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ボリビア旅行記
2004年9月・記
(5)ラパスからスクレに飛ぶはずが・・・

コパカバーナのカテドラル


ティティカカ湖のクルーズボートは、コパカバーナの街に戻った。昼飯は再びトゥルーチャ。スープとメイン(トゥルーチャ)にデザートが付いてわずか6ボリビアーノ(75センターボ、約80円)。ボリビアの物価の安さの真髄、ここにあり。

コパカバーナは、小さい街だ。だが、スペイン人が聖地にしようとしただけあって、巨大な純白のカテドラルが堂々とそびえていた。
完全に観光地化されていて、人々は陽気だ。レストランの呼び込みのニーちゃんが、笑顔で声をかけてくる。
「オラ、そこのアミーゴ。飯をうちで食ってきなよ!」
彼とひとしきり世間話をした後、再び歩き始める。

街から坂道を下った方向を見通すと、広大なティティカカ湖が顔をのぞかせる。まるで、海水浴に行く時の道のようだ。坂道を下ったら海。昔見たどこかの海沿いの風景が、デジャブーのように重なる。

日差しは強い。昨晩の寒さがウソのよう。これが高地特有の気候だ。朝晩の冷え込みは半端じゃない。3時までコパカバーナの街を歩き回り、ラパス行きのバスに乗り込んだ。再び3時間半のバスの旅

昨日は夜の闇の中に沈んでいたティティカカ湖だったが、今日の帰りは昼間。車窓からは雄大な青い湖が、山々の間から顔を見せ、また隠れる。バスは山間のワインディングロードを走る。むき出しの土に潅木が生えている枯れた山々の間から、一転して真っ青に透き通った鮮やかな広がりが見える。対照的なコントラスト。

ティティカカ湖峡をボートに乗って渡るバス


再び湖峡をボートで渡り、一路バスはラパスへ。

ラパスに着いたのは午後7時前。荷物を預けていた宿に再びチェックイン。もう今日で4泊目なので、フロントのネーちゃん、ニーちゃんとはすでにマブダチだ。ネーちゃんの話では、内川さんは、今日の午後5時にバスでスクレへ旅立った、とのこと。

ラパスの夜。サガルナガ通りの坂道を上がり、繁華街を歩く。午後7時。ラパスのマッチ箱に灯が入る頃、喧騒と人混みはさらに激しさを増してくる。坂道に数珠繋ぎになったミニバス、バス、車の大渋滞。その両脇にこれまた数珠繋ぎに延々と続く露店。各露店は裸電球でライトアップしてる。大渋滞の車達と露店との間の狭いスペースを、無数の人々が上り、下りる。夜のメルカドは、往来するのも困難なほど人と露店と車がギュウギュウ詰めにひしめいている。しばらくこの喧騒を楽しみながら歩いた後、宿に戻った。

明日は、朝早く起きて、三度ティワナク遺跡に挑戦する。そして、午後2時の飛行機でスクレへ飛び、さらにスクレからバスでポトシに移動する。



翌朝、午前6時前に起きる。セメンテリオ近くのミニバス乗り場からミニバスに乗り、ついにティワナクへの道が開けた。バスは山の間の幹線道路を猛スピードで走る。このミニバスはティワナクを過ぎた後、ペルーとの国境まで行くそうで、僕の隣に座った小ぎれいな格好をしたビジネスマン風のおじさんは、ペルーのクスコまで行くのだと言っていた。

ボンセの石像(ティワナク遺跡)

1時間半後、ティワナク遺跡に到着。
ティワナク遺跡は、遠くに山々を見渡せるだだっ広い平原にぽつんと残されていた。インカより古い今から約1600年前〜1200年前(400〜800年頃)、この地に繁栄したティワナク文化は、かなりの規模を誇った文化だったという。今ではその痕跡を全く残していない、ピラミッドだったという小高い土の山。いくつかの遺構。モノトリートと呼ばれる人型の石像。
きっとたくさんの人が住んでいたのであろうこの場所で、古代の人々は遠くの山々を見ながら何を考えていたんだろう、と思いを巡らせる。

ティワナク遺跡写真集

1時間ちょっと広くて何もない遺跡を歩き回った後、ティワナク遺跡に隣接した小さな村の中心にある小さな広場から、ラパス行きのミニバスに乗り、ラパスへ戻る。午前10時過ぎ。ラパスに戻って12時。すぐに空港へ向かう。午後1時前にはラパスの空港に到着した。

月の門

「よっしゃー!」
2日に渡るパロという全く予期せぬ障害がありながら、ラパスで行きたかったところはすべて行った。強行軍、体力勝負ならお手の物さ。
空港のバーガーキングで飯を食った後、ボリビアーノ航空のカウンターでチェックイン。
「2時のスクレ行き、よろしく。」
すると、対応したおじさんの係員は、怪訝な表情をする。しばらく端末をいじっていたが、「ちょっと待ってろ。」と言って後ろの控え室に消えてしまった。
(あれれ、何かおかしな雰囲気だな?)

しばらくして出てきたオジサン係員は、こう切り出した。
「大変残念なお知らせが・・・。」
「は?」
「この飛行機は、1時間半出発時間が早まって、12時半にもう飛び立ってしまいました。」
「えぇぇーーーーーーー!?」

そんなバカな。飛行機の出発時間が大幅に早まった?飛行機の時間が遅れるんじゃなくて早まるなんて、生まれて初めての出来事だ。あまりに唐突だったので、出発が早まった理由を聞かなかったが、一体どうしたっていうんだ?

ボリビアーノ航空の係員は、今晩のホテルは用意するから、明日の朝8時頃にあるスクレ行きに乗れ、という。だが、僕は今日中に何としてもポトシまで着きたかった。それじゃないと明日以降の日程がキツくなる。もうすでに証明されたように、ここボリビアでは何が起こるかわからない。旅が予定通りに進まない、障害となる出来事が平気で次々と起こるのである。
「バスに切り替えて行く場合、スクレまでのバス代は出ますか?」
「残念ながらそれは出ません。」

しばらく空港の椅子に座って一人考えた。今午後2時。ラパスでは、とりあえず全部行きたい所には行った。さらに1泊するメリットはない。それに、先に先に動かないとこの後何が起こるかわからない。バス代もたいした額ではない。10ドルもしないだろう。僕は決断した。夜行バスで、ここラパスからポトシへ向かう、と。その旨を係員に告げると、エル・アルトにあるバス会社のオフィスまで空港の車で連れて行ってくれた。そこで無事ポトシ行きのチケットをゲット。バス会社の陽気なニーちゃんたちの話では、ポトシまでの所要時間は、10時間。午後6時半ラパス発、午前4時半ポトシ着、本格的な夜行バスだ。料金は60Bs(約7.5ドル)。

バス会社のオフィスから、さらにすり鉢の下にあるテルミナルまで車で連れて行ってもらう。午後3時。まだ出発まで3時間以上ある。テルミナルの喫茶店で時間をつぶし、食堂で軽く飯を食う。そしてジュースとパイを買い込んで長距離バスの旅に備える。

午後6時半、ポトシ経由スクレ行きの大型バスは、550km南のポトシへ向けラパスのバスターミナルを出発した。2組の白人カップル観光客も乗っている。その他は現地の人々だ。バスに乗るといつでも必ず乗っている、インディヘナのオバちゃんももちろんいる。

真夜中、夜行バスの休憩時間

バス車内は、快適だった。「Bus Cama」と呼ばれる、座席間のスペースが大きく、深くリクライニングできるバスで、トイレ、エアコン付き。「地球の歩き方」には、この時期の夜行バスはとてつもなく寒い、と書いてあったので内心ビビッていたが、暖房付きで一安心。
バスは、夜のハイウェイを颯爽と南下する。道は、いい。車内のモニターでは、映画を1本上映した。これがつまらない映画だとうるさくて最悪なのだが、結構楽しめる映画だった。内容は、アメリカ人の馬乗りが、馬とともにアラブ世界に渡り、砂漠で行われる過酷な馬レースに参加する、というもの。

6時間ほど走って、夜中の12時過ぎに小さな村に停車し、ようやく休憩時間。1件のレストランで乗客が思い思いに食事したり温かい飲み物を飲んだりしている。ポトシからラパスへ戻るバスも僕らのバスのちょっと前にここに着いたらしく、止まっている。

再びバスは走り始めた。ウトウトしながらも、徐々に寒さを感じるようになってきた。時間はもう午前2時。そして、寒さが最高潮に達した午前4時半、バスは定刻にポトシに到着した。真っ暗、厳寒。ポトシで降りた他の乗客と一緒に寒さに震えてタバコを吸いながら、これからどうするかを考えた。


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