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九州旅行
(2013年7月)
2.熊本、阿蘇

DAY4

熊本アーケード街と上空のくまモン

熊本稲荷神社

熊本の街。くまモンがどこにでもいる

二様の石垣。緩やかな方が加藤清正時代、急な方が細川家時代のもの。

宇土櫓

熊本城の大小天守閣

熊本の街と山々

本丸御殿

しろめぐりん ⇔ 市電

熊本繁華街

熊本ラーメン

桜の馬場 城彩苑

スイカサイダー

立野駅 ⇔ スイッチバックの説明

大観峰入口バス停

大観峰から望む阿蘇五岳。かすんでしまっていますが。

高菜飯とだご汁

阿蘇西駅へ向かうバス車窓の風景

噴煙を上げる阿蘇中岳火口

草千里ヶ浜

均整の取れた米塚

7月19日(金) 熊本 晴れ・猛暑

朝8時過ぎに起きる。今日は熊本観光。
外に出ると曇っている。が今日も暑くなるとの予報だ。熱中症には十分注意せよとのこと。

熊本の街の観光スポットといえば熊本城が筆頭だ。歩いて熊本城へ。何の建物か、早速くまモンがビルの壁に描かれている。彼のあの表情は笑っているようにも見えるが、何かに驚いている表情なのだという。確かに、目が点になっている。
熊本の街にも市電が走っている。西日本や北陸の主要都市にはいわゆるチンチン電車が走っている街が多く、街の風景を形成している。市電が残った街と消えてしまった街の分岐点は何だったのだろうか。
城の手前には熊本城稲荷神社がある。お稲荷様らしい赤い鳥居と建物が派手だ。「智恵の輪くぐり」をしてお参りする。

熊本城。肥後熊本人が尊崇してやまない、加藤清正が1607年に完成させた名城。大小天守閣、本丸御殿、無数(49基)の櫓、高い石垣から成る、難攻不落の巨大要塞だった。
実際に戦場となりその難攻不落ぶりが発揮されたのは、江戸時代ではなく維新後、1877年(明治10年)の西南の役(西南戦争)でである。新政府軍が籠城し、薩軍がこれを包囲して攻めたが、ついに最後まで落ちなかった。
とにかく広大なので一通り見て回るだけでも大変だ。須土口門から入城。高い石垣の間の道を登る。違う2つの時代に造られた別様式の二様の石垣。武者返しと呼ばれる、上に行くほど垂直にそそり立つ石垣は、敵の取り付きを許さない。
天守閣。着物を着たスタッフが城の周りに配置され、江戸時代の言葉を使って観光客を出迎える。
「左側通行への協力、かなじけのうつかまつる」
「ほう、駿河の国からおいでか」
彼らが「熊本城おもてなし武将隊」か。最近はどこの城でも、その城ゆかりの武将らに扮した一座がいて、客をもてなしたり、演武や劇をやったりしているようだ。昨日の島原城にもいたな、そういえば。
ここ熊本城のメンバーは、加藤清正を筆頭に、加藤家三傑、清正の娘八十姫、次回の大河ドラマの主役黒田官兵衛ら。僕が熊本城を後にする頃、武将隊の演舞が始まった。
そういえば見なかったけど、名古屋城にもいた。尾張名古屋はすごい、何しろ織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の出身地だけあって、3大巨匠そろい踏みの武将隊なのだ。

高い石垣の上に、大小2つの天守閣が聳えている。西南戦争勃発(薩軍による熊本城攻撃)の数日前に、熊本城は炎に包まれ、大小天守閣はじめ主要な建物が焼失する。今でもこの出火原因ははっきりと分かっていないらしい。薩軍の攻撃目標となるのを避け、政府軍があらかじめ火をつけて焼き払った、との説もある。
復元された大天守は3層6階からなり、最上階からの熊本の街の見晴らしは抜群だ。天守内部は資料館となっており、熊本の歴史を展示している。

宇土櫓。数ある櫓の中でも築城から唯一焼失せずに残っている貴重な櫓である。国の重要文化財。
ここも資料館となっている。最上層に登ると、これまた眺めが良い。人懐っこいおじさんが話しかけてきた。
「どこからですか?」
「千葉から来ました」
このおじさん、酒見さんはここ熊本城のスタッフで、宇土櫓を見学に来る観光客に対して、色々歴史や熊本のことを説明する係のようだ。彼と話しているうちに、色々な歴史を学ぶことが出来た。
ここ熊本城およびその近郊は、先述の通り、日本最後の内戦、西南戦争が始まった場所であり、激戦となった場所である。熊本城の籠城戦においては、土佐人・谷干城率いる新政府軍の拠点となり、薩軍の猛攻に耐え切った。
「(窓の外を指差して)あちらの田原坂(たばるざか)でも大規模な戦闘があり、そこで政府軍が勝利し、攻勢に転じるわけです。そして敗れた薩軍は形勢不利になってきます」
「西郷隆盛も、田原坂から鹿児島に逃げ帰ったのでしたっけ?確か宮崎の山の中を突破して鹿児島にたどり着いた」
「そう」
「なぜ薩摩の兵器は新政府軍よりも劣っていいたのでしょうか?元々は薩摩軍が新政府軍の中心だったわけですよね?だったらそんなに違うとも思えないのですが」
「そうね、分からんねぇ。」

「私の父は熊本出身なんです」
「そう、どちらで?」
「植木町です」
「あぁ、スイカで有名よ」
「確かに、こないだスイカ出始めのときに親戚から送られてきました」
「名前は?」
「吉田です」
「あぁ、熊本は吉田姓多いけんね」
「そうですか」
「どこの高校?」
「父ですか?済々興です」
「あら、私もそうよ、済々興。」
酒見さんが相好を崩す。
「昨日(熊本県大会)準々決勝で逆転勝ちしたのよ。夏、春、夏の3期連続目指してるけんね」
彼は高校野球の県予選を熱く語る。
「千葉なら同窓会は東京やね」
「そういえばこないだ済々興110周年同窓会ありましたよね?父は熊本に出かけてました」
「そうね。」
思わぬつながりがあるものだ。僕の父は、酒見さんの先輩ってわけだ。
酒見さんには、熊本が清水で有名なこと、西郷隆盛の一族はもともとは熊本出身で鹿児島に移ったこと、などを教わった。
15分くらい話したろうか、他の客も展望台に上がってきたので、記念に酒見さんの写真を撮り、礼を言って僕は下に降りた。

築城400年の2008年に復元された本丸御殿。藩主が居住した建物で、居間はきらびやかな絵に飾られた、最高格式の書院造り。豪華絢爛。復元に9年をかけたとのこと。

熊本城写真集

もう3時近い。腹ペコで死にそうだったので、熊本城を後にして庶民の大衆食堂を探して京町方面に歩くが、これが本当に死ぬかと思った。どこまで歩いても食堂がないのである。街は住宅街的なところではあるが、ポツリポツリと店はある。だが肝心の飯屋がない。真昼の気温は、35℃は堅い。日をさんさんと浴びながら、死にそうになって歩く。セブンイレブンがあったので、座って飲み物を飲んでいた2人の高校生に尋ねる。
「この辺りに食堂はありませんか?」
「この辺りには・・・ないですね。一番近いところで自転車で10分くらいかな?」
「えっ、自転車で10分???」
「はい。」
僕は体の力が抜けていくのを感じる。何ということだ。ないのだ。セブンイレブンで何か買う手もあったが、熊本まで来てコンビニ飯は僕の流儀上許されない(笑)。カルピスウォーターを買って飲みながら元来た道を戻る。足は重く、ほとんどフラフラだ。小さな駄菓子屋でガリガリ君梨味を買ってかじりつく。
熊本城に戻る。もはや飯は熊本の中心街で食うしかない。その前に、細川刑部邸を見学せねばならない。なぜなら、僕は熊本城と細川刑部邸のセット入場券を買ったからだ(悲)。腹が減って死にそうながら、細川刑部氏の武家屋敷を見学する。加藤氏の後に熊本を治めたのが細川氏で、藩主細川忠利の弟刑部少輔興孝が建てた屋敷。

城巡りバスその名も「しろめぐりん」に乗って市役所前まで戻る。アーケードの中の「一麺や」で遅すぎる昼食。もう午後5時だ。腹減るわけだ。熊本ラーメンとおにぎり。熊本ラーメンもとんこつベースでにんにくチップをトッピングするのが王道らしいが、僕はそんなことを気にせず、ひたすら食べる。

熊本城に隣接して、お土産・特産品&レストラン街の「桜の馬場 城彩苑」がある。冷やかしに行く。建物はみな昭和風というのか、昔ながらの木造建築で統一されている。がもちろん古臭くはなく、ピカピカの新しい観光のための「造られた街」である。夕暮れの城彩苑には、観光客は少ない。
熊本名物、馬刺しを食わせる店がある。もちろん、激高高級レストランだ。
「あんたがたどこさ」という土産物店がある。そういえば、童謡なのか民謡なのか分からないが、『あんたがたどこさ』という歌は、肥後・熊本の歌だと口ずさんでみて思い出す。
この店でスイカサイダーを買って飲んだ。美味い。僕の父親の故郷は、スイカの街だ。

そうこうしているうちに日が暮れてしまった。今日はほとんど熊本城と細川刑部邸にしか行かなかった。他の見所として夏目漱石や小泉八雲の旧居があったが、行けずじまい。仕方ない。
そして疲れ切った。

ホテルに戻り、隣接した小屋(!)に設置されたコインランドリーでこの旅始めて洗濯。洗濯機200円、乾燥機30分100円、洗剤小袋50円。


DAY5
7月20日(土) 熊本・阿蘇 晴れ・猛暑

今日は、火の国・熊本の象徴、阿蘇山に行く。朝ホテルをチェックアウトし、市電で熊本駅へ。熊本駅のコインロッカーにバックパックを突っ込み、豊肥本線の普通電車に乗り阿蘇駅へ向かう。
切符は満を持して登場、青春18切符の1回目。今日は熊本→阿蘇→熊本→鳥栖という行程を、普通電車で踏破する。
田園風景から列車は山間へと突入する。立野ではスイッチバックで登っていく。ワンマン電車なので、スイッチバックのポイントに来ると、運転士が前方車両から歩いてきて、最後方の車両まで移動する。移動と言っても確か2両編成だったので、造作はない。運転席が最後方になり、今度は逆に走って分岐する線路を登る。これを繰り返してスイッチバック区間を走破する。

10:08阿蘇駅着。ここからはバスで移動せねばならないため、まずは駅に隣接しているバスセンターで時刻表を調べる。
今日は大観峰と阿蘇中岳に行くことにする。大観峰方面のバスは本数が少ないため、午前中はまず大観峰に行き、一旦阿蘇駅に戻って、午後に中岳に登るプランで決定。

大観峰方面行きのバスは10:18発。電車が阿蘇駅に着いたのが10:08だから、ほとんど待たずにバスに乗れたことになる。バスはすぐに田園の中に入り込み、バックにそびえる山々を見ながら走る。途中から山道を登り始める。大観峰入口バス停着10:53。降りるときに、運転手から、「バスの本数が少ないから気をつけて」と声をかけられる。合点。

歩き始める。大観峰は、阿蘇の山々を見渡せる展望所で、通常は車で行くのだろう。バス停からは2kmほどなので、歩いて30分といったところか。バス停からは麓が一望でき、はるか下に街が広がっている。
歩いて車道を登っていく。緑の丘陵が広がる。牛が草を食むのどかで美しい風景。ドライブコースに最適だ。
道は分かりやすかった。阿蘇駅のバスセンターでもらった地図通り歩き、30分ちょっとで大観峰に着く。ここからの阿蘇の眺めは、ちょっとガスっぽくて、天気はいいのだが、阿蘇の山々が涅槃仏のように見える絶景は、かすんでしまっている。だが、眼下に広がる水田と街の展望はなかなかよろしい。

阿蘇は、南北25km、東西18kmの巨大カルデラ全体である。外輪山と呼ばれる山が円周状に隆起し、その中に盆地状に広がる阿蘇谷と呼ばれる平地を囲んでいる。大観峰は北外輪山上にあり、ここから南を見渡すと、カルデラ(阿蘇谷)の中にある阿蘇五岳(根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳)の大パノラマが見渡せる、という寸法だ。これらの稜線が、釈迦の寝姿に似ていることから、涅槃像とも呼ばれる。阿蘇五岳のうち一番標高が高いのが高岳で、1592m。

ちなみに、阿蘇谷を囲っている外輪山が一箇所だけ途切れている部分が立野であり、鉄道も川もここからだけ阿蘇谷に通じている。要するに、阿蘇への出入口は、立野の部分だけ、ということである。さすがに道路は外輪山をぶち抜いて通っていますが。

大観峰ではパラグライダーをやっている人がいて、彼らが斜面を駆け下りながら飛び立つと、観光客から歓声が上がっていた。
ここには駐車場とレストハウスがあり、僕は食堂で熊本名物「高菜飯+だご汁セット」を食べた。だご汁とは、九州各地にある汁らしく、内容物として特徴的なのが、小麦粉の玉(要するにすいとん)。それ以外は、豚汁(味噌味)である、と言って間違いない。
実は僕ははじめこの中に入っているのが白玉(餅)だと思ったのだが、九州出身の母親に、「あんた、それはすいとんよ」と指摘された。

飯を食い終わって慌しく大観峰を後にする。再びバス停まで歩く。帰りは下りなので楽だ。12:30にはバス停に着く。一服。すると、山を登るバスが上がってきて、時間調整なのか、バス停で停止した。運ちゃんが僕に声をかける。
「下りのバスかい?」
「はい」
「まだ来ないかね。バスの時間は何時になってる?」
「12時40分です」
「したらもうすぐ来るよ」
12:45頃、下りのバスはやって来た。乗り込む。阿蘇駅着13:16。阿蘇山西駅行きバスはこれまたすぐやって来た。13:25発だ。何という効率的なバス乗り換えだろう!

阿蘇山西駅とは、阿蘇中岳に登るロープウェイ駅のことである。阿蘇駅から阿蘇山西駅に向かうバス停には、乗客が長蛇の列を作っていた。こんなに乗るんかいな!
でよく見ると、乗客のほとんどが外人である。白人、韓国人、中国人。日本人はほとんどいない。なるほど、日本人はおそらく、ほとんどが車で行くのであって、バスを使う人は少ないのだろうと推測する。阿蘇山の周りは、風光明媚なドライブコースであり、車で回るのが一般的だ。午前中に行った大観峰もそのコースに入っているわけだ。

阿蘇山西駅行きのバスは、普通の観光バスのような車両。ほとんど満席状態。最近出来たという阿蘇西岳への観光道路は、急坂もなく、緩やかに高度を上げていく。これに乗っている間に、車窓の風景が観光になるのだ。車窓には、次々と山の斜面が流れていく。緑色の斜面が頂上に向かってせり上がり、山の稜線が青い空にくっきりと浮かび出ている。美しい風景だ。おわんを伏せた形の米塚を通り過ぎる。

バス停を知らせる車内アナウンスは、日本語、英語、韓国語、中国語の4ヶ国語。だが、とても残念なことが一つあった。車内では、観光バスのごとく、阿蘇の自然や歴史について、バスガイドのような説明が流れるのだが、それが日本語のみなのである。これでは外国人には理解できない。非常に興味深い説明が多いので、ぜひ翻訳して外人にも理解できるようにしてもらいたい。説明は以下のようなもの。車窓から次々に見える山の名前とか、阿蘇という名前の由来とか、阿蘇地域の成り立ち(外輪山とその中にある阿蘇谷のこと)とか、四季折々の風景(春のミヤマキリシマ、夏は牧草地で牛が放牧されるとか)とか、この土地の風習・風俗の紹介とか。遠路はるばる阿蘇に来てくれているのだから、もっと阿蘇のことを知って帰ってほしい、というのは観光業の基本でしょう。せっかくとてもいいガイドをしているのに、本当にもったいない。ここで、阿蘇バスや九州産交バスの皆さんに強く提言したい。

さて、バスは阿蘇山麓の草原、草千里ヶ浜を過ぎて、阿蘇西駅に14:05着。阿蘇駅からの所要40分。
阿蘇西駅には、やはり大きなレストハウスがある。ロープウェイに乗って阿蘇中岳へ。片道わずか4分なのに、これまた往復で1000円もする。稲佐山といい、ロープウェイというのはなぜこうもボッタクリなのか(怒)。

阿蘇山は、火の国・熊本の象徴である。世界最大級の活動中カルデラ火山。阿蘇中岳は、もうもうとした噴煙を上げている。上がってすぐ、今日は火山活動が活発らしく、風向きが変わってB1ゾーンが立ち入り禁止となる。有毒な火山ガスが見学通路に流れてきて高濃度になると、即刻立ち入り禁止となるのだ。B1以外のゾーンは大丈夫なので、そこを歩いて火口へ。深い。噴火口は第1火口から第6火口まであるが、現在活動中なのは第1火口のみ。30分くらいすると、B1ゾーンの立ち入り禁止は解除された。
山のふもとで見てきた緑一色の風景から一変、ここは茶色の世界である。岩と土と砂が剥き出しになり、噴火口を形成する。辺りはゴツゴツとした岩が転がる殺伐とした風景。

見学ゾーンには、露店が出ていて、天然の軽石、天然の硫黄を売っている。硫黄は防虫剤になるらしく、「ヘビ、ムカデ、アリ、モグラ、ナメクジ、ハト、カラス除け」と書いてある。へぇぇ。それから馬油。化粧用だという。へぇぇ。

辺りにはいたるところに石製の避難所が作られている。ここは観光地であり、かつ危険な場所なのだ。

阿蘇山写真集

それにしても阿蘇山には外人が多い。ここは外国人密度が日本一の場所ではなかろうか?と思わせるほどに外人が多い。ここにいる人の半分くらいは外人ではなかろうか。南アジア系の人もいる。中国人も多いが、韓国人がかなり多いようだ。阿蘇山というのが、外国の旅行ガイドにどのように紹介されているのか、興味あるところだ。彼らは、どんな魅力を感じているのか?また、彼らはここから高千穂とか別府とかに足を伸ばすのだろうか。僕がこの九州の旅で感じたことは、九州には全般的に中国人と韓国人の観光客が多い、ということだ。東京よりも多いのかは分からないが、韓国などから見れば、九州はとても近く、地理的に来易いのだろうと思う。それに観光地は多いし、温泉も山ほどある。

帰りは歩いて降りても良かったなと思いながら、ロープウェイで山を降りる。レストハウス脇には神社(西厳殿寺奥の院)がある。レストハウスのお土産屋は、くまモンのオンパレード。キャラクター商品と言っても、食品からキーホルダーから人形からタオルからありとあらゆるものにくまモンが入っている。くまモンと一緒に写れるプリクラまである。
物まねくまモンという人形があり、人が何か言うとそれを繰り返すくまモンだ。後に行った大分・別府にもあった。一瞬楽しい。外国人は、溢れるくまモンをどう受け止めているのだろうか。

熊本滞在中、一番多く出会ったのは、間違いなくくまモンである。まさにフィーバー。別府にもいたように、熊本どころか、他県いたるところに生息している。もはや熊本の枠を飛び越え、九州全土に勢力を広げている。キャラクター商品だけでなく、街なかでも、のぼりや看板・案内板やビルの壁、パンフレット、ラーメン屋入口のマットなど、熊本の街を3歩歩けばくまモンに当たる。その爆発的な人気振りは、他のキャラクターの追随を許さないのではなかろうか。いまや熊本はくまモン一色に彩られている。いやぁ、ホントすげぇよ、くまモン。元祖ゆるキャラ、彦根のひこニャンも大分差を開けられてしまった感あり。僕は会社に勤めていた頃よく彦根に出張していたので、ひこニャンには思い入れがある。ひこニャンがんばれ(笑)。

まさにピラミッドの頂点。思えば日本中、キャラクターで溢れている。千葉でも、あらゆる市町村、観光スポットがキャラクターを乱立して街興しやPRに必死だが、そのどれもが誰も知らない。千葉県のキャラクター、千葉県の形をした犬の「チーバ君」でさえ、他県の人なら誰も知らないだろう。やはりゆるキャラコンテストなどで上位に入るようなキャラクターでないと、普及は難しい。だが、一度人気に火がつけば、くまモンのように、どんな客寄せアイディアよりも金を儲けることができる。


土地土地の名産を使ったソフトクリームも観光地で必ず見かけるものの一つだが、ここには「火山灰ソフトクリーム」がある。まずいだろ、それ(笑)。

阿蘇西駅から17:00発のバスに乗り、阿蘇駅に戻る。草千里ヶ浜では、草原と湖が美しいコントラストを作っている。そして乗馬体験ができるようで、馬が並んで繋がれている。

帰りは30分で17:30阿蘇駅着。今日はこれから鳥栖まで移動して鳥栖泊。
18:02発熊本行きの電車までの時間、駅前に会った道の駅のような土地の物産品売り場で、ソフトクリームを食べる(笑)。

18:02阿蘇発の電車は、19:25熊本着。乗り換え時間わずか7分間の間に急いでコインロッカーから荷物を取り出す。19:32発鹿児島本線銀水行きに乗り込み、20:21大牟田着。ここで乗り換えて、同じく鹿児島本線の福間行きで鳥栖着は21:28。
鳥栖はJ1サガン鳥栖の本拠地、知名度はあるので、結構大きな駅かと思っていたが小さかった。鳥栖は福岡・長崎方面と熊本方面の電車が交わる場所であり、つまり交通の要衝なので、街の規模は大きいのだろうが、駅はこじんまりとしている。

駅すぐ近くのビジネスホテルにチェックイン。飯を食いに出る。ホテルのフロントで「安くて美味い食堂がないか」を聞いたが、これまた「ない」との回答。夜10時前のこの時間に開いているのは、ラーメン屋か居酒屋のみ。もしくはファミレスのジョイフル。さすがにファミレスはあり得んやろうということで、ラーメン屋でとんこつラーメンに半ライス、餃子。鳥栖の寂しい夕飯。
道端に高校生くらいの男女が座り込んで話をしている。不良さんたちかな。女の子は普通っぽいけど。


■熊本所感
 今回は熊本の街と阿蘇山にしか行けなかったが、天草、人吉、球磨川、さらにはいい山や沢も多い、見所の多い県だ。次回はぜひ。

(続く)


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