HOME > THE WORLD > Asia > Japan > Kyuushuu_2013 > (4)

九州旅行
(2013年7月)
4.中津、恐淵谷・犬ヶ岳

DAY8

中津駅。九州では様々な特別列車が走っている。写真はソニック。

ひまわり

中津歴史民俗資料館

中津神社

中津城

中津城天守閣から見た中津の街並み ⇔ 中津川

福沢諭吉訓

赤壁寺と呼ばれる合元寺

中津駅のハモ

宇島駅から求菩提資料館へのバス車窓

入渓直後の谷

礫岩が切り立つゴルジュの中に、大岩が転がる。その間を水が流れてゆく
⇔ゴルジュの中のチョックストン滝

四角い淵。ここが恐淵だろう

ゴルジュの先の深い淵を持った滝。ここが夫婦淵だろう。この淵も四角い

階段状の4m滝

ゴルジュの下、細い水路を水が滑り落ちる

今日の最難関、20m滝 ⇔ 横の岩壁を登りながら滝上部を撮影

20m滝の右側、この壁を登る。垂直にしか見えない
⇔ 岩壁を登った後の土の斜面。急なことに変わりはない

箱を積み重ねたような不思議な岩

5m滝の奥に堰堤 ⇔ 堰堤

遡行終了地点、経読林道。ここから尾根に登り、犬ヶ岳山頂へ。 
⇔ 尾根へ登る登山道分岐。この先で道を見失おうとは。

ガレた涸れ沢を登る。超キツい。

もうすぐ犬ヶ岳山頂

犬ヶ岳山頂。標高1130m。

ガレガレの急斜面 ⇔ ガレ沢を下る

7月23日(火) 中津 晴れ・酷暑


6:35起床。今日は大分県は中津に移動する。
ホテルをチェックアウトし、荷物を担いで佐賀駅へ。
今日は青春18切符2度目の登場。
行程は以下。まずは中津の手前、宇島(うのしま)に向かう。
7:42佐賀→9:59西小倉(長崎本線・鹿児島本線)
10:27西小倉→11:24宇島(日豊本線)

なぜ中津、宇島なのか?
僕は明日、沢登りと山登りをしようと思っているのである。沢は恐淵谷(おそろしふちだに)、山は犬ヶ岳。犬ヶ岳は福岡と大分の県境に位置する1130mの山で、ここから東に経読山、西に野峠を経て英彦山(ひこさん)と、県境に山地が連なる。この犬ヶ岳の大竿峠を源とし、福岡県豊前市内を流れて周防灘に注ぎ込むのが二級河川・岩岳川であり、この川の上流部分の沢の一つが恐淵谷である。この恐淵谷は、恐淵、夫婦淵といった淵にゴルジュ、滝を持つ沢で、僕は事前に『九州の沢と源流』という、九州の沢ノボラーの間ではバイブル的存在の本で調査し、公共交通機関で行ける場所だったのでここに行くことに決めたのだ。
でこの犬ヶ岳・恐淵谷の拠点となる駅が福岡県豊前市の宇島駅であり、ここからバスで登山口近くまで行くことが出来る。しかしながら宇島はどうやら小さな駅らしく、ネットでビジネスホテルを検索しても出てこなかったので、近くにある割と大きな街であり、観光も出来る大分県中津に宿を取ることにしたというわけである。

さて、早朝佐賀から電車に乗るも、平日の通勤時間帯のため、電車は混雑している。鳥栖以降は乗客が膨れ上がるばかり。何事かと思ったら、みんな博多で降りた。博多はさすがに大都会だ。博多へ通勤する人々が降りると、電車はガラ空きとなる。ようやく座る。しばらくすると今度は折尾駅で高校生達が大挙して乗り込んできた。9:59西小倉着。
西小倉では30分くらい時間があるので、駅を出て一服する。駅前には、貸し自転車の一画がある。

10:27発の日豊本線で大分方面へ。宇島着11:24。ここで一旦降りて、明日のバスの時間を確認する。

宇島駅は予想通り小さいが、ちょっとした商店街もあり、ド田舎ではない。
バスの時間を調べた後、ここで昼飯を食おうと食堂を探す。鳥栖駅や佐賀駅南側周辺では見つけられなかった食堂だが、この小さな街にはあった。おばさん二人が切り盛りしている小さな大衆食堂だ。昼時だが誰も客はいない。テレビでは高校野球の福岡県予選の中継。ここはギリギリ福岡県か。

ハンバーグ定食550円。安いし味もなかなか。食べているとおじさんが一人、そしてその後女性が一人入ってくる。みんな仕事をしている人たちだ。

昼飯を食べて再び日豊本線で中津へ。宇島から中津は10分。県境を越えて福岡県から大分県へ。中津には12時半頃に着いた。

中津の街は大きいようだ。駅前にションベン小僧と福沢諭吉先生の銅像が建っている。
中津は、黒田官兵衛孝高が九州平定の際に築城した中津城を中心に栄えてきた城下町である。黒田官兵衛は、1546年に姫路に生まれ、秀吉の軍事参謀として活躍し、九州平定の際も先鋒として戦勝に貢献した。次のNHK大河ドラマは黒田官兵衛を主人公にした『軍師 官兵衛』だという。中津駅前には、大河ドラマ決定ののぼりが立ち並び、ドラマを契機に中津の活性化を人々が期待しているのが分かる。(こののぼりは、中津の街なかいたるところに立っている)

まずは予約してあるビジネスホテルナカツへ。中津駅南口から徒歩3分。南口もそれなりに栄えているが、北口が中津の正面玄関のようだ。なにしろこちら南口には、ビジネスホテルのすぐ近くに田んぼがある。
JR九州のICカードは「SUGOCA(すごか)」という。
何がすごいのかは分からない。

ホテルに行くもまだチェックインは出来ないそうなので、荷物だけ預ける。
午後1時。酷暑の中を中津観光に出る。今日も恐ろしく暑い。日差しが容赦ない。九州に来てからの8日間、雨どころか、曇りの日すらない。連日35℃前後の猛暑。昨日訪れた小城の本龍時の住職の話では、一昨日に小城ではパラッと一雨あったそうだが、僕は全くそういう恵みに遭遇していない。

駅北口に戻り、諭吉先生の銅像を眺める。北口にはアーケード街が線路に並行に延びている。日の出町アーケード。ここに入ってみる。人通りは少ない。だが旅行者の僕にとっては屋根の下で日差しだけでも避けることが出来、一瞬のオアシスだ。人は少なく、開いている店も少なくて活気はないが、七夕飾りだけは威勢がいい。

すし屋も開いていると見まごうくらいに表の看板がかまびすしいが、実は閉まっている。「中津名物 ハモ、此城(このしろ)」の文字が虚しい。「このしろ」というのは何のことだか分からないが(魚だとは思いますが)、ハモはここの特産らしく、中津駅に大きな水槽があって、ハモが2匹入っていた。ハモというのは関西以西の食材で、あまり関東では聞かない。

中華料理屋の陽気な中国人のおばさんが僕に声をかけてくる。
「あなた、写真好きでしょ、ほら、面白いよ」
と彼女が店の軒下を指差す。そこには、スポットライト用電灯の上にツバメが巣を作っていて、親鳥が盛んに雛にえさを持ってきていた。なるほど面白い。
このオバちゃんの中華料理屋もやっぱり閉まっている。店の前で何油を売ってるんだろう?

アーケードを出て、中津城方面に適当に歩いていると、中津歴史民俗資料館なる博物館があった。一番気になる入場料は無料だ。どうせ今日は中津城と福沢諭吉旧居くらいしか行くところがないので、ここに入ってみる。

入口で記帳をし、靴を脱いで上がる。
入口には「フラッシュ撮影禁止」の文字。

館内には、中津から出土した歴史的物品や、戦国時代以降の鎧兜、現代の風俗を説明するための神輿などが整然と展示されている。僕がシャッターを切っていると、館内に一人だけいた見学者の女が僕に話しかけてきた。
「断りもなしに写真を撮るのはどうかと思いますが」
「は???」
女は一見すると小柄で童顔なので小学生のようにも見えるが、年齢不詳で、僕の勘では30代か。偏執狂的な上から目線で僕に注意してきた。
「ここで写真を撮るのは、いきなり他人の家で何も言わずに家の中の写真を撮るようなものだと思いますよ。失礼じゃないですか?」
僕は虚を突かれたが当然の回答をする。
「ここは撮影禁止じゃないでしょう?フラッシュ撮影がダメなだけで」
「フラッシュたいたら撮れませんしね。だけど断りもせずに撮るのはダメじゃないですか?」

始め急に注意されてたじろいだ僕だったが、もちろん、すぐに体勢を立て直して大反撃に移る。
「は?ここは撮影禁止じゃないでしょう??ここは私的な家ではないですよ。みんなに見てもらうために貴重な歴史的遺品を展示している公的空間だ。撮影禁止じゃないのに何で断りを入れなきゃなんないの??あんた、中津城でもピラミッドでも、誰かに断って写真撮りますか?それと同じだよ。ここは、私的な空間じゃない。あなたの言ってることは全く理解できないね」
相手は黙り込んだ。まだ何か言いたそうだったが、理論的な反駁が見つからないとみえて黙っている。
「確かに、みんなに見てもらって勉強してもらう分にはいいけど・・・」と弱気になって言葉を継いだ。

僕はこんな偏執狂に関わるのはごめんだとばかりに2階に上がる。あの女が後から上がってきたら嫌なので、2階は速攻で見て下に降り、まだ下にいた女の前を通って館を出た。まったく何様のつもりだよ、あいつは?正しいことを言っているのならもちろん受け入れるけれど、全く何が言いたいのかさっぱり分からん。不愉快極まりない。

気を取り直して中津城へ向かう。
中津城の前には中津神社があり、大きな鳥居と広々とした前庭というのか、広場が広がっている。ここにも茅の輪くぐりがあるので、早速くぐる。
太陽は相変わらず地上を焼き尽くす勢いだ。白っぽい砂利の地面からの照り返しが激しい。

中津城は秀吉の軍師で九州平定の先鋒として中津に入った黒田官兵衛が築城した。その後中津は城下町として発展、多くの著名人を輩出した。中津藩が蘭学を奨励したことから、前野良沢など、特に医学に秀でた人が多かったようだ。城内は例のごとく博物館となっていて、中津の歴史が学べるようになっている。中津藩家臣の鎧兜などだけでなく、江戸時代の店や商品の宣伝のための浮世絵やすごろくなど、興味深いものを展示している。

天守閣展望台から見る中津の街。中津城は中津川のほとりに建っている。河口に程近く、流れの先には周防灘が広がっている。すぐ下を見下ろすと公営プールがあり、子供達の歓声が上がってくる。

中津城の入口の売店には、「福沢諭吉訓」が書かれたのれんを売っている。さすが諭吉さん、と思わせる人生訓であるが、その中の一節に僕は自分の身の上を憐れんで肩を落とす。
「世の中で一番寂しいことは、仕事のないことである」

午後4時。福沢諭吉旧居。福沢先生は、幼少から青年期までここ中津で過ごした。その住んだ家が今は保存されていて、一般公開されている。入場料が400円もしたので入館せず。茅葺のただの家だ。外から眺めるだけにする(笑)。

近くのスーパーで、明日の沢登りに備え、フリーザーパックを買う。なぜフリーザーパックか?それは、明日は水に濡れる可能性があるので、ザックの中の持ち物をすべてフリーザーパック、いわゆるジップロックに入れ、防水しようというわけだ。

寺町を歩く。その名の通り多くのお寺が集まっている。
ここには別名赤壁寺という寺がある。合元寺というのだが、壁が赤く塗られている。ここは、蜂起した宇都宮鎮房の家臣たちが討ち死にした場所で、壁に血がつき、何度塗り替えても浮き出てくるため赤く塗ったといういわくつきの赤壁である。

中津 写真集

午後6時前にホテルに戻りチェックイン。ビジネスホテルナカツの人たちは気さくで楽しい。家族経営なのか、初老のおじさんと奥様だろうおばさん、そしてその息子なのか、30代後半くらいに見えるニーちゃんが取り仕切っている。このニーちゃんが俳優・小沢征悦にくりそつである。明るくてハキハキとしているので好感が持てる。
設備も普通のビジネスホテルである。ポットの中に氷水が入っているのが素晴らしい。この陽気だとのどが渇いて仕方ないのだ。冷えた飲み物はどんどんいける。不満といえば、ハイアールの冷蔵庫が冷えないことか。冷蔵庫というよりも小型の冷蔵ボックスというもので、これにペットボトルを入れておいたが、あまり冷えなくて残念だ。夏でなければ問題ないのだろうが。

僕は夕飯で外に出る際、フロントにいた征悦さんに聞いてみた。
「この辺りに安くて美味しい食堂はありますか」
「食堂ですか。昔はたくさんあったとですが、なくなっちゃったんですよ。居酒屋ならあるとですが。中津も寂れてしまいました」
と征悦さんは嘆く。
「そうですか」
「これ、駅周辺の食事できる店の地図です。北口の「こまや」はお客さんが良かった言っとりました」
地図を見ながら駅周辺を歩いてみる。飲食店の数というよりも、まず、人があまり歩いていないので、確かにそれほど活気のある街ではなさそうだ。アーケード街も、七夕飾りは綺麗にされているが、肝心の店は、居酒屋以外は閉まっている店が多い、すし屋や中華料理屋は軒並み閉まっている。アーケードを端から端まで歩いたが、食堂はないので、駅方面に戻る。
猫がのんびりと歩いている。ゆったりと歩いてアーケードのメイン通りから路地裏に入り、ペタンと寝転がる。

征悦さんが言っていた、「こまや」に入った。しょうが焼き定食ご飯大盛りで670円。まずまず。

明日は早い。

DAY9
7月24日(水) 恐淵谷・犬ヶ岳 晴れ・酷暑

5:40起床。今日は沢登りと山登りの日だ。この旅行で初めて山中に入る。

朝6時に朝食会場の2Fレストランに下りる。征悦さんは朝食の受付をしていた。昨晩もフロントにいたので、働き詰めじゃないか。寝たのだろうか。このホテルの大黒柱である。
ビジネスホテル中津では朝食バイキング付きである。それほど品数は多くないが、これで1泊3200円というのだから格安だ。飯に味噌汁に卵に付け合せのものをいただく。

一旦部屋に戻り荷物を担いでフロントへ。チェックアウトし、荷物を預かってもらう。
ホテル主人のおじさんと犬ヶ岳登山について少し話をする。彼も登山をするそうだ。
朝6時半にホテルを出、中津駅のファミマで今日の昼飯となるサンドイッチにおにぎり、そして飲み物、タバコを買い込む。中津駅もやっぱりファミマだ。昨日の偵察で宇島駅にはコンビニや駄菓子屋的な店がないことを確認しているので、ここで買っておかねばならない。
一服後、電車で宇島へ。6:54中津発→7:02宇島着。宇島駅からの豊前市バスの求菩提(くぼて)資料館行き小型バスは7:07発。バスは既にバス停で待っていた。乗客は高校生が4,5人、おじさんが一人。
出発したバスははじめ宇島駅周辺の市街を走る。5分ほどで福岡県立青豊高校に到着し、高校生達が降りてゆく。外には校門へ向かう高校生達がゾロゾロと歩いている。校門前には男性教諭が挨拶をしながら高校生たちを迎える。そういえば今はもう夏休みのはずだが、登校日か何かだろうか。それとも部活?

やがてバスは山間に突入する。田んぼの背景に山が近い。川と並行に少しずつ登っていく。のどかだ。
求菩提山登山口を過ぎ、バスは40分ほどで終点の求菩提資料館前に到着。7:45。急勾配の山道を上がってきたわけでもなく、のどかな田園と集落の中を上がっている最中に着いてしまった。もっと人里離れた山奥に行くのかと思ったが違った。近くには農家と田んぼが広がっている。ここから犬ヶ岳登山口へ歩く。

バス操車場の右手には高い石積みの壁の上に寺院がある。小型石造りの観音像や仏像が塀の上にずらりと並んでいる。
赤い欄干の広々とした犬ヶ岳橋を渡り、求菩提資料館とキャンプ場を過ぎ、岩岳川沿いの道をしばらく歩く。川向かいには立派な木造家屋がポツンポツンと建っている。川幅は広く、護岸されているので、この先に本当にゴルジュに淵の渓流があるのかいな?と不思議になる。
20分ほど歩くと、犬ヶ岳登山口に到達。ここには駐車場とトイレが整備されている。車はすでに2台。登山者だろうか。
道はいきなり二つに分かれていて、左はウグイス谷コース、右が恐淵(おそろしふち)コース。

今日の僕のコースは、『九州の沢と源流』に紹介されているそのまま、恐淵谷を川沿いに遡り、尾根まで詰めて犬ヶ岳山頂に登り、笈吊峠経由で登山道であるウグイス谷コースを下山する、というもの。右の恐淵コースに入り、しばらく森の中を歩く。伐採した木を運び出すトラックが作業をしている。おじさんは「どうぞ」と言って僕をトラックの脇から先に通してくれる。
森の道はやがて川原に突き当たる。よし、ここで入渓だ。ジーンズのすそをまくり上げ、靴をアクアシューに履き換える。そして、デイパックの中の荷物を、昨日スーパーで買ったジップロックに分けて入れ、防水する。

8:40、川を歩き始める。しばらくゴーロ(岩がゴロゴロしているところ)の谷を歩く。歩くにつれて岩は大きくなっていく。岩を登って上流に上がっていく。
水は清い。透明だ。水量もある。岩の大きさ、水量は、普段歩きなれてる房総の沢とは大分具合が違う。木々は高い。両岸から川に覆いかぶさるようにそびえる。さっき伐採した木を運び出していたように、この辺りは植林帯のようである。
岩は白っぽく、ところどころ苔で緑になっている。そのような岩が延々と川原に続く。

しばらく歩くと、左岸に鮮やかな薄オレンジの花が乱舞している。沢ではあまり見ない色が、土手を埋め尽くしている。壮観だ。本当に花というのは特殊だ。まぎれもない自然の色なのだが、自然離れした色というのか、赤や青や紫や白や黄や、自然の中でさえ異彩を放っている。いや、それが自然だと言えばそれまでなのだが、花の色はあまりにも鮮やかで、周りと違いすぎる。土や、木や、葉といったアースカラーとは一線を画している。人が葉っぱではなく花の写真を撮りたがるのも合点がいく。花は目立つことで昆虫と共生している。

魚の姿は見えない。カゲロウ、トンボの類はよく見るが、その他の生物の姿は薄い。胴体が鮮やかな金属的コバルトブルーのカゲロウ(カワトンボ?)が多い。これは房総では見たことがない。

長い間ゴーロ帯を歩く。歩くこと1時間半、10時過ぎにようやく両岸が切り立つゴルジュ帯に突入する。谷が狭まり、廊下状になる。あれだけ広々としていた谷が、一番狭いところで数mくらいになるまで切り立った両岸が迫る。
両岸の崖は一番高いところで50mくらいあるだろうか。四角いプールのような深い淵が、崖の下の袋小路に現れる。水はグリーンだ。奥には2mくらいの滝。ここか恐淵だ。
ここで僕は軟弱にも崖の上に逃れて巻いてしまった。今日はジーンズなので、腰まで水に入ることは避けたかった。というのも、沢遡行の後は、尾根に上がって犬ヶ岳登山をするので、ジーンズが濡れることは避けたかったのだ。結果論だが、今考えると水着で遡行していればよかった。暑いし、水に入るのは上等だったのだ。

ゴルジュを丸ごと巻くという、何という軟弱。ゴルジュなので、一度崖の上に出てしまうと、切り立った崖を沢には降りられず、その後の二つの滝(2m、6m)も上から指をくわえて眺めるだけだった。そして6m滝の上流にある、登山道が川を横切っている木橋に出る。ここはゴルジュが終わる地点で、ここから再びゴーロの谷となる。
登山道の標識が立っている。大竿峠まで1.45km、登山口まで2.0kmと書いてある。
しばらく歩くと割りと新しい鎖が川を横切っている。その下を見ると大きな平らな岩。両岸にはしばらく鎖が続く。どうやらここが登山道(恐淵コース)の一部となっているらしい。さっきの木橋で一度川を渡った登山道は、その後川沿いを通っていたが、この鎖に沿って再びここで川を横切るのだ。川上の岩は飛び石どころか一枚の平たい大きな岩なので、川を横切るのにこれ以上の場所はあるまい。

笈吊岩の鎖場。垂直の壁を降りる。

ほどなく第2のゴルジュ帯が現れる。崖の先に淵を持った3m滝。恐淵もそうだったが、ここも四角状に岩が削られており、箱型の空間を造り出している。ゴルジュを形成する岩は、集塊岩というのか、水平の四角い岩を積み重ねたかのように地層状に水平の割れ目が走っている。面白い。だが、いかにもすぐ崩れそうに見え、ヘルメットをしていない僕としては気になる。
滝は正面の黒い壁を白く流れ落ちている。こちらにも水平な筋が入っている。
ここが夫婦淵か。この淵も深い。左岸からへつって滝に取り付こうとするが難しい。淵の中から滝面右側に木が渡されているので、この木を伝ってみる。だが途中からばり滑る。ツルツルだ。
結局、滝の手前で左岸(右)から入っている支沢の急斜面を登ることにする。なかなか難しかったが崖の上に登り切る。また崖の上に登ってしまった。敗北。水の中に入らないからこのような度重なる屈辱を味わうことになるのだ。だが沢を詰めた後の山登りに備え、僕はジーンズを濡らしたくなかった。ジーンズはなかなか乾かないからだ。着替えもない。完全なる準備不足。
今回は滝の落ち口に戻れた。再び川沿いを上がっていく。ゴルジュが続く。続いて4m滝。こちらは滝面の岩が階段状に切れており、水線上を登るのに問題はない。気持ちいい。
この後ゴルジュの中に次々に滝が現れ、越えていく。楽しい。
ゴルジュがさらに狭まり、水路が通路上になっている斜面を水が滑り落ちる。水の中を登っていく。これ、水の滑り台になりそうだ。ジグザグの水路が岩の間に形成されている。

そして今回のコースで最も高い滝、20m滝が目の前に立ちはだかる。高い。斜度も相当だ。しばらく滝を観察するが、滝面はちょっと登れそうにない。滝の上のほうは岩の凸凹があるが、下のほうは割とスベっとしている。真下から見上げても手がかり足がかりは心もとない。
だがどうにかして僕はここを越えなければならない。思案の末、左岸(右)の垂直に近い岩壁を登ることにした。
登り始めて途中から滝面へのトラバース(横に移動すること)を試みるが行き詰まって戻る。垂直の壁にスパイダーマンのようにへばりついている状態。下を見るとかなりの高度感だ。もう10mくらいのところなので、ここから落ちたらヤバい。決死の巻きだ。いや、巻きというより、普通に滝を登っている感じだ。
何とか右に戻り、垂直の壁を登る。ようやく木々が生える土面までたどり着く。だが急斜面は変わらない。どんどん滝から遠ざかる。結局は大高巻き。なんとか木をつかみながら上がり切り、森の中をしばらく歩いて沢に戻る。ふぅぅうぅぅーーー。

そこからは谷は再びゴーロとなる。いくつかの滝を越える。ギザギザに箱型の形を重ねたレゴのような面白い岩を水が滴り落ちる。こういう不思議なものを見れるのが沢登りの楽しさの一つだ。
水量が少なくなり、これまた積み木のような5m滝の直後に堰堤が現れる。この堰堤の上が経読(きょうよみ)林道になっている。堰堤に開けられた穴から水が流れ出している。ここが遡行終了地点。
崩れかけたようなガレ斜面を、石をズルズルさせながら林道に上がる。13:30。遡行時間4時間50分。

林道で靴を履き替える。そしてサンドイッチとおにぎりを取り出して昼飯。食べ終わって一服。

さて、ここからは登山道を尾根(大竿峠)に上がり、犬ヶ岳の山頂経由でウグイス谷コースを降りる。あとは道がついているから歩くだけだ、と思っていたのだが・・・。
13:50、歩き始める。細い登山道だ。堰堤より上の恐淵谷と並行する。やがて恐淵谷は涸れ、源頭部となるが、このガレ沢と登山道が交差する辺りでいつの間にか登山道を見失ってしまった。仕方なく沢を詰める。とにかく尾根に上がるのが先決だ。だがこのガレ沢登りが超ハード。斜度がある上に、大きな石が一面にゴロゴロしており、非常に歩きにくい。右手に尾根が見えるので、沢からはずれて尾根まで登ってみる。これまたハード。急斜面。だがここには登山道はない。枝尾根らしい。さらに上に尾根が見える。この枝尾根をさらに登る。超ハード。ここで僕はとても不安になる。完全アウェーの福岡の山の中、地図も持ってない。登山道に出れなければビバーク?食料もないぞ。それにしてもどこで登山道をはずれてしまったのだろうか?道が細々とついているようだったので歩き続けたのだがいつの間にかなくなっていた。山の中には人間の気配は全くない。ガレ沢と木々の斜面。もっとも、登山道をはずれたところを歩いているのだから仕方ない。やばい、やばいよこの状況は。山の中で焦る。
コンパスはあるので、方向的には登る方向は間違っていないはずだ、ということは一つの安心材料となる。とにかく、福岡と大分の県境となっているのは、犬ヶ岳〜英彦山など複数のピークを結ぶ縦走路であり、間違いなく一番高い尾根なはずだ。
沢と違って尾根には強い日差しが照りつける。今日も暑い。山の中とはいえ急斜面を登るとすぐに汗がダラダラと流れる。ゼーゼーと息が切れる。休憩をしながら、一番高い尾根までの急斜面を登る。休憩は2分に1度くらい入れなければならないほどキツい。
そうこう15分ほど尾根目指して急登し、尾根に出る、。と、やった、ありました、登山道が!!
よっしゃぁぁぁ!!!
この心細さと安堵感は、福岡という遠いところだけにひとしおだ。とにかくホッとした。

犬ヶ岳のピークに向かって縦走尾根を歩き始める。すぐに犬ヶ岳山頂に到達。犬ヶ岳山頂は標高1130.8m。樹木に囲まれ、展望はない。山頂には避難小屋を兼ねた石造りの展望台があるが、そこに登ってもやはり何も見渡せはしない。

山頂を後にする、しばらくは尾根歩き。ところどころで展望が開ける。山々の稜線が連なる。この辺りは筑紫山地の東の端に当たるようだ。山と山の間の谷あいに小さな村落が見える。
この道は「シャクナゲ探勝の道」となっており、この辺りはシャクナゲの群生地となっている。

三の岳を過ぎ、大日岳から笈吊岩の鎖場を降りる。ほぼ垂直の岩壁だが、集塊岩の岩は柱状節理となって凸凹しており、いわば階段状になっているので降りるのに問題はない。これもレゴ的。
鎖場を過ぎるとガレ場の下り。かなり急なので、実に歩きにくい。石を落とさないように慎重に降りていく。とは言っても山には人間の気配は全くない。崩落しかかっているような場所もあり、迂回路が出てくる。登山道はかなり老朽化している。崩れかかっているといっても過言ではない。最近この山には人が入っているのだろうか?と疑いたくなるほど道が悪い。

しばらく降りると笈吊峠の休憩所に出る。ベンチがあり、「犬ヶ岳1.1km、経読岳2.8km」という標識。
さらに下ると経読林道に飛び出す。ここには堰堤があり、岩岳川のもう一つの支流、水無谷の源頭部だ。経読林道を500mほど歩くと、再び下りの登山道が分岐する。沢筋に登山道が降りる。

水無谷の源頭部にはその名の通り水はなく、大小の石の川が斜面を延々と下っている。登山道には要所要所に赤テープが木に巻かれていたりぶら下がっていたりするのだが、涸れ沢を横断するところになって再び道を見失う。それほど道がはっきりしないのだ。だが、この涸れたガレ沢を降りていけば間違いないので、沢筋を降りながら目印を探すと、しばらくして赤テープを見つけ、本来の登山道に復帰する。

やがて道はさらに標高を下げ、杉の植林帯に突入する。相変わらず急な下り。今までの行程を考えると、こっちからのルートで山頂を目指して登山するのはかなりハードに思える。急登の連続だ。しかもガレ場ときてる。そして尾根に出る前のあの垂直の鎖場。ま、あそこはガレの急斜面を登るよりはマシだけれど。

ウグイス谷と呼ばれるのは『九州の沢と源流』では水無谷となっているが、登山道後半は、この川に沿った広い道となる。涸れ沢だった川はいつの間にか大きな流れとなっていて、水量もなかなかだ。いくつもの堰堤が現れる。なるほど、こちらの水無谷は沢登りにはあまり向いていないようだ。
多くのセミが地面で人生最後の叫びを上げている。地上で鳴き尽くしたのだ。交尾は出来たのだろうか。余計なお世話か。

登山口の駐車場に着いたのは16:55。求菩提資料館のバス停まで歩く。帰りの宇島駅行き最終バスが17:25発なので、結局最終になってしまった。バス停には17:10に着き、自販機でコーラを買ってタバコを一服。もしもっと山の中で迷っていたらバスに乗れないところだった。セーフ。

結局今日は朝8時前から午後5時過ぎまで、一日中歩き続けた。沢5時間、山4時間といったところか。道中、ただ一人の人にも会わなかった。沢では会わないとしても、登山をしている人も誰もいなかった。駐車場には車が2台あったので、僕より先に山を登った人がいたかもしれないが、あのガレ場の急斜面は、登山としてはかなりキツいのではないかと思われる。僕は登りじゃなくて下りだったが、降りるだけでも膝が笑うどころか、膝に痛みを感じるほど負担がかかった。加えて、あの尾根急登は死んだ。直線的に急斜面を登るのは体力的に非常に大変だということを思い知らされた。ジグザグに登ればいいのか。ともかく、登山というのは体力が必要だ。

沢登りのスタイルも考えねばならない。水に浸からないことを前提にすると、突破の方法が限定されてしまう。もっと自由に沢を遡るには、やはりどれだけ水に入っても大丈夫な格好をしなければならない。夏なら水着か。猛暑の中水の中を進むのはそれこそ気分爽快だろう。山に入る前に着替えることを考えねばなるまい。

17:25発のバスには、高校生が7人くらい、そしてその引率者と思われるおばさんが一人。山で何か夏休みの課外学習でもしていたような風情だ。彼らは、車内で「行ったことのない」東京の話をしていた。高速交通機関が発達して世の中が狭くなった現代でも、九州の高校生くらいだと、東京に行ったことのない人も多いのだろう。ここは東京から遠く離れた地なのだと再認識させられる。

恐淵谷・犬ヶ岳 写真集

18時頃バスは宇島駅着。宇島駅でオバちゃん二人の会話。今日はどこかで気温が40℃まで上がったそうだ。なるほど山の中でも暑かった。汗ダラダラ。ヤフーの天気を見ると、今日の大分は38℃だったらしい。
宇島駅から日豊本線に乗り中津に戻る。ビジネスホテルナカツに戻ったのは18時半。結構遅くなってしまった。今日はこれから別府まで移動することにしている。
ホテルのロビーでは主人のおじさんとおばさんが迎えてくれた。彼に沢登りと犬ヶ岳登山をしてきたことを告げると、再び登山話で盛り上がる。おじさんはその昔英彦山にはよく登っていたそうだが、別のルートらしい。僕が沢登りの話をすると、おじさんとおばさんは大いに興味を持って話を聞いてくれた。そして、今までの九州旅行の話もする。話しながら、「俺って仕事してんの?」と自問自答する(笑)。征悦さんはいなかったが、彼らの記念写真を撮らせてもらってホテルを後にする。

別府行きの電車の時間は20:21なので、まだかなり時間がある。実はもともともう一つ前の電車に乗りたかったのだが、山でかなり時間がかかってしまったため、この時間になってしまった。もう1本前、16:35のバスに乗れれば、一本前の電車に乗れていた。日豊本線は結構本数が少ない。もっとも、山の中であのまま迷い続けて遭難しなかっただけよしとせねばなるまい。

昨晩と同じ、中津駅北口のこまやで一口カツ定食。こまや食堂では19:40まで粘り、その後は駅の待合室で時間をつぶす。
20:21中津発列車は、2両編成のワンマン。途中杵築に12分も停まったり、特急列車の通過待ちなどで駅でしばらく停まることが多く、なかなかのんびりしている。杵築駅では大発見。ホームに灰皿がある。もう今ではなかなか見ない。きっと待ち時間にタバコ吸いたい人のためなんだろう。僕のような喫煙者にはありがたい。

列車は割と新型で、次の停車駅が出入口上の電光板に表示される。日本語の次は英語表示。大観光地別府を擁するだけあって、外人も多く電車に乗るのだろうか。
と、電光表示に「NEXT STOP is USA」という表示が出た。「へぇ、次はUSAか、アメリカかよ、なにー冗談やろーー?!」って一人で突っ込むものの、次は宇佐(うさ)駅だった。

この電車には途中から浮浪者の方が乗り込んできて、2両編成の列車の中が、漁港の匂いで充満する。腐った魚の匂いだ。人がそういう匂いを発するというのは知らなかったが、それとも彼の持ち物(ビニール袋二つ)の中に、死んだ魚が入っているのだろうか。いや違う、この匂いは確かに彼自身、もしくは彼の着衣から発せられている。彼は一両目の前方の座席に荷物を置き、自らはずっと立っている。ガラ空きの電車に乗り込んできた人は、始め彼の近くに座るが、すぐに顔をしかめて席を立ち、彼から離れて座る。中にはあからさまにハンカチを出してずっと鼻と口を覆っている女性もいる。僕は彼から5mくらい離れたところに座っていたが、確かに、目にしみるというか、それくらいツーんとしたキツい匂いだ。密閉された電車の中では、匂いは立ちこめてくる。

彼はずっと電車に乗っていた。お金はあるのだろうか?と要らぬ心配をする。

別府着21:48。浮浪者の男も別府で降りた。この後の彼の動向に興味惹かれるが、余計なお世話はやめて駅を出る。

別府。温泉の街。駅前目の前に建っている、ビジネスホテルはやしにチェックイン。
かなり古いホテルらしく、部屋は汚い。老朽化が進んでいる。部屋に冷蔵庫がないのはこの時期かなり痛い。それ以外は古いけれどもエアコンはよく効くし問題ない。
ここを予約したのは、朝食付きで3200円と安かったのもあるが、大浴場があったことである。僕は別府には今晩だけわずか1泊の予定なので、ホテルで温泉に入れるところを選んだというわけだ。10時半に大浴場に行く。今日は一日中沢と山を駆けずり回ったので、広い風呂に入れるのは最高だ。しかも曲がりなりにも日本有数の温泉、別府温泉である。大浴場というほど広くはないが、それでも湯船で足を伸ばせば、極楽に間違いない。湯が熱くないのがよろしい。日に焼けた肌に優しい。一番混みそうな時間なのに人が少ないのもよろしい。曇った窓からは別府駅のホームがにじんで見える。

12時過ぎに就寝。今日はもちろん今回の旅で一番体力を使った一日だった。


■九州所感
 ・中津の名物は鶏のから揚げらしい。そう言われてみると、「から揚げ」と書かれたのぼりを市内で何度か見たし、駅に「から揚げの聖地・大分県中津」と書かれた観光協会の看板がある。だが、中津でから揚げは食べなかった。中津のアーケードで食堂を探しているとき、1軒の大衆食堂的中華料理店があったので入ったのだが、から揚げを頼もうと思ったら、単品で500円、ライスと味噌汁をつけたらえらく高くなったので、そこで食べるのをやめたのだった。
 ・中津にはヤンキーの人たちが若干目立つ。駅近くをタムロしていて、この手の人にありがちな、時折大声をあげる。ただ、迷惑行為をしているとかそういうのはなさそうなので、実害はなかった。


(続く)


九州旅行 −4−

HOME > THE WORLD > Asia > Japan > Kyuushuu_2013 > (4)