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インド旅行記
2003年1月・記
第1部 悪人天国・デリー

デリーでカリー
DAY-2(2)(2002/12/30)


結局、オートリクシャが信用できないので、ちょっと遠いがオールドデリー地区まで歩いていくことにした。
オールドデリー地区は、16〜17世紀、ムガール帝国時代に首都があった場所で、イスラム教の史跡が残っている。そして、デリー庶民の繁華街、チャンドニー・チョウクは、ありとあらゆる品物を扱う店、食堂が集中し、それこそ身動きもできないほどの数の人々が行きかう。衣類、日用品、花屋、宝石店、生鮮食料、菓子店。雑踏の中を、サイクルリクシャーがやかましくベルを鳴らしながら道をこじ開けていく。デリーの人々のエネルギーを最も感じる場所だ。
そしてこの庶民の街には、インド社会の一面も見出すことができる。多くの人々が行きかう商店街の各食堂の前では、裸足でみすぼらしい身なりをした、15人くらいの人たちがひざを抱えて座り込んでいるのである。いわゆる物乞い・乞食の人々が、食堂の前でおこぼれをもらおうと集まっているのだ。彼らは、職もなく、ただ物乞いとして生きていくしかないのである。

私は、ムガール帝国時代の巨大なモスク、ジャマー・マスジッドにまず向かった。入り口で靴を脱いで、中に入る。人は少ない。インド人の大多数はヒンズー教徒であるので、祈りを捧げているイスラム教徒の姿はまばらである。
続いて、ラール・キラーに行ったが、なぜか休館日であった(通常の休館日は毎週金曜)。仕方なく、塀の外から建物を写真に撮るにとどまった。
その後、近くの大衆食堂に入り、インドでの「初カレー」を食べた。「ターリー」という定食を頼めば、3,4種類のカレーと、白飯、ナンやチャパティーが大皿に乗って出てくる(写真)。これがわずか30ルピー(約75円)。
美味かった。もともと私はカレー好きなので、全然違和感なくいずれのカレーも食べることができた。さらさら汁のカレーもあれば、日本に似た結構どろどろしているカレーもある。私は、アル・マタルというカレー(または野菜スープか?)が気に入った。「アル」はじゃがいも、「マタル」はグリーンピースのことで、その他野菜を煮込んである。もちろん香辛料が効いている。
ターリーには、プレーンヨーグルトがついてくることが多い(写真では右端)。これもうれしい。
食後はチャイ(紅茶)。インドのチャイは甘いミルクティーである。イスラム圏ではチャイとかシャーイといって砂糖を大量に入れた甘い紅茶を飲むが、ここインドではミルクティーである。中にはしょうがを入れた、独特の味のチャイもある。これが2〜5ルピー(5〜13円)。(インドで食べた料理

その後午後は、インド門、コンノートプレイスを冷やかした。インド門は、デリーの街の南部にある、第1次世界大戦で戦死したインド兵の慰霊碑である。第1次世界大戦時、イギリスの植民地だったインドは、イギリスに協力してインド兵を参戦させたのであるが、9万人ものインド兵が、最前線でイギリスのために戦死したのである。

帰りの飛行機のリコンファームをするため、コンノートプレイスにあるエア・インディアのオフィスに向かう。インド門から乗ったオートリクシャーの運転手のおっちゃんは、この旅でほとんど唯一の真っ当な運転手だった。
巨大なCITI BANKのビルに隣接するエア・インディアのオフィスで、リコンファームを済ませ、コンノートプレイスを歩き始める。
コンノートプレイスは、デリーの新市街、イギリスが計画都市として建設したニューデリーの中心である。ここは、下町庶民風情のオールドデリーとは全く対照的に、巨大なビルが立ち並び、西洋風で新しくこぎれいなショップ・レストランが並んでいる。様々な欧米のブランドショップ。リーバイス、マクドナルド、ピザハット・・・。そして航空会社のオフィス、銀行、映画館等々。いわゆる我々から見て「近代的」な街なのである。よく見ると、歩いている人々も違う。オールドデリーではほとんど見かけなかった白人の観光客が多い。インド人も、いかにも金持ちという外見の人が多い。オールドデリーとニューデリーでは、世界が違うのである。(コンノートプレイスの様子)
観光客相手の物売りも多い。観光客がここには多い証拠である。ハンカチやインド地図などを売っている。インドシルクはみやげ物として有名なようで、ハンカチを売っている人が多い。そして靴磨き。

夕方、メインバザールへ戻った。ここもオールドデリー同様に、圧倒的に人が多い庶民的な通りである。安宿街でもあるので欧米人のバックパッカーの姿も多い。ここでは寝袋を売っている物売りが異様に多かった。確かに寝袋はバックパッカーの必需品であるが・・・。
夕食ももちろんカレー。メインバザールの大衆食堂で、ターリー25ルピー(約63円)。それにチャイ。

メインバザールの夜の雑踏の中、あてもなく歩く。ヒッピー風の白人のおじさんとインド人の若者が、人混みの中からささやくように声をかけてくる。
「スペシャルパーティーに行かないか・・・・?」
その昔、欧米人のヒッピーたちは、ここで麻薬をやりながら奔放な性生活を送ったというが、今でもそんな人たちはいるのだろうか・・・。この雑踏を長い間歩き、道行く人とこすれあいながら交錯していくうち、だんだんと妙な感覚に陥っていく。ここが一体どんな世界なのか分からなくなってくる・・・。ヒッピー風の彼らの姿が、足早に雑踏を行きかう人々の中で、スローモーションのように残像を残しながら流れていく。彼らの言葉が、遠くから頭の中にこだましている・・・。

ホテルに戻り、デリーでの丸1日は終わった。明日は大晦日。朝早く起き、国内線でヴァラナシヘ向かう。

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