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ボリビア旅行記
2004年9月・記
(2)パロ発生

ラパス2日目。雨は上がった。今日は内川さんとティワナク遺跡に行く。ティワナク文化は、インカ以前の西暦400年頃〜800年頃まで続いたとされる古代文明で、その遺構がラパス郊外のティティカカ湖畔に残っている。ラパスからミニバスで1時間半。
朝6時に起きセメンテリオ(墓地)近くのバスターミナルへ行こうとするが、ミニバス(ワゴンタイプの小さなバス)があまり走っていない。道端にいたニーちゃんに聞いてみる。
「セメンテリオ行きのバスはここ通りますか?」
すると、予想もしなかった答えが返ってきた。
「今日は朝から公共交通機関(バス、ミニバス)の24時間のパロ(paro、ストライキのこと)が始まったんだ。今日はバスが動かないからどこにも行けないよ。」

パロのため歩いて通勤する人々


南米では、パロが頻繁に起こる。エクアドルでもそうだ。基本的には、政府に対して労働条件の改善(給料アップ)を要求して公的機関の労働者が起こす。交通機関(バス、タクシー等)のパロ、公立学校の教師達のパロ、時には病院でもパロが起きる。交通機関のパロは数時間〜数日で終わるが、学校のパロは数週間続くこともある。その期間中は学校はなくなり、先生は全く働かないのだ。協力隊員も学校教師が多いので、このパロに巻き込まれることが多々ある。パロの期間は自動的に休みになるので、子供達はかえってパロを喜んでいるかもしれない。だが病院のパロは最悪だ。ヘタをすると患者をほったらかして、医者や看護婦が自分の給料アップを要求して働かないのだから。

僕も4月にクエンカでタクシスタ(タクシー運転手)のパロに遭遇した。この日は、クエンカ中のタクシーが主要道路という道路を自分達の車で封鎖したため、車は全く走れない状態となった。

学生広場と官庁街

この日のラパスもそれと同じだった。バスの運転手達が道という道を塞ぎ、市外に出ることはおろか、市内を車で通行することもままならない状態となった。これではたとえタクシーに乗っても道が封鎖されているのでティワナク遺跡には行けない。

僕達はティワナクに行くことを諦め、ライカコタの丘に向かって歩き始めた。道にはほとんど車が走っていない。ところどころで道が封鎖されている。
ライカコタの丘を過ぎ、アルセ通りをさらに南東に歩いていくと、街の様相がどんどん変わっていく。雑然とした雰囲気がなくなり、整然とした官庁街に様変わりするのだ。各国大使館や高級ホテルがあるのもこの区域だ。

ムリリョ広場、カテドラル、鳩


「行けるか分からないけど、『月の谷』に行ってみる。」
という内川さんと別れ、僕はセントロ方面に戻った。雲はあるが、今日の天気はまずまず。仕方ないからセントロやサガルナガ通り沿いの混沌としたメルカドを歩くことにした。

ボリビア民芸品を売るお土産屋


ラパス写真集

この日は結局ラパスから出ることはおろかちょっとそこまでバスで行く、ということも出来ず、ラパスの街中を歩き回って写真・ビデオを撮ることに終始した。ホテルで、戻ってきた内川さんと話をしたが、やはり月の谷までは行けなかった、とのこと。何箇所かの封鎖関門を通り過ぎたが、結局歩いていくのは遠すぎたそうだ。途中、バスの運転手達が道で車を燃やすデモンストレーションをしていて、近くにいた警官に「ここから先には行くな。」と制止されてやむなくそこで先に進むことを断念。エクアドルでも、パロ時には道を封鎖するためにタイヤを道に並べてガソリンをかけて燃やすことがよく行われる。

マッチ箱を並べたようなラパスの山の斜面


今日は運が悪かったと思って諦めるしかないな。24時間で終わるんなら、明日は大丈夫だろ・・・。
夜の厳しい寒さの中共同のシャワーを浴び、ついでに靴下を洗濯する。この寒さで温かいお湯が出なかったら凍え死ぬところだが、何とか我慢できる最低限の熱さのお湯は出た。明日の早起きに備え、眠りにつく。



翌日。8月26日木曜日、ラパス3日目。朝6時に起きて再びセメンテリオへ向かう。今日は僕1人。内川さんはエル・アルトの市場で古着(防寒着)を買うそうだ。僕は朝ティワナク遺跡に行き、その後ティティカカ湖畔の街・コパカバーナへ移動して1泊するつもりだった。コパカバーナの後は再びラパスに戻ってくるので、不要な荷物とバックパックは宿に置かせてもらえた。内川さんは明日の夜にスクレへバスで移動するそうなので、朝彼女に別れを告げて宿を出た。
ムリリョ通りとサンタクルス通りの狭い交差点で、セメンテリオに行くミニバスを拾う。ミニバスは走っていた。だが、セメンテリオに着いて、人にティワナク行きのバスの発着場所を尋ねると、またまた予想もしなかった答えが。

セメンテリオ(墓地)入り口と教会

「まだパロが続いてるから、ティワナク行きのバスはないよ。」
「えぇぇーー!?」

昨日の時点では、24時間の予定のパロだった。だが、政府と労働側の交渉が難航しているらしく、パロは2日目に突入したのだ。今日はいつこのパロが終わるか分からない、とのこと。交渉がまとまればその時点で終わるし、そうでなければ延々続くことになる。

頭の中愕然としながら、どうしたらいいか考えた。ティワナク遺跡はぜひ行きたい。思えば、今までしてきた旅行で、行く予定だったところに行けなかったことはほとんどない。だが、今回はこのパロという自分1人の力ではいかんともしがたい異常事態の前に、ひょっとしたらダメかもしれない・・・という絶望感が頭をかすめる。
(せっかくラパスまで来たのに・・・。)

すると、近くのオッちゃんが、僕がティワナクに行きたいことを聞いていたらしく、アドバイスしてくれた。
「お前、ティワナクに行きたいのか。タクシーならまだ行けるかもしれないぞ。あの辺りでタクシーに聞いてみな。」

そうか、まだ道が封鎖される前なら市外に脱出できるかもしれない、というのだ。何台かのタクシーを止めたが、ティワナクに行きたいことを告げると、すべて「NO。」の答え。
だが、しばらくして、1人の運ちゃんが近づいてきた。
「ティワナク、がんばって行ってみるか?」

このタクシーに乗って、ラパス市外への脱出を試みる。時間は朝7時半。道は続々と封鎖され始めている。回り道を回りに回って何とか市外への道を探る。目の前の道が封鎖されているとUターンして別の路地を入る。だが、結局最終的にすり鉢の底から出る道は既に封鎖されてしまっていた。
「あと1時間早かったら行けたのにな・・・。」
とタクシーの運ちゃんが残念そうに言う。
「どうする、ホーベン(若者)?」

僕は(本当に今回の旅ではティワナクに行けないかも。)という絶望感に、思考を停止されがちになっていた。次のことを考えるより、痛恨な気持ちに押しつぶされそうになっていたのだ。だがそれも束の間、すぐに頭を切り替えた。
「しょうがないから、『月の谷』に行くよ。」

月の谷までの道は、封鎖されていなかった。昨日の状況とは微妙に違うようだ。タクシーの運ちゃんの話では、昨日よりは封鎖は和らぐだろう、とのこと。
市内から南東方向に30分ほど走って、タクシーは月の谷に無事到着。

2日目に突入したパロのおかげで、再び予定の変更を余儀なくされたが、少しずつ消化していかなければ・・・。
だが、そんな苦悩も、月の谷に一歩入ったとたんに忘れ去ってしまった。そこには不思議な光景が広がっていたのだ。


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