畑では、朝に摘まれたガートがトラックで続々とサナアに運ばれ、ビニール袋に入れて売られる。男達は午前中にその日に噛むガートを買い求め(新鮮であるかどうかを彼らは見極め、葉っぱを選ぶ目は真剣だ)、それを持って仕事をする。昼から午後一くらいには、街を歩く男は、みなビニール袋いっぱいに詰まったガートを一つ二つぶら下げている。午後3時くらいになるとおもむろに噛み始める。この時間、道端でもスークでも男という男はガートを噛みながらダベっている。噛みながら吐き出さずにどんどんカスを片頬にためていき、次々とフレッシュな葉っぱを口に入れていくので、噛んでいる男の片頬はどいつもこいつもコブのようにふくれている。これはどこからどう見ても異様な、イエメン特有の光景だ(この後僕はオマーン、ドバイ、カタール、バーレーンに行ったが、これらの国々ではガートの習慣はなかった)。ガートを噛むときは、気の合う仲間で集まって噛むことが多いようだ。部屋の中でも噛むし、外で道端に座り込んでも噛む。しかも何時間も噛んでいる。この人たちは夕方はもう仕事をしないのか?と不思議に思う。もっとも彼らは、仕事中でも噛む。ダッバーブやタクシーの運転手も、道で果物を売る若者も、午後はみんな仕事しながら噛んでいる。とにかくこれは見たことのない有様である。何しろ若者世代以上のほとんどの男達が噛んでいるのだ。それも毎日。午後、一斉にイエメン男どもがガートを噛んでいる姿は、凄まじく、壮観である。いつでもどこでもガート。
僕も何度か人からもらって噛んでみたが、これが苦い。そして汁が出ないほど噛み砕いてカスになったら今度は粉っぽくなって、口の中が気持ち悪い。そして一向に脳内麻薬は出てくる気配もなく、頭はさっぱり冴えてこない(笑)。なるほど一朝一夕にはこのガート文化は理解できない。そういえばボリビアのコカも別に効かず、よく分からなかった。
この”ガート噛み”は、社交の場に欠かせないものでもあるらしい。僕も何人ものイエメン人から、「明日うちでガート・パーティがあるから来ないか?招待するよ。」と誘われた。ガートが気持ちいいものならまだしも、僕には苦いだけだったので断った。(前述したとおり、イエメン人たちには全く僕から金をボッタクろうとする気配は皆無なので、そういう心配は無用だったが)
イエメン人の国民性。彼らはのんびり、楽しんで生きている。これは「発展途上国」と一般的に呼ばれる国に結構共通して見られる状況である。毎日あくせく働く日本人とは対照的。毎日午後はガートでダベって過ごす。今日中にやらなくちゃならないことなど何一つない。明日、あさってにやればいい。まずはガートの時間が大事。これが彼らの流儀だ。僕も、ジューススタンドの横でガートを噛んでダベっている男どもと一緒に、ジュースを飲みながらのんびり過ごした。

ということで、このジャンビーアとガートという二大特異文化は、イエメン男、イエメンという国の独自性と伝統を示すもっとも顕著な例である。

■アバヤを着た女性たち
ここイエメンでは、イスラム教は厳格に守られているようである。イエメン人女性はほぼすべて、真っ黒のアバヤ(民族衣装)を着、全身を完全に隠している。僕は今までにイスラム国といえばエジプト、トルコ、ドバイ(U.A.E.)に行ったことがあるが、これらの国では比較的イスラムの戒律は緩く、女性の姿は、民族衣装もいれば洋服もいる、という感じだった。イスタンブールなどは洋服の方が多かった。がここイエメンではほぼ100%の女性が民族衣装である。テレビでよく流れるアフガニスタンやイラクの人々の映像を見ると、アバヤでも顔を全部出している女性が多いが、イエメンでは顔も隠し、目の前だけが開いている。最も厳格なイスラムの反映である。これはイカん。オバちゃんか若い女性かは体形で分かる。樽のような体つきでアバヤのシルエットが樽型なのがオバちゃんだ。顔から足まですべて隠してマント状態なので、ちょうどダース・ベイダーのようである。対照的に、若い女性はほとんどスラっとしている。だが若い女性がどんな感じなのか、全く分からない。何しろこっちからは目しか見えない。プラス裾まであるマントのようなアバヤである。どんな顔で、どんなプロポーションなのか(笑)、全く分からないのはフラストレーションがたまる。何とももどかしい。目がかわいっぽかったりすると、かわいい子かなと妄想力を働かすが、誰一人としてイエメン女性がどんな顔立ちなのか見たことがないので難しい。そんな時白人観光客の若くてかわいい娘が歩いていると必要以上にドキッとする。普通の洋服着てどんな顔かスタイルか分かるのは観光客の女性だけである。が白人でもアジア人でも観光客は少ない。
アバヤを着た若いイエメン女性の場合、裾からジーンズが見えていることが多い。アバヤの下にはジーンズを着ているのである。何だかんだ言っても若者の間には欧米文化が浸透していることをうかがわせる。
しかしそれにしてもこの状況下でどうやってイエメンの若者同士は恋愛をするのか?顔もスタイルも見えないで恋愛は成立しないよなーなどと余計なことを考える。どうやって人々は結婚するのか。イスラム教の場合、きっと知り合いとかお見合い系で昔の日本と同じでほとんどお互いがお互いを知らないまま、親が決めたからとかいう理由で結婚するのだろう。
とにかく。イエメンでは女性は文字通りベールに包まれている。イスラムでは女性が商売や仕事をすることはほとんどなく、街では彼女達と話す機会はほぼなかったので、女性がどんなことを考えて生きているのか、分からずじまいだった。

■あいさつ
男同士では両頬を交互につけてあいさつする。これは中南米では男女間のあいさつだ。これは確かにテレビで中東系の指導者達の映像で見られる。一方、男女間のあいさつは特にないようだ。男女間が挨拶する場面は街ではほとんど見られない。
さらに、男同士で手をつないで歩いている。ガーン!ネパール以来の衝撃だ。イスラム教では同性愛は死刑と聞いているのにおもしろい。ところ変われば挨拶やスキンシップも変わる。

■物売り
サナアには、移動式物売りが多い。果物や駄菓子・タバコ売りはどの国でも普通に見られるが、ここサナアでも同じ。そんな中、僕はとんでもない売り子を見つけた。それは、”キュウリ売り”。野菜売りではない。キュウリを積んだリヤカーで街を練り歩きながら、キュウリをその場で食べられるように切り売りしているのだ。キュウリだよ?これは僕は生まれて初めて見た。イエメンでは、キュウリをおやつのように食っているのではないかと思わせる。で結構このキュウリ屋が繁盛していて、すれ違う人が求めていく。売っている若者は、まずキュウリに水をかけて洗う。日本で一般的なキュウリよりもだいぶ太い。これを縦に裂くようにナイフで切れ目を入れる。そしてマヨネーズみたいなドレッシングみたいな、ペットボトルに入った調味料を切れ込みにかけて出来上がり。買った客はすぐにかじりつく。実にうまそうに食う。僕も試しにすこしタダでもらって(笑)食べてみた。みずみずしくてうまい。人気があるのに納得。

ここイエメンには、欧米系チェーン店が極端に少ない。というかまったくない。マックもないしバーガーキングもスターバックスもない。今やどんな国でも、少なくとも首都には欧米的なものが見られることが多い。これだけ欧米の影響を免れていることは、ある意味賞賛に値する。無論イスラム教の影響があるだろう。他国よりはだいぶイスラムの教えに忠実な国だと見受けられる。

■貧困
ここサナアにも、どの街にでもいる浮浪者はいる。黒いアバヤを着た女性と子供の物乞いもたまに見かける。死人のように道や広場で眠りこけている人もいる。だがスークを歩いたら分かるように、サナアにはモノがあふれ、買い物客もあふれ、普通の人々は全く生活には困っていないようだ。だからこそ上述したような”余裕ののんびり感”が生まれるのだろう。


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