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インド旅行記
2003年1月・記
第2部 日常に死を見る聖地・ヴァラナシ
ヴァラナシヘ
DAY-3(2002/12/31)
大晦日の朝。インドにいると、全く年末押し迫った感がないが、とにもかくにも世間では明日から2003年である。
朝6時に起きると、外が騒がしい。何と大雨である。昨夜フロントに頼んでおいたタクシーに乗って、デリーの国内線空港に向かった。外はまだ真っ暗。そして大雨。死ぬほど寒い。「インドは冬でも暖かい」というイメージを持っている人が多いが、とんでもない。私が訪れたインド北部は、冬はかなり寒い。デリーは東京より少し暖かいくらいで、コートとか厚手のセーターがないと厳しい。私もここまで寒いと思っておらず、トレーナー1枚しか持っていかなかったので、長袖のシャツとTシャツを重ね着し、寒さをしのいだ。
デリーを飛び立った飛行機は、途中経由地のラクナウに着陸。しばらく機内で待っていたが、全員が降りるように促された。悪天候のため、天候が回復するのを待つと言う。ラクナウ空港の待合室で足止めを食らうことになった。まだ大雨が降り続いている。空港係員の話では、1時間ほど待って、飛行機が飛べない場合バスで代替輸送をする、と言う。しかしバスだとかなり時間かかるぞ、今日中にヴァラナシにたどり着けるかな、と考えているうちにアナウンスが入った。
「ヴァラナシへ向かうお客様、ゲートにお進みください。」
どうやら天候が回復し、飛べるようになったようである。ラクナウに着陸してから2時間ほどが経過していた。再び飛行機に乗り込むとき、金属探知機でライターを没収されてしまった。ラクナウでタバコを吸っていたので、かばんに入れずにポケットに入れてたままだったのがまずかった。金属探知ゲートをくぐるときに出さざるを得ず、係員の目に留まることになってしまったのだ。大失敗。
ラクナウを離陸した飛行機は、午後3時に無事ヴァラナシに到着した。予定到着時間から3時間遅れである。
依然として雨が降り続いている。寒い。空港のロータリーで、エアポートバスに乗り込んだ。中には日本人が何人か乗っていた。そのうちの一人、30歳で公務員の後藤さんと話しながらしばらくバスの中で待ったが、一向に出発する気配がない。車掌のオヤジに聞くと、ディレイのフライトが他にもあるので、その到着を待っている、と言う。
空港で待つこと1時間半。午後5時、ようやくバスは遅れた飛行機の乗客を数人乗せて、ヴァラナシ市内に向けて走り出した。外は冷たい雨。おんぼろバスは窓ガラスが壊れ、そこから冷たい風が入り込んでくる。寒くてどうしようもない。まさかインドでこんなに寒い思いをするとは・・・。空は完全に低い暗灰色の雲に抑圧され、そこから指すような雨が落ちてくる。体感気温は5℃くらいか。外の景色は、ガラス窓についた水滴を通して雨に大きくゆがんでいる。インドらしい風景。荒野に貫かれた道、時々通り過ぎる巨大な植物、道沿いに建つバラックに出した粗末な店、閉鎖したガソリンスタンド、うごめくインド人、すべてがそぼ濡れている。震えながら寒さに耐え、バスは30分ほどでヴァラナシの鉄道駅に到着。薄暗い駅構内の雑踏を歩くと、この寒雨のなかここには裸足の人たちが多くいることに気づく。おそらく、駅で暮らしているホームレスの人々だろう、などと思いながら、駅前のオートリクシャ乗り場へ向かう。冷たい雨の中、後藤さんと一緒に何人かのドライバー達に囲まれ、値段交渉をして一番安かった男に頼み(30Rs)、後藤さんが『歩き方』でホテルをもう決めている、というのでガンガー沿いの「テンプル・オン・ガンジス」というホテルに一緒に向かった。オートリクシャは、雨のため泥水が溜まった道を轟音を立てて走る。もう午後6時近い。外は暗くなっている。この雨で、舗装されていない道には水が浮いてきている。ところどころに深い水溜りがあり、そこを通るたびにおんぼろリクシャは大きく揺れ、悲鳴を上げる。ヴァラナシの街なかでは、車、オートリクシャ、サイクルリクシャ、自転車が、雨の中激しく競り合いながら先へ先へと急ぐ。すべてが潤むなか、場違いなインド民謡が明るく輝いた店先から大音響で流れてくる。
オートリクシャの座席から後ろに流れていくヴァラナシの街は、雨に煙ってくすんでいた。
リクシャ オンボード映像
ヴァラナシ(英語名:ベナレス)は、ヒンズー教最大の聖地である。ガンジス川沿いに広がる、3000年以上の歴史を持つシヴァ神の聖都である。ヒンズー教徒は、ここで沐浴し、そして死した後ここで火葬される。ヒンズー教では、ガンジス川の聖なる水で沐浴すればすべての罪は清められ、ここで死に遺灰がガンジス川に流されれば、輪廻からの解脱を得られるのだ。
インド中から、毎年100万人を超えるヒンズー教徒がこの地に訪れる。死を直前に迎えた人たちが、「ここで死ぬ」ために滞在することも多い。「ヴァラナシで死ぬ」ことが、ヒンズー教徒にとっては最高に幸せなことなのである。
途中、リクシャの運転手が妙な見知らぬ男を勝手に助手席に乗せたときには、(また最悪のドライバーつかんじまったかなー)との思いがよぎったが、リクシャはガタガタの泥道を果敢に走り抜け、他のホテルに寄ることなく、ダイレクトにテンプル・オブ・ガンジスに到達した。珍しく真っ当なリクシャドライバーだったわけだ。シングル2室が空いており、無事私と後藤さんはチェックイン。「テンプル・オン・ガンジス」は、ヴァラナシ旧市街の最も南に位置する、ガンジス川沿いのこぎれいなホテルだ。一泊300ルピー(750円)。今回の旅で最も高いホテルとなったが、シャワーのお湯が出たのは、この寒さの中の小さな幸せだった。
後藤さんと、ホテル1階の食堂で夕食をとりながら、お互いのここまでの旅を話した。後藤さんは、デリーで悪徳ツアーガイドに捕まり、デリーとアーグラーの車でのツアーを、250ドル(約3万円)という超高額で申し込まされたそうである。典型的なボッタクられ方だ。後藤さんは、ボッタクラレたことに気づき、結局アーグラーでツアーガイドと強引に別れ、一人でデリーに戻ったそうである。だが、もう250ドルは戻ってこない。私がこの1週間のインド滞在中に使った金は、わずか14000円であったことを考えると、「3万円のツアー」は法外な値段である。後藤さんは、「英語をあまり話せない上に、毅然とした態度を取れなかった」と悔やんでいた。ここにもまた「やられてしまった」被害者が一人・・・。
私は私で、デリーで強盗に遭ったことを話した。ベジタブルカレーを食べ、ポットに入ったチャイを飲んだ後、それぞれの部屋へ戻った。後藤さんは明日しかヴァラナシに滞在しないため、もう明日チェックアウトするそうである。彼には、もう二度と会うこともないかもしれない。こうした旅先での出会いには、お互いの情報を交換できるという機能的なメリットもあるが、それよりも、お互いが偶然に同じ時に同じ所を旅をしている、同じ空気を吸っている、という共有感・連帯意識を感じることがある。今や、世界中のありとあらゆる観光地に日本人がいるが、それでも「偶然の共有」というのは一種不思議な感覚をもたらすものだ。お互いが一人旅だと、寂しさゆえに感傷的な気分になりやすいのかもしれない。
こうして、雨のヴァラナシで12月31日の大晦日の夜が更けていった。明日は日の出前に起きて、ガンジス川から昇る初日の出を拝む。明日は雨が上がり、晴れることを祈って眠りについた。
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