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アラビア半島旅行記(2007年4月〜5月)
6.マスカットの灼熱地獄
朝8時過ぎまで空港のいすでグッタリと眠る。手すりつきの硬いいすで、横になれなかったため、ほとんど眠った気がしない。が空港が活気を取り戻し始めたのでやむなく活動を開始する。外でタバコ吸って、空港内のカフェ(Costa Cafe)でバカ高いコーヒーを飲む。1.2リアル・オマーン=350円くらい。ここマスカットのシーブ国際空港は近代的な空港だ。空港建物内は冷房キンキン。外は過酷な暑さ。
マスカットのシーブ国際空港
左に見える手すりつきプラスティックいすでほとんど眠れず
ニューレストランのチキンカレーと野菜サラダ
空港で両替。米ドルをリアル・オマーン(RO)に。リアル・オマーンは、ドルよりも価値が高い。1RO=3ドルくらいである。つまり1RO=300円以上ということなので、1ROは大金である。なので一つ下の通貨単位・バイザ(Bzs)がよく使われる。1RO=100Bzs=約33円。一番使われる札は100Bzs札だろう。
空港の外に出ると、通常タクシーの運ちゃんが何人か食い下がってくる。それらをやり過ごし、ビュンビュンと車が走り抜ける、まるで高速道路のような空港前の大通りを命がけで反対側に渡り、やがて来たルートタクシー(=乗り合いタクシー、トヨタハイエースのようなワゴン。最大15人くらい乗れる)に乗る。
ルートタクシーの車窓から、イエメンで一度も見なかったアメリカ的なものが次々と飛び込んでくる。KFC、マック、サブウェイ、ハーディーズ・・・。オマーンはアラブ諸国の中で一番最初にアメリカとの国交を樹立したそうで、そんな親アメリカ、アメリカ帝国の一味ぶりが伺える。
ルートタクシーの運ちゃんには乗るときに「マトラまで行くか?」と聞き、奴も頷いたのにも関わらず、車はルイまでしか行かなかった。終点で客がみんな降りるので、
「ここはマトラ?」
と運ちゃんに聞いたら、
「そうだ。」
と言う。しかしそれは真っ赤なウソで、そこはルイだった。よくもいけしゃあしゃあと。イエメンでは全くなかった”インチキ”と”ウソ”に、早くもここオマーンの首都マスカットでは遭遇する。
すぐ横のジューススタンドでレモネード(100Bzs)を飲んだ後、仕方がないから近くにいたオジさんにマトラ行きのルートタクシー乗り場を聞き、そこからやっとマトラへ。余計な金もかかったわけである。
それにしても暑い。これはサバイバルな暑さだ。サナアは標高が2000m以上のため日差しは強かったがさわやかさがあった。セイウーンも砂漠の街だったが、耐えられない暑さではなかった。だがここはどうだろう。これは誇張じゃなく、少し歩いただけで気が遠くなってくる。
典型的な民族衣装のオマーンオヤジ
殺人光線の中フラフラになってホテルを探し、マトラの港の前に数件立つホテルのうちのひとつ、コルニーシュ・ホテルにチェックインし、部屋に入って冷房を入れる。ホテル代およそ20ドルと高かったが、完璧なエアコンの効きに感動する。疲れと暑さから何もする気が起きない。
PM6時。ようやく起きて外へ。まだ全然暑い。すぐ近くのモスクから、夕暮れのアザーンの大音響が流れてくる。イエメンのアザーンと、節回しが違う。言っていることは同じだと思われるが、違う印象を受ける。
しばらく歩いた後、ニューレストランでチキンカレーと野菜サラダ。うまい。0.8RO(約2ドル)。その後マトラスークへ。オマーン人は黒人が多い。オマーンという国は、大航海時代、アフリカ東海岸で奴隷貿易を取り仕切っていた。つまり、キリスト教徒並みに極悪だった国である。その影響もあるのかどうか。そしてスークを歩いていると、結構大柄な人間が多いのに気づく。イエメン人とはだいぶ違う。やはりイスラムの民族衣装を着ている人が多い。そして男性は独特な小さな円柱形のオマーン帽。そして女性の姿に感激!着ているのは黒いアバヤだが、イエメンのダースベイダーとは違って、顔は丸出しにしている女性が多い。すばらしい!少なくとも顔は識別できる!さらにはマスカットにはインド人が多い。サリーの女性も目につく。色とりどり。そしてイエメンでは一度も目撃することがなかった、女性ドライバーの姿も多数見られる。同じイスラムでもここオマーン・マスカットでは女性は若干自由なようだ。
マスカットは、「谷間にふわっと浮かび上がった、美しいもの」という意味で、確かに街の周りをすぐゴツゴツの岩山が立ちふさがるように位置している。この街は古くからアジアとアラビアとを結ぶ重要な港として栄えた。オマーンは1507年からポルトガルの支配下にあったが、1650年にアラブ人はマスカットをポルトガル人から奪回し、さらには東アフリカ(ザンジバル、ザンビア)に植民地を持つ強大な国家となる。当時のオマーンはイギリスと並ぶ海洋国家と位置づけられていた。
マトラスークでは、オマーンの民族衣装屋を冷やかしたら、いきなり色んなイスラムの民族衣装を代わる代わる着せられ、一人ファッションショーをやる羽目になった。結局オマーン帽とUAEでよく見る、赤と白の模様のアラブ人が頭に巻くターバン様の布を買った。
このマトラスークは結構整然としたスークで、歩いている人も、何かオマーンの裕福階級的な割と金持ちそうな人々が多いかな、と僕には感じられた。中東特有のゴミゴミ感は希薄だ。
マトラの海沿いの夜景は美しい。カブース港という海沿いに、モスクやきらびやかなアラブ風建物がライトアップされている。海を隔ててみると、光り輝く建物群と海に映ったそれらの光が揺れて伸び、上海のようである。
夜はさすがに少し涼しくなったが、熱帯夜は間違いない。ホテル近くのコーヒーショップで水を買い、部屋に戻った。
5月3日木曜日。朝、体がどうしても起きない。昨晩は11時には寝たというのに、今朝は10時半までダラダラと寝ていた。ホテルの部屋の窓から眺める外は、今日も目をそむけたくなるほどにギラギラと照っている。
マトラのフィッシュマーケット
海沿いのカーブとマトラの町並み
ゴツゴツとした岩山の上にそびえるマトラ・フォート
ポルトガル人が築いた
マトラ・スーク
酷暑マスカットのオアシス、KFC
誰もいない白昼のルイ・マトラ商業地区
マスカット名物、コーヒーショップ
11時、ホテルをチェックアウト。バックパックをフロントに預け、出たくはないが外に出る。旅行に来て外に出たくないなんて事は、めったにないことだ。冷房の効いたロビーから外に出たとたん、回れ右したくなる。クラクラである。5月でこれだから8月の最暑時がどうなるのか、想像を絶する。
まずホテルすぐ近くのフィッシュマーケットへ。ここはマトラ湾に面している。あまりの強烈な日差しに、海を見てもその爽やかさは全く伝わってこない。金属的な光が固化したように海面上に延べられて反射してくる。脳が溶けてきそうな感じだ。
フィッシュマーケットを見終わった後、再びマトラスークへ向かった。マトラスークへの道は、海に面した緩やかなカーブを描いた、絵になる風景である。ただあまりにも暑すぎて、稲垣潤一の『海沿いのカーブを・・・』という爽やかなフレーズは浮かんでこない。マトラスークの温度計は、本当かどうか分からないけれど、43℃を表示している。ちなみに昨晩の表示は間違いだろうけど39℃だった。
昨晩に続きマトラスークを冷やかした後、マトラからルートタクシーで15分くらいのルイへ向かう。マスカットは、いくつかの地区からなっていて、核となるのはルイ、マトラ、オールド・マスカットの3地区である。
ルイには、ビルが立ち並び、外資系のメーカーの看板が目立つ。官公庁も集まるオフィス街である。欧米の街と変わりない、いわゆる近代的な街である。古いものが一つも見当たらない。
高温の中、フラフラとビルの横を歩く。暑い。体温より高い外気温で、脳が働きを停止しかけている。わたくしともあろうものがKFC(ケンタッキーフライドチキン)で昼飯。とにかく、冷房の効いた所に逃げ込みたかった。バーガーとポテトとドリンクのセットで1.6RO(≒4ドル、480円)。日本よりは安い。アメリカと同じくらいか。このとき僕は本当にグタッとしていた。とにかく暑すぎて暑さに脳味噌がやられ、何もする気が起きなかった。インド料理的なもの(つまりカレー)は全く食べたくなく、もしラーメン屋か牛丼屋があったら迷いなく入っていただろう。だがここはマスカット、そんなものは蜃気楼よりも跡形もない。
時間は午後2時。一日で一番暑い時間だ。世界一外に出たくないマスカットのKFC。粘ること1時間半。意を決して外に出る。午後3時10分。灼熱。高層ビルが立ち並ぶオフィス街には、人の姿がない。誰も歩いてない。店は閉まり、機能停止した街。しばらく商業地区を歩いたが、見るべきものは何もない。マトラ商業地区は高温の中死んでいる。ただ、車だけは走っている。冷房の効いた車の中で昼間の人は生きる。
また、商業地区からはやや離れているが、商店やレストラン、銀行が並ぶ庶民繁華街のルイ・ハイ・ストリートも、閑散としている。コーヒーショップの脇の木陰に白い民族服とオマーン帽のオッちゃんが数人ダベっているくらいだ。歩いているのは僕だけ。40℃超えているか。この暑さじゃ誰も外を歩かないのは必然だ。甘かった。この暑さと湿気は想定外だ。予想をはるかに超えている。ルイはビル街でコンクリートで固められた、いわば東京のような街なので、照り返しがすさまじいのだろう。確かに『地球の歩き方』を見ても、「あまりの暑さで体力を消耗するため、冬場でない限り(長距離を)歩くことはお勧めできない」という意味のことが書いてある。
空を見上げると、雲がない。雲の気配すらない。それもそのはず、ここマスカットでは年間を通じてほとんど雨が降らない。頭上に君臨する太陽は、何ものにも遮られることなしに何の慈悲も持たない神のような非情さで、核融合反応で発生した熱を容赦なく照射してくる。
タバコ屋でタバコの値段を聞き、マルボロライト800Bzs(約265円)、L&Mが550Bzs(約182円)だったのでL&Mを買う。僕は、再びKFCに入った(笑)。さっきKFCを出てから、わずか40分後のことである。何たる失態。こんなことがいまだかつてあっただろうか。いやない。ただでさえ海外旅行に行ってKFCやマックなど入らないのに、ここマスカットでは二度も入ったのである。しかも涼むために。とにかく涼しいところに入りたい。そこいらの木陰ではなく。人口の冷房が効いたところへ行きたい。こう僕に感じさせたマスカットの灼熱地獄。僕が弱くなったからか?KFCがなかったら一体どこへ逃げ込めばいい?これはキツイ。たった40分歩いただけでこれだ。二度目のKFCでは僕はミリンダ(炭酸飲料)だけ頼んでグッタリと涼む。街のジューススタンドのフレッシュジュースの4倍の値段、400Bzs(約130円)もしたが、冷房代だと思えばやむを得ない。
とにかく、マスカットの昼間、炎天下の外では活動できないことをいやというほど思い知らされた。これは今までに経験しなかったことだ。そもそも体温より気温のほうが高いというのがいただけない。
ようやく夕方。この頃になると、今まであまりの外の暑さに、家で冬眠ならぬ”暑眠”していた人々が、わらわらと道にあふれ出してくる。ルイ・ハイ・ストリートは、昼間の閑散とした雰囲気から一変し、突然賑やかになる。インド人、パキスタン人の出稼ぎ者と思われる人が多い。日が沈む。人ごみはどんどんエスカレートしていく。どこにいたんだ、こいつら昼間は?って感じで、庶民が買い物や食事のために繁華街を闊歩している。しばらくこの繁華街を歩き回る。
夕食はルイにあるオマーン料理屋で魚ライスを食った。『歩き方』に乗っているので気の利いたオマーン料理が食えるかと思ったが、そこは改装中なのか、看板もなく、ただ営業はしていたが客は僕以外誰もいないようであった。僕はオマーン料理屋特有の、テーブルのない、テレビやクッションのあるイスラム風個室に通され、絨毯に座り込んで食らった。腹があまり減っていなかったこともあり、魚ライスは、美味くもまずくもなく、普通。
すっかり夜になった。マトラのホテルに戻り、バックパックを回収してシーブ国際空港へ。僕はマスカットでは驚愕の暑さに身も心もやられたまま、夜中にはもうシーブ国際空港にいた。
オマーン色々。
■マスカットは、ほとんど雨が降らないそうである。しかもこの暑さ。雨が少ないところに住むのはやっぱ嫌だね。百歩譲って暑いのは我慢するとしてもさ。
■マスカットはCOFFEE SHOPと書かれたスタンドが無数にある。この「コーヒーショップ」というのは、マリファナを吸うところではなく、コーヒーやジュース、ソフトドリンクやスナックを売っている普通の店である。ここで僕は何杯のオレンジジュースやレモネードを飲んだことか。
■前述したように、空港からのルートタクシーではマトラまでって言ってんのにルイまでしか行かなかった。また、ルイからマトラのルートタクシーも、初めだけ200Bzsかかった。その後はすべて100Bzsだったので、初めだけヤられたのだ。
マトラスークのあるオヤジは、隣国イエメン人について、「イエメン人は俺は好きじゃない。なぜなら、教育がなってない(レベルが低い)からだ」と言ったが、教育レベルはともかく、オマーン人の方が人間的には汚いだろう。5日間いたイエメンでは、ただの一度もボられることはなかった。ダッバーブなどでも、彼らは常に一般のイエメン人と同じ正規料金しか言ってこなかった。外人だから余計に取ってやろうというイエメン人は、僕が接した中には一人もいなかった。
■オマーン人は、イエメン人と比べるとメガネをかけている人がかなり多い。スークの男が言っていたが、これは教育のせいなのか(笑)。
■アラブ諸国によく見られることだが、オマーンでも男同士が手をつないで歩いている。
■マスカットでは、店の看板にアラビア語表記と英語表記が両方されていることが多く、旅行者にとっては分かりやすい。
■宝石店多い。オマーン人が金持ちである証拠か。
シーブ国際空港では、日本に住み慣れた僕にはオドロキの光景が展開する。喫煙室があるのだが、アラブ人やインド人は、その外で平気で吸っている。よく許すよ。日本とか欧米だったら考えられないことだ。それにしてもインド人がやたらと多い。オマーンに出稼ぎに来ているのだろうか。インド人ってのは、ルールってものを知らない。
空港のトイレで半ズボンからジーンズに着替える。下痢気味だ。そういえばビタミンを摂ってない。腹は別に痛くないから、ビタミン不足だろう。昼飯はKFC、夜は魚ライスだったから無理もない。スークでリンゴ1個でも買えばよかった。
この空港では、残った400Bzsを、1ドルに両替できた。良心的だ。サナアでは200YRを1ドルに換えてくれなかったのだ。レート的には断然奴らのほうが特なのに。
夜中0:45発のエミレーツ機でマスカットからドバイに飛んだ。ドバイ着1:35。ここから8:25AMの飛行機でカタールの首都ドーハに飛ぶ。ドバイの空港のいすで眠れない眠りにつく。2日連続での空港泊。またしてもほとんど眠れなかった。
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