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ボリビア旅行記
2004年9月・記
(6)色あせたポトシの街と青い空
午前4時半過ぎのテルミナル。数台のタクシーが寒そうに乗客を誘っている。その1台に乗り込み、セントロ中心部の「11月10日広場」へ。オスタルは当然のごとくどこも扉を閉じている。「歩き方」で調べていたオスタル「コンパニア・デ・ヘスース」の呼び鈴を鳴らす。午前5時近い。
宿のオバサンは、眠い目をこすりながら扉を開けてくれた。無事チェックイン。おばさんに、今日鉱山ツアーに参加したいことを告げると、朝9時に出発だからその頃に起きてきなさい、と言われた。
コカの葉を噛むガイドのおっちゃん
午前8時過ぎ。眠い身体を起こし、食堂へ。宿のオバちゃんによれば、9時に鉱山ツアーのガイドが迎えに来る、とのこと。
ポトシの街は、標高4070mに位置する、世界最高所の都市である。16世紀にこの地にやって来た侵略者スペイン人が1545年ポトシ山に銀の大鉱脈を発見した後は、銀の街として繁栄した。銀のほかスズ、亜鉛、タングステン等を産出し、「富の山」と呼ばれたほど栄華を極めた。だがその影には、過酷な労働を強いられたインディヘナ鉱山労働者の壮絶な物語がある。スペイン人は銀鉱脈が尽きると同時にこの街を捨てて去っていった。嵐のような栄枯を経験したポトシだが、今でも鉱山は稼動していて、銀、亜鉛、スズなどを産出している。
400年の歴史を持つその鉱山を見学するツアーがある。そしてこれこそ僕がポトシで一番見たかったものである。
鉱山ツアー参加者は、何と僕一人。ガイドは、物腰の柔らかそうなおじさん。以前6年間鉱山で働いていたそうだ。彼と僕、マンツーマンの鉱山ツアーが始まった。彼は始め僕に英語で話しかけてきたが、僕がスペイン語を話せることを知ると、以後の会話はすべてスペイン語になった。
ポトシ鉱山坑道の入り口
鉱山に入るための身支度を整える。黄色い作業服に長靴、ライトつきのヘルメットを装着。その格好で、まずはコカの葉を買いにメルカドへ。これは訪問する鉱山で働いている労働者へのお土産である。ビニール袋一杯で30Bs(約4ドル)もした。そして「ダイナマイトの実験」をするためにダイナマイトも買った。こちらは10Bs(約1.3ドル)。その後服を着替える。黄色の作業着上下、長靴、そしてランプ付ヘルメット。これで鉱山に入る準備は万端だ。
暗い坑道で働く鉱山労働者
空は晴れ渡っている。鮮やかに青い。ここは標高4000mを越えた場所。ガイドのオッちゃんのオンボロワゴンで、ポトシの街からポトシ山のふもとまで登る。ここの標高はオッちゃんの話では4350mだという。
十字架を祭った入り口から鉱山へ入る。中は真っ暗。ヘルメットのライトが頼りだ。始めは楽な洞窟歩き、といったところ。先導するおっちゃんの後を、ビデオ片手に余裕でついて行く。トンネル世界と言えば、トルコ・カイマクルの地下都市、ベトナム・ホーチミン郊外のクチトンネル、アメリカ・ニューメキシコ州の世界一の鍾乳洞・カールスバッドを思い出す。
まず最初の鉱山労働者のおじさんと出会う。彼はコカの葉を噛みながら、ノミのような工具をハンマーで洞壁に一心不乱に打ち込んでいた。僕も同じ作業をやらせてもらったが、ハンマーがとんでもなく重い。これを何日も続けるとは、思った以上の重労働だ。おじさんの話では、コカの葉と水だけで36時間続けて坑道内で仕事することもあるという。コカの葉には、空腹や渇き、疲れを感じなくなる効果がある。まさに麻薬。
そしてさらに真っ暗な坑道の奥へ向かう。ここからはもうビデオを撮る余裕など全くなくなった。突然現れる横穴。人が1人ちょうど抜けられるくらいの直径しかない。そこを身体を坑道にこすりながらくぐり抜ける。リュックを背負ったままでは引っかかって通れない。ちょうど痩せた人間が1人通れるくらいの直径の穴なのだ。さらに唐突に現れる垂直に登る穴。足場を一歩一歩確保しながら登る。いきなり木曜スペシャルも真っ青の「地底探検」に様変わ
り。体中が泥にまみれていく。
坑道は、東西方向と南北方向に何本も掘られている。基本的に銀鉱脈は南北に走っているので、まずは東西方向に掘って銀を見つけ、その後はそれに沿って南北に掘り進めば鉱脈を丸ごとモノにできるわけである。
坑道内に祭られている、鉱山の守り神の『悪魔』の像(ちょうど地蔵を悪魔にした感じ)を見、2人目の鉱山労働者と会話をする。合計1時間くらい坑道を歩いて、同じ入り口から外に出た。作業着とリュックは土で汚れ、4000mの高地だけあって息が上がる。坑道を出ると、再び濃い青の空が輝く眩しい世界が僕らを迎える。
およそ460年間に渡って巨富を生んできたポトシ山のふもと。すべてが砂の薄茶色に沈んだ世界。建物、家、すべてが茶色にくすんで輝きを失っている。そんな中で、時々ある小さな露店に積まれている果物達が赤や黄色の鮮やかな色を発していて、ハッとさせられる。
この砂の中に埋もれたように色を失った山のふもとで、人々は光り輝く鉱物資源を飽くことなく捜し求めてきた。
そして、空は濃い青。空気層が薄いことを推測させる。以前藤原新也の写真集で、次のような意味の一節を読んだことがある。
「これ以上青い空はない、という場所に長く住んだので、平地に降りると『いつも空が濁って見える』という宿業を背負ってしまった。」
坑道の外で銀を振り分けるおばさん
「女性は災いをもたらす」との迷信があり、
女性は坑道内には入れない。
「これ以上青い空はない、という場所」とは確かチベットだったと記憶してるが、標高4070mのここポトシの空もなかなか青い。もっとも、来る前に予想していたほどではなかったが。
坑道見学の後は、ダイナマイトの爆破実験(1ドルちょっとの割にはすごい爆発力だった)、鉱物の精製工場の見学。5時間に渡った鉱山ツアーは終了した。
その夜、日曜のポトシの街に人通りは少ない。ボリビア料理を出す大衆食堂を探して歩き回ったが、ない。あるのは、観光客向けのハンバーガー屋ばかり。寂しい夜の街で、ハンバーガー屋だけは案の定白人観光客で賑わっている。それといくつかの鶏肉屋。ボリビアでもやはり鶏肉は大人気だ。ボリビアまで来てハンバーガーなんて食いたくない。
翌日。8月30日月曜日。午前中はポトシのセントロを歩き回る。それほど広くないセントロに、たくさんの教会が佇んでいる。スペイン人達が作った、夢を追う街・ポトシ。
カテドラルと11月10日広場
ポトシ写真集
今日は、ここからバスでウユニに移動することにしていた。宿のオバちゃんの話では、午前中のウユニ行きのバスは、10時、11時、12時発がある、という。セントロを大体見終わって、時間は11時。オスタルをチェックアウトし、ウユニ行きのバスが出るターミナルへタクシーで向かう。だが、何軒も並んだバス会社に一つ一つ入って聞いたが、今日の午前中発ウユニ行きのバスはもうない、という。つまり12時発のバスは今日はない、というのだ。午後のバスは6時半発、それだけ。
やむなく、午後6時半発のチケットを求める。午後6時半発でウユニ到着は午前2時。ざっと7時間半のバス旅だ。
ポトシの街からポトシ山を望む
再び午後6時半まで7時間くらいの待ち時間をつぶさねばならなくなった。午前中にポトシの街はもう見終わった。セントロへ戻って昼飯を食べた後、しばらく街の中心にある広場、11月10日広場のベンチでタバコを吸いながらどうしようかと思案にくれていた。昼の日差しは暖かい。だがラパスよりも大分気温が低い。日陰に入るとすぐに寒く感じられる。
午後1時半。昼過ぎの広場はたくさんの人々で賑わっている。喧騒はない。ただみんな時が止まったかのようにベンチに座ってのんびりと時を過ごしている。大人、若者、親子連れ、インディヘナのおばさん。彼らに交じって僕もぼんやりと過ごす。彼らは仕事ないのだろうか?それとも昼休み?
ちょっと肌寒い。ネットカフェにでも行ってみるか?
バックパックを背負って街を再び歩き始める。するとすぐにセントロの狭い路地に、映画館が目に留まった。そういえば昨日も「スパイダーマン2」のポスターがやけに目立ってたっけ。
(映画でも見るか。)
そう思って入り口で時間を調べると、あと10分、2時45分から「The Day After Tomorrow」という(おそらく)ハリウッド映画を上映するという。そしてその後「スパイダーマン2」。ここは2本立て上映なので、この2本を見れるのだ。しかも入場料はわずか6Bs(約80円)。6時半のバスだから2本とも見てる暇はないが、「The Day After Tomorrow」は見れる。
汚く古い映画館に観客は15人くらい。平日(月曜日)の昼間、少なくても当然か。
画面が暗く、10分に一度くらい音声が途切れるし、低品質な映画館だったが、寂びれた雰囲気はそれなりに楽しめた。ボリビア人は映画好きなのかそうでもないのか分からなかったが。
スパイダーマン2が始まると席を立って外に出た。まだ午後の日差しが明るい。午後5時。急な明るさに目を細めながら映画館を出、再び11月10日広場のベンチに腰を下ろす。しばらくしてテルミナルへ向かう。
午後6時半、30人乗りほどの中型バスはウユニへ向け出発した。観光客と思われるのは僕とヨーロッパ人の女性バックパッカーのみ。その他は地元の人々。彼らはみんな大きな荷物を持って乗り込んでる。どうやらこのバスも庶民の足としてウユニとポトシを往復しているようだ。
満月が低く輝く中、街灯のない未舗装道路をバスは走る。山間を右にカーブを切りながら登る。しばらくすると下り。左に曲がりながら降りる。こういうことを繰り返す超ワインディングロード。さらに途中浅い小川を渡ったりする。当然スピードは出ない。ウユニ−ポトシ間の直線距離はそれほど離れていないのに7時間半もかかるってのは、こういうことだったか。さらに、途中何度か車の様子がおかしくなって止まった。車掌と運転手がしきりにタイヤ周りを調べている。これで時間をさらにロス。
月明かりに照らされた山々が薄ぼんやりと闇の中に浮かんでいる。もし明るかったら、雄大な風景が広がってるんだろうなということを想像させる。すれ違う車はまばら。15分に一度くらい対向車がやって来る。月に対抗するようにオリオン座が逆さまに輝いている。
3時間くらい何も人工物のない道を走って、初めて村らしき集落を通り過ぎた。おそろしく人口密度が低い。大地に人工的な灯りがない。バスのライトが切れたら終わり。バスの中で夜が明けるのを待つしかない。これほど夜に光るものがないのは、日本では考えられない。国土面積も当然違うが、ここまで何もないところがある国では、人々の考え方が僕らと違って当然だ。
さらにバスは、何もない、誰もいない夜半のアンデス山中を走り続ける。
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