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ボリビア旅行記
2004年9月・記
(3)月の谷、そしてコパカバーナへ

午前8時半。月の谷には、観光客はまだ誰もいない。入り口の門も閉まっていたが、近くに係員とおぼしきおじさんがいて、こちらに笑顔で近づいてきた。ボリビア人らしからぬ、といってはボリビアの人々に失礼だが、その端正な顔立ちはアメリカプロゴルフツアーのフィル・ミケルソン(アメリカ人)を彷彿とさせる。また、どことなくポール・マッカートニーにも似ている。ポイントは、「垂れ目」。
「ここが『月の谷』の入り口だよ。」
彼は、チケットブースに入り、チケットを切って入り口の扉を開けてくれた。僕が今日初の見学者なわけだ。

月の谷に入って僕はその光景にしばらく呆然となった。
月の谷には、茶色の奇岩が織り成す驚異の風景が広がっていた。おそらく長年の風雨による侵食によってこの奇岩が形成されたようだが、その光景は、アメリカ・サウスダコタ州の「バッドランズ国立公園」やトルコの「カッパドキア」を思い出させる。果たして月面がこんな風景なのかは僕は知らないが、月面の風景に似てるから「月の谷」と命名されたようだ。

月の谷写真集

月の谷名物、幻覚サボテン?

1時間半ほど月の谷を順路に沿って歩く。午前10時過ぎ、出入り口に戻ってチケットブースにいたネーちゃんに聞いてみる。
「市内に帰りたいんだけど、タクシーは呼べますか?」
「今日はまだパロが続いているので、ちょっと難しいわ。そこの坂道を降りて、『フンボルト広場』まで歩いていけばきっと捕まるわよ。そうね、だいたい20分〜30分くらいかしら。」
朝は何とか来れたけど、やはりもう封鎖されてるんだろうな、道が。

歩いて坂道を下る。人に道を聞きながら、30分歩いてもフンボルト広場はその気配すら感じさせない。
(南米人の30分ってのは、僕達の1時間くらいなんだよね。「時間感覚」ってものがないんだ。)
と心の中で苦笑する。1時間歩いて、ようやく一つの街にたどり着いた。フンボルト広場はまだらしい。実は今までずっと空腹と戦ってきたので、レストランの看板を見つけ、そこへ歩いていこうとすると、何とタクシーが通りかかった。
「セントロまで行けますか?」
「近くまでは行けるよ。」

展望台のオバちゃんとラパスの街並み


結局そのタクシーに乗り込み、ライカコタの丘まで行くことにした。昨日は展望台までは行かなかったのでラパスのパノラマを見れなかったのだ。
ライカコタの丘からラパスの街を一望する。すり鉢の底に高層ビルが立ち並ぶ。そしてすり鉢の四方を囲む山々の斜面を、マッチ箱を並べたような茶色い小さな家々が頂上まで埋め尽くしている。さらに、丘の向かい側にある新しい展望台にも登ってみた。ここは、エレベータのようなゴンドラで上に上がる。展望台にあるカフェで暇そうにしてた店長のオバちゃんとひとしきり世間話をする。どうやら今日もパロのため観光客はほとんど来てなく、開店休業状態のようだ。

どうしようもなく腹が減っていた。オバちゃんは「ここでホットドッグでも食べていきなさいよ。」と勧めてくれたが、この時僕の心は決まっていた。
昼飯は、日本食。
そう、ここラパスには何軒かの日本食レストランがあるのだ。もちろん値は張るが、久々に日本食を食べたかった。ライカコタの丘から再びタクシーを拾い、イサベル・ラ・カトリカ広場へ。その近くに日本食レストラン「わがまま」がある。

昼過ぎの店内は、まだ客はまばら。だが日本人ビジネスマングループや白人系の客が続々と入ってくる。始めにウェイターがお茶を持ってきた。もちろん日本茶。そしてテーブルの上には、サルサ・デ・アヒ(唐辛子の辛い香辛料)ではなく、キッコーマン醤油とつまようじ。これだよこれ、これぞ日本食レストランだ!
メニューには、一通りの日本食が揃っていた。カツ丼、親子丼、牛丼、しょうが焼き定食、鳥のから揚げ定食、寿司、天ぷら、茶碗蒸し等々。色々食べたかったので迷ったが、僕が食べたのは「カツカレー定食」。ボリューム満点のカツカレーに、味噌汁、漬物、サラダが付く(右写真)。53ボリビアーノ(約6.7ドル)と高かったけど、念願の日本食、美味かった。米ももちろん日本的のしっとりして粘り気のある米だ。腹一杯になった。

その後、テルミナル(バスターミナル)へ。タクシーの運ちゃんの話では、ついにパロは終わった、とのこと。そういえば、市内の交通は激しさを取り戻している。
当初の予定では、今日中にティティカカ湖畔の街・コパカバーナに移動することにしていた。だが、テルミナルでは、コチャバンバやオルーロ行きのバスは運転を再開していたが、コパカバーナ行きのバスは今日はなく、明朝までない、とのこと。再び呆然となる。
(ティティカカ湖のツアーは確か朝発だから、今日中にコパカバーナに行かないとダメだよな〜。)
欧米の鉄道駅のような、巨大で清潔感のあるラパスのテルミナルで、ベンチに座って途方に暮れる。
(どうする?ティティカカ湖は諦めか?どうせいずれペルーには来るんだから、その時にプーノからコパカバーナに入るか?)

ボリビアの子供達

しばらく色々頭を巡らせる。しかし思いついた。この正規のテルミナルじゃなく、例のセメンテリオ近くからもコパカバーナ行きのバスは出てる。そこからひょっとしたら今日バスが出るかもしれない。

僕の予感は的中した。セメンテリオ近くから、今日1便だけコパカバーナ行きのバスが出る、という。出発は17時半。未だコパカバーナに抜ける道には障害があるらしく、今日はこの最終便だけが運行するそうだ。

しばらくセメンテリオ近くで写真を撮ったり屋台でジュースを飲んだりしてして時間をつぶした後、バスに乗り込んだ。コパカバーナまでは3時間〜3時間半の道のり。このバスがエンコしない限り、何とか紙一重で今日中にコパカバーナに着くことができそうだ。

車窓を眺めていると、だんだん日が暮れていく。ほどなく夜の闇が降りてきた。出発して2時間ほどで、バスはティティカカ湖畔に到着する。ここでいったんバスを降りて、湖峡を小さな船で渡るのである。しかも、バスはバスで木のボートに乗って渡るのだ。

対岸で再びバスに乗り込む。ここからコパカバーナまで1時間の道のり。バスは山間を縫うように走るワインディングロードを進む。空は満月が金色に光っている。そして、満月にもかかわらず、無数の星が輝いている。これで月が出てなかったら、星の洪水だったろうに、と少し残念な気持ちになる。
だが、煌々と輝く月明かりのおかげで、山間に見え隠れするティティカカ湖が神秘的に佇んでいるのを見ることが出来た。闇色に沈んでいるが、その存在感はバスの中にまでひしひしと伝わってくる。月が湖面を幻想的に照らし出す。

車窓からティティカカ湖と夜空を見ながら、ふっと今エクアドルで起こっていることを思い出した。今ボリビア時間の午後8時前。エクアドルでは7時前。キトの隊員連絡所では、同期のモロちゃんが、今回到着した新隊員の20人に連絡所の使い方のレクチャーをしてくれているはずだ。連絡所の明るい部屋の様子が、脳裏にありありと映し出される。
片や今僕はボリビア、夜のティティカカ湖畔でバスに乗っている。月光に照らし出された神秘的なティティカカ湖を見つめながら走っている。日本では僕の友人達が今この瞬間、何かを見つめながら息をしている・・・。

夜9時、バスはコパカバーナに到着した。


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(ボリビア旅行記−3−
                                             
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