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インド旅行記
2003年1月・記
第1部 悪人天国・デリー
リクシャもツライ
DAY-2(1)(2002/12/30)
実質的にはデリー1日目の朝が来た。昨晩の出来事は、もう考えないようにした。ここからが旅の始まりだ、と。
朝、外に出て人に道を尋ねて、どうやらここはメインバザールのはずれの地域であることが分かった。昨日、どこをどう走ってきたのか、全く覚えていない。夜暗かったこともあるし。
メインバザールは、道の両側に粗末で汚わいに満ちた建物がびっしりと立ち並んでいる。これぞインド、という風景だ。他の国ではこんな風景にお目にかかることはめったにない。くすんだ建物にこれまたくすんだ看板。赤とか青とか原色を使った看板なのだが、すべては汚れ、すべてが鮮やかさを失っている。道には牛、犬、人、ヤギがあふれ、10億の国の都を感じさせる。
ビデオカメラで、メインバザールの撮影を始めた。これは、まさに「僕はカモです」と悪徳インド人達に宣言しているようなものである。日本人から金をボッタくることを生業としている彼らに、わざわざ自分から「僕は日本人ですよ」と知らしめているようなものなのだ。だが、自称ビデオジャーナリストの私は、撮影せずにはいられない。案の定、次々にインド人が声をかけてくる。
「これからどこ行くんだい?」
見たところ20代の若者が声をかけてきた。
「ラール・キラー(注1)だ。」
と答えると、
「じゃぁ、まずは政府の観光センターに行くといいよ。入場料が安くなるクーポン券をもらえるんだ。僕が案内してあげるよ。」
また来たか・・・。
「いや、俺はラール・キラーに行きたいんだよ。」
押し問答が始まる。こういったことに慣れている私から見て、奴はいかにもウサン臭そうだったので、早く見切りをつけて別の奴を探そうと思った。と、交渉が難航すると思ったのか、急に奴は笑顔で去っていった。「あれ、しつこそうだったけど結構あっさり引き下がったな」と思っていると、すぐに別の若者が声をかけてきた。10代後半〜20代前半であろうか。
「どこに行くんですか?」
「ラール・キラー。」
「じゃぁ、僕はオートリクシャのドライバーと知り合いだから、呼んであげるよ。」
と言うか言い終わらないうちにオートリクシャが現れた。私は、まぁ、歩いては行けないから乗るしかないか、と思いそのオートリクシャに乗り込んだ。
するとどうだろう!運転手は、初めに私に声をかけてきた男ではないか!
(こいつら、グルだったんか・・・。)
いわゆる連係プレーってやつである。一人がまず近づき、私がリクシャを必要としていることを聞き出し、私が難色を示していることを察すると別の奴にバトンタッチし、そいつに任せ、自分はたまたま通りかかったような顔をして平然とリクシャを横付けする。私は、この二人が知り合いだとは夢にも思わなかったし、こういう手口は初めてだったので、結構驚いた。
(まぁ、しょうがない、どっちにしろオートリクシャには乗らなあかんのやし。)
と思い直し、奴のオートリクシャに乗って行くことにした。値段交渉し、20ルピーで決着。奴と一緒に、後から声をかけてきた若者も、前部座席に乗り込んだ。
「お前ら、ラール・キラーにまっすぐ行けよ。」
と私は念を押した。奴らは、「もちろんだ。」と言った後、若い方は「私は学生なんです」とか、身の上話を始めた。(この時のビデオ映像)
デリー1日目で、土地勘のない私は、どこをどう走っているのか全く分からない。10分くらい走って、一向に街並みがオールドデリー的にならず、新市街的だったことから、どうもおかしいと感じ始めた。
「おい、ラール・キラーだぞ。分かってんだろうな?」
「いや、その前に観光案内所で安いクーポンを手に入れられるんだ。」
この野郎、やっぱりまっすぐ向かってなかったか・・・。あれほど言ったのに、よくもいけしゃあしゃあと。私は爆発寸前の怒りを押し殺しながら、黙って乗っていた。
観光案内所に着いて、奴は私に入るよう薦めたが、私は拒否した。
「これで気が済んだろ。早くラール・キラーへ行け。」
またそこで10分くらいの押し問答が続いたが、奴も諦めて再び車を走らせ始めた。もうかれこれ出発してから30分くらい経っている。まっすぐ行っていれば、ラールキラーは10分くらいの距離なのに。
ニューデリー駅の近く(私がリクシャを乗ったところからそう離れていないところである)で、奴は突然車を止めた。後部座席の私を振り返った奴は、こう告げた。
「20ルピーではラール・キラーに行けない。100ルピーだ。」
「ふざけんなよ、おめぇ。ラール・キラーまで20ルピーって言ったろ!」
「もう大分走ったから、ガソリン代考えると20ルピーじゃだめだ。」
「そりゃ、お前が勝手に走り回ったからだろうが!俺は『まっすぐ行け』って始めから言ってんだよ!」
「とにかく20ルピーじゃ無理だ。」
「じゃぁ、俺は1銭も払わねぇよ!バーカ。」
完全に切れた私は、そのままオートリクシャを降りた。ここまでの料金を請求してくるかと思ったが、奴は苦虫を噛み潰した表情をしながらも、黙って私が去るのを見送った。もっとも、そうやって抗議されても私は絶対に金を払う気はなかったが。何しろ、30分以上経っているのに、元の場所とほとんど同じところにいるのである。今までこの手で数多くの日本人がカモられてきたことを思うと、なおさら腹が立った。だが、奴にとっては、ガソリン代だけかかって収入0だ、これぞ骨折り損のくたびれもうけである。ザマァみろ。
やれやれ、それにしても目的地までもたどり着けないのかよ、このデリーって街では・・・。
(続く)
(注1)ラール・キラー:ムガール帝国時代、1639〜1648年に、第5皇帝シャー・ジャハーンによって建てられた城。ラール・キラーとは、「赤い城」の意味。ムガール帝国の都であったオールドデリー(デリー旧市街)にある。城内には、宮殿、モスクを始め、ムガール帝国時代の絵画、武具等を展示した博物館もある。
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