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アフリカ旅行記(2006年末)
1.ドバイ経由ダルエスサラームへ
2006年12月24日、クリスマスイブの夜。キリスト教徒でない日本人のバカげた狂騒を尻目に、僕は羽田空港にいた。ここから行き着く先にはどんな狂騒が待ち構えているのか。
羽田空港は今住んでいるところから20分で行ける。午後6時半に家を出た。羽田から8:40PM発関空行きの飛行機に乗る。羽田は久しぶり、関空は初めてだったがマジにきれいでびっくり。
エミレーツ機内、秀逸のエンターテイメントシステム
エミレーツ航空機
関空発23:15、エミレーツ航空機はアラブ首長国連邦(U.A.E.)のドバイへ向け飛び立った。エミレーツ航空は日本には2002年に初就航した、今飛ぶ鳥を落とす勢いのドバイ首長国の航空会社で、その成金的豪華さにはこれまた驚かされる(現在は関空と名古屋から毎日ドバイ直行便が出ている)。機体はすべて就航年数4年未満の最新鋭機、そして機内のサービス振りは今まで経験したことのないようなものが目白押し。まず特筆すべきは各席の前にある液晶モニタ。これでハリウッド最新作から日本映画、インド映画、中東映画まで数々の映画を始め、コメディ、ドラマ等テレビ番組の視聴、欧米、アジア、中東の音楽鑑賞、そしてゲームまでできるのである。これに似たものは以前にも見たことあるが、これほど内容が充実しているシステムは初めてだ。タッチパネル式で操作性もまずまず。僕は行きの飛行機の中でまず早送りで『リンダ リンダ リンダ』の最終ライブシーンを見た後、『県庁の星』、『シムソンズ』を立て続けに完視。最後『パイレーツ・オブ・カリビアン』の途中で無情にもドバイに着いてしまったため全部見れなかったが大いに楽しめた。その他、行き帰りの便合わせて言えば『Always 3丁目の夕日』や『明日の記憶』もあったが前者は見たし後者は重そうなのでパスした。ちなみにファーストクラスの液晶画面の大きさは、エコノミーのそれの2倍はあった。
機内は豪華、サービスもゴージャス。僕は飲まなかったが、酒はタダで飲み放題(シャンペン除く)。キャビンアテンダントは国際色豊か。世界中から採用しているそうで、この機内にも日本人を始めアラブ系、白人と揃っている。機内食は日本発着便は和食と洋食から選べる。帰り便の朝食は鰻の蒲焼だった。ス、スばらスィ。鰻好きの僕にはたまらない。飛行機の中で鰻が食べられるとは誰も思わない。余談だがエミレーツはイスラム系の航空会社のため、機内食には豚肉は一切使用していない。その割に酒はOK、っていうのはそこはかとない矛盾を感じたりもするのだけれど。
この飛行機の唯一の欠点は、前のシートとの幅がちょっと狭いことか。前の人にシートをリクライニングされちゃうと結構つらい。画面も近づきすぎるし、トレーもギチギチになる。ま、エコノミーはこんなものだと思うが。
ドバイ国際空港
飛行時間約11時間でドバイに到着。機内では2時間くらい寝ただろうか。ドバイ時間で25日午前6時前(日本との時差5時間)。エミレーツのハブ空港だけあって近代的な巨大空港だ。朝の6時だというのに空港は人であふれかえっている。もちろん中東なのでアラブ系が多いが、負けず劣らずインド人も多い。そして白人観光客。アジア系はやや少ない。ここドバイからは、世界中に飛行機が飛んでいく。ヨーロッパ、アフリカ、中東、アジア、そして北米。朝6時、空港内で雑魚寝する人間の何と多いことか。こんなに人が寝ている空港も初めてだ。白人たちがドザエモンか浮浪者のように地べたに横になって身動きひとつせず死んだように寝ている。24時間オープンのこの空港は日本並みに安全らしい。イスラム系民族衣装を着た集団、男のグループ、女のグループ。そしてインド人の集団が多い。空港内にはモスク部屋がある。そこはトイレみたいな入り口で、男性用と女性用があり、イスラム教徒はそこで祈ることができるのだ。
ここは中東だけあってタバコスペースが空港内の通路中央、目立つところにある。しかも隔離されておらず、ただちょっとした壁で区切っただけの空間に、あらゆる人種の人間がタバコを吸っている。
空港内は豪華免税店が並び、やしの木(人工か?)も立ち並び、毎日くじをやっているらしい、商品のポルシェがデカデカと展示されている。いわゆるアメリカや日本での巨大ショッピングモールのような空港である。
ここからタンザニアの首都・ダルエスサラーム行きのエミレーツ機は10:00AM発。つまり4時間もここで待った。機内には黒人が多いと思ったがそうでもない。日本人女性とタンザニア人と思われる男性の夫婦が子供を3人連れていた。黒人と日本人のハーフの子供たち、見た目は黒人に近いが、完璧な日本語をペラペラと話す姿に大いなる違和感を感じる。ドバイには似つかわしくない風景だ。その他、イスラム系ヒゲオヤジの集団、日本人と見られる女性旅行者も乗っていた。白人観光客ももちろん多い。
ドバイから5時間半、タンザニア時間12月25日14:30(日本との時差6時間)、ついにダルエスサラームに到着。東京の家を出てから26時間後のことである。昨晩はほとんど寝てないに等しいので疲労は大きい。そして降り立ったとたん、熱と湿気が襲ってくる。気温は28℃だそうだが、体感はもっとひどい。真冬の東京から熱気渦巻くダルエスサラームへ。
タンザニア地図
入国審査を通り、空港内の両替商で50ドル分両替する。タンザニアの通貨はタンザニア・シリング(Tsh)で、現在のレートは1ドル=1200Tsh程度。
外を見るといつもの風景が広がっている。空港の外では、空港から出てくる人々を一心不乱に待つ、黒山の人だかり。みんな黒人だから文字通り黒い壁となって僕らを待ち構えている。これはビビる。何で黒人を怖いと思うのか。身体的にデカイとかいうのもあるが(だが実はデカイ人ばかりじゃない)、それは僕らとかなり”違う”からである。見慣れないものを見てビビるのは動物の自然の感情である。これは大航海時代に始めてブラックアフリカに乗り込んできた白人どもにも去来した感情に違いない。そしてそれはお互い様で、黒人の人々も始めは白人やまた黄色人を見てビビッたに違いない。
緊張しながら外に出る。だがタクシードライバーのアグレッシブさはさほどでもない。以前にも書いたと思うが、空港でのタクシードライバーたちの迫り方、押しの強さを僕はその国の、何というかヤバさというか貧困度合いというかを図る一種のバロメーター、物差しにしている。この物差しは今回も結構正確で、比較的治安がいいといわれているウガンダではこのタクシードライバーの「押し」は弱々しいものだったし、凶悪犯罪日常茶飯事のナイロビでは片言の日本語を話すオヤジどもが「へへっ、またカモが来やがったぜ」とばかりに一人旅の僕にハイエナのように一斉に群がってきた。そういう意味でいけば、ここダルエスサラームのドライバーたちは、かなり統制が取れていて、これはきっと空港タクシーが完全に当局によってコントロールされているからでもあろうが、みんな”いい人”を装った感じ。そしてエアポートタクシーの法定価格は20ドル、というのを前面に押し出す。でどこまで下がるか例のごとく幾人かと交渉に入ったが、12ドルまで簡単に下がった。で結局10000Tsh(=8.3ドル)で市内まで行くことに。ちなみに、『地球の歩き方』には空港からちょっと離れたところに市内に行くバスのバス停がある、と書いてあったが、疲れていて外を見たところそれらしいものはなく探すのが大変そうだったので(タクシー運ちゃんは当然のごとく「バスなんてないよ」と言う)、タクシーで行くことにした。
空港から市内への道は全く途上国にありがちな殺風景で砂色の非開発地域の感じ。僕の中での、途上国で空港から市内へ向かう道の典型というのは、目をこすってもこすっても何となく視界に茶色のもやがかかっている、それは決してタクシーやバスの窓が汚れているからだけではない、というものである。そしてここダルエスサラームも同じようなくすんだ風景が展開している。ビルボードだけはデカデカと建っている下を裸足のみすぼらしい人々がフラフラと歩いていたり、いくつかの場末屋台があったり、物売りのおばちゃんが野菜やお菓子を広げていたりする。
で目が点になったことと言えば、この市内への道は片側2車線の比較的大きな道路だったにもかかわらず、交差点の信号機が消えているのである。まるで電気料金滞納で電気を止められてしまったかのように!車は交差点にクラクションを鳴らしながら突っ込んでいく。交差する道路からの車があろうものならどっちが先んじるかをギリギリまで競うチキンレースのように我先にと交差点に突っ込む。そして先に行けないと分かると急ブレーキを踏む。信号機くらい点けろよ!アブネェよ!
普通だったらタクシーの外に流れる風景をビデオに収めるのだが、このドライバーがどんなグルか分からないので、グッとこらえてビデオ撮影は行わず。彼には『歩き方』に乗っていたJambo Inn(ジャンボ・イン)というホテル名を告げたが、彼はよく知っている、と言う。こういうのは危ないんだ。途上国では多かれ少なかれあるのだが、タクシー運転手と完全癒着しているホテルは、あまり良くない。
ジャンボ・インに到着、部屋を見せてもらう。バスとトイレがついたシングルが20000Tsh(=16.7ドル)。部屋はこぎれいで鍵もしっかりしていた。同じく歩き方に載っていた「Safari Inn」と値段を比べようかと思ったが、フロントの女性は「今日はこの辺の部屋はどこも満室、うちだってこの1室しか空いてないのよ」と言われ、昼とはいえもう結構ダルエスサラームにもビビッてたし、疲れてもいたので、泊まることにした。この女性は誠実そうな人で、まぁ嘘を言っているとも思えんかったし。この判断の正誤は別としても、このあたり、以前にも書いたと思うが、やはり「人を見る目」ってのが途上国の旅を成功させる重要なポイントなのだとつくづく感じる。信用できそうな奴をうまく使えば、旅の楽しみは一層深いものとなる。
さて、今までどこに行ってもビビリながら旅行するなんてことは一度もなかったこの旅慣れた僕ともあろう者が、なぜこんなにダルエスサラームにビビッているのか?それは簡単。治安が悪いとされているからである。ケニアの首都・ナイロビほどではないようだが、ダルエスサラームも結構危険な街らしい。その名(Dar es Salaam)はアラビア語で「平和な港」という名であるにも関わらず。タクシーの運ちゃんにここの治安を聞いたときには、「全然危ない街じゃないよ!」と完全否定していたが。
チェックイン後、疲れていながらも今日はとりあえず日が暮れるまで観光せねば、と重い体を引きずって外に出る。時間はPM4時頃。ホテルの外に出た僕に、早速一人の男が親しげに英語で声をかけてきた。
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