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インド旅行記
2003年1月・記
第2部 日常に死を見る聖地・ヴァラナシ

マニカルニカーガートとプージャー
DAY4-2(2003/1/1)


マニカルニカーガートは、ヒンズー教の死者を火葬する火葬場として最も神聖なガートである。迷宮からそこに出る直前、ムケに念を押された。

ホモっぽいインド若者二人組

プージャーの様子

「ここでは絶対に撮影禁止ですから、ビデオとカメラはかばんにしまって下さい。」
ガートでは、ガンガー沿いの河原いたるところにに薪が組み上げられ、その上にオレンジ色の布に包まれた遺体が焼かれている。薪の火の周りでは遺族と思われる人々が集まり、炎を見たり話をしたりしている。
そして、今到着したばかりの死者が、大勢の家族に付き添われて運び込まれてきた。家族達は皆沈痛な表情だ。確かにこんなところで抜け抜けと写真など撮ろうものなら、遺族の怒りが爆発するだろう。

ここで私は、火葬している場所から少し離れたところで、煙とともに揺らめき上るいくつもの炎を、ガンガーと一緒の視野に入れてぼんやりと眺めていた。

マニカルニカーガートで火葬されて、その遺灰をガンガーに流してもらうことが、ヒンズー教徒としての最高の幸せだ。そうすることで輪廻からの解脱が得られると信じられている。ここヴァラナシでは、死が日常である。人々は、自分の死期を悟ると、ここに死ににやってくる。狭くて粗末な療養所のようなところでこのような人々−当然主として老人−は死までの時間を家族に世話されて過ごすという。ほとんどの人々が病院で死を迎える日本とはかなり違う。もちろんすべてのインド人がヴァラナシで死を迎えられるわけではないが、ここヴァラナシで人々が死んでいく様子を見ていると、宗教が死の恐怖を乗り越えさせるという意味で、信仰は人間の苦悩を少しは救うのかもしれない、ということを感じる。

近くの建物に入ると、よぼよぼの老婆が私に近づいてきて、なにやら手を出して物乞いをする。ムケに聞くと、自分が死んだときの薪代を恵んでくれと言っている、という。その老婆は今すぐ死にそうなほど弱ってはいないが確かにもうだいぶ老いている。私は物乞いに金をやらないことをポリシーにしているので、不憫には思ったがここでも金をあげなかった。

私はマニカルニカーガートを後にし、ムケに礼を言って別れた。奴はガイド料を請求することもなく、さわやかに去った。
「いつでもいいので、ガンガラム・シルクハウスに来てください。歓迎します。」
「おぅ。ありがとな。」

ガートでは少年達がクリケットに興じている。さすが大英帝国。
クリケットを見ながらガートの階段に座ってぼんやりとしていると、朝一に出会った、日本語を話す若者が現れた。例の大沢たかお男だ。しばらく話した後、奴は私をガート沿いに建つ建物の屋上に案内した。ここからはガンジス河とガートの眺望がすばらしい。空はいつもの間にか晴れ渡った。薄青空には凧が二つ、風を受けてひらめいている。1月15日に凧揚げ大会があるらしい。凧揚げってアジアでは人気なんだよね。この建物は天文台の跡地だとのことで、巨大な日時計が屋上にある。建物の屋上からは、ガンガー周りの様子が一望できた。連なるガート、ガートを行き交う人々、沐浴する人々、ガートに横付けされた無数のボート、そして階段状のガートの上に立ち並ぶ建物群。対岸がもやにくすんで揺れている。ガンガーの色は、くすんだ青色だ。ここには火葬後の人間の灰が流され、また死んだ動物も頻繁に流れていくという。死後の世界がこのくすんだ不透明な河の胎内に広がっているのか。

その後ガートの階段に腰を降ろし、ぼんやりとガンジス河を見ながら過ごす。日本人の姿も多い。おじさん・おばさんの団体観光客から、インドに溶け込んでいることを強調するかのように腰巻を巻いてインド人的な格好をしたバックパッカー風の若者まで、ヒンズー教の聖地・ヴァラナシは日本人に人気のある街なのだ。
このガンガーの光景から、解脱に至る何も見えてこなかった、当然だが(笑)。人々は、沐浴し、祈りをささげる。罰当たりにはならないのか、聖なるガンガーで石鹸で体を洗ったりシャンプーしたりしている輩もいる。ガンガーは生活の場でもあるのだ。祈りが生活の一部なのだからそれもよしなのだろう。貧しさは何をも超えるが、また信仰にすがるのも貧困からである。
ガートにはひっきりなしに人の往来がある。チャイをやかんに入れて売り歩くオヤジ、沐浴後の人、沐浴前の人。私と同じようにガートに座って何を考えているのか、じっとしてガンガーを見ている男もいる。大学生と自称する妙にホモっぽい若者二人が声をかけてきた。日本のことを色々聞いてくるから、あることあることを教えて聞かせる。

午後になって日差しが暖かくなってきた。私はゴードウリヤー周辺の、いわゆるヴァラナシの街を歩いた。元旦、道は歩行者とリクシャで大混雑している。インド人の濃い顔の中に、時々白人や日本人が混じる。
昼飯はもちろんターリー、30ルピー。ここヴァラナシのカレーも美味い。私が入った大衆食堂的レストランの壁紙は、なぜか日本の城の絵だった。銭湯にでも来たような気分だ。きっと気前のいい日本人観光客を狙ってのことだろう。だが現在は7,8人のインド人しかいない。

飯を食い終わって再び雑踏に踏み出す。ガート裏の迷路を一人で歩く。ここではガイドしてやる、って言う若者や子供が多い。こいつらはかなりしつこい。そしてチップ目当て。私はしばらく黙って子供がガイドするままに歩いたことがあったが、奴が建物に案内しよう立ち止まったのでそのまま無視して素通りすると、奴は後ろから血相変えて来て、金くれ!とばかりに手を出す。私は当然のごとく完全無視して歩き続ける。
物売りも多いが、デリーほどの悪質さが感じられない。強引に足止めして話を聞かせる、という雰囲気はない。こっちが聞き流せばそれで済む。ここでは自称ガイドの子供の方が厄介だ。
ガートに戻る。ダシャシュワメード・ガートへ降りてゆく階段には、いつも間にやらどこからともなく現れた大量の乞食の皆さんが一段一段に座って、道行く人々にカネを乞うている。だが何となく彼らに乞食の陰惨さは感じられない。食うや食わずで死にそうな感じではない。結構何だかんだいって恵んでくれる人がいて、それで食っていけるのだろう。何しろ10億の人間が暮らす国である。捨てる神あれば拾う神あり。持つ者が持たざる者に施す、という喜捨の精神。きっと道端で寝起きするのではなく、どっか雨風をしのげるところで彼らは暮らしているのだろう。ここヴァラナシ乞食の脱・悲壮感は、プロの乞食的というか、結構大丈夫とちゃう?的楽観をも何となく見る人に与える。本当はどうかは知らないけど。

ガンジス河。水に手をつけると冷たいが、大分暖かくなってきたので、沐浴は気持ち良さそうだ。朝とは打って変わって、沐浴する人が激増している。ガートにはびっしりと沐浴者が集まっている。水に入って対岸を見て祈る。ガンジスの水に頭まで浸かって再び祈る。沐浴する人とは別に、身体を洗っている奴もいる。

日が暮れた。 ムケからもらった名刺を頼りに、裏路地にあるガンガラム・シルクショップへ。ヴァラナシはシルクで有名らしく、サリーやバンダナやパジャマ等シルク商品の店や売り子が多い。店には、日本人が3人ほどいた。奴らも私と同じように、ムケや大沢たかおの友人男に声をかけられてやってきたのだろう。店は6畳ほどの狭い一部屋だ。靴を脱いで上がる。三方の棚にはシルク製品がぎっしりと詰まっている。そして日本語の本も多い。地球の歩き方、漫画、小説。これらを見せることで相手の警戒心を解こうっていうミエミエの魂胆だ。
ムケはいなかったが、大沢たかお男がいた。
「ようこそ。」
「おぅ。」
私はしばらく、どことなく薄暗い部屋の中で、ムケが出ているというバックパッカーコミックを読んだ。なるほど確かにインド人の「いい奴」として日本の若者達とヴァラナシで交流する姿が描かれている。ま、確かにボッタクリではなさそうだ。で大沢たかお男はシルク商品を案の定勧めてきた。私は何も買う気はないので、しばらくいて別れを告げた。
「ムケによろしくな。」

6時半ごろになると、プージャーが始まった。プージャーは、ガンジス河の各ガートで執り行われる宗教儀式のことで、ライトアップされたガートに一列に並んだ礼拝僧が、燭台の火を掲げ、振り付けで踊りながら祈りを捧げる。同時に祈りの言葉を唱えているような単調なリズムの宗教歌が大音響で流れている。仏教でいえば念仏のようなものだろう。そして小さな鐘、太鼓の楽隊がそばでそれぞれの楽器を打ち鳴らしてうるさいぐらいである。大勢のインド人たちと観光客が渾然一体となってこの礼拝儀式を手拍子をしながら見つめている。
僧による儀式が終わると、小さな皿型の容器に入れた花をみんなが思い思いにガンジス河に流す。花の上に小さなろうそくを入れて火を灯している。これの売り子がそこらじゅうを歩いている。私も一つ買ってガンジス河に流す。ちょうど灯篭流しみたいなものだろう。ここ死者を弔う河ガンジスに、慰霊のための灯を流す。世界中どこでも同じような習慣があるのは不思議なものである。ある発祥の地があってそれが伝わってきたのか、それとも全く関係なしに複数の場所で同じようなことが始まったという人間の思考の普遍性みたいなものを表しているのか。死は常に宗教儀式に結びつく。弔い、慰霊のための法事。ここヴァラナシは、死と輪廻の街である。確かに、輪廻という考え方は仏教に通ずる。

花と火の小船を流すときにはもう念仏の大音響はなくなっている。人々は自分が流した花をずっと追っている。手を合わせて祈っている人もいる。先ほどまでの激しい光と音と動の儀式の余韻がまだあたりに残っている。だがその興奮も、夜の暗いガンジスの水面を花と火が流れていくにつれ急速に醒めていく。そして儀式中よりも神聖な雰囲気を感じるのだ。
夜のガンジスに無数の小さな灯が浮かぶ。幻想的な光景だ。

夜7時半のヴァラナシの街は、大賑わいである。ホテルに帰る途中、土産物屋で小さな金属のつぼ型容器に入ったガンジス河の水とヒンズー教の神々の小人形の詰め合わせセットを買い(笑)、騒然とした街を歩いてホテルに着く。夕飯はホテル1階のレストランでまたまたベジタブルカレー。

日の出前から始まった長い元日がこうして終わった。


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